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ラストチャンス



 一瞬だけ(あら)われた〝剣〟の世界は、アルテミスが渾身の蹴りで刀を折る頃にはすっかり消えていた。

 けれど、翔機は知っている。

 その世界で生き抜くために、神楽が想像を絶する時間を生きたことに。

「やったわね、翔機!」

「…………おう」

 キラキラと眩しい笑顔を向けるアルテミスの顔をまともに見れない。

 翔機はつい、下を向いてぶっきらぼうな口調で応じてしまう。

「なによ、その態度……。勝ったのに嬉しくないの?」

「勝ってなんかいねぇよ……。敗者ばっかりだ。それでも、()いてこの戦いの勝者を選ぶとしたら……それはきっと、神楽だろう。最後まで自分の大切なものを守り抜いたんだからな」

「…………?」

 自分が折った刀を見て、疑問そうに小首を傾げるアルテミス。

 そうじゃないんだと翔機は思ったが、それを口にするのはやめた。


 なぜ、翔機たちが勝てたのか。

 それは、神楽が最後まで自分の大切な人を――翔機を守るために死力を尽くしたからだ。


 翔機は神楽の愛情に甘え、それを利用して勝った。

 とてもじゃないが、主人公の所業(しょぎょう)とは思えない。

 やっぱり自分は脇役なんだな……と静かに自嘲(じちょう)する。

「神楽……大丈夫か? ほら、解毒剤ってわけじゃないが、気付(きつ)け薬だ」

 眠っている神楽に遊部から預かった薬を近付けようとすると……それよりも早く、神楽が起き上がった。

 あの強力な睡眠薬を吸い込んだ後なので、翔機は少なからず驚く。

「…………えへ。負けちゃった」

「……負けてなんかいねぇよ。神楽のお陰で俺たちは生き残った。勝ったのは、神楽だ」

「……ほんとうに、翔ちゃんは優しいね。あの剣は……ううん。あの世界は、わたしが何もしなくても、勝手に消えたんでしょう?」

「………………」

 翔機は答えられない。

 神楽を罠に()めたこと。

 最大限の苦労を徒労(とろう)に終わらせたこと。

 それを仕組んだ自分。

 たとえ全て神楽に見抜かれていても、容易に返答はできなかった。

「……優しいね。優しいし、強い。そんな翔ちゃんは、やっぱりわたしの大好きな人で、主人公だよ」

「……こんな主人公がいてたまるかよ」

 人として最低の脇役が卑屈(ひくつ)自嘲(わら)う。

「……悪かった。改めて、謝る。許されることじゃないし、許されようとも思わないけど、謝る。刀を折ってごめん、神楽。この罪は必ず(つぐな)う。叶が治った後なら、死んで償っても構わな――」

