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チャンス4. 時間よ、止まれ



 妖刀・『(とき)(わたり)』。

またの名を、『(たま)()らいの妖刀』。


 日本の古都・(とき)(とう)神社に秘して伝わるその護身(ごしん)(とう)は、そんな風に呼ばれてきた。

 前者の呼び名は、時を止める性質によって。

 持ち主はその妖刀のたった(ひと)()りで、(ひと)刹那(せつな)に無限の時を得ることができるという。

 そして……後者の呼び名は、その呪われた性質によって。

『時間に時間をぶつける』という概念で時を停止させるその刀は、刀身にぶつけるための『時間』を蓄える必要があった。

 その『時間』の(かて)となるものは、なにか。


 (いわ)く――『人間の寿命』である。



   ■



「まぁ、その辺は古い伝承と言いますか、アメリカンジョーク的なサプライズと言いますか、(はなし)()()だと思いますけどね~」

 と、そんな風に遊部は笑っていたのだが、翔機は全然笑えなかった。

 なぜなら、遊部が調べてくれた神楽の刀――時当神社に伝わる護身刀の性質は、ミクが教えてくれた内容や神楽が話してくれた内容と完全に一致していたからである。

 時を、止める。

 それ自体は、非常にワクワクする話だ。

 翔機だってそれだけ聞けば、「マジかよ! 時間を止めてエロいことするなんて、夢みたいな話じゃんっ! この前借りたあの秘密DVDの映像は本物やったんやぁー!!」と大喜びするところだが、対価が『それ』となると、反応は百八十度変わってくる。

 人間の寿命を、喰らう。

 つまり、人間の死期を早めるのだ。

 もちろん、『時間停止』を使わなければ、ある程度その副作用も抑えられるらしいのだが……それでも、蓄えた『時間』は徐々に刀身から漏れていくようで、(わず)かばかりだが断続的にその刀は人の寿命を奪い続けるらしい。

 では、どういう人間から寿命を奪うのか。

 翔機としては、まだ『身近な人』とか『世界中から無差別に』などの理由の方が歓迎できた。

 しかし、その妖刀の標的は――『弱っている者』、『寿命の短い者』、『精神的に(もろ)い者』――なのだそうだ。

 そして、今現在翔機には……弱っていて、しかも精神的に傷ついている大切な少女が、一人いる。

「……あ、えっと……その……いらっしゃいませ……」

 ノックをしてから扉を開けると、ベッドの上で真っ白な少女がか弱い作り笑いを浮かべた。

 ベッドの脇には大げさなほど複雑な機械が何台も置かれている。

 少女の口には呼吸器が取り付けられ、両腕にはそれぞれ別の点滴の針が刺されていた。

「………………」

「……ごめんなさい。今日はちょっと、あんまりお話できそうにない、です」

「いや、いい。静かにしてろ」

 叶の容態が急に悪化したという知らせを受けた翔機は、文字通り、飛ぶようにして病院へと駆けつけた。

 偶然だ。偶然に、違いない。

 確かに神楽は、翔機とアルテミスから刀を守るために『時間停止』を使った。

 よって、それに伴って消費した時間を他から回復したと考えても不思議はない。

不足分だけ、人間の寿命を奪ったと考えても矛盾はない。

 だが、それが叶から――愛する妹から奪われたとは、絶対に考えてはならない。

 それだけは、あってはならないのだ。

 大切な幼馴染が、大切な妹の命を奪ったなど、あってはならない。

 だから、偶然だ。

 たまたまこのタイミングで叶の体調が悪くなっただけで、神楽の刀が人間の寿命を奪った件とは無関係。

 そうだ。そうでなくては、ならない。

 翔機はそうやって、何度も自分に言い聞かせ続けた。

 自慢の魔眼は全く正反対のことを言っていて、翔機の嫌な予感は最悪のシナリオを描き続ける。こういう時に信じるべきは、理想ではなく、肌の感覚であることは翔機も自覚していた。それでも……絶対に認めるわけにはいかなかった。

 以前、叶が記憶を失った時のトラウマが鮮明に蘇り、吐き気と眩暈(めまい)で倒れそうになりなる。一時は最悪の状況も脳裏に浮かんだが……まだその未来視は現実になっていない。

 まだ、未来は創り直せる。

「…………すごい汗……」

 言われて気付いた。

 ワイシャツを通り越して、学生服まで汗で湿っている。

 ここまで走ってきたのに加えて、精神的に相当追い詰められていたらしい。

「…………ごめんなさい」

「なんで、謝る」

「……わたしのせいで、そんなに……」

「……違う。俺が勝手に、そうしたんだ。俺がしたいから、そうしたんだ。だから叶は、全然悪くない。それに、どこぞの変態さんが死にそうになったところで、叶は別に関係ないだろ?」

