方法その3 回避不可能なら潔く巻き込まれてしまいましょう。(ただし進行の手綱はしっかりと握っておく事!) 後編
6月の終わり、体育祭の日を迎えました。
さーりゃん先輩からは、もしかしたら『イベントめいた事』があるかもしれないけど、と脅かすように言われましたが、そうはいっても“イベント”の影に怯え、本当に起こるかどうかも分からない事件の為に大げさに騒ぎたてる訳にもいかず、そんなこんなで事前策をとれる訳も無くてですね。
なので、出来るだけ好感度を上げない作戦で、位にしか私には思いつく事も出来る事もありませんでした。
あの雨の一件で何となく東雲先輩との接触にも慣れた気がしますから、もし何かあった時も自分を見失わなければ大丈夫。……でしょう、多分。
私の出場種目は200M走だったので、すでに出番は終わっていて、大玉の美々ちゃんと他の友人達と一緒に自分の席で応援していました。
「あ、おねーちゃん」
「え、どこ?どこですか!?」
「あっち。青の……」
「わあ、速いですねえ」
「ん、お姉ちゃん、そんな事無いっていつも言うけど、結構速い方」
さーりゃん先輩は長距離の方ですね。先頭から少し離れてはいますが、このままゴールすれば2位か3位は確実ではないでしょうか。
「あっ、赤組の所にいるの白樹先輩ですね!きっと凄いんでしょうね。楽しみです!!」
次の競技の待機場所では、白樹先輩が待ってました。
走る系の競技はさーりゃん先輩の出た長距離走でひとまず終わりで、次は騎馬戦になります。
……そういえば、白樹先輩の体育祭イベントって騎馬戦の話でしたよね……。
先輩も目撃したんでしょうか……。いいなあ。
「友美ちゃん、玉入れに出るって」
隣の美々ちゃんが話しかけて来たので、意識を戻します。
プログラムを見て順番を確認してみると……。
「玉入れだと、……この次の次の次……ですか。じゃあ、がんばって応援しましょうね!」
「ん!」
知っている人達が出るたびに、私達は一生懸命応援していました。
どの先輩方も、すっごくカッコ良くてキラキラしている感じがして、ああこの世界は本当にゲームの世界なんだなあって実感できて、すごく嬉しくなっちゃいました。
とか言いながら、さーりゃん先輩は別にゲームキャラじゃないんですけどね。
でもでっかい負けてませんから!!
事件は、借り物競走の時に起こりました。
「東雲、先輩……こっち、来る?」
「あ、本当ですね。何を探しているんでしょう……?」
白いカードを拾った先輩は何かを探す様にきょろきょろとした後、私達のいる方向に……って、ほんとに私達の所めがけて来てませんか!?
「神山さん!」「マリアちゃん!」
え?と思う間もありませんでした。
いつの間にかそばまで来ていた東条先輩と、真っ直ぐこちらめがけてやって来た東雲先輩は、そろってこう言ったのです。
『『一緒に来て(くれ)!君が必要なんだ!』』
お2人によってまるで宇宙人の様に両腕をがっちり抱えられ、私は物凄い注目を浴びながらゴールへと向かう事になりました。
当然、両脇のお2人が物凄い勢いでけん制し合っていたので、トップはおろか、ブービーすらもらえませんでしたが。
というか、それ以前の問題だった様です。
「両者、失格」
その言葉に、会場中がざわめきました。
「な、なんでだい!?」
「どーいうことなのさっ!!」
2人で実行委員に食ってかかったその時です。
「こんな、ことも、あろうかと!!」
喝!とばかりに大声を張り上げたのは、生徒会役員席で待機していた筈のさーりゃん先輩でした。
「2人とも、紙をもう一度見せてくれるかな?」
2人から借り物の指定の紙を回収すると、さーりゃん先輩はしげしげとそれを眺めました。
「ふむ、まあここまでくれば、どのコンピュータ使ってどのプリンターで印字したかなんてあんまり関係ないよね」
どれも同じだし、とやや小さな声で呟くように続けます。
いつの間にかそばに来ていた同じく役員の白樹先輩が、さーりゃん先輩と一緒になって手元を覗き込んでいました。
「でもね、今回君達は、やっちゃあいけない事をやってしまったんだよ」
そのセリフだとまるで、探偵か何かが今からでっかい種明かしをするみたいです。
事実、生徒会は今回の体育際において1つのトラップを仕掛けていたようでした。
体育祭実行委員会に対する提案、という形で。
「今回の借りものはね、実は『物』限定なんだよ」
「「モノ?(だと?)」」
「そう、『物』あるいは器物。つまりね、君達の持っていた紙に書いてあるような……『気になる人』だとか、『大切な後輩』だなんて『借り者』は、今回存在しない事になる」
「「なっ……!?」」