「いいよ」

 血を吐くように謝罪して頭を下げる翔機に、神楽が優しい声をかけた。

「いいよ。気にしなくて。謝らなくて、いいよ。償いなんてしなくていい。翔ちゃんは翔ちゃんのまま、ずっと幸せでいてくれたら、わたしはそれで満足だよ」

「神楽――――」

 感極まって涙ぐみ、情けない顔を上げた翔機の表情が――凍りつく。

「かぐ、ら…………?」

 神楽の(ほお)には――ヒビが入っていた。

 否、頬だけではない。

手にも、腕にも、足にも……おそらく、巫女装束(しょうぞく)の下の身体にも。

 まるで陶器(とうき)が割れる時のような(いびつ)なヒビがいくつも走り、拡大し続ける。

「参ったなぁ……。こんなところ、翔ちゃんには絶対見せないつもりだったのに……もう、この体を維持する力もないみたい……」

 あまりに非現実的な状況にもかかわらず、神楽はいつものようにはにかんで笑っていた。

 それが余計にこの事態の悲惨さを物語る。

「な、なにを言って……! これは一体!? 神楽っ!?」

 わけがわからず、神楽の肩に手をやる。

 真正面から目を合わせた神楽は、困ったように微笑んだ。

 その間も翔機の手には、何かにヒビが入るような嫌な感触が伝わり続ける。

「ごめん……翔ちゃん……。そろそろ、限界みたい……」

「かぐっ――――」

 それを、なんと表現すればよいのだろうか。

 人間の身体が、まるで陶器で作った割れ物ように崩れ落ちる。

 次いで、割れた神楽の身体の中から、光の粒子が舞い上がった。

「なん、だよ……これ……」

 わけがわからず、翔機が茫然(ぼうぜん)とする。

 少し離れた場所でアルテミスも唖然としてその光景を見ていた。


刹那(せつな)――《時渡(ときわた)り》』


 光の中、凛とした声を聞いた。

 その瞬間、世界から色という色が失われ、残ったのは翔機と、光の粒子だけになった。

『ごめんね、翔ちゃん……。ほんとは、時間を無駄遣いしちゃいけないんだけど……最後に、どうしても翔ちゃんに言いたいことがあって……』

 神楽の姿は無い。

 声は手元の巫女服からではなく、周囲を舞う光の中から聞こえた。

「さ、最後って……なんだよ……。これは一体、どういうことなんだ!?」

『うん……。時当家ではね。代々、護身(ごしん)(とう)を守る巫女が選ばれるの……。そして、選ばれた巫女は……先代の巫女から刀を継承する時に、殺されちゃうの……』

「殺さっ……!? でも、神楽はっ!」

『うん……。生きてるように、見えたよね? わたしも、最初は驚いた。わたしが初めて守り巫女になった日。翔ちゃんと初めて出会ったあの時――』

 翔機も思い出した。

 自分が中学生だった、最後の日。

 繁華街。

 (やなぎ)の木の下。

 哀しそうな表情(かお)の、女の子。

『……どうして、こんな力があるのかな。きっと、自分を……刀を守る巫女を、逃げられないようにするためなのかな。必死に、刀を守らせるためなのかな』

「なに、を……?」

『時当の護身(ごしん)(とう)にはね……『守り巫女』となった人間の死を、停止させる力があるの』

 神楽はそのシステムの全容を知らない。

 だが翔機は、全てを悟った。

 物質型の精霊との契約。そして、その契約特典。

 時間を操る力は、妖刀・(とき)(わたり)自体の――精霊の力だったのだ。

 そして、その契約者である『守り巫女』の契約特典が――――。

『……ほんとはね。わたし……あの日、死んじゃおうと思ってたんだ……。だって……やっぱり、おかしいよね……? 人の寿命を奪う刀を守る、なんて……』

「………………」

『でもね……ダメだった。だって、出会っちゃったんだもん。……翔ちゃんに』

「――――っ!!!」

 まるで(いかずち)に打たれたかのような衝撃が、翔機を突き抜ける。

 神楽と初めて出会ったあの日。

 愛しい幼馴染と再会したあの時。

 あの日、柳の木の下で(たたず)む神楽は、日本刀を持っていなかった。

 まだあの時、神楽は生きていたのだ。

『ねえ、覚えてる、翔ちゃん……? あの日、初めて()ったわたしに、翔ちゃんは優しく微笑(ほほえ)んでくれたよね。いきなり幼馴染だって言ってくるのにはびっくりしたけど、その後、一緒にゲームセンターに行って、映画を観て、いっぱいお話して……とってもとっても楽しかったよ』

