方法その1 頼りになる先輩を味方につけましょう 前編
「さてそれじゃあ、さくっと場所変えようか」
にっこり笑ってその女子の先輩―――央川櫻先輩は言い放ちました。
う、お断りしようにも逆らえそうにありません。
「おねーちゃん?」
そっと先輩の服を掴む美々ちゃん。……心配してくれてるのでしょうか?
でも、そんな美々ちゃんに向かって先輩は、
「うん、せっかくだし、2人とも高校デビューと行こう」
……実にいい笑顔のまま、容赦なく宣言して下さったのでした。
迎えの車があるという事を先輩に伝えると、駅前で待ってて貰う様にと指示が飛んできました。
どうあがいても逃げられ……ません、か。
この辺りを徒歩で歩く事は考えていませんでしたが、先輩曰く、駅前からの通学路には要所要所に私服警備員が配置されており、安全面は保たれているのだそうです。
休日には繁華街を中心に指導員が増員され、生徒が不埒な行動をしない様見張っているのだとも。
そういえば休日に外出すると『先生』にばったり会った、なんてイベントもありましたっけね、確か。
なんでも一昨年の冬にこの学園の生徒の誘拐事件があってから、よりいっそう警備が厳しくなったんだとか。
……ええと、それって…………。
連れて来られたのは、『ガーデンティーパーティー』にも出て来た事のある大人っぽい雰囲気の喫茶店、『天球儀』でした。
わあ、本物は初めてです。……初めてなんですが……。
「あの、本当に良いんでしょうか……?」
お店からさらに一歩奥に足を踏み入れれば、そこは妖しげな繁華街のど真ん中。
そんな場所に良家の子女が立ち入るなんてとんでもない!なんて、私の家の人達なら言いそうな所に、この『天球儀』はありました。
だから私自身、今も何となく落ち着かなくてしょうがない感じです。
耐えきれなくておずおずと聞いてみると、先輩は何でもないようにヒラヒラ手を振って、
「へーきだって、私もいるしさ。何かあったら私のせいにすればいいよ。それに、もう子供じゃないでしょう?こういう場所を知っておくのも悪くない事だと思うよー。何事も経験経験。あ、マスター、私いつもの!この子達にはカフェラテお願いします!」
すごく手慣れた様子でオーダーを済ませてしまいました。
常連、さん……ですか?え、あの、“この”天球儀で……?
だって先輩……、先輩って………、あれ……?
注文が運ばれてくるまで、私はぐるぐると1人混乱していたのでした。
「はいっはーい、それでは皆さん注目!」
ぱんっ、と先輩が軽く手を叩いた所で「はっ」と気が付きました。
目の前には甘い香りの漂うカフェラテ。
クリーミーな泡が立っていて、とっても美味しそうです。
「おねーちゃん……」
美々ちゃんはお姉さんを睨んでいます。
「ダイジョブダイジョブ。いじめたり取って食う訳じゃないんだから落ち着け美々」
「……ん」
「悪いけど、ちょっと口挟まないでくれるかな?」
「……大事な、事?」
「そ。その代わり好きに頼んでいいからね」
「……わかった」
好きに頼んでいいと言われると、美々ちゃんは分かりやすくほわっと口元をゆるめました。
可愛いけど、何だか食べ物で懐柔されてしまったみたいで複雑です……。
「さてと、本題に移ろうか」
美々ちゃんのお姉さん……櫻先輩……は、私に向かって向き直りました。
「神山真理亜ちゃん。君は、生まれる前の記憶を持っているんじゃないかな?いわゆる前世の記憶、とかいうやつだ。どうかな……違う?」
周囲を気遣ったのかひそめた声でしたが、眉根を寄せて私の顔を覗き込むその表情は、真剣そのものでした。
「…………あの、…………そう、……です」
どうしても視線を合わせられなくて、俯いたままぼそぼそと答えます。
普通だったら信じて貰えなくて当たり前でしょう。
でも先輩は、少し前のやり取りで自分も『前世』を覚えているのだとほのめかしていました。
……あの「リョーコ様」の発言は、多分そういう事なんだと思います。
だから私も、言いにくくはあったけれども素直に言う事が出来ました。
「そっか。実はね、私も“そう”なんだよ。もう、ほとんど覚えていないけどね」
先輩も私の答えを聞いてほっとしたみたいで、優しい口調で仲間なんだと教えてくれました。
……そうですよね。先輩からしてみたら、おかしな質問した、って変に思われる可能性だってあった訳ですから。
「じゃあもう1つ」
いくぶん軽くなった口調で、それでもやっぱり真剣に先輩は聞いてきました。
「君は、『夢恋☆ガーデンティーパーティー』というゲームに心当たりあるかな?女性向け恋愛ゲームの1つで、男性の攻略対象と交流して好感度を上げて行くタイプのアドベンチャーゲーム。ちなみに私が知る限りではこの世界に存在しない、そんなゲームだ」
「……はい。あります」
今度は、さっきより躊躇せずに答える事が出来ました。
「そっかあ……そおかあ……」
感慨深げ、とでもいうのでしょうか。
実にしみじみと先輩は「そうか」と頷きながら繰り返します。
「先輩も、『ガーデンティーパーティー』……ご存知なんですか?」
「知ってるも何も、オタクだからね」
……そう苦笑した先輩は、重度のオタクさんでした。
私なんか、とうてい足元にも及ばない位の。
当然、“乙女ゲーム”という特殊ジャンルにも詳しい訳で。
「……えと、じゃあ、ゲームの本編はどうなったんですか?『東雲ルート』じゃ無かったのは分かるんですが」
「ん?本編?ああ、『友美』の相手は『空条先輩』だよ」
あっさりー!?それって基本中の基本というか、いわゆる公式押しの王道メインカップルじゃないですか!!
