閑話その1:バックステージトーク
シリーズでは久々の央川櫻視点です。
隠しテーマは『再教育』
「ねえちょっと聞いてよ~、何で『あの子』取り付く島もないの~?」
「あの子って?」
「キミの後輩の『神山真理亜』ちゃん!僕何もやってないよね!?」
「そりゃあれだ、存在自体が害悪ってヤツ?」
「ひどっ!?」
お昼の休み時間も残り半分を切った頃、突然私―――央川櫻のクラスに東雲君がやって来た。
「まあ、半分くらいは冗談だけどさ」
「残り半分は本気!?」
orz、とか言い出しそうな雰囲気だったが、あえての放置。
「大体が自業自得でしょ。私から言う事は特に無い」
「無いの!?」
「東雲五月蠅い」
ぎゃあぎゃあ喚く東雲君に、隣の彼氏さん―――去夜君が静かにキレた。
あ、ちなみに友美は、今日はクラスの友人と一緒にお昼だそうで。
毎日一緒って訳じゃないよ?
「自業自得って何~、僕そんなに酷い事した~?」
フォローの1つも無い事にがっかりしたのか、くったりと2人のいる机にほっぺたを付けて項垂れる。
「だって初対面からだよ~?初対面から“嫌い”って言われてさ、どうしてだろうって思ったから声かけてみたのに、その都度その都度キタナイ物でも見るかのようなあの態度!……いくら僕でももう心折れそう……」
あちゃー……。こりゃ重症だな。
「本当に心当たり無いのか?」
心根の優しいうちの彼氏さんが、ちょっとだけ心配そうに声をかける。
うん、こういうとこ“それっぽい”なあ。思わずほっこりする。
普段どういう態度取ってても、最後はいっつも見捨てられないんだよねー。
「……ない、と思う。確認の意味も込めて聞いてみたこともあったんだけど、いまいち要領を得ないというか……良くわかんなくて」
そりゃそうだ。だって『前世で東雲愉快というキャラクターを攻略したせいで嫌いになりました』なんて、言える訳無いよね。
「……笑顔が胡散臭いって言われた……」
「普段の行いだな」
「全文同意」
「ひどいよ~」
しくしくと泣き真似まで入った。
ちょっといじめすぎたかな。でもねー。
「君にまーりゃんはハードル高いと思うよ。てゆーか君、いっつも周りに女の子いるじゃん。その子達で手打ちにしようとか思わないの?」
???って感じで可愛らしく分かって無い様子で首傾げられた。あ、こりゃダメだ。
「あんなに囲まれてて、めんどくさいって思わないあたりが東雲らしいよな」
「何で?賑やかで楽しいじゃん」
まあ、去夜君はもう無理だろうな。自分隠さなくなって来てるし。……私、いるし。
「誰か一人に絞ろうとは思わないんだ?」
「だから、何で?」
そこで首をひねるから君はダメなんだよ。
「まーりゃんのアレは、単なる先入観。でもその分、相当根深いよ。よっぽど価値観ひっくり返す様な事が無い限り、君の好感度は上がらないと思って良い」
「そんなっ!?って、先入観!?だからなんかしたっけ僕!?」
「本人はしてなくても、周りから情報貰って勝手に人を判断するってあるでしょ?あの子のは“それ”」
「おるつ……」
私の言葉に再び項垂れる東雲君。隣で去夜君が「ふーん、そっちか。やっぱ自業自得だな」って呟く様に言った。フォローする気は無いらしい。
「周りの評価が絶対とかそんなのヒドイよ。ねえどうしようー、僕ずっと嫌われたままなの嫌だよー。ちょっとは仲良くなれたかなーと思ったら、この間の体育祭のアレでまたツンケンされちゃうしさー」
「ケイタイ着拒された……」って力無く言う東雲君。うん、だから何度も言うように自業自得乙。
「どうしてそんなにかまいたがるのさ。さっきも言ったけど、ハーレムの子達ときゃっきゃうふふしてればいいだろ?」
東雲愉快という“キャラクター”は、来るもの拒まず去る者追わず、な性格をしていた筈だ。……少なくとも、好感度が上がり切るまでは。
あるいはトゥルールート決定後、1月からの最終イベント開始までは、かな。
「うー……でもさー、気になっちゃうんだよー。……あんな風に冷たくされたの初めてで、最初は面白いなって思ったけど、こうまで続くとなるとやっぱへこむっていうかさー」
「大嫌いって2回も言われた」と、悲しそうな表情で落ち込んでいる。
よっぽど堪えた様だ。
それとも、ステータス的な意味で好感度上がっちゃったかな?多分、可能性としては両方だとは思うけど……。
「どーーーしても、仲良くなりたいと?お近づきになりたいと?」
「うん。カワイイ子なんだしさ、笑った顔とか見てみたいなって。きっとすごくチャーミングだと思うんだ」
するっと『チャーミング』って言葉が出るあたり、君はやっぱり“ゲームのキャラクター”だよ。
……はあ、仕方ないなあ。
1年前、散々世話になったしね。恩返しというと、ちょっと違う気もするけれど。
「とりあえずハーレムは解散しようか」
「ええー」
「ええー、禁止」
すると今度はぶーたれた。
「それって公私混同入って無いー?」
「生徒会絡みって事?無いとは言わないけど、今回のは本当にアドバイスだよ」
恨みがましい目線を送られた。心外な。
友人の為に嘘偽りなく本心で相談に乗ってますよ?
