方法その8 ナイスなボートは乗船拒否で! その2
「またお前か」
「……いえ、その」
さすがに頭が上がらないらしく、急に口ごもった東条君。
……『君』とか付けるの、正直業腹なんだけど、まあ一応年下だしねえ。
「騒ぎにしてすみません」
「すみません」
「すまん」
私と白樹君が代表で謝ったら、警備方の担当もしていた椿先輩が、一緒になって軽く頭を下げてくれた。
「構わん。それで?やはり見つからんのか」
「今のところ手がかり無しですからね」
「せめて向こうから、何がしかのリアクションがあれば……」
「……まさか、本当に分からないのか!?」
白樹君と私の状況説明に慌てた声を上げたのは、どういう訳か東条君だった。
その真剣な、というか、どこか切羽詰まった様な声に、私達は顔を見合わせる。
「さっきかも言ってたけど『分からない』って何?」
「いや、それは……だから……」
またもや口ごもる東条君。
けどそれは、さっきの空条先輩の時とは意味合いが違う気がした。
まあ、そんな空気を読まないのが空条先輩なんですがね!よっ、さすが殿!
「おい、さっきから一体何なんだ」
「悪いけど時間ないんだよね」
ここはあえて便乗させてもらおうかな。面倒臭くなっても困るし。……もう十分なってる気もするけど。
「いやその……知っている『はず』でしょう?」
「その『はず』が分からないよ。君は私の『何』を知ってるって言うの?」
ああもう、ほんっとめんどくさいなあ!!
そろそろ忍耐も限界。周りの人の事なんかお構い無しに、口のリミッターが外れかかってるのが自分でも判った。
そしてそれは、空条先輩も一緒だったらしい。
視線に殺気が混じったみたいなすんごい目で見られて、東条君はまるで悲鳴を上げるみたいに、その言葉を口から吐き出した。
「貴女には『この後何が起こるのか分かってる』はずだ!そうじゃ、なかったのか!?」
……え、それはどういう?
「は?」
誰が漏らした吐息か。それには大分呆れが混じっている様だったけど。
けど、一度口から出した言葉が止まらなくなってしまったみたいに、東条君は続けた。
「予知能力があるんだろう!?」
「ナニソレ。ラノベの読みすぎじゃね?」
少々口が悪くなってしまったのは仕方ないと思う。何その妄想。
「空条先輩、彼厨2なの?」
「いや、(精神の)持病があるとは聞いてないが」
素で返さないで!
病気発言に驚いたのか、彼は何やらけろりん、と吐き出した。
「そんな事は無い!ボクは確かに空条のデータベースで……!」
「ほう?」
「……っ!」
うわあ、何この流れ。キター?これが草不可避ってやつ?
いつの間にかギャラリーに回っていた紳士淑女の皆さんまで、シーンとしてるよ。
「……空条のデータベース、その、『何処』を見た、と?」
出たよ、暴君モード。
文化祭の時くらいしかお目にかかれない形態が今ここに!みたいな。うん、あいつの人生完璧詰んだわ。哀れな。
心の広い櫻様としては、せっかくだし、心の中で位は拝んどいてやろうか。
つかやっぱり調査対象だったのねん。
してるだろうな、とは思ってたけど、実際に知らない場所で調べが入っていると思うと、ちょっと複雑な気分かも。
……どうせ何も出て来てやしないだろうけどね。それでもさ。
「D級機密情報を保管している区画に、侵入の跡が残っていたよ。追って行った結果、君の自宅のパソコンに行きついたんだけど」
これはどう説明するつもりかな?と、にこやかな笑顔で止めを刺したのは、いつの間にか近くまで来ていた、元隠し攻略キャラクターの『天上岬』氏。
ほほーう。空条先輩、天上さん所属のあの組織、“あの後”そのまま手懐けましたね?ぱないお!www
「そんなバカな!?あれは、気付かれない様に衛星や他国サーバを何か所も経由して……」
「……語るに落ちたな」
空条先輩がすっごい溜息を吐いた。あ、いつの間にか友美が近くまで行ってよしよしってしてる。うむ、仲良きことは、かな?
さて……。
「以前から喚いていたのはこの事か。ふん、お前の事はそれなりに出来る奴だと買っていたが……。社の極秘調査ファイルに、権利も無いまま勝手にアクセスする様な信用のおけない奴に、デリケートで重要な案件は任せられん。今後は留意するとしよう」
「そこがおかしいんですよ!使えるものがあるのに、なぜ利用しようとしない!ボクなら有益に使って、もっともっとこの会社を――――――!!」
「そんな事より、まずはまーりゃんの事ですってば、空条先輩!」
「む、そうか。それもそうだな。おいまさかとは思うが、彼女に危害は加えたりして無いだろうな?」
危ない危ない。何かスイッチが入っちゃったらしい東条君のおかげで、またややこしい事になる所だった。
「何もしてませんよ!……ボクは」
あれ?