2人の先輩方は一度大きく絶句した後、それぞれの持論を展開し始めた様です。
ステレオで早口なので、何言ってるのか良く分りませんでしたが。
ただ、横暴だ、とか、わかってない、だとか言っていた気がします。
でも、それもまたさーりゃん先輩の『カッ!!』という非常に乙女らしくない一喝で黙らされてしまいましたが。
「自分の人間関係フルボッコにするだけで済むなら止めないけどね、そうじゃあないだろう?」
溜息交じりのさーりゃん先輩の言葉に、2人の先輩方は揃って首を傾げました。
「つまりだねえ、衆人環境の中、この手紙を見せられて「君が好きです!」なんて告白でもされてみなよ。相手断れると思う?お互いの関係がぎくしゃくするだけならまだ良い。けど、下手したら周囲にいた友達すら巻き込んで、一生引きずる可能性だってあるんだよ?」
さーりゃん先輩の指摘に、顔を顰めるような表情になった先輩方。
しかし、自分の建てた作戦?を、そう簡単には諦められはしないようで……。
「これがきっかけで付き合ったとして、上手くいく可能性だってあるだろう?」
「そうだよ!何も全部ダメって決めつける事無いんじゃない!?」
「ドントセイ!」
……何でそこで英語なんですか?さーりゃん先輩。
口の端が持ち上がっている辺り、先輩はご自分の優位を疑っていないようです。
事実、お説教されている方のお2人は、先程からぐうの音も出ない位叩き潰されている訳ですが。
「この場においては、だが、彼女はそれを望んでいない。そうだね?」
急に振られて慌てた私は、若干うわずった声で「は、はい」と答えました。
そういうシチュエーションに今後なるかどうかはともかくとして、実際に私が今お2人とお付き合いするかと言ったらノーでしょう。
せめてお友達付き合いからでお願いします。あ、東雲先輩の場合は問答無用でノーなので。友達とかも無いですから。
「つまりね、これも立派な脅迫の内だと、生徒会は判断するよ」
生徒会が、……いえ、さーりゃん先輩がかばってくれた……。
男子の先輩2人からかばうみたいに肩を引き寄せたさーりゃん先輩は、何だかそこらの男子より、余程カッコ良く見えました。
「ね、これでイベント回避、成功、でしょ?」
こっそりと耳打ちされて、そこで私はようやく気付きました。
私はずっと、さーりゃん先輩に守られていたんだという事に。
東雲愉快の体育祭イベントは、今回の様に借り物競走で主人公―――本来ならば篠原友美先輩―――が彼に借りられる、というものでした。
その際見せられた紙に書いてあったのは『好きな人』の文字。
競争が終わった後「気になっていた」と彼は言いますが、結局のところ、その時点では彼女に自分を意識させる為だけに仕組んだ、やらせみたいなものだった……という事が後日―――物語終盤で明かされます。
だから今回のこの事態も、さーりゃん先輩が手を回してくれなかったら……。
自分の認識の甘さに、今更ながらにぞっとしました。
「さーりゃん先輩……っ」
「よしよし。感謝して敬いな」
ありがたいやら少し怖くなってしまったやらで、私は思わずさーりゃん先輩に抱き付いてしまいました。
先輩は、セリフはアレですけど、でも髪を撫でてくれる手つきはとっても優しくて、私はすっかり安心してしまいました。……少しもたれかかってしまったかもしれません。
それと、正直に言うと、……ちょっとだけ気持ち良かったです。
収まらなかったのは2人の先輩たちです。
「あのですね、ではもし、お互いに実は好きどうしで、これをきっかけに告白しようという人達がいたらどうなのですか?」
いつもは穏やかなあの東条先輩が、珍しくとげとげしい感じで詰め寄って来ました。
あ、さっきまで呆れた顔をしていた白樹先輩が、真面目な表情になって前に出て来ましたよ。
わあ、本当に彼氏さんです。
「そうだよ!これってある意味、生徒会が守るべき生徒のチャンスを公式に潰してるって言っている様なものじゃん」
東雲先輩も負けじと言い募りますが、さーりゃん先輩は私を抱えたまま鼻で笑いました。
「吊橋効果って知ってる?こんなんで嬉々として釣れるチョロイン様と付き合ったとして、その後どうなるか、どんだけ長続きする物か、たかが知れてる様なものだよ」
さーりゃん先輩、さーりゃん先輩っ、いつの間にか会場中が静まり返っていますよ、さーりゃん先輩!!
襟元のピンマイク、まだ多分でっかいスイッチ切れてませんから!
東雲先輩ほど悪質じゃ無くても、もしかしたらこの体育祭で……、とか考えてた人もいたかもしれないですから、そろそろでっかい自重した方いいと思うのですがっ……!!
後その理屈だと“ゲームの主人公”もでっかいチョロイン認定になっちゃいますからっ!!
