方法その3 回避不可能なら潔く巻き込まれてしまいましょう。(ただし進行の手綱はしっかりと握っておく事!) 前編
5月のゴールデンウィーク以降、何事も無く日々は過ぎて行きました。
残念ながら美々ちゃんの方も椿先輩とメアドも電話番号も交換しなかったので、結局何も変わっていない様なもの、といった所でしょうか。
相変わらず東雲先輩は見かけるたびに違う女子と一緒に歩いていますし、……ああそうそう、1つだけ変わった事がありました。
2年の東条……東条貴臣先輩と言う人とも知り合いになった事、です。
偶然廊下ですれ違った時、ハンカチを落としたのはキミか、と声かけられたのが始まりでした。
そもそも本当に初めて出会ったのは、4月の入学式の日なのですが。
そう、先輩はあの日うっかりぶつかって、その時に名刺をくれた人でした。
私自身、先輩に「覚えてるかい?」って聞かれてやっと気付いたくらいです。
でも、そういえば5月に一度、見かけた事があった様な気がするんですよね……。
今となっては、あの時は『見覚えのある人がいた様な気がした』という程度のあやふやな記憶でしかありませんが。
それはそれとして、以後見かけるたびに声をかけられる様になりました。
長話をする訳では無いですが、優しくて少し気取ったところがある面白い方だなあと思う位には、先輩と仲良くなれた気がします。
事件が起こったのは、体育祭も間近な6月初めの雨の日の事でした。
体育祭の練習で遅くなった私が、ちょうど車を待つ為に、昇降口で雨宿りがてら待機をしていた時の事です。
美々ちゃんとは別の練習グループになってしまった為、彼女はすでに下校してしまっていましたから、私は1人で車を待っていたのです。
そこへ偶然通りかかったのは東条先輩でした。
「もしかして、傘、無いのかい?」
先輩は優しい声でそう聞いてきました。
実は、折り畳み傘ならいつも持ち歩いているのです。
特にここ最近は梅雨入り間近なせいか雨続きだったこともあり、鞄の中には常に傘が入っているような状態でした。
なので、自分としては雨の中傘を差して待つ理由が無かったからここでこうして待っていただけなのですが、先輩はそれを勘違いされた様でした。
「そうだな……、もしよければ一緒に帰らないか?」
「えっ!?」
「その、ボクの傘は1つしかないから一緒に入ってもらう事になるが……。だが、これ以上遅くなるよりはいいだろう?家まできちんと送るよ。それとも駅までの方がいいのだろうか?」
いや、それだと結局電車を降りてから先、また濡れてしまうな……などと先輩は1人で自問自答状態になっています。
というかまだ私、返事してませんが。
気を使って頂けた事は素直に嬉しかったので、申し訳ないなあと思いながらも、お断りするつもりで口を開いたその時、
「あの、私……」
「うん?」
「あーーーっ、雨ーーーっ!?」
突然けたたましい叫び声が辺りに響いたのでした。
「うわーっ、まいったなー!あっ、ねえそこの君傘持ってない!?」
は?何ですかそこの君、って。名前覚えてないんですか?それともこの際誰でも良いって事なんですか。さすがは地雷認定されるだけありますね、東雲先輩。
いきなり現れて傘貸してくれなんて、随分身勝手というか、乱暴な態度じゃないですか?
そもそも雨なら大分前から降っていましたよ?一体今までどこで何をしていたのだか。
「いきなり現れて失礼な人だ。彼女はこれからボクと帰るんですよ」
東条先輩、私お断りするつもりでですね。いつの間にか決定事項になってます!?
私は慌てて自分がここに居た理由を説明しました。
「東条先輩すみません、私傘持ってるんです。説明が遅くなって本当にごめんなさい。でも一緒に帰ろうって言って頂けて嬉しかったです。それと、東雲先輩は他に傘を貸してくれる方はいないんですか?いつも……女子の先輩方と仲良さそうにしてるじゃないですか」
言葉に刺があるのは、もう仕方ないと思って下さい。というか、普段からそれ位言われる様な事してますから。自覚は多分、無いでしょうけど。
「うーん、それはそうなんだけど……この時間だからもう皆帰っちゃってると思うんだよねえ」
「それは……仕方ありません。……はあ、そういう事なら傘だけ貸しましょうか?」
溜息しか出ません。こんな形で関わる事になるとは思いもしませんでした。
傘持ってとっととここから出てって下さい。
「え、でも君は?」
「私は車が迎えに来ますので、それまでもう少しここで待つ事にします」
「でもそれじゃ、車まで行くのに濡れちゃうよ?」
「それは……」
そこで気を使わなくて良いですから!東雲先輩!