 翔機が卑屈に自嘲(わら)う。

 すると叶は、ほんの少しだけ悲しそうな顔をした。

「そんなこと……ない、です」

「………………」

「誰だって、死ぬと悲しい……と思います。特にそれが……お、おに……お兄……」

「いい。言わなくて」

 翔機が途中で止める。

 それだけが、生きる希望だったのに。

 それだけが、心の()り所だったのに。

 叶が、ただ一言「お兄ちゃん」と呼んで、笑ってくれるだけで……翔機はなんでもできたのに。

「思い出してからで、いい。それまでは無理するな。『お兄さん』でも、『変態さん』でも、『勇者様♡』でも、好きに呼んでくれ」

「なんで勇者、なん……けほっ! けほっ!」

「カナっ!」

 笑わそうとしたのが悪かったのかもしれない。

 呼吸が乱れたのか、叶がいきなり()き込む。

 思わず背中をさすろうとして駆け寄る翔機だったが……寝ている叶に、それはできない。

そうでなくとも、他人である翔機が十三歳の少女の体に触れるなど、許されることではなかった。

「――っ、ごめんなさい……。もう、大丈夫です……」

 再び落ち着いた呼吸を取り戻し、叶が健気に微笑(わら)う。

 そんな表情(かお)が、見たいんじゃない。

 作り笑いなんてやめてくれ。

 無理して笑うくらいなら、まだ無表情でいてくれた方が楽だ。

 そう思うのに……それでも、その笑顔に(すが)ってしまう自分がいる。

「……あのな、叶。これは、嫌だったらはっきり断ってくれて全然構わないんだが……お願いがあるんだ」

「……なんでしょう……?」

「手を……握らせてくれないか……?」

 断られて当然だと思った。

 思春期の少女の手を見知らぬ不審者が触れるなど、本人は嫌に違いない。

 それでも叶は、気弱な笑顔を浮かべて許してくれた。

「いいですよ……」

 点滴の針が刺さった右手を少しだけ動かす。

 翔機は両手で、小さな手のひらをそっと包み込んだ。

 真っ白な手。血が通ってなさそうな手。痛々しい針が刺さった手。

 それでも、叶の手は温かかった。

 ――――()くしたくない。

 強く、翔機は思う。

 ミクは言った。『大切な人を失う』、と。

 もし仮にミクの未来視が本物だとしたら、きっとこういう状況を予見していたのだろう。

 だが、それでも関係ない、と翔機は思う。

 未来はいつだって創るものだ。

 いつだって未来は、自分で選択できるんだ。

 (いな)、もし未来が決まっていたとしても、無理矢理に(くつがえ)してみせる。

「失って、たまるかよ……っ!」

 翔機の瞳に火が灯る。

 叶のためなら運命だって変えてみせると、強く心に誓った。



「時間を、止める……っ!?」

 家に帰った翔機は、アルテミスに神楽の刀について説明した。

 時間はお昼で今日は平日だったが、関係ない。

 叶は全てに優先される。

「……ああ。これは神楽本人に確認したから間違いない。この前、お前が魔力を感じられなかったのも当然だ。お前から見た世界では、一度も魔力が使われなかったんだからな」

「そんな……だったら、勝てるわけないじゃない! もし本当に時間を止められているとしたら、あたし達は何も抵抗できないってことでしょう!? もしまた戦っても、二人まとめて殺されるのがオチじゃないっ!」

「ああ、それは大丈夫だ。神楽に『リンク』について教えたからな」

「――――は?」

「さすがに、一から精霊戦争について話すのは面倒だったから、勝敗条件だけ端的に教えといた。『このペンダントを切ればお前の勝ちだ』、ってな。だから、次に戦っても殺されることは――ないつ!?」

 翔機の発言が途中でおかしくなったのは、無論、アルテミスの銀色パンチが刺さったからだ。

「このアホ翔機! なんてことしてくれてんのよっ! わかってんの!? そのペンダント――『リンク』を()たれたら、無条件で精霊戦争から敗退するのよ!?」

「いてて……わかってるよ。だから教えたんじゃないかよ」

「だから、なぜ教えたしっ!!」

「いや、だって……それ教えとけば基本、刀は俺に向くだろうし……アルテミスが傷つけられる可能性は確実に減るじゃん?」

「………………」

 え? 俺の考え、おかしい?と心底疑問そうな翔機に、アルテミスはあんぐり。

 次いで、翔機の想いを理解し、ちょっと赤くなった。

「ばっ、バっカじゃないの……! あたしは別に、魔力で回復するんだし……!」

「いや、ダメージはそうかもしれないけど、傷はそういうわけにいかないだろ。この間のガイアの傷だって、ようやく薄くなってきた程度だし……」

 と、翔機がアルテミスの太もも辺りに視線を送る。

 大分治ってきたので素足を晒しているが、よく見ればまだ傷跡が残っている。

「お肌は女の命だろ? ……まあ、傷がある事でむしろ色っぽく見えたりもするが……」

「この……変態っ!」

「ふぇちっ!?」

 いつものお約束で、翔機が地面と口付けを交わした。

「って、こんなことやってる場合じゃないわ! どうすんのよ、時間停止!! 当然、何か対策はあるんでしょうね!?」

「いやー……正直、今のところはサッパリだ。つーか、ぶっちゃけ、最強すぎね? 数ある異能バトル作品でも、時間停止っつーのは、基本、最強の位置づけだしなぁ……」

 翔機が腕を組みながら(うな)った。

さすがに『世界最強の中二病』でも、最強の能力はすぐに破れないらしい。

「なにか参考資料とかないの? ほら、あの宝箱の山に……」

「ああ。確かに俺の二次コレクションには『時間停止』の異能持ちが何人か登場するが……しかし、その破り方は基本、俺たちが真似できるもんじゃないしなぁ……」

「どういう方法があるの?」

「まず一番メジャーなのが、『初動を(おさ)える』……つまり、そもそも時間停止を発動させないってやつだな。神楽の場合、刀を使って時間を止めるわけだから、最初から刀を持たせない、もしくは刀を抜かせないってのがそれにあたると思う」

「へえー! いいじゃない! それで対策できるんじゃないの?」

「バカ言え……。神楽は生身でもそこそこの戦闘力を有するんだぞ? それに、戦闘開始時には距離が開いている可能性が高い。お前が本気で神楽に突っ込んだところで、拳や蹴りが届く頃には神楽も刀抜いてるだろ……」

「そっか……。じゃあ、事前に刀を盗むっていうのはどうかしら?」

「理屈としては正しいが、現実的ではない。神楽は常にあの刀を帯刀しているし、こうなってしまった以上、もう俺たちには触れさせもしないはずだ」

「はぁ……。ほんと、なんでこう正々堂々と戦いを挑んじゃったのかしらね、この男は……」

 アルテミスがジト目になる。

 人間の限界を突破した魅力を誇るアルテミスのジト目を受けて、「いやん! なにそのジト目! 悔しいけど、感じちゃうっ!!」とか翔機は思っていたが、そんなことを口にすればまた殴られるので、キリッとした真面目な表情をキープした。

「……こほん。んで、他にメジャーな破り方としては、『時間を止められても関係がないほどの広範囲攻撃を繰り出す』とか、『時間停止中にどれだけ攻撃されても死なないほどの防御力を身につける』ってのがあるが……それも流用できない」

