エピローグ代わりのプロローグ
翌朝。
東の空から日の光が昇り出す頃、翔機は繁華街の一角に佇んでいた。
神楽と出会った場所に来てみたのだが、そこにはもう、柳の木は無かった。
広場の拡張に従って撤去されたのだろう。先日、神楽とデートした時には、そんなことにも気付かなかった。これまで、如何に自分が周囲のものに対して無関心だったかを自覚して、一人で自嘲する。
人が多く、騒がしいのが当たり前なこの辺りも……さすがにこの時間帯は静かだ。
店は全てが閉まり、人は一人もいない。
早朝から営業している喫茶店すら、まだ店員が店に来ていないようだ。
平時に比べ、多くの矛盾を孕むこの空間は……まさに今の自分がいるべき場所のように感じた。
自分のような人間は、誰とも関わらず、誰にも相手にされないで……ずっと一人、孤独の牢獄に閉じ込められていればいい。……そんな考えが頭を過ぎった。
その異界に踏み込む、一つの足音。
レンガの地面を叩く金属音は、それだけで来訪者が誰か知らせてくれた。
だから翔機は、努めて明るい声を出す。
「…………いやー。今回はマジで大勝利だったわー。ほんと、『時間停止』なんつー究極チート技を破るなんて、ついに俺も主人公昇格じゃね? 否、これは主人公を超える大快挙と見たね! 今日からは俺は、超主人公を名乗らせてもうらうぜぃ!」
「……そんな元気が本当にあるなら、こっちを向きなさい」
「………………」
アルテミスから素っ気ない言葉がかかった。
それに対する返事はできない。当然、向き直ることも。
翔機が黙ったままでいると、後ろでポツリと呟きが聞こえた。
「……あたし……翔機のそれ、嫌いだわ」
次いで、ツカツカと歩み寄る音がする。
翔機の背後辺りでアルテミスの足音が止むと、次の瞬間、両膝の裏に軽い蹴りが入った。
「げだんっ!?」
痛みはなかったが、不意を突かれたせいでカクンと脱力し、地面に倒れる。
そんな翔機に、容赦なくアルテミスの踏みつけ攻撃がやって来た。
「他人の! 悲しい表情は! 散々気にして! 嫌がるくせに! どうして! 自分のそれは! 隠して! 他人に気遣わせないの!」
「ちょ、まっ、あ、あふん! ま、待って、アルテミス! こ、この感覚は! な、何か、新しい快感に! 目覚めそう!」
早朝で他に人がいないとは言え、天下の往来で大の男を踏みつける女と、それに気持ち悪い声で返事する男。
いつもの残念な光景だったが……少しして落ち着くと、路上でピクピクしていた翔機の頭をアルテミスが抱きしめた。
「……たまには、あたしを頼りなさいよ……バカ翔機……。あたしって、そんなに頼りないわけ……?」
「い、いや、そういうわけじゃないんだが……」
「悲しい時は、悲しいって言って。辛い時は、辛いって言って。泣きたい時は、ちゃんと涙を流して。そうじゃないと……翔機が……壊れちゃう……」
翔機の頭に雫が落ちる。
アルテミスが、泣いている。
翔機の一番嫌いなもの。
美少女の……大切な人の、悲しい表情。
それを見るのが嫌で、翔機は無理をしてきた。
悲しい表情をしている人がいたら、必死にそれを変えようとしてきたし、自分のそれを見て大切な人が悲しまないよう、いつもヘラヘラと笑ってきた。
だけど、そんな自分を見て、心を痛める人もいるのだ。
「あたしは……あんたのパートナーよ。力を合わせて、背中を預けて……対等な立場で協力するのがパートナーなんじゃないの……? だったら、あたしくらいには、弱いところやカッコ悪いところも見せてよ……」
アルテミスが涙を流し続ける。
その腕の中で……翔機は、泣かない。
泣けない。
だって、全部自分のせいなのだ。
自分が刀を折って、神楽を殺したのだ。
ミクの予言は的中した。
自分は『大切な人』を――最愛の幼馴染である神楽を、失った。
しかも、全部自分の責任で。
翔機の『幼馴染不在の時間』が、再び始まる。
そして――もう二度と、終わることはない。
「大丈夫だよ、アルテミス……。精霊戦争に勝利したら、神楽の命も生き返らせる。それで、全部解決するんだから……」
「……ウソツキ。……嘘ばっかり。あたしが神になっても、叶えられる願いは一つなのよ……? 叶ちゃんの記憶かあの子の命、どちらかは失うわ……」
「……そっか……。困ったな……」
そんなことは翔機もわかっていた。
今のはただ、アルテミスの涙を止めるために言ったのだ。
アルテミスがどう思おうと、翔機の生き方は変わらない。
泣いている美少女がいたら、その涙を止めたいと願うのが、翔機なのだ。
だから翔機は、再度それを試みる。
今度は、別方向からのアプローチで。
「……あの、アルテミスさん? わたくしこと、不肖・今田翔機を慰めてくれるのは大変ありがたいのですが……こんな風に正面から顔を抱きしめられると、アルテミスさんのステキなマシュマロがダイレクトに当たってしまうのですが……」
「……。……。…………当ててんのよ」
「ちょっ、おまっ! そのセリフは、少年誌に残るリビングレジェンドなセリフであってですね――」
アルテミスが苦し紛れに返した台詞に翔機が過剰反応する。
そんな二人のやり取りはいつもと変わらない。
だが、アルテミスは決して翔機を離さなかった。
いつもと変わらない日々。
いつも通りのやりとり。
そんな中、アルテミスは……自身の翔機へ対する想いが、ほんの少しだけ変わってきていることを自覚した。
脇役の少年は歩く。
他人から奪った非日常の世界――地獄の道を。
いつか、きっと訪れるはずの……ハッピーエンドを夢見て。