結局、お説教から解放されて席に戻る間も、何故か東雲先輩と東条先輩の間に挟まれる形になりました。
目立つので早く解放してください……。
「結果的にキミに迷惑をかけてしまったね。済まなかった。だが、これだけは分かって欲しい。例え卑怯な手段だったとしても、ボクはキミに近づきたかったんだ」
左横を歩いていた東条先輩が、急に振り向いて手を握って来ました。
え、何でしょうか急に。
かと思うと、右隣から東雲先輩が横入りして来ました。
「へー、卑怯だって自覚あるんだー。まーりゃん、こんな人とはさっさと縁切っちゃったほーがいーよー?」
人の事言えた義理では無いと思います。後“まーりゃん”って呼んで良いのはさーりゃん先輩だけですから。
「貴方も同じ事をしただろう?人の事は言えないと……」
「僕のは嘘じゃないもーん」
「ボクだってそうだ」
ギリギリと効果音さえ付きそうなこの睨み合いは、一体何なんでしょうか。
完全に置いてけぼりにされている気がします。
……帰って良いですか?
「まさか同じ事を考える人がいるとは思いませんでしたよ、先輩」
先輩、を強調して言ったのはわざとでしょうか?東条先輩。
「そーだねー。これで仲良くなれたら御の字ってヤツ?まーりゃん、僕に対して遠慮があるみたいだからさっ」
でっかい遠慮とかじゃないです。
「神山君、この男だけはやめた方がいい。騙されてむしり取られて吸い尽くされるだけだ」
「えーっ?そんなの騙される方が悪いんじゃーん。てゆーかさー、むしり取るのはヤローに対してだけだよ。女の子に対してそんな酷い事する訳無いしー。そもそも僕の方から何か欲しいってお願いした訳じゃないよ?皆が“わざわざ”持って来てくれたんだからさ、ありがたく頂かないと失礼にあたるでしょ?」
「……良く回る口をお持ちのようですね。さぞかし女性には人気なのでしょう」
「やだなー、そんなことないよー」
でっかい棒読みです、東雲先輩。それに目が笑ってません。
「……東条君てさあ」
次の口撃は東雲先輩からでした。
「上級生に向かって真っ向から盾つくとか、結構度胸あるよねー」
「盾つくというほどの事を言ったつもりはありませんよ……。それに、家柄的には同じだと思っていますが?」
「フーン……」
東雲先輩がこんな冷たい声を出すなんて初めてです。
多分、ゲームの頃にもこんな……こんな冷たい態度で人に接する“東雲愉快”を見た事は無かった様に思います。
何か策略をめぐらせている時でさえ、常に笑っていた東雲愉快という人物。
笑顔のままで『自分の為に』と人を利用していた東雲愉快という人物。
それにあてはまらない、今の“東雲先輩”の表情。
……これが、さーりゃん先輩の言っていた『ゲームには無い』『人間』としての部分なんでしょうか……?
「そーだねー。僕は観月家の分家で輝夜の従兄弟。君は―――空条先輩のところの従兄弟。確かに似てるって言えば似てるよねェ」
口調だけなら普段と変わらない、酷く軽い調子で吐き出されるその言葉は、何故か私の背筋をひやりとさせたのでした。
いつしか足は止まっていて、私は何をどう言ったらいいのか、どうすればいいのかわからないまま、何も言えずに両者の顔を交互に見ているだけしか出来ませんでした。
「反省する気が無いなら」
後ろから聞こえて来た低い声。
それは天からの使者の様にも思えました。
「とりあえずペナルティとして-50点くらいずつ引くか」
「「ちょっ!?」」
火花を散らし合っていた両先輩の顔色を変えさせたのは、私にとっての2大天使の片割れ、さーりゃん先輩でした。(ちなみにもうひと方は当然友美先輩です。異論は認めません)
さすがにお二方とも今回の事をチームの連帯責任にする訳にはいかないからと、大人しく自分の席へと戻って行かれました。
「やれやれ、しののんは分かるが余計な者まで引っかかって来やがったな。何だ?あいつは」
「東条先輩があんなに強引な事をされる方だとは、でっかい思い至りませんでした」
私はさーりゃん先輩に頭を下げました。
よく考えてみたら、巻き込まれるという形ではありましたが、先輩にでっかいご迷惑をおかけしていたのです。
「ああ、いいっていいって、しののんのは想定内。ただ、あの東条っていうのが意外な伏兵って言うか……。仲良いの?」
「えっと、最近よく話しかけられます。知り合い、といいますか、普通に先輩後輩といいますか……」
「……むーん、しののんが2人……というのは早計か……」
でっかい不穏な発言です!?
「でもまあこのままいけばさ、もしかしたら東雲ルート、潰れるかもよ?」
「え?」
それは、どういう意味でしょうか。
良い予感がする筈なのに、何故かでっかい微妙な予感がします。
先輩は、どうリアクションして良いか分らなくて戸惑う私に、にっこりと笑いながら告げました。
「ルートを潰すなら別のルートに進めばいい。……“東条ルート”、考えてみたら?」
え?
えええっ!?