「そうね……。あたしも翔機も不死身じゃないし、あのヤンデレ巫女の周囲を包囲できるほどの広範囲攻撃もないわよね……。ああ、でも、あんたの契約特典を使えばそれも――」

 と、そこまで言ったところでアルテミスは思い至った。

「そうよ! あんたの契約特典! それがあるじゃないっ!」

「…………えっと?」

「だから、ガイアを破った時のアレよ、アレ! なんだったかしら……確か、『どんな異能も無効にできる主人公』よね!? それで時間停止を無効にすればいいんだわっ!」

 アルテミスが名案を思いついたとばかりにキラキラした笑顔を浮かべる。

 それを否定するのは辛かったが……事実は事実なので、仕方なく翔機は説明する。

「それは無理だ。俺の契約特典の保持時間は(わず)か一瞬。神楽が時間停止を発動した瞬間と同時に発動できなきゃ無効化できない」

「……そうだったわね……。でもそれじゃあ、その力で刀に触れて、前みたいにリンクを断つのはダメかしら?」

「アルテミスの攻撃と同じく、俺が自分のリーチに辿り着く頃には、すっかり時間停止は発動しているだろうな。そうでなくても、神楽とあの刀のリンクが魔力のリンクとは限らない。たとえば、俺とアルテミスみたいに物理的なリンクだった場合、刀に触れても何も起きないだろう」

「そう……。本当に強敵なのね……」

 アルテミスがしゅんとする。

 自分の力を頼りにされて、しかし何もできなかったというのは、翔機としても居心地が悪かった。でも、事実なんだから仕方ない。

「……よし、アルテミス。ごちゃごちゃ考えて煮詰まった時は、体を動かすに限る。ちょっと時間停止ごっこをしながら、新たな側面を考えてみるとしよう」

「……時間停止ごっこ?」

「そうだ。俺はこれまでの二次作品による常識に縛られているし、アルテミスは未知の領分だから、これ以上のアイデアは望めない。となれば、実際に時間が停止している状態を二人で体験してみて、その実体験から対策を考えるしかないだろう!」

「えっと……理屈は分かるような、分からないような……。具体的に、どうするの?」

「実際に時間停止を模倣(もほう)してみるんだよ。ちょっと立ってみてくれ、アルテミス」

 翔機に言われて、アルテミスが立ち上がる。

 神楽との戦い開始時を予行練習する意味を込めて、戦闘体勢をとった。

「いいぞ、アルテミス。そして、最悪のパターンを想定する。戦闘開始直後、ここで、神楽が時間停止を発動したと仮定しよう。その場合、どうなる?」

「どうって……そりゃ、動けないでしょうね。日本の言葉にある『手も足も出ない』っていうのは、こういう状態のことなのかしら」

「そうだな。……おっと。視線も前で固定しておいてくれ。本来なら、心臓すら動かせないはずだからな」

「わかったわ」

 アルテミスが前を向いたまま体と視線を止める。

 さすがに精霊としての最低限の生命維持まで止めるわけにはいかなかったが、これで実際に時間停止された時と似た状況が作り出された。

「ふむ。こうやって時間が止められるのか。そして……この状態で神楽は自由に動けるわけだな。こんな風に」

 と、翔機が時間停止を考察しながら、戦闘の構えをとって軽く足を開いているアルテミスの脚線美を()で上げた。

「ひゃんっ! ちょっと翔機! どこ触ってんのっ!? ぶん殴るわよっ!!」

「時間停止っ!」

 拳を振り上げ、真っ赤な顔で怒るアルテミスを一喝(いっかつ)する。

 翔機があまりにも真剣な顔でそう言うものだから、アルテミスも「うぐっ……!」と詰まったまま、元の戦闘の構えへと戻る。

「いいか、アルテミス。これは貴重な実験なんだ。決して、やましい気持ちはない。まさか戦闘前のお前を本当に殴ったり蹴ったりするわけにはいかないだろう? だから俺は、神楽の刀での攻撃をこういう形で表現しているんだ」

「そ、そうは言うけど……っ!」

 羞恥でアルテミスの肌がバラのような真紅(しんく)に染まる。

 できるだけ動かないように意識するものの、体は小刻みに震えた。

「いいか、アルテミス。考えろ……。考えるんだ。確かにお前の時間は止まっている。だが、その状況で如何(いか)にして神楽へと対抗するのか、本気で考えるんだ。人間……じゃなくて精霊でも、本当に追い詰められれば、本気のアイデアを思いつくはずだ……!」

 と言いながら、翔機はさわさわとアルテミスの脚線美を撫で続ける。いやー、ほんと、アルテミスの脚ってきれいでスベスベだなー。役得、役得♪……とか思っていたが、そんなことは微塵も表情に出さない。相変わらず、ハッタリとポーカーフェイスが数少ない取り柄の翔機だった。

 対して、翔機にセクハラされ続けるアルテミスは、プルプルと震えながら必死に対策を考えていた。だが当然、そう簡単には浮かばない。この程度で思いつくアイデアならば、通常でも思いついているだろう。

「……ふむ。やはりこの程度ではダメか。ちょっと攻撃のランクを上げよう。アルテミス。悪いが、次はおしりを触るぞ?」

「なっ――――!」

 もう我慢できない。

そう思ったアルテミスが、キッと目を釣り上げ、拳を握って振り返ると――翔機がバッと手のひらを突き出して制した。

「わかってる。みなまで言うな。さすがに俺も、そこまでセクハラするつもりはない。俺が手で触れるのは、当然アウトだろう。だから代わりに、これを使う」

 そう言って、翔機が文具屋のビニール袋から取り出したのは絵筆だ。

 次の美術で行われる絵画実習用に購入していたものなので、当然新品。

「この絵筆を、神楽の刀ということにしよう。今からこの絵筆――刀で、お前の体を斬る。だからお前も、真剣に対策を考えてくれ」

「……。……。…………。わかったわよ……」

 翔機が直接手で触れないということで、しぶしぶ了承するアルテミス。

 翔機はもちろん口にこそ出さなかったが、心の中では拳を握り締め、大声で「ビッグチャンス来たぁぁああああ!!!」と叫んでいる。

「ではいくぞ、アルテミス!」

「ええ……。……ふぅっ!」

 まずは毛先で軽くおしりをなぞってみる。

 本当に触れるか触れないかという程度だったが、ドレスが薄手のためか、はたまたアルテミスが敏感なのか、それだけでぴくんっ!と体を震わせた。

 翔機はそのまま、毛先が潰れる程度の力でヒップの流線形を撫で下ろし、力を抜きつつ足の付け根へと下ろしていく。

「……んっ! ちょっ、と……! 翔……機っ!」

「考えるな、感じるんだ――じゃなかった、考えるんだ、アルテミス! これは神楽の刀! 攻撃なんだ! このままだとお前はやられてしまう! この状況を脱する策を、お前自身が見つけるんだ、アルテミス!!」

