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OBIS

 はたして、どれだけの時間が経過したのか。すでに呼吸は落ち着き、銃の照準は確実にアニマに狙いを定めている。右手で銃を握り、左手でそれを押さえて、後は右手の人差し指でトリガーを引けばいい。2メートル程の距離は外す要素を持たないだろう。

「いい加減、銃を下ろしたらどうだ?」

「冗談じゃないわ。そんな事できるわけないでしょ」

 銃を下ろしたら負ける。そんな強迫観念が体を強張らせる。しかし、このまま待てばどうにかなるのか、その疑問に答えてくれる者もいない。孤独感は更に不安をつのらせる。

「孤独と死への恐怖感。心が怯えているのがよく分かるぞ」

「ぐっ」

「私が憎いか? だが気に病むな。怯えた人間が敵愾心てきがいしんを抱く事は不思議ではない。それこそ人間の本質だよ」

「仕向けた張本人が何を!」

「そんな脆弱ぜいじゃくかせに縛られた人間の心を、私が開放しようと言うのだ」

「よまい言を! あなただって人間じゃない、エリファに否定されたのがいい証拠よ!」

 アニマの顔が僅かに歪む。それは人間の本質を語るアニマが人間である証明に外ならない。エリファという存在を、恐怖としている情動。

 思わず、カスミは口元を緩めた。それが、アニマにとって決定的な侮蔑ぶべつになったのだろう。あからさまな殺意が、瞳に宿った。時を移さずアニマの腕が動く。

「っ!」

 死への恐怖に直面した強張った体が、本能に動かされる。躊躇ためらいなど微塵も無く、右手の人差し指が引き金を力強く引いた。

 1発2発3発−−続けざまに、骨をもきしませる反動が腕を伝ってくる。我知らず叫んでいたが、耳をつんざく銃声は他の全ての音を霧散させた。爆ぜる火花は視界に焼き付いて、アニマの姿すらおぼろげにさせる。

 立ち込める煙にむせながら、震える腕を下ろして火花の残像に埋もれたアニマを捜した。

(……いない!?)

 しかし、そこにアニマの姿は見えなかった。視界のどこにも。徐々に残像が消え去っても、それは同じだった。

 と。

 視覚ではない別の感覚が、何かを感じ取った。

「私はここだ」

 耳元で囁きが聞こえ、右肩に何かが触れた。訳が分からず、振り向き後ずさる。そこで、視界に入ったのはアニマだった。動揺はしたが、構わず銃口を向ける。

「いったい、何をしたの?」

 アニマはこちらが慌てているのを興じているようにしか見えなかった。今にも腹を抱えて笑い出しそうな雰囲気を漂わせている。

「なに、意識を一瞬麻痺させたようなものだ」

 その麻痺した後遺症かどうかは分からないが、痺れた舌をやんわり噛んでから、カスミはアニマを睨み据えた。

「どうした、もう終わりか?」

「意地でも当てるわ」

 そう呟くが早いか、カスミは再び引き金を引いた。さすがに慣れない射撃を続けたせいで両腕には痛みが走る。だが、当てる。その意地と共に、激しい閃光は幻想的な光芒こうぼうとなって、視界を埋め尽くした。



 ジオ本社である軌道エレベーター。

その最下層部には、世界有数の航空会社が合併してできた巨大なエアポートが複数あり、それらターミナルから軌道エレベーターは直結できるようになっている。主に旅客の移動手段や物資運搬から衛星の搬送などにも利用されているが、それとはまた別の、エリア直通式リニアエレベーターに、ゼーンはいた。

「……後15分か」

 エレベーターの現在位置などを示すパネルに表示された宇宙ターミナル到着までの残り時間を見て、ゼーンはもどかしい思いで呟いた。

 軌道エレベーターはいくつかのエリアに区部できる。まず最下層から−−旅客エリア、商業エリア、社員居住エリア、ラボエリア、工業エリア、統制本部、そしてこれから向かう宇宙ターミナルエリアとなる。

