仮面を被った怪物のお話
両親が泣いている。俺は泣かない。
両親はそれを、俺の目の前で可愛がっていた弟が死んだことによるショックか何かだと思っているらしい。
今日は、仮面を被り疲れた弟の、葬式だ。
俺の双子の弟は、生まれてこの方笑った事が無かった。
物心ついた頃にそれはおかしいことなのだと漠然と悟ったのだろう、同じく人の感情が分からなかった俺は、弟の代わりに笑うことにした。2人とも笑わなければ、もっとおかしいと思われかねない。人の感情は理解できなかった代わりに、俺には執着心があった。俺達を生んでくれた両親に対して、そして何より、片割れに対する執着心だけがあった。それは、他の感情が薄かったこともあって、異常なものにしか見えなかった。
幼稚園、小学校、中学校……恐らく双子じゃなかったら、そっちの趣味があるんじゃないかと疑われかねないほど、俺はいつも弟の傍にいた。仮面を被ることを覚えなかった弟は、取り繕い続けた俺の元に集まってきた連中に、気味悪がられていた。異常であることを悟られないよう被っている仮面の下で、俺はそいつらを憎んだ。
転機と呼ぶにはふさわしくないかもしれない。しかし、便宜上そう呼ぼうと思う。とにかく、高校生になってから転機が訪れた。俺にまとわりつく連中の一人が、弟の事を好きなのだと、俺に相談してきたのである。だが、あんまり喜ばしいものじゃなかった。弟がどこかに行ってしまう、とかいう問題じゃない。それ以前に、そいつは男だったのだ。
「おかしいのは分かってるけどさ……」
顔を赤くして俺に相談するその男は、いわゆるツンデレというやつらしく、弟に対面すると「気味が悪い」だのと失礼な事を言っている。そのくせ、裏ではこうやってしおらしく反省し、どうしたらいいかと聞いてくるのだ。
知るか、そんなもの。
お前の異常な性癖に、大事な弟を巻き込むな。他所でやれ。
俺達は、それでなくとも生まれつき異常なんだから。
弟に危害が及ぶなら、俺はきっと、迷うことなくこの同級生を殺すだろう。
相談するだけでそいつが何もしないまま、時間は過ぎていく。
弟と、試験勉強をして帰る時のことだった。
「ねえ、兄さん」
「ん?」
さすがに勉強をすれば疲れるもので、お互い口数も少なく電車を待っていた時だった。
「兄さんは、何が楽しくて笑うの?」
「は?」
弟の唐突な質問に面食らう。違う、俺は楽しくなんてない。お前は俺の片割れなんだから、分かるだろう。
「俺は、生まれつき何も楽しくないよ。だから、兄さんが笑う理由が分からない」
「……知ってるよ、それは。だけど、世の中楽しいことだらけだ、お前だって、それが分かれば――」
「分からないよ。今までも、これからも。……兄さん、」
取り繕う俺の言葉をあっさりと否定した弟は、俺の方へ向き直る。
「俺、もう飽きたよ」
弟が浮かべていた表情に、人生最大の衝撃を覚えた。俺が呆気にとられている間に、弟は躊躇いも無く線路へと飛び降り、何故か携帯を操作する。
「じゃあね」
声をかけてやる暇も無く、人生初の、どこか凄味のある笑みを浮かべた弟は、ただの肉の塊になった。
『兄さんへ
俺が最後に聞いたのは、どうして笑うふりをするのかってことだったんだよ。
だって兄さん、誰も見てないとき、笑ってないよね?
俺がいつも作ってる表情を、兄さんは自然にするよね?
気付いてないとでも思った?
俺達は双子だよ、しかも一番すぐそばで見てたんだ。
ねえ兄さん、俺達は合わせ鏡だ。
俺は笑える、兄さんは笑えない。
小さい頃から、お互い無意識に分かってたんだろうね。
俺達は、2人とも異常だった、異端だったんだよ。
俺は本当は、何もかもが滑稽で、おかしくて仕方なかった。
だって、笑えないだけで、人を気味悪がるんだ。あれほど笑えるものは無いよ。
それに、兄さんが頑張るのも、正直滑稽だった。そこまでして人間って大切かな? 兄さん、本当は大切だなんて思ってないよね? だって俺は思ってない。
兄さんはそれでも、まともなふりをしようとして、今はまだうまくいってるね。
だけど、限界なんてすぐ来るよ。
俺の方がちょっと早かっただけだ。
分かるよ、だって双子なんだから。
耐え切れなくなったら、俺みたいにすればいい。
俺は笑って出迎えてあげるよ。
今度も、双子じゃなくていいから、兄さんと兄弟になりたいと思ってるよ。
今度こそ、ちゃんと俺達笑いあえるといいね。
それじゃあ、またね』
我に返った後、携帯を確認すると、こんなメールが弟から届いていた。最後に操作していたのは、これを送るためだったらしい。こんな長ったらしいメール、あのときには打てなかっただろうから、きっともっと前から用意しておいたんだろう。
俺はずっと、弟は仮面を被れない人間なんだと思っていた。なんてことは無い、弟も俺と同類だった。むしろ上手だったと言っていい、物心ついた時から取り繕っていた俺の本当の顔すら、看破していたのだから。
『限界なんてすぐ来るよ』
――そうだな、その通りだ。
あれだけ執着していた弟に目の前で死なれても、もうほとんど何も感じなかった。
限界は、すぐ目の前だ。
なあ、友稀。お前、本当にあの世で笑えてるか?
笑えてるなら、もう取り繕う必要が無いなら教えてくれ。俺もすぐにお前のもとに行くから。
お前がいない世界は、俺にとって何の価値も無いんだ。