え、というか『友美』って……?
ビックリした表情の私に気付いたのでしょう、先輩はにっこり笑って教えてくれました。
「ああ、“この世界の主人公”の名前は『友美』、『篠原友美』。私の一番の親友なんだ」
すっごく、いい笑顔でした。
「…………そんな事に、なっていたんですか…………」
怒涛の1年間だったらしいという事はよーーーく分かりました……。
というか先輩、暗躍どころか介入しすぎです……。
「はは、まあね。だから自分が、まさか彼氏持ちになるなんて夢にも思わなかったよ」
先輩は親友の恋を見届けた後、いわゆる2番手さんとくっついたらしいです。
正直羨ましい……。
いいなあ。私も、その場にいられたら……きっとすごく楽しかったんだろうなあ……。
あ、でも約1名関わり合いになりたくない人がいましたか。
それはそれで幸運だったのかもしれませんが……やっぱり羨ましいですね。
「あの、それで、この事は美々ちゃんは……」
それまで約束通り口を挟まずにいてくれた美々ちゃんに目を向けると、彼女は2杯めのコーヒーに口を付けているところでした。
「……知ってるよ。というか、家族には話してる。誘拐事件の話もあったしね」
「自分から話したんですか!?」
驚くと笑って首を横に振られました。違うんですか?
「向こう……親の方から聞いて来たんだよ。さすがに色々やり過ぎたみたいで。でも『この世界』が『以前遊んだゲームの舞台』とまでは言わなかったけどね」
それから、先輩は美々ちゃんに向かってきちんと姿勢を正しました。
「……頭おかしいと思う?」
苦く笑った先輩。
というか知らなかったのなら、こんなに堂々と目の前で言っちゃって良かったんですか!?
でも聞かれた美々ちゃんは、
「……うん、びっくりした。……けど、あの時も言ったよ。おねーちゃんは、いっぱい色々、教えてくれた。わたしにも、パパやママにも。たくさん、色んな事話してくれた。だから、……今さら」
そう、ぽつりと静かに言いました。
「まあそんな感じなのよ」
先輩は肩をすくめます。
……やっぱり、羨ましいです。
私は、そんな風に自分の事を家族に話して、今までと同じように生活できる自信が無いですから……。
少しだけしょんぼりしてしまいました。
ぶ、ぶー。ぶ、ぶー。
「ちょっと失礼」
不意にかすかな携帯の振動音がして、先輩が鞄を探ります。
「……どうか、したの?」
「あー、『しんのすけ』からだわ。ゲーセン寄って帰るって」
「『エメ』も一緒?」
「多分ねー。『ファン☆ドル』アップデートの話題出てたからな」
何の話でしょう?ゲームの話だというのは何となく分かりましたが。
疑問に思っていると、携帯をしまった先輩がわざわざ教えてくれました。
「『しんのすけ』ってうちの弟。帰りにゲームセンターで遊んで帰るから遅くなるよって話だったの。家にも連絡ちゃんと入れなさい、って返しておいたわ」
「ご兄弟は3人なんですか?」
「そうそう。『エメ』っていうのは今家にホームステイしている留学生……っていうか居候?弟と同い年の子なんだけど」
「いそうろう……」
思ったんですが、結構口に容赦がないですね、先輩って。
「ホントは『エルメル』って言うんだ。『エメ』は……なんというか、愛称みたいなもん?……まあねえ“あれ”もねー、どういう訳かアニメ好きが高じて日本に来ちゃったクチだからさー、何かあるたんび、うるさいのなんのって。静かに見てりゃ良いのによー……」
そ、そうなんですか……。
「黙ってりゃ、金髪碧眼白磁の王子様系美少年なんだけどねー」
溜息をつく先輩の横で、美々ちゃんまでもが「残念」と、こくこく頷いていました。
「そういえば真理亜ちゃん家は?」
「うちは兄が1人います。歳は少し離れているんですが。私の家は結構古い旅籠旅館をやっていて、将来は兄がそこを継ぐ事になっています」
「へえ、良いねえ。出来たお兄さんなんだ。私もお兄さんかお姉さん、欲しかったんだよねえ」
普通にうらやましがられました。
私としては、かわいがれる妹か弟が欲しかったんですが……。
まあ、そういうものかもしれませんね。
「……弟より、妹ほしかった」
美々ちゃんが、なぜか苦々しげにそう言うものだから、私と先輩は思わず「ぷっ」と吹き出しちゃいましたけど。
「『ファン☆ドル』っていうのは最近流行りの美少女カードゲームでさ、正式名称『ファンタジー・スター・ドール』っていうんだけどね。あいつら中坊のクセに、いっちょ前に美少女ゲームなんかにハマってやんの」
くくく、とその顔に似合わない笑い方をする先輩を前に、私はふと気付いた事をそのまま口にしました。
「そういえば、『ゲーセン』にサブキャラクターいましたよね?」
「ああ、ゲーセンの『コージさん』?あー……」
そこで初めて先輩が言いにくそうに口ごもりました。
「え、何かあったんですか?」
不安になる私に向かって、先輩は言いにくそうではありましたが、そこはきちんと報告してくれました。
「コージさんゲーセン辞めたんだよ。年齢が年齢だったしね。どっかに就職したんだって。どこだったかなあ……。あ、それと悲報。コージさん、付き合ってる彼女いたから」
えーーーーーーーーーーーーーーっ!!??
うそーーーーーーーーーーーーーっ!!??
今世紀最大と言っていい衝撃が、私を襲ったのでした。