 言いながら翔機は、足の付け根を半周させた絵筆を持ち上げ、今度はアルテミスの前身(ぜんしん)をウエストからバストへ向かってゆっくりとなぞっていく。

力は徐々に、少しずつ、強く……。

「はぁ……っ! んっ! ……やっ! 翔っ、機……っ!」

 視線を固定するのが難しいのか、アルテミスは目を閉じた。

 しかし、それは完全に逆効果だ。視界に割いていた意識が全て絵筆へと集中し、(なまめ)かしい感触をより強く認識してしまう。

「…………ぅんっ!」

 翔機の絵筆がバストの下をなぞった辺りで、アルテミスに限界がやってきた。

 もう立っているのも辛く、壁に手をつき、体を預ける。

「…………翔っ機、……。も、もう……っ」

「ああ。わかっているさ、アルテミス。今、お前はかなりのダメージを負ってしまった。このままだと時間停止が解除された瞬間、全身から出血して死に至る。だから、生き残る手段を本気で探すんだ!」

「そ、そんなこと……っ! い、言われてっ、も……っ!」

 アルテミスのきれいな形をした双丘(そうきゅう)を登りきった翔機の筆は、そのままアルテミスの首筋を撫で上げていた。

 そのまま、うなじを辿(たど)る形で再びアルテミスの後ろへ回した後――ゆっくりと力を抜きながら筆を離し、くるりと反対にした持ち手の方で、一気にアルテミスの背筋を撫で下ろした。

「――――ひぃゃんっ!」

 アルテミスが可愛らしい嬌声(きょうせい)を上げながら、びくりと体を()()らせる。

 全身はバラ色に染まり、目を閉じた美少女が呼吸を乱しながら、うっすらと汗ばんでいる。

(…………ごくり)

 翔機は知らず、生唾(なまつば)を飲み込んだ。

「…………んっ。翔、機……。もう、終わり……?」

 ()っすらとアルテミスが目を開く。

 宝石のような(ひとみ)が涙で濡れ、ウルウルと輝いている。

「……まだ……だ!」

 くたりと脱力したアルテミスを優しく壁から引き離し、そのまま抱きかかえるようにしてベッドへ横にする。

 先ほどの絵筆攻撃がよほど効いたらしく、アルテミスは未だに呼吸を乱したまま、ピクピクと小刻みに体を痙攣(けいれん)させていた。

「アルテミス……なにか、わかったか……?」

「……いいえ……なにも対策は浮かばなかったわ……」

「そうか……。だが俺は一つ、わかったことがある……」

 そう言いながら翔機は、横になるアルテミスへと(おお)(かぶ)さった。顔の左右に手を突き、腰を挟むようにして(ひざ)を立てる。

 アルテミスは薄っすらと目を開けたが、室内灯にちょうど翔機の頭が重なって、表情を見ることは叶わなかった。

「なにが……わかったのよ……?」

 無防備な体勢が恥ずかしいのか、それを誤魔化すように横を向く。

 (ほお)は真っ赤で、瞳は涙に濡れている。

首元で(たま)のような汗が、一筋だけ流れた。

「アルテミス……。俺は……。俺は……!」

 翔機の低い声がかかる。

 トクン、トクン……と(はず)む鼓動を聞く。

 そして、ついに翔機は……先ほど得た自分の答えを口にした。


「俺はどうも、相手が全く反応してくれない『時間停止もの』より、相手が羞恥(しゅうち)に身をよじる『時間停止ごっこもの』の方が、好きらしいっ!!!」


「………………」

 アルテミスの熱が、一気に引いた。

 代わりに、別の熱が込み上げてくる。

怒気(どき)という名の熱が。

「~~~~~~っ!」

「え、ちょっと待ってください、アルテミスさん! なんでまた銀のサンダルをブーツに変換していらっしゃるのでしょうかっ!? 待って! 天高く舞い上がらないでっ! そんなに体を捻ったら、全ての力が蹴りに集中して――きかくものっ!?」

 翔機の体が床に突き刺さり、古い(たたみ)を貫通した。



   ■



「翔ちゃん……。早いね」

 時刻は夕暮れ時。場所は(とき)(とう)神社。

 翔機たちが入念な準備を終え、神楽を呼び出した後……十五分もしないうちに神楽がやってきた。

 赤と白の巫女服。

(たすき)を使って(そで)()くったその姿は美しく、凛々(りり)しい。

「神楽……今一度、念のために問う。その刀、折ってもらうことはできないだろうか? その刀は人間の寿命を奪う。俺の個人的な理由を抜きにしても、この世に存在しない方がいい物なんだ」

