魔王サタン
「それって……どのくらいの魔力を持った人なんですか……?」
「……いや、人じゃないな。感じ取れるエネルギーだとな。……敵察知スキルで確認している暇もない、今すぐここを去るぞ」
「分かりました」
私はそう言って、先に進んでいくレーディルさんの後を追う。
「急ぎ足で行くぞ。何が起こるか分からん」
その言葉に、私達は歩く足を速めようと――――
———して、失敗した。
……無数の黒い影が、私達の足を縛り付けていたからである。
「行かせねーよ」
背後から、そんな重い濁声が響いてきた。
直後、振り下ろされる巨大な影。マズイ、これは躱せない――――ッ!!
私がそう確信した時。
「『ライトニング・ガード』ッ!!」
レーディルさんが光の結界を発動させ、何とかその影はすんでのところで止まった。
だが、今ので相当な魔力を消費したらしい。レーディルさんは、いつも見るおちゃらけたニヤニヤ顔ではなく、苦痛に表情を歪ませていた。
今のは、一体……!?
「いやー、天界ってのも久しぶりだな、随分。天使達は見当たらねえけど。……んで、お前らか」
そこには、やたらふざけた余裕を感じる、私達の身体の数十倍もある悪魔が立っていた。
———悪魔。
そう、悪魔である。
悪魔なんて私でも見た事がなかったのだが、恐ろしいオーラを放っている事は明白だった。
禍々しい雰囲気だけで、悪魔だという事が十分に理解できる。
そのふざけた雰囲気が、一層気味悪く思えて仕方がなかった。
……これは、少しマズイかもしれない。
「いやー、お前らがアイツの仲間か。随分と可愛いな、オイ? ハーレムか。そうか。転生させた人間でここまでの女の子達を周りに集めた奴は珍しいな」
「……なんだ、貴様は」
コハクさんが巨大な悪魔の瞳を睨み付けるが、悪魔は一切怖気づく事なく。
「そーんな冷てえ眼向けんなって。分かってるよ、お前らがアイツを好きなのは十分分かったからよ」
「……何なんだ、貴様は」
「そんな状態で言われても全く怖くねえんだよなあ。俺の名前教えてやろうか? 多分聞いたら、お前らそんな口調じゃいられなくなると思うぞ」
「なんだ、言ってみろ」
そんなコハクさんの言葉に、悪魔はニヤリと表情を歪ませる。
優形なんて言葉が一切似合わない悪魔の身体が、グッと動いた気がした。
「―――俺の名前は、魔王サタン。地獄の最高権力者だ」
そこまで言って、悪魔は何メートルもあるような大きな手をこちらに振り下ろしてきた。
それは私達に当たる寸前で、グイッと急カーブする。そしてその手は、隣にあった建物を粉々に砕いていった。
パラパラと雨の様に降り注ぐ破片。白い空間も、悪魔がいるだけで黒に変わってしまう気がする。
……ダメだ。本当に私達は、ここでお終いかもしれない。
そう思わずには、いられなかった。サタンが来るなんて、思ってもいなかった。
魔王サタンは、頭を掻きながらこちらの方を見て。
「……次は当てる。今から俺の言う質問に答えてくれれば、それでいいからよ。……お前らの大好きな、アイツはどこにいる? ちょっとした手がかりでもいい。それに答えてくれれば、この拘束も解除してやる」
「……アイツって、誰の事ですか」
私は、わざとそう答えた。
すると、サタンは苛立った様子でこちらを睨み付け。
「……もういい。死にたいんだな、お前らは。『ファイナルデッド・カース』」
そう唱えると、悪魔の右腕に巨大なエネルギーが溜まっていった。
アイツって、本当は分かっている。勿論、京夜さんの事だ。
でも、言ったらまた、京夜さんに危険が及んでしまう。それだけは避けたかった。
……でも。
…………でも。
「『ダーク・オブ・ブラスト』!」
……やっぱり、少し怖いなあ。
そう思いながら、私が目を閉じた時――――
「コロさせ、ない」
そんな聞き覚えのある様な声が聞こえて。
爆音と共に、私達に迫ってきていた魔法はかき消されていった。




