告白
レインに連れられ、近くの建物へとやって来た俺は。
ここがどこなのかという疑問はさておき、取りあえずなんの要件なのかを訊いてみることにした。
「なあ、話ってなんだよ。俺にカウンセラーの先生をやれってか?」
「……まあ、取りあえず今はそれでいてください。……京夜さんは――――神王ゼウスを知ってますよね?」
「ああ、あのムサいオッサンか。アイツがどうかしたのか?」
「……ええ。あの人が最近、私を殺そうとしてるみたいで……。天使達を集めて、私を探し回ってるみたいなんです」
「よし分かった。あのオッサンぶん殴りに行っていいか?」
「ちょ、ちょっと待ってください! 取りあえず話を聞いてください!」
ゼウスを探しに走り出そうとした俺をレインは止めると、俯きながら。
「その……。私、前にゼウスさんのお尻を叩いちゃったって言いましたよね? あれ以来、やっぱり私の事を嫌っているみたいで。それで、私を、殺そうと……。天使は殺されたら、完全に消えてなくなってしまうので、生き返るなんてことは不可能なんです」
「……そうか。でも、取りあえず地上にいれば大丈夫なんじゃないのか?」
「いえ。……きっと、私を追って地上まで降りてくると思います。そしたら、世界が危ないんです……。私のせいで、世界が壊されちゃうかもしれなくって……! そう考えると、私怖くてっ……!」
そう言ってレインは、ボロボロと泣き始めてしまった。
え、ええ? な、何なのコレ。随分と唐突である。
……ああ、でも。そういえばいつかレーディルが言ってたな。レインは繊細なところがあるから、大事にしてやってくれって。
……コイツもコイツなりに色々考えてたのかもしれない。知らなかった。
ゼウスとやら、天使とやらは知らないが―――――でも。
レインは、殺させない。世界も、壊させない。
俺は、泣きながら俺の胸元に顔をうずめてくるレインの頭を撫でながら。
「大丈夫だよ。そこらへんの話はよく分かんねえけど、世界が壊れるかもしれないってんだろ? もしゼウスが怒ったりして暴れまわったら、世界が壊れかねないんだろ?」
俺の言葉に、レインは小さく頷いた。
大体言いたいことは分かった。憤慨したゼウスが暴れまわったりしたら、世界が壊れるかもしれない、と。
そしてもし世界が壊れてしまったら、自分のせいだと。
……もしかして、前からこれを話したがっていたのだろうか。
――――全然気付いてやれてなかった。バカだなあ、俺。
なんで、もっと早く気付いてやれなかった? コイツなりに、色々考えてることがあったんだろ?
表情や態度なんかの変化で、気付けたことなのかもしれない。
……でも、ケツ叩かれたぐらいで怒って世界を壊す神様なんて、いくら何でもいないと思うんだけどなあ。
まあ、あのロクでもないクズ神じゃやりかねないが。
俺は未だ泣いているレインを慰めながら。
「大丈夫だって。お前、俺にその事話してくれたってことは、それなりに俺のこと信用してくれてんだろ? ……だったら、俺もお前になんか一つ、秘密でも言ってやるよ。……俺さ、身体が悪魔だって言ったじゃん? あの能力って解除するのに、『痛み』を感じなきゃ戻ってくれねえんだよ。だから例えば、自分で自分の顔面殴ったりでもしない限り、戻ってくれない。まあいわゆる、ドⅯ仕様なんだ。……どう? ビックリしたろ?」
俺がずっと秘密にしていたことを話すと、レインはプッと吹き出して。
「あっははははは!! なんですかその変な能力! もしかして、クエストで悪魔化なんかした時も、ずっと自分で自分を殴ってたんですか!? 悪魔化解除させるために!?」
「ああ、そうだよ。あれマジ辛いぜ? 何か大切なものを失っちまう気がするしよ」
「あはははははは!!」
レインはよほどおかしかったのか、腹を抱えて笑い出した。
まあ、何はともあれ―――――元気になって良かった。
俺が安心していると、レインは俺に向かって微笑みながら。
「京夜さんは、強いですよね。あんな魔力吸収機呼ばわりなんかされて、酷い扱い受けても、もう立ち直ってますし。凄いですよ、京夜さん」
「そんななあ、いつまでもネチネチ過去の事気にしてたら、前に進めねーぜ? 別に気にしなくていいんだよ。それに俺、寝て朝起きたら、昨日の記憶がぶっ飛んでる人間だし。お前に言われて、今思い出したわ」
「凄いです……。もうなんか、京夜さん見てたら考えるのがバカらしくなってきました……」
そう言うとレインは、笑いながら俺に抱き着いてきた。
……いや、え?
「いや、レイン? 近いし、取りあえず離れようぜ? 大体こういうのはな、好きになった奴だけにやるもんだぞ? そんななあ、誰にでもホイホイ抱き着いちゃダメだ」
「え? だって……」
俺がラブコメチックな状況に混乱していると、レインは小首を傾げ。
「私、京夜さんの事好きですよ?」
…………。
……いや、え!?
いや待て待て待て待て、いや、え!?
どうした! どうした今日の俺!
やっぱり俺はモテ期に突入していたのか! そうかそうか! いや、ええ!?
マ、マジか! マジかよ!
レインは俺の混乱をよそに、なおも続ける。
「私、京夜さんに会えて変われたんです。なんか京夜さん見てると、自然に自分の明るさを保てる様になって。—―――京夜さんは、天使の心の、悪魔ですよ」
「それ、褒めてるよね!?」
「褒めてますよ?」
全くセギアと同じことを言ってくるレインに、俺は焦りながら訴える。
するとレインは、おかしそうにクスクス笑い。
「やっぱり、京夜さんといると楽しいです。—―――これからも、よろしくお願いしますね」
「ああ。こちらこそ」
俺たちはそう言って笑い合った。




