小麦粉から始まる恋
――私はある日、大好きな彼に小麦粉をぶっかけた。
私こと佐々山美里は、「シナイ」で有名な高校に通っている、ただのしがない女子だ。……そう、私の通う学校は「竹刀」で有名だ。
剣道部の強さだけならどの学校にも劣らないくらいに。
私の大好きな彼も剣道部に所属している高校一年生。
「どういうつもりだよ……?」
その男らしい口調は私のハートをいとも簡単に射抜いてみせた。早く弓道部入れ。
「あっいや……」
「あのさぁ……! 俺、今から練習だって知ってんの? ねぇ?」
知るか。
「チッ……マジ最悪」
「ご、ごめんなさいっ!」
――これが私と彼の出会い。別れではないと信じている。
あぁ、ちなみにどうして私が小麦粉なんてものを持って廊下をうろついていたのか……それは私が不審者だからではなく、調理部に所属しているから。
使い切ってしまった小麦粉を取りに別の教室に行って、帰って来る途中で彼に小麦粉をぶっかけた。
「もう俺には関わるな、この小麦粉女」
同学年だから一切関わらないのは無理ですけどね。
……とまぁ、そんな感じで彼は私の前から去って行ったのが昨日のこと。
そして今日――、
――バボフゥッ!
「…………………………おい」
「…………………………はい」
私はまた彼に調味料をぶっかけてしまった。ちなみに強力粉ね。
「お前……わざとやってんの? 俺に恨みでもあんの?」
「無い無い無い無い無い無い無い無い!!」
思わず手と首をブンブンと横に振って否定した。ははっ、恨みなんてもんある訳ないじゃあないですか。
「俺に関わるなって言っただろ。何なの? 馬鹿なの? 爆ぜるの?」
そんなところも好きですブヒィィィ!!
……そう叫びたいのを我慢した私は、代わりに『考える人』のポーズを取る。そうだ、いつもの私のペースに持って行って、笑ってもらおう。
「おい、馬鹿にしてんだろ」
まだ和む様子の無い彼に、次は『円盤投げ』のポーズを取る。ふふふっ、どうだ私の完璧なポーズは。もう本物と見間違えてもおかしくないくらいの完成度なのだよ。
「聞いてんの? 俺の話」
聞いてない。
――ブチッと、そんな音が聞こえた気がする。
ううん、気のせいだよね。きっとどこかの祭り会場で誰かの鼻緒が切れたんだよね。
「テメェいい加減にしろよ……!」
普段は温厚なことで有名な彼だが、私の二日続けての攻撃には限界が来ているようだ。見かねた私は慌てて『アインシュタイン』の顔真似をした。
あれだよ、あっかんべーだよ、あっかんべー。
「この小麦粉女ぁ……!」
彼が青筋を立てながら私に近付いて来る。初めて言葉を交わしてから二日、あだ名をつけてもらう仲になった私達。
果たして彼は何を言って来るのだろう? ドキドキしながら『アインシュタイン』の顔真似のまま、言葉を待つ。
「どうして青海苔じゃないんだよ!!」
――彼も変人でした。
粉 粉 粉 粉 粉
それから数日が経ち。
「おう小麦粉女、今日の弁当は小麦粉か?」
調理室に向かう私と、体育館に向かう彼との間には会話が生まれた。他愛も無い、むしろどうでもいい会話が。
「私がそんな粉々しいもんを食べるとでも?」
「お前いつも粉々しいだろ」
私も彼にはあまり堅苦しくなくなり、彼も彼で軽口を叩いて来るほど。
しかし、彼が青海苔発言をした時から、何だか私の中で熱が冷めたような気がした。それでも「好き」という気持ちが根っこから消えた訳ではなくて。
「なぁ小麦粉女」
そんなある日のこと。
「――俺と付き合ってくれないか?」
突然の、彼からの告白。いくつもの言葉を交わして行く内に、自分の気持ちが変わって行ったとのこと。
正直言って、こんなに突然言われても困るばかりだった。だって私は彼のことをよく知らないのだから。まだ出会って間もない、同学年の生徒ってくらいだし。
それでも彼は、
「これから俺と一緒に過ごして、思い出をたくさん作ろう」
って言ってくれたりもして。終いには、
「俺と小麦粉、どっちが好きなんだよ」
そんなことまで言い始める始末。
いや、何だか否定しているようにも見えるけど、実際は凄く嬉しい。だって大好きな彼だから。
小麦粉をぶっかけた日から、ほんの少しだけでも交流できる時間が嬉しかった。たったの五分でも、その時間が宝物だと思えるくらい。
だから、だからこそいきなりの告白には驚く。
「答えを聞かせてくれ」
しっかりと私の目を見てくれている彼に、私も目を合わせる。
高鳴る心臓を深呼吸で落ち着かせ、私は嬉々として答えを口にした。大好きな彼に、少しでも私の心変わりの気持ちが伝わるように。
「――小麦粉の方が好き」
こうして私の初恋は小麦粉の圧勝で幕を閉じた。