本当に、妙な所で空気の読めない人ですね。
「なら、ボクの傘に……」
東条先輩、気を使って頂けるのはありがたいですが、先輩まで巻き込む訳にはいかないです。
そうこうしてる間に、迎えが来たという携帯への着信があって……。
「傘出して、傘!」
「えっ!?えっ!?」
「何をするんだ貴方は!」
3人で揉めた結果……。
「あ、君はもう良いから。じゃあねー」
強引に傘を強奪した東雲先輩は、やっぱり強引に私の腕を掴み、強引に傘の中にいれ、強引に東条先輩を振り切って、雨の中、校門まで歩きだしたのです。
後でもう一度、東条先輩には謝っておく事にします……。
「東雲先輩、それで?校門から先はどうされるつもりですか?」
「んー、そうだなー。あー、結局走って帰るかなあ……」
「それって、でっかい意味無いです」
「ん?でっかいって?」
「……いえ」
いつの間にか口ぐせの様になってしまいましたか。
「んー、ねえ、君の事『まーりゃん』って呼んでもいい?」
「!?」
な、な!?何でバレたんですか!?さっきまで『君』とか言っていたくせに!!
口をパクパクさせていると、東雲先輩はにーっこり笑って(ああこの感じ、覚えがあります。ゲームの序盤、主人公に好印象を与えようとした時とか、何か丸め込もうとした時の立ち絵に似てる気がします……)
「櫻ちゃんがさ、君の事そう呼んでたの思い出したんだ。ねえ、僕もそう呼んで良いでしょう?『神山真理亜』ちゃん?」
「…………神山で」
「まーりゃん」
「……………真理亜、で」
「うん、マリアちゃんね!」
こういう時、さーりゃん先輩ならば「ぐぬぬ」とか言うのでしょうか。
まさしくそんな感じです……。
「どうぞ」
「ありがとー」
本当にそう思ってるのかどうなのか、今ひとつ分からない軽い言葉一つで、東雲先輩は車の後部座席……つまり私の隣に乗り込みました。
見捨てられない様な健気な表情で(例えそれがフリだったとしても)「それじゃ今日はどうもありがとう!」なんて言われたら、そのままさよならなんて、出来るわけないじゃないですか!
「大体そもそも何でこんな時間まで残っていたんですか?」
「んー、ちょおっとやる事があってねー」
てへぺろ、とでも言いそうな表情でごまかされました……。
まあ、先輩が何しようが勝手ですけど。
そういえば、東条先輩も遅かったですね。
やはり私の様に体育祭の練習とかで遅くなったのでしょうか?
先輩も何だかんだ忙しそうですからね……隣の人とは違って。
不機嫌になって行きそうな気持ちを切り替える為にも、話題を切り替えます。
といっても、私が提供できる話題なんてそうある訳ではないのですが。
「本当に駅までで良いんですか?せめてタクシーとか使った方が……」
「ううん、君にそう言って貰えただけで、もう十分だよ、マリアちゃん」
優しげに微笑まれて、心臓が1つ大きな音をたてた気がしました。
う、うう、だー……だまされたらでっかいダメダメなんですううううう!!!
「それに、僕の家はそこまで裕福な家って訳じゃないからね」
苦笑した東雲先輩に、私はゲームの設定を思い出します。
……とはいっても自力で全部覚えていた訳じゃなくて、あの歩くwikiみたいな先輩に「復習しておくように」と渡された黒い手帳に書いてあった内容についてなんですけどね……。
確か、今は海外でパティシエの修行中の「観月輝夜」……という人の親戚にあたる人で、分家筋……?でしたでしょうか?
仲はすごく良くてまるで兄弟みたいだけど、その実、本家分家といった家柄という点や、お菓子作りの才能といった部分で観月さんにコンプレックスがある……でしたっけ?
などと、窓を叩く雨音をBGMにぼんやり考えていたら、隣の人がとんでもない提案をして来ました。
「ねえ、どうしても気になるっていうならさ、メアドの交換しない?」
はあっ!?
どうしてそうなるんですか!?
「あの、何故……」
「うんそれはねっ、僕が無事に家に着いた時、連絡すればいいでしょ?そうしたら、マリアちゃん安心するかなって」
どこかおどけた様にそういう東雲先輩の瞳は優しくて、人生経験が多いとは言い難い私には、どこまで本当に気を使ってくれているのか判断しかねてしまうのです。
「ダメ?」
「ダメ、というか……そこまでする必要はないと……」
「電話番号って訳じゃないから良いじゃん」
歯切れの悪い私に東雲先輩は、にっこりとダメ押しの様に言いました。
結局押し切られる形でメアドを交換してしまった私は、その晩さーりゃん先輩に再び泣き付くハメになりました。
さーりゃん先輩からは「自分で自分を最後まで律し続けないとその内詰むよ」と、何とも手厳しいお言葉を頂いてしまいましたが……。
でもそれって、もしかしなくてもご自分の体験のお話ですよね?
そして東雲先輩からも、その日の夜、ちゃんとメールが来ました。
その時は「無事に着いた様で何よりです」と返しただけで終わったのですが、何故かその後何度もメール攻撃がありました。
あまりに頻繁なので、もう無関係だという意味を込めて返信しないでいたら、「“おこ”なの?」……って。
ええ、ぉこですよ?