 長い前髪の隙間から、真剣な眼差しを向ける。

 神楽は一度瞑目(めいもく)して心を落ち着けた後、静かに断ってきた。

「……ごめんね、翔ちゃん。わたしもこの刀のことは、全部知ってたの。でも、どうしても折れない。折れないの。折れない、理由があるの」

「…………そうか」

 その理由を、翔機は知らない。

 だが、神楽がそこまで言う以上、余程(よほど)大切な理由なのだろう。

 だからそれ以上、その理由は詮索(せんさく)しない。

 それがどんな理由だったとしても、翔機は神楽の刀を折る。

もう、それしか――叶を救う方法はないのだ。

「翔機……あたしは、あの刀を全力で折るわ。いいわね?」

 隣に立つアルテミスが()いてきた。

 翔機も一度、神楽と同様に目を閉じる。

 そして全てを覚悟して目を見開くと、がしがしと頭をかき回し、前髪をかき上げた。

学ランのボタンも全て外す。

翔機の戦闘体勢。

それに加えて、今日は首元にマフラーを巻いていた。

「……久しぶりに見た。翔ちゃんの目。ほんとうに……カッコいいね」

 神楽が少しだけ哀しそうに微笑む。

 大好きな人の目。

 それが、自分から大切なものを奪うためにこちらへ向けられている事実。

 しかし、神楽のそんな表情(かお)を見ても、もう翔機は()るがない。

 殺人鬼も真っ青になって震え上がるような目付き――自分がコンプレックスに感じている魔眼を解放する時は、(なり)()(かま)わず、目的を達成することを覚悟した時だ。

「行くぞ、神楽……構えろ」

 翔機がぐっと腰を落とす。

 隣でアルテミスも戦闘体勢をとった。

 神楽は静かに自然な状態で立つ。剣術における『無形(むぎょう)(くらい)』の構え。

「いざ……尋常に……」

 神楽が凛とした声で告げる。

 勝機は、一瞬。

 時間停止。

一瞬が永遠になるそれが発動したら最後。もう翔機たちに勝ち目は無い。

「――――勝負っ!」

 神楽が叫び、刀に手を伸ばす。

 同時、アルテミスが足下に用意していた石を蹴り飛ばした。

 神社の地面に転がっていても何の不思議もない……けれど、ほんの少しだけ大ぶりの石。

それが、アルテミスの銀の魔力を込めた蹴りを受け、弾丸の如き速度で神楽へ向かって行く――!

「――――っ!」

 狙いは左腰。

 妖刀・(とき)(わたり)柄頭(つかがしら)

 そのまま無理に抜刀しても、石との接触でほんの僅かに攻撃が遅れる。

 その前に――――っ!

「うおおおおおおおおおっ!!!」

 アルテミスが石を蹴ると同時、翔機も飛び出していた。

 神楽までの距離は、三メートル強。

 一足飛びで辿り着くことはできなないが、着地を犠牲にして前回り受身の要領で飛び込めば、なんとか三足で間合いに届く。

 アルテミスの石と翔機の手。

 二人の二手が、神楽の『初動』を抑えにかかる――!

「…………っ!」

 しかし神楽は、これに対して冷静な対処をとった。

 まず一歩右にずれることで石を避け、次いで左足を引いて半身になった。

刀と翔機の間に自分の体を滑り込ませる。

 これでアルテミスの攻撃は無効化。

 翔機がいくら手を伸ばそうとも、神楽の抜刀の方が僅かに速い――はず、だった。

「今だ、チャンス!!!」

 だが、そんな回避は予想済みだったと言わんばかりに、翔機が無理矢理に手を伸ばす。

 その手に、チャンスを(つか)むために。

 脇役らしく、無様に、泥臭(どろくさ)く、足掻(あが)くために。

 そして――翔機は確かに掴んだ。

 当然、刀に手は届かない。

 代わりに――神楽の、朱色の(はかま)(すそ)を。

「――――ふえ?」

「どうりゃぁぁあああああっ!!!」

 アクロバティック・スカートめくり。

 地面にスライディングタックルして身を削りながら、翔機は裾の長い神楽のそれを、上空へ向かって豪快(ごうかい)(めく)り上げた。

「へっへーん! 拝ませてもらうぜ、神楽っ! お前のエロエロな下着をよぉっ!! どうだ、恥ずかしいだろう!? 恥ずかしかったら、一旦(いったん)抜刀は諦めて「きゃーっ!」とか悲鳴を上げつつ、可愛くスカートを押さえて――」

 などと、地面に()(つくば)りながら偉そうに語っていた翔機だったが……その言葉が、止まる。

 なぜなら、神楽の袴はめくれ上がることはなく――いや、正確に言えば多少はめくれ上がっていたのだが――それは足下程度までで、それ以上はめくれていない。

 というか、そもそも(はかま)とスカートの構造は根本的に違っていた。

 スカートは股下(またした)が完全な空洞(くうどう)だが、袴は股下に仕切り布が一枚ある。

 すなわち、スカートかズボンかで言えば、袴はズボンに近い構造になっていたのだ。

「ええっ!? マジでっ!? 袴って、そんな感じなのっ!!?」

 死闘をすっかり忘れ、素の反応をする翔機。

 神楽は一瞬、あっけにとられたように固まったが……すぐに気を取り直すと、再び刀を抜くために手を動かす。

 だが、遅い。

 いくら翔機がバカなことをやっていても、敵は一人ではない。

 翔機が変態行為で稼いだ僅かな時間に――アルテミスは間合いを詰め、(ちゅう)を舞っていた。

「翔機は――後でぶん殴っておくわっ!」

「――――っ!!」

 上空から聞こえたアルテミスの声に、神楽が顔を上げる。

 銀の魔力を込めた屈強なブーツが空気摩擦でスパークし、閃光となって神楽へと襲い掛かる!!

