海風男子
休日の早朝。犬の散歩に海沿いの道を歩いていると、防波堤を降りた先の海岸に、何だか見知った顔が立っていた。
「なにやってんだろうアイツ……」
気になる。凄い気になる。知人のよしみという事でちょっと話しかけてみることにした。
防波堤の階段を、犬を連れて降りていく。
潮風がたなびく中。
そいつは、見慣れたイケメンフェイスを海に向けて、神妙な顔をしながら、すうっと大きく息を吸った。
「おい、おま――」
「セェェェェェックスッッッ!!!!!」
――あ、ごめん。コレ全然知らない人だったわ。
「セックスしてぇぇぇええ!!! うぉぉぉお!!!」
その、物凄く見なれた全く知らない誰かは、海に向かって、非常に真剣な顔で、物凄い下世話な事を叫び続けていた。
「やりたいんです! やりたいんです! やりたい盛りの男子高校生なんです! もうなんかもう誰でもいいから僕とセックス!」
……うわぁ。
引くわー。
幾ら親友でも引くわー……早朝から何叫んでんのこいつ……。
思わず呆気に取られてしまった俺は、そのままそいつの後ろに立ちつくしてしまう。
我に返った時には、歩道から早朝散歩中のおばちゃんとか出勤中のリーマンとかに何か物凄い白い眼で見られていた。やばい! 俺も仲間だと思われてる!?
そそくさとその場を逃げようと踵を返すが、間の悪い事にその瞬間、そいつが俺に気付きやがった。
「おう。何やってんだこんな所で」
「それはこっちの台詞だよ!」
て言うか本当に何やってんだこいつ。
俺が物凄い白い目で睨みつけると、そいつは照れたように頭を掻いた。恥ずかしい所を見られた。って顔をしているが、実際まじで恥ずかしいので止めてください。
「まじでなにやってんだよ……」
「いや。何か早朝からムラムラ来て。健康的にランニングで昇華しようかと思ったんだが。押さえきれず、つい」
ついなんだ。つい叫んだのか。海に。それだけ聞くと超健康的だが、叫ぶ内容が酷過ぎる。
ていうか全然昇華出来てねぇじゃねえか。
「それなんだよ。何かこう、走ってたら身体が熱くなってきてな! もうなんかもう、ヤバい!」
「うん。ヤバいな」
通報されてもおかしくないくらい。とりあえずこいつと一緒にいるのは正直嫌なので、俺は「じゃあ」と小さく呟いて踵を返――掴まれた!
「まあ待てよ。折角だからお前も叫ぼう!」
「はあ!? やだよ!」
ていうかやめて! 仲間にしないで! 犬の散歩仲間のお姉さんとか見てるんだよ! 俺ちょっと憧れてたりするんだよ!
むしろ今まさに見られていた。俺と目が合うと思いっきりひきつった笑みで顔を逸らされた。
「……ははは」
もう……やだ。
「な!」
なにが「な!」なんだろうか……。
「……わかった。付き合うよ。付き合うとも」
ああ。もうやけくそだ。
俺はおびえる犬のリードを引き摺ってそいつの隣に立つと、二人して大きく息を吸って、叫んだ!
「ヤりてぇええええ!!!」
俺たちの、リビドーだらけの言霊は。この海風に乗って、一体何処に行くのだろう……。