何か今引っかかったぞ?
「君が」
東雲君が不意に口を開いた。
「君が何をしたかはどうだっていい。――――――だけどね……誰が何をしたにしろ、もし万が一彼女に何かあったら、僕は絶対に君を許さないからね」
ぅっええええ!!??ドス効いてるぅぅぅぅっっ!!??
久々に聞いた声がこれかよ!!
「ちょ、東雲マジギレはヤバい」
「愉快、愉快、落ち着いて!」
白樹君や観月先輩まで焦った声出してるって、これ相当だよ!?
ヴーッ、ヴーッ
って、誰だ!?私かっ!!
貴重品だけ入ったバッグの中から携帯を取り出す。
誰だよまったく、こんな空気読まないの……って。
「まーりゃん!?」
「えっ!?」
「真理亜ちゃん!?」
慌てて皆が私を取り囲む。
件名は無題。内容は……
「何だ?これ」
「謎のメッセージ、だな」
覗き込んだ椿先輩や白樹君に、そう言わしめた本文の内容は――――
『へるぷいb』
へるぷ?へるぷい?
「いb……いb?……I・b?フリゲでそんなタイトルのがあったけど……」
「このタイミングでフリゲの話か?」
「何かもっとこう、違う物じゃないかな?」
何故か始まる推理タイム。いやホント分かんないって、まーりゃん。
「ねえっ、『へるぷ』って事は、助けて欲しいんじゃない!?マリアちゃん、大丈夫かなっ」
「助けに、行かないと」
気持ちは分からなくもないが、先走ってないですか?お嬢さん方。
「っつっても、何処で何があったのか分からないと……」
「書きかけなのかもしれない」
友美と美々に煽られて焦った私に、静かにぽつりとそう言ったのは、東雲君。
「最後まできちんと書ききれない様な状況……。今現在慌ただしく状況が動いてる……って事かな。……これはちょっと、不味いかも」
「おい、貴臣」
「知ら……っ、ボクは、何も」
「嘘をつけ!」
空条先輩が東条君を締め上げている間、こっちは必死に考える。
周囲の焦りが伝わってくる。あの空条関係の慌て振りから察するに、どうやら、一刻の猶予もないらしい。ってかマジか。
こんな時、もし起こっている事態が“ゲーム本編の内容”だったら、どうすればいいかすぐに判断出来るんだけど……。
悔しくて歯噛みする。
今回は相手がまーりゃんだったけど、もしかしたらこれが友美や美々の可能性もあった訳だ。
浮かんだ考えに冷やりとする。まーりゃんだろうと友美だろうと大事なのには変わり無いのに、私は一体何考えて――――――
「いば、いぶ、いぼ、いべ……いべ?」
半ば別の事に気を取られながらも、まーりゃんの『ヒント』を読み解こうと必死に集中する。
ってあれ?いべ?………………
アホか自分ッッ!!めっちゃ本編準拠じゃんッッ!!
「しののんっ!!」
「わあっ!?」
「えっ!?何々!?」
「どうした!?」
「何か分かったのか!?櫻!」
彼を振り返った私の表情は、恐らくものすごい事になっていただろう。
それだけ真剣で、事態は深刻だった。
「君っ、確か『ぐーぱん』喰らって無いの、1人いたよね!?」
「ええっ!?」
さっきまでの暗い表情はどこへやら。
いつもの東雲君の表情がそこにはあった。……単に何言われたのか分かってないだけかもだけど。
そう、確かあれは11月も後半になろうかという頃。何があったか様子が急変し、自身の率いるハーレムグループを自ら解散に追い込んだ東雲君は、構成していた彼女らがきちんと理解するまでOHANASHIしたらしい。
大きな理由としては、受験対策などの勉強に打ち込む為、という事だったらしいけど(実際それから脇目も振らず勉学に励んでいたのを、私は良く知っている)時期が過ぎればまた付き合えると思っていた子達も当然いて……納得出来無かった子達とのさらなる話し合いで、結局彼がどうあがいても彼女等と付き合う気が無いと分かると、最後まで粘った子達の一部は……まあそれなりの報復に出た訳だ。
……だから付き合う子は選べって、ハーレム良くないお、って言ったのに。誰彼構わず引き入れたりするから……。
で、経緯はどうあれ、今更ながら関係を解消したはいいものの、その直前にトラブル起こして停学になった東雲君グループの女子が1人……。
本来ならこれはクリスマス直前のイベントで、東雲君と仲良くなったヒロインが、嫉妬した女子グループに呼び出されるところから始まる。
でもタイミング良く現れた東雲君のおかげで、大事には至らないで済む、という話。
どっかの誰かも同じような事態引き起こしてたっけね(遠い目)
つかこのゲーム、各ルート1回は嫉妬イベントあるんだよ。メイワク!