「くっ――――!」

 この状態で抜刀は無理だ。

 抜いた刀を振るより、アルテミスの最強の蹴りの方が速い。

 神楽が身を(ひるがえ)し、右足を軸にして反転する。

 アルテミスの蹴りが外れ、地面へと突き刺さった。

 だが――半身の状態からさらに反転したことにより、刀の鞘は翔機の眼前に(さら)されてしまった。

「今だっ、チャンスっ!!!!!」

 翔機の右手が、ついに漆黒(しっこく)(さや)(つか)む。

 そのまま刀を奪おうとして、ぐいっと引っ張ると――最悪の事態が起こった。

「あっ――!」

「なっ――!!」

「――――っ!!!」

 三者三様に驚きの声を上げる。

 翔機の行動は完全に裏目に出た。

 刀を奪おうとして鞘を引いた結果、(つば)が神楽の腰巻(こしまき)に引っかかり、そのまま抜けてしまう。

 つまり、翔機が神楽の抜刀を手伝ったような形だ。

「こぉんのっ……バカ翔機ぃっ!!!」

 アルテミスが怒鳴りながら手を伸ばすが、もう遅い。

 これが千載(せんざい)一遇(いちぐう)のチャンスと見た神楽は、自分の腰巻ごと引き裂いて、妖刀を頭上へと振り抜いた。


刹那(せつな)――――《時当(ときあ)て》」


 凛とした声が響く。

 刀の刃先に、魔力が乗る。

 流れゆく時間に(とき)(わたり)の時間がぶつかり、時が完全に停止した。


「………………」

 色を失った世界。

 光も空気も停止した、完全なる静寂。

 そんな中、世界の(あるじ)となった一人の巫女(みこ)が、順番に必要なものの時間停止を解除していく。

 まず、自分の体。

 次に、空気などの生命に関わる全て。

 必要なものの時は動かし、それ以外は停止させたままにする。

 今まさに、神楽はこの世界の(あるじ)であり、王だった。

「……ごめんね、翔ちゃん」

 足下でうつ伏せになり、(さや)を握ったまま驚愕(きょうがく)の表情を浮かべている想い人に、そっと謝罪する。

 始めから、こうなることはわかっていた。

 決して、神楽が特別な人間というわけではない。

 ただ、(とき)(とう)護身(ごしん)(とう)――妖刀・(とき)(わたり)が強すぎるのだ。

 この刀を使えば、誰だって王になれる。逆に言えば、この刀を持ってさえいなければ、神楽は普通の女の子と大して変わらないはずだった。

「……いけない。時間を無駄遣いするのはダメだよね。だって、この時間は……誰かの寿命(いのち)なんだから」

 自分の呟きに、自分で傷つく。

 本当に罪深いことをしていると、神楽は思った。

 神楽自身もこんな刀は世界に無い方がいいと思っている。その理由さえ無ければ、今すぐにでも神楽自身が叩き折ってしまいたいくらいだ。

 だけど、それはできない。

 その理由がある限り、そんなことはとてもできないのだ。

 だから神楽は、私用(しよう)で『時間停止』を使ったことなど、一度もなかった。

 本当にやむを得ない場合を除き、こんな呪われた力は使わないつもりでいた。

 今回だって、できれば翔機に諦めてもらうか……それが叶わなくとも、《(とき)()て》だけは使わずにやり過ごそうと思っていたのだ。

 しかし、無理だった。

 翔機とアルテミスが、あまりにも真剣に……必死にこの刀を狙ってきたから。

 だから神楽も、切り札を切るしかなかった。

「よい、っしょ……。重いな……」

 時間が止まっている翔機の体を動かす。首元のペンダントを切断するためだ。

 時が止まっているため、翔機の体は色々なものが邪魔をして中々動いてくれない。

 邪魔をしている障害の時を動かせば、楽に翔機の体も移動できるのだが……万が一のことを考えて、それはしないことにした。

 最低限のもの以外の時間は止めたまま、できる限り不安要素を排除して、確実に翔機のペンダントを()る。

「……ふう」

 少々時間はかかったが、翔機の体を仰向(あおむ)けにし、首元が見える状態にできた。

 初夏だというのに、翔機はマフラーをしている。

 おそらく、最低限の防御のつもりだったのだろう。

 だが、肝心のペンダントはマフラーの下に出ているので、その(くさり)(とき)(わたり)の刃を()ませ、振り上げた。

 細身のチェーンは、それだけであっけなく切断される。

「ごめんね…………」

 もう一度だけ翔機に謝って、距離をとる。

 万が一、翔機とアルテミスが敗北を認識せずに(おそ)ってきても……再び《時当て》が行えるように。

 全ては十全(じゅうぜん)だった。


 そして――世界の時間(とき)が、動き出す。


「――――っ!!?」

 アルテミスの伸ばしていた手が(くう)を切る。

 彼女から見た世界では、刀を振り上げた神楽が突如として消えたように見えた。

 だが次の瞬間、全てを理解する。

「翔機っ!!」

 慌ててアルテミスが振り返った。

 翔機のペンダントは、チェーン部分が切断されている。

「…………っ!」

 翔機もようやく、そのことを認識した。

 世界の時間を止められ、神楽に置いていかれたのだ。

「ごめんね……翔ちゃん……」

 戦闘開始時よりもさらに遠く、五メートル以上離れた距離から、神楽が謝る。

 それを見て全てを悟った翔機は……苦笑した。

「謝るな……神楽。お互い真剣勝負だったんだ。何があっても恨みっこなし――そうだろ?」

「それでも……ごめんね……」

 神楽が(うつむ)く。

 大切な人から大切なものを奪った。

その事実が、(やいば)となって神楽の胸を刺す。

「あたし達の……負け……」

 アルテミスがガクリと膝を折った。

 翔機が何よりも嫌いなもの。

 美少女の……大切な人の、悲しい表情(かお)

 だから翔機は、すぐに元気よく立ち上がり、場違いなほど明るい声で言い放った。


「二人とも、暗い表情(かお)するなよ! まだ勝負は――ついてないんだからっ!!!」


「「――――え?」」

 神楽とアルテミスの声が重なる。

 翔機は二人に見せ付けるようにチェーンが切れたペンダントを投げ捨てると……するするとマフラーを(ほど)いた。

 その中から……アルテミスと契約した証――銀のペンダントが現れる。

「――――っ!!?」

「翔機っ!!」

 事態を理解した二人が対照的な反応をする。

 少なくともこれで、美少女の悲しい表情は消えた。

「やるじゃないっ! なんでマフラーなんてしてるのかと思ってたけど……最初にマフラーの下から出てたペンダントは、ダミーだったのね!?」

「ああ、その通りだ。苦労したぜ、似たようなタイプ探すの。……あと、シルバーアクセサリーだったんで八千円もした……」

 翔機が暗い顔をする。

 これで今月、翔機の晩ごはんからおかずが一品ずつ消えた。

「……でも、もう無理だよ……。また時間を止めて、今度こそ、そのペンダント、を――!?」

 そこまで言った辺りで、神楽の体が()らいだ。

 立っているのも(つら)く、刀を地面に突き立てて(つえ)代わりにする。

 同時、翔機も眩暈(めまい)を起こしたようにクラリと地面に倒れた。

「へ、へへ……。キくだろ? 遊部に無理言って用意してもらった揮発性(きはつせい)の睡眠薬だ……。無色無臭で、クロロホルムなんて目じゃないくらいのシロモノらしいぜ……?」