『第2部隊が今から10分程前に合流したわ。ひとまず任せるしかないわね』

 インカムデバイスのバイザー状ディスプレイにはシレーヌが映っている。彼女は今情報サポートの為にアオイと統制本部にいた。

「戦況は相変わらずですか?」

『防戦一方ってところかしらね』

「やれやれ。あ、例の新種らしきキメラの情報は?」

『アオイが精査してくれてるんだけど−−データは送信できる?』

 シレーヌが左を向いた。ディスプレイには映っていないが、恐らくアオイは隣にいるのだろう。数秒後にアオイの声だけが聞こえてきた。

『全部じゃないけど、とりあえず送信するよゼーン』

「了解」

 ディスプレイが縦2分割になり右側にキメラの精査情報が表示されていく。シレーヌがその情報に合わせて説明を始めた。

『感知できたキメラの数は16体。ケルベロスとガーゴイルとワイバーンね。で、その新種らしきキメラの事だけど、一応現存のキメラと反応は似てるんだけど固有パルスが微妙に異なるみたい。まるでノイズが混じってるというか』

 キメラは生体とはいえ、全て本能で活動しているわけではなかった。独立型のOSによって、ある程度人為的なコントロールが施されている。キメラを感知するとは、そのOSの神経回路情報を感じ取るということである。つまり。

「反応が一致しないって事は、そのOSの構造や型式が違うか、もしくは外的な作用。じゃなけりゃ、変異種ミューテーション?」

『さぁ、まだそこまでは分からないわね。ただ、さっき隊長からの通信があったんだけど、現存するキメラより強いみたいよ』

「キメラより強い? ちなみに16体のうち該当するキメラは何体いるんですか?」

『まだ正確な数は特定できてないわ。ネウロン内部からのインターフェースジャマーで精査が難しい状況なのよ。ごめんなさいね』

「いやぁ大丈夫ですよ。どのみち最終的には自分の感覚が頼りですからねぇ。……あ、そいや、エリファはどうです?」

 少しだけ時間を下さいと呟いた時のエリファの顔を思い出す。

『まだグラウといるわ。連絡が無いところをみると……まだみたいね。今はホントにゼーンだけが頼りだわ』

「あ、そんなぁ嬉しいなぁ、見返り期待しちゃいますよ?」

 顔の筋肉が緩み、ついにやける。何を期待しようかと妄想を始めようと思った瞬間、シレーヌは眉根を寄せた。

『すぐ調子に乗るのは悪い癖ね』

「……す、すんません」

『はぁ……エリファに少し分けてあげたいわね、その性格』

「は、ははは」

『今のままで、エリファは大丈夫なのかな。ねぇ、ゼーンはどう思う?』

 知り合いのおばさん−−いやもとい、お母さんが−−娘とお見合いでもしてみない? と、お見合い写真でも見せるかのような−−のかどうかは経験した事が無いから定かではないが、そんな感じであろうシレーヌの問い掛けに、ゼーンは当惑した。

「えぇっと……ごめんなさいお母さん、俺にはすでに心に決めた人が」

『……はい?』

 すでに不機嫌なシレーヌの表情が更に険しくなる。やはり、返答を間違えた。

『しまいには張り倒すわよ。私が聞いてるのはエリファの心情よ』

「あぁ!」

『あぁ! じゃないわよ、まったく』

 溜め息と共にうなだれるシレーヌに、とりあえずご機嫌取りで愛想笑いを見せながら、ゼーンは思いに沈んだ。

「ん〜心情かぁ。そりゃ精神干渉すれば済む事だけど……俺はエリファの心の中を干渉した事はないし、これからも干渉するつもりはないですよ。いくら心中が分かったからって、それで簡単に答えに結び付くとは思えないし。グラウの言う通り周りが答えを押し付けるべきじゃないんだろうけど、エリファが周りに答えを求めているなら、もちろん力にはなるつもりですけどね。でも、同じハイブリッドだからって分からん事は分からんですよ」

『そうよね。……それは私も同じ。知りたくても理解できない事だっていくらでもあるし、自分の心すら知り抜く事のできない人間なら尚更。はぁ、だからってゼーン達ハイブリッドに人知を越えた見解を望むのは……不躾ぶしつけなエゴだったかもしれないわね』