まーりゃんを売るつもりはないが、ここらで一つ双方に意識改革して貰いたいと思うのは本当のところ。
彼女の事は本当に大事だし、東雲君の事も大事だ。……ゲーム的な意味でも、現実の友人としても。
まーりゃんが毛嫌いしてるのは知ってるけど、出来ればそこまで嫌いになって欲しくない。
私にとっては『東雲愉快』という“キャラクター”は、他の“キャラ”同様、思い入れのある愛すべきキャラクターなのだから。
まあ、だからってそれを無理に押し付けるつもりはない。
他人の萌えは自分の萎え、自分の萌えは他人の萎え、とも言うしね。
だから、私が出来る事といえば、チャンスをあげるだけ。
そこから先は、本当に本人達次第だ。
ある意味、友美と他の“攻略キャラクター”の様子を見守っていた時と同じような状況かもしれん。
が、まあいい。
こんだけぐだぐたと理由をつけたところで、根幹にあるのは“好きになれとは言わないが、せめて普通の先輩後輩くらいにはなって欲しい”という事なのだから。
あの子が少しでも、この世界が現実だと実感出来れば、それでいいと思う。
私の二の舞は演じさせたくない。根幹にあるのは、この思い一つだけだ。
「まあ聞きたまえよ。とりあえずさっきも言った通りハーレムは終了して、それから周囲を気にしない様な、自分勝手に盛り上がった挙句情熱的に求愛するなんて行動はNG。手段を選ばず、誰かを利用して相手を陥れようとする作戦とか、以ての外だからね!」
「うわ、東雲お前やばいよ?」
去夜君が素で引いた。
「そ、そこまで酷くないもん!」
「体育祭の件、忘れたとは言わせないからね」
「あれはっ……、僕だけじゃなかったでしょ!?」
「やったのは事実でしょうが!」
体育祭の件については『東雲君ならやりかねない』という部分があったからこその保険だったりしたのだが。
本気でやるとか、予想としては半々くらいだったが……。まったく、少しは反省しろ。
「そこがね、あの子に嫌われる原因になってるの。だから、攻略したければ、“まっすぐ!”“誠実に!”この2つだよ。いいね!?」
「はっ、はいっ!!」
背筋が伸びたのは良い事だ。これで少しは真面目になってくれるといいんだけど。
「あー、でもさー」
あれ、またぐんにゃりした。
「取り付く島もないって言ったでしょ?どうやってそれを相手に分らせればいいのかなあ」
話しかけてもすぐ逃げられちゃうし、としょんぼり呟く。
「どうにか逃げられないようにしようとしたくても、君の妹さんがさああ」
何故かまたもや恨みがましい目で見られた。
つか美々がどうした。
「いっつも一緒に張り付いてて、まるで犯罪者でも見るみたいな目で僕の事見ててさあ、必死になって庇ってんの見てるとこっちも手を出しにくいっていうかさああ」
「だから、そこは手ぇ出したらダメなんだろ」
嫌われるぞ、と去夜君がツッコむ。
うん、それやっちゃあかんやつや。
「じゃあどうしたらいいんだよ!」
「潔く諦めたら?聞くだけ聞いてたけど、オマエにその子、あってなくね?」
「ひどいってーーー!!」
ああ五月蠅い。
「デート!」
は?