「…………っ!」

 神楽がさっと境内(けいだい)に視線を走らせる。

 視認できるだけでも三箇所(かしょ)に薬品の(びん)が置いてあった。

どれも(せん)を抜いた状態で放置されている。

「……心配、すんなよ……。ミクに頼んで気流を計算してもらってるから、近隣住民に被害は出ない……。もし眠りに落ちても、一時間程度で目が覚めるさ……」

 ようやく神楽は全てを悟る。

 翔機が入念に準備していたことを。

 時間停止への対策をしっかりしていたことを。

 そして自分が――そんな、罠を張り巡らされた場所にまんまと(おび)き出されたことに。

「どう、して……!? こんな、強い薬……わたしを、待ってる、間に……!」

「へへ……そう、だな……。ほんとなら……俺の方が先に眠っちまうはずなんだ……。でも、お前――」


「――――俺よりも長い時間、息してたろ?」


「――――っ!!!」


 時間停止を逆手(さかて)にとった裏技。

 (おきて)(やぶ)りの攻略法。

 自分より長時間動ける(もの)への、足枷(あしかせ)


 アルテミスとの『ごっこ遊び』は、決して無駄ではなかった。

 翔機は、時間を止めた者の長所――『相手よりもたくさん行動できる』というメリットを、そっくりそのままデメリットへと変換してみせた。

「でも……っ! これじゃあ、もう、翔ちゃん達、だって……っ!?」

 神楽は、そこで信じられないものを見たかのように目を見開いた。

 立っている。

 その二本の足でしっかりと。

 まるで、強力な睡眠薬など全く関係ないとでも言うように――。

「自己紹介……まだだったわね。あたしは、アルテミス。見ての通り、銀の精霊よ」

「銀、の……精霊……!?」

 もう立っているのも辛いのだろう。

 気を抜けば落ちてしまいそうになる(まぶた)を必死に震わせながら、神楽がアルテミスを見据(みす)える。

 対するアルテミスは、まったくもって平常運転だ。

 当然である。精霊は根本的に人間と違う。

 人間に効く睡眠薬であったとしても、精霊に効く道理などない――!

「観念しろ、神楽……。もう、眠くて仕方ないだろ……? 今この場で動けるのはアルテミスだけだ……。もしまた時間を止めても……もうお前には、その程度の距離すら歩けないはずだ……」

 再度《時当(ときあ)て》をするためにとった距離すら裏目に出る。

 たった、五メートル。

 されど、五メートル。

 平時であればなんともない距離が、今はとてつもなく遠い。

 翔機の言う通り、神楽にはもう、この距離を歩く気力すら無かった。

五分(ごぷん)も吸えばゾウすら熟睡する睡眠薬だと、遊部は言っていた。

 ミクに計算してもらった風上(かざかみ)で、できるだけ呼吸を少なくしていた翔機はともかく……時間停止の間すら薬を吸い続けた神楽は、今、立っていることさえ奇跡なのだ。