「そうなのかな? まぁとにかくエリファが心から笑えるようになれば、答えが分かるんじゃないですか?」

『だ、か、ら! そうなるにはどうすればいいかで悩んでるんでしょ?』

「あぁ!」

『……お気楽ね』

 薄目で睨むシレーヌへの対処に悩んでいると、居心地の悪い空気を払拭してくれるアナウンスがエレベーター内に響いた。到着まで残り5分と表示されている。ゼーンは携行したレールガンとMTSマルチトランスシステムの作動チェックを済ませた。そして、宇宙ターミナルのキメラへの干渉に集中する為にバイザーを上げようと手を出した時、シレーヌの脇にエームズが慌てた表情で姿を現した。

『ゼーン、たった今シュウから通信が入った。突然何体かのキメラが暴走を始めたらしい。キメラは敵味方なく襲っているそうだ。それと、君に伝えてくれと言われたのだが……』

「?」

 エームズが悩まし気な表情で、手元の小さなメモらしき物に視線を落とした。

『アルファベットで、O、B、I、S。……ゼーンなら分かるとシュウは言っていたが、いったい何の事だ?』

「O、B、IS!?」

 その言葉を口にした途端、ゼーンは身震いした。記憶の片隅から思い起こされた確かな恐怖感は背筋を冷たく支配していく。

「オヴィス」

 不快感をあらわに口を開く。

『オヴィス? いや、待て。それは聞いた事があるぞ。確か−−』

「あれは反連合政府同盟アウガルの狂気。リベラルも正気じゃない」

 エレベーターが速度を落とし始めた。表示は残り1分で点滅している。

『ご利用ありがとうございました。間もなく、宇宙ステーションセクション1の中央ロビーへと到着いたします』

 機械的な女性の声が、丁寧に告げた。

(さぁて“今の”俺にできるか?)

 沸々と湧き上がる怒りと同時に、ごまかしようのない不安がこれから始まる戦闘への集中を妨げる。しかし、ここまで来たら形振なりふり構わずやるしかない。

『ゼーン、シュウ達と何とか止めてくれ』

「……了解」

 音も無く、エレベーターが停止した。ゆっくりと開くドアの先に渦巻く空気は、紛れも無い戦争の過ちをはらんでいた。



 それはほんの一瞬だった。あるいは一瞬ですらなかったかもしれないが、過ぎてしまえばそれを考えるのは全く無意味だった。

 ただ轟くのは銃声だけ。喘ぎ声や呻き声、ましてや悲鳴も聞こえてはこない。苦痛に顔を歪める事や、死の恐怖を味わう暇すら与えなかった。

 一瞬で相手の眉間に突き刺した、長剣へと定形を変えている右手から伝わる相手の死の感触に、アニマはほくそ笑んだ。

「殺すには惜しい。……だが、お前の相手をするのは少々飽きた」

 言い放つと同時に右手を引き抜く。そのまま倒れる死体を避ける意味もあって、アニマはきびすを返した。

 ふと、血濡れた右手の長剣を見やる。

当座凌とうざしのぎの身体とはいえ、これはこれで、悪くないな」

 予想以上のNBMナノバイオマテリアルの流動−−組織変成の滑らかさには満足した。しかし、それだけではまだ十分ではない。

 長剣から滴る血をそのままに、アニマは歩を進めた。再び収納されたバイオシリンダーへと赴く。その底には、取り残されたように、プロトタイプのMTSマルチトランスシステムが落ちていた。それは、ハイブリッドとしての過去を記す物。

薮蛇やぶへびだとでもいうか? これは……)

 拾い上げ、左手へと装着する。

 過去に執着心が無いといえば嘘になるだろう。生きる存在として、まだ肉体に未練がましくしがみついているのではないかと思い、理性では抑えられない憤懣ふんまんが湧き上がった。 が。ふと思い直す。

「いや、違うな。むしろ感謝しなければな。お前のお陰でこの身体を手に入れる事ができたのだ。なぁ、エリファ」

 霧散していく憤懣と入れ替わりに、心に満たされる恍惚こうこつ

「これは決別だ。無様な人間とのな」

 それは誰に向けたものでもない。虚空に消えていく言葉に、深い意味は無いに等しかった。むしろ、これから発する言葉に優位性があった。声高に言い放つ。

「顕在する事象は、私の力の意志。さぁ、どうする? 同士よ」

 その声に共鳴するように、メガロインターフェースシステムの