「あ…………! あ…………!」

『その後、暗くなる頃に時当家の迎えが来て……バイバイ、ってお別れして……また遊ぼうって、約束したよね……』

「あ…………! あ…………!」

 痙攣(けいれん)した体を抱えたまま、翔機が(ひざ)を崩す。

 あの日の記憶は、鮮明に思い出されていた。

 あの日。

 きれいなオレンジ色の夕日が沈む頃。

迎えがやって来て……神楽は、帰りたくなさそうな、とても(さび)しげな表情(かお)をしたのだ。

 だから翔機は、「また遊ぼう!」と約束して。

「そんな表情(かお)しなくても、また明日、すぐに会えるよ」と約束して。

繋いでいた手を(はな)した。

 離してしまった。

 その時、神楽が抱えていた問題や危機に何一つ気付かず。

 助けを求めるヒロインの最後の希望を、振りほどいて。


 救えたかもしれない大切な幼馴染の命の分岐点(ぶんきてん)を――翔機はたったの一分も考えることなく、手放してしまった。


「お、俺が……。俺が……神楽を殺し――」

『ちがうよ』

 自分が犯した罪と(あやま)ちに気づき、真っ青になって震える翔機に……神楽の優しい声がかかった。

『……ちがうよ。翔ちゃんは、なーんにも悪くないの。翔ちゃんがいなかったら、わたしはあの時、あの場所で死んでた。誰かと一緒に遊ぶ楽しさも、誰かを好きになる幸せな気持ちも……何一つ知らずに、死んでたの。だから翔ちゃんは、わたしの命を守ってくれた主人公……英雄(ヒーロー)なんだよ? ほんとうに、ほんとうに……ありがとう』

 なぜ気付けなかったのか、と翔機は思う。

 なぜ気付いてやれなかったのだろう。

 小説でも、マンガでも、アニメでも、ゲームでも……主人公は皆、ヒロインが抱える問題に気付き、それを解決している。

 だから、それはきっと、不可能なことではない。

 それができなかったのは、全て自分が未熟だったからだ。

 きっとこれまでも、自分は多くのことを見逃してきたのだろう。


 なぜ神楽は、何度も話題に出る(かなえ)のお見舞いに来なかったのか。

 きっと……妖刀で寿命を奪う可能性を少しでも下げたかったに違いない。

 学校の登下校や日常で翔機と微妙に距離を置いていたのも、同じ理由だ。


 なぜ神楽は、身体が冷たいのか。

 初めて出会ったあの日から、神楽の手に触れる機会は何度もあった。

 どうしてその時、その異常に気付けなかったのか。


 なぜ神楽は、ごはんを食べないのか。

 人間として絶対に必要な食事をしないのは、明らかな異常だ。

 どうしてそれを真剣に考えなかったのか。


 なぜ神楽は、病的なまでに自分と一緒にいたがるのか。

 …………それが、できないから。

 大好きな人とずっと一緒にいると、それだけ、相手の寿命を奪う可能性が上がってしまうから。


 思い返せるだけでも、いくつものヒントが散らばっていた。

 その(ことごと)くを、翔機は見落とし続けた。

「……俺は……。俺は……主人公なんかじゃない。主人公なら、こんなミスはしない」

『ミスなんかじゃないよ。翔ちゃんは、最後まで自分の意志を貫いたもん』

「――――っ!」

 その言葉が、胸を刺す。

 知らなかったでは、済まされない。

 神楽が刀の破壊を拒む理由。

 それを問い(ただ)す機会は、幾度となくあった。

 あの神楽が、あれほどまでに強く、刀の破壊を嫌がったのだ。

 どうして、その理由を聞かなかったのか。

 どうして、その異常に気づけなかったのか。

 もし、その理由を聞いていれば。

 刀を壊した時、神楽がこうなるとわかっていれば。

 翔機の行動は……百八十度違うものになっていたかもしれない。

「違う……違うんだ、神楽……。俺は、こんなことがしたかったんじゃない……」

 翔機の声が震える。

 罪を懺悔(ざんげ)するように、苦い後悔を吐き出す。


「俺は……俺はただ……大切な人を、守――――」


 言葉は最後まで続かなかった。

 顔を上げると、そこに光の粒子は無く。

 ただ、いつもと変わらない……色を取り戻した世界だけがあった。


 翔機の守りたかった大切な人が――また一人、翔機の目の前から消えた。




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