 ――――だが。しかし。

「……まだ、だよ……」

 完璧と思える作戦。

 万全に万全を期した準備。

 用意周到に排除した不安要素。

 普通なら、もうこれ以上のイレギュラーはあり得ないという状況。

 …………それでも。

 それでもなお、天に見放されるのが、今田翔機という脇役(わきやく)なのだ。

「まだ、わたしには……最後の、切り札がある……!」

「…………っ!?」

 アルテミスが警戒するように構えを強くする。

 翔機もなんとか立ち上がろうと試みるも……上手くいかない。

 もう、かなり薬が回っている。

(とき)(わたり)でぶつける時間の『向き』と『量』を変える事で……対象の時間を『進め』たり、『戻し』たりできる……!」

「なんですって……!?」

 アルテミスが目を()く。

 そんな話は、遊部が調べてくれた情報の中にさえ無かった。

 おそらく、『時当神社』の長い歴史の中でも……一度も使われたことが無かったのだろう。

 言ってみれば、完全なイレギュラー。完全な不幸。

 常に〝災厄(さいやく)〟に見舞われる翔機の――日常であり、運命。

「へ、へへ……。ははは……」

 翔機の口から、渇いた笑いが漏れた。

 つくづく、自分の人生が嫌になる。


 どれだけ頑張っても。

 どれだけ努力しても。

 どれだけ用意しても。

 そんな自分を嘲笑(あざわら)うかのように、運命は簡単に全てを(くつがえ)し、(うば)いとって行く。

 だから、仕方ないのだと。

 これが、自分の人生なのだと。

 所詮(しょせん)、自分はその程度なのだと。

 何度も、あきらめそうになった。

 何度も、あきらめた。

 なのに、その度に立ち上がってきた。

 どれだけ(どろ)(まみ)れても、笑顔で。

 たとえ泥水の中で転ぼうとも、その中から薔薇(ばら)を抱えて立ち上がってきた。

 そうまでして、守りたいものがあったから。

 そうまでして、守らせてくれるものがあったから。

 あの陽だまりのような笑顔。

 何度も抱きしめてくれた温もりに。

 いつか、これまで(もら)った全てを(かえ)すために――――


「もう、ダメだ……。降参だ、神楽……」

「翔機っ!!」

 アルテミスが悲痛な叫びを上げる。

 翔機の眠気は限界で、(まぶた)は今にも落ちそうだ。

「お前の考えはわかってる……。お前の体か、睡眠薬か……どちらかの時間を操作して、その眠気を消し去る……」

「うん……そうだよ……。そうして、もう一度《時当(ときあ)て》を――時間停止を使う……」

「そっか……。なあ、神楽……。最後だから、言わせてくれないか……?」

「……なーに、翔ちゃん……?」

「俺はな……お前のことが、大好きなんだ……」

「……わたしも、だよ……」

「そっか……。両想い、なんだな……」

「……うん……そうだね……」

「だったら…………」



「俺と一緒に、死んでくれ――――!!」



 翔機の眼がギラリと光る。

 自分の信念を確かめるように、胸に手を当てた。

 翔機の信念。

 鉄の意志。

 己の愛する妹――今田叶の幸せを守るという、剣の(ごと)き誇り(プライド)。


「《変身(チェンジ)》ーーーーー!!!!!」


 翔機の信念に呼応するように、胸の内ポケットが銀色に輝き、そこに入っていた一本のゲームディスクが、弾けて消えた。


 そのゲームは――七人の魔術師と七人の使い魔が『聖杯(せいはい)』を求めて争う物語。


 その主人公は――生涯(しょうがい)を〝剣〟として生きた少年――――!!


 次の瞬間、神楽は確かに見た。

 緋色(ひいろ)に染まる空。

 永遠に続く荒野。

 墓標のように地に突き刺さった数多(あまた)の剣。

 ……そして。


 天より無数に()(そそ)ぐ、無限の宝剣(ほうけん)宝刀(ほうとう)を――――!!


「――――っ!!?」

 その異常事態に、一瞬だけ神楽の眠気も消し飛んだ。

 体が反射的に動き、即座に《時当(ときあ)て》を行う。

 だが、おかしい。

 色が消えない。

 確かに頭上の宝剣・宝刀は動きを止めた。

 翔機とアルテミスも、動く気配は無い。

 それなのに――緋色の空と永遠に続く荒野は、まるでその姿を変える気配がなく、あまつさえ、停止させたはずの宝剣・宝刀すら徐々に迫って来ている。

「なにが……起こったの……っ!?」

 逃げ場を探すように辺りを見回すも、そんなものは存在しない。

 見渡す限り、視界の彼方(かなた)までひび割れた荒野と燃えるような紅の空が続き、地平線を(えが)いている。

 そして上空には、数え切れないほどの剣。

「……このままじゃ、翔ちゃんも……っ!」

 降り注ぐ〝剣〟は、そのどれもが伝説級のシロモノだった。

御伽(おとぎ)(ばなし)で聞いたような剣。神話にまで登場する剣。見ただけで(めい)(わか)るほどの刀。

 あんなものが突き刺さったら、その剣がどれであれ、自分も翔機も即死だ。

 翔機は言った。「一緒に死んでくれ」、と。

 これは、本当にそういう意味なのかもしれない。

 この世界にいたのでは、みんな死んでしまう。

 翔機は、最愛の妹を守れなかったことを悔い、自分と共にここで自殺するつもりなのかもしれない――と、神楽は思った。

「そんなこと……させない……っ! 翔ちゃんは、わたしが守る……っ!」

 もはや、眠気や睡眠薬の相手をしている場合ではない。

 奥義はたった一度のみ。

 全魔力を込めた時間操作で――この窮地(きゅうち)を脱する。

 己の愛する人を守る手段は、もうそれしかない。

 神楽は舞う。『(たま)()らいの妖刀』と呼ばれる血塗られた刀の全魔力を解放するために。

「――時を操る罪深き刀よ。第十三代守り巫女・神楽が命じます。内包する全ての時間を解き放ち、迫り来る(やいば)の群れを時の流れと共に風化せよ――」

 時当家に何百年も前から伝わる舞に呼応するように、(とき)(わたり)の刃紋が妖しく光る。

 舞が終わる最後の回転に合わせて、神楽が刀を振り抜いた。


刹那(せつな)――《時飾(ときかざ)り》!!!」


 叫ぶと同時、妖刀・(とき)(わたり)から解放された時間が、迫り来る〝剣〟の群れにぶつかった。

 その流れは〝剣〟に内在する時間の方向と同じ。

 その結果、剣が持つ内部の時間だけが過度に進み、時の流れと共に全ての剣は風化する――はず、だった。

 だが、その速度が遅い。遅すぎる。

 剣の内部では既に数百年の時が経過しているにもかかわらず、未だに剣の群れは、その姿を変えない。

「そんなっ! どうして……っ!? お願いっ! この刀の全部の時間を使ってもいいから……っ!!」

 神楽が放流する時間にさらなる力を込める。


 この剣は――否、この世界は、普通の世界ではなかった。

 生涯を〝剣〟として生きた少年。

 その少年が、心の中に持ち続けた世界。原風景(げんふうけい)

 少年には、自分が心に(えが)き続けたその世界を、具現化させる力があった。


 翔機は自身の契約特典――【英雄の(ヒーローズ・レコード)】によって、その少年の異能(ちから)をコピーし、剣の世界を再現した。

 それらの剣は、全て贋作(ニセモノ)

 少年が心に描いただけの、翔機と同じ脇役(わきやく)たち。

 だが――たとえそれがニセモノでも、脇役でも、信じ続けた『それ』は、本物を凌駕(りょうが)する――!


 神楽はアプローチを間違えていた。

 時間の操作をするなら、『剣』を対象にするのではなく、『この世界』全体を対象とするべきだった。そうすれば、もっと効果的に時間を操れただろう。

 そうでなくとも、そもそもこんな幻想(ニセモノ)、放っておけばよかったのだ。

 剣に実体はあるが、それを発現しているのは一瞬しか持たない翔機の手品。

《時当て》さえ、しなければ。

 一瞬を永遠にさえしなければ、こんな世界、早々に消え去っていた――。


 随分と遠回りをして、自身の巫女としての魔力まで上乗せして……どうにか神楽は無限の剣を風化させることに成功する。

 と同時、体力も精神力も限界に達した。

 ぷつりと糸が切れたようにその場に倒れる。

「でも……これで……翔ちゃんを守ることができたよ……」

 魔力と時間を使い切ったことで、時間停止が解除される。

 動き出した時の中で、神楽は刀が折れる音を聞いた。




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