「せめて1度でいいからデートしたい!そうすれば彼女にも僕の良さが伝わるかも知んないし!」
「むしろ嫌われる一方じゃないか?」
「……」
去夜君は否定的だけど……。ふむ。
「言うだけ言ってみようか?」
「え」
デートのお膳立て、してあげてもいいかと思ったのは、やっぱりきっかけは必要だと思うから。
「いいのっ!?」
「ただし!」
強く言う。ここで間違えたら全てが水の泡だ。
「注1、しばらくほかの女の子を近づけさせない、近づかない!デート中知り合いの女の子や知らない女の子に声を掛けられても絶対スルー!」
「ええっ、……わ、分かったよ」
ぎろりと睨みつけると押し黙った。
隣で去夜君が「まあ当たり前だよな」と頷いている。
「注2、“自分にとって”ではなくて“彼女がされて嬉しい事”を考える事!どんなことしたら喜ぶかなって、常に念頭に置いて行動する事!決して下世話な話題や下品なジョークを飛ばさない!後、無理やり絶対禁止!」
「下品なジョークって、僕そんなこと言わないよー」
調子こくと、人の傷口抉ったりとか心の隙間に付け込もうとするじゃないか、君は。
そういうのがダメだって言ってるんだよ。
それと、何事においても強制脅迫はダメだからね。それがどんなにやんわりとしたものであっても、だ。
そういう事を説明していたら、隣で彼氏さんがメモ取り始めた。何故。
あれ?いつの間にか周囲に男子が集まって来てる……?しかも何だか皆真剣な表情だ。
ま、まあそれは後で考えるとして、
「注3、この先の事を計画しながら動かない事。余計な事考えないで、現在の自分と彼女が楽しむ事だけ考えなね。いい、目標は1デート1笑顔だよ!」
「そこ!?そこなの目標!?」
下手にこの先までたくらんでみろ、後々「あ、やっぱり東雲先輩は東雲先輩なんだ」ってどっ引きされる事請け合いだからな。
『まーりゃん』こと『転生者、神山真理亜』は、1年前の私だ。
同じように転生していた私は、当時、現実を上手くそのまま受け入れる事が出来ずにいたのだと思う。
あるがままの現実ではなく、『ゲームの設定、脚本』があって、その前提の上に現実が成り立っていると思い込んでいた。
実際に、ゲームのシナリオ通りに現実が動いている内は良かった。
だけど、やがてその2つに齟齬が出始め、私はようやっと目の前の人が等身大の男の子だという事に気づく事が出来た。
シナリオだとかイベントだとか、確かに今でも言っているけれど、もしかしたらそれは本当は何の関係も無くて、単なる偶然の重なりなのかもしれない。
それとも本当に誰かの手のひらの上なのかもしれないけど、もう私には―――ううん、この世界に生きる誰にも証明なんて出来ないだろう。
ただ、はっきり言える事が一つ。
そこに生きている人間がいる限り、全く同じ様には行かないって事。
それを私は2年前に思い知ったのだ。
シナリオには合致していても、当人の気まぐれでフラグが折られてしまう事さえあった。
……どこかの誰か―――例えば某愉快犯みたいに。
それに、同じ事が起こったとしても、響いて来る『想い』の重さの違いは決定的だ。
誰かの書き起こした文章での駆け引きでは無く、生身の感情のぶつかり合いであるがゆえに。
だからこそ、私達女の子は彼らに好意を抱かざるを得なくなるのだから。
私の大事な『後輩ちゃん』には、そういった事で可能性を潰して欲しくない。
なおさら『彼個人』を見て欲しかった。
お互い好きになる必要は全く無いが、もう一度言おう、まっっつたく無いが!でも、少なくとも仲良くはなれると思うのだ。
勿論彼女の懸念も分かる。
誰だって、この先に公開処刑が待っていると知れば嫌がるだろう。私も現実世界でそれをやられたら引く。
でもここは現実で、嫌なら止め方はいくらだってあるのだ。シナリオに沿わないやり方がいくらだって。
―――そうだ、もうすでに彼女が『彼の本性』を知っている時点で、今後と同じ展開は有り得ない。
――――――そうじゃないのか?
「あの子は、年頃の女の子なら誰でもある事だとは思うけど、恋愛に憧れてる節があるからね。誠実じゃないと思ったら、多分いつまでたっても好感度上がらないよ」
深みに嵌りかけた思考を無理やり引き上げて、とりあえずとばかりに結論を口にすると、隣で聞いてた白樹君がにっこり笑った。
「それって、アンタの事も含めての話?」
予想外のところでブラック降臨とかやめてくれないかなあ、彼氏さん!!心臓に悪いよ!
1年前の件、まだ根に持ってんのだろうか……。あれこれなんてブーメラン?
「とにかく、先走った挙句、周りの状況も考えずに衆人環境の中、何が何でもお付き合いしたいとか言い出さない事!あくまでお友達デートだからね!」
「櫻ちゃんの中の僕ってどんだけ酷い人なの!?もしかしてずっとそんな風に思ってた訳――――!?」
「東雲ざまあ?」
けらけら笑う去夜君に東雲君が酷いと泣きつく。そろそろ可哀そうかなー……。
「まあ、今行った事が必ず守れるって言うなら、まーりゃんにデートしてあげたらって言っといてあげるよ」
「ホント!?うわー、ありがとー!櫻ちゃん大好き―――!」
「あー、……うん、分かればいいよ、分かれば」
東雲君らしく思い切りぎゅうと抱きつかれて、思わず顔が赤くなった。
美少年に抱きつかれて何も感じないほど、私は枯れてない。
でも、ここで好感度上がってるなあ、とか思う私はそうとう末期です。
……あ、彼氏さんがガタッてした。
櫻嬢曰く、「マダオが今までの仕打ちを後悔して許しを請う流れ(この辺で学園の生徒全体の前で晒し)+α」の東雲ルート地雷も相当酷いが、白樹ルートの「昔の女が出て来ます」も相当酷いと思う、との事。