ルートによってはヒロインが嫉妬するルートもあるんだけど……チラッ(椿先輩と天上さんの方を見る、っていう)
それはともかく、白樹君の時と違ってこの話には裏がある。
呼び出した彼女達が動揺する描写があるのだ。
見つかってヤバい、とかじゃなくて、何で『彼』がここにいるのか、という疑問の声。
その真実が明かされるのが、いわゆる地雷源の開始地点、翌年1月からの最終イベントな訳だが……。
お分かりだろうか。この呼び出し、実はしののんによる“ヤラセ”である。
けど、この状況はシナリオ本来の展開とはかなり違う。
だから私も思い至らなかった訳だが。
東雲君を取り巻く彼女達は、周囲からハーレムだなんて言われてるけど、本編だと親衛隊、って事になってた。
本編では上手に扱っていた彼女達。現実で彼は、それを自ら解散させた。
さらにいうなら、今回彼は恐らくこの事件―――まだどんな事件なのかも判然としないけど……に絡んで無い。
理由としては、何がしかの事件が起こった今、まだここに、みんなと一緒にいる事。
それに彼は今、まーりゃんとは距離を置いている事を知っているから。
恐らく彼の代わりにその役を果たしたのが、あの東条君なのだろう。
変わりなのか、偶然なのかは判断できない。
そして何より、まーりゃんは友美じゃないって事。
―――でもそれも『私』という前例がいる。
確かに違う点はある。
けど、状況自体は一緒だ。
……ここまでくれば、これはもうほぼ確定だよね?
「恐らく場所は学園の屋上……!イベントだっ!!」
東雲君のトゥルールート、最後の山場の始まり。
現実だとまだ誰がやったのか分からないにしろ、展開通りならば、親衛隊の子達による呼び出しイベント。
そして――――――
「場所が分かったのか!?」
「ほら、やはり先輩はご存知なんだ!」
驚きと喜びの声が上がる。
けど、正直それはどうだっていい。
「一応“今すぐどうこう”な事態にはならないと思うけど……」
友美の誘拐事件と違って、こっちの事件には身の危険性は無かった筈だ。
けど、それには美々がフルフルと首を横に振った。
……どうでもいいけど、清楚なレースのドレスも相まって、めっちゃ可愛いんですけど、うちの妹。何だこの儚げ美少女は。
「お姉ちゃん、真理亜ちゃん、高いとこ、苦手みたい」
ただの苦手、というには、美々の表情はやけに深刻だった。
「どゆこと?」
「真理亜ちゃん、階段から落ちかけた事あって、その時、すごく青い顔してた。その日ずっと、様子が変」
「……」
彼女の事だ。美々にも気を張って「大丈夫」とか言ったんだろう。
ただ、落ちかけただけにしては、怯えっぷりが尋常じゃなかった、って事か。
それだけ怖かったのか……あるいは。
「まさか」
ここしばらく彼女の様子がおかしい事は、私にも分かってた。
それが高所恐怖症ってだけじゃなくて、例えばいじめによる何か――――――
「トラウマ?」
「おい櫻、考え込むの後にしろ」
白樹君のその言葉にハッと顔を上げると、みんなこっち見てた。
「う、ごめん!」
「どうする?行くのか?」
「屋上?もちろん!『へるぷ』って事は、自分じゃどうにもならない事態になっちゃってるのかもしれないし」
「僕も行くよ!」
「わたしもっ!」「私も!」
「じゃあ僕達も行こうか。何かあった時に人出は多い方が良いからね」
「よし三十朗、車を回せ。貴臣、お前も来い」
「えっ、は、ハイっ」
こうして、関係者に席をはずす旨を伝えた私達は、夜の学園、その屋上へと向かう事となった。
櫻 「エンディングが見えたッ!!」Σщ(゜Д゜щ)
白樹「馬鹿なことやってないで行くぞ!!」
友美「引きますっ!!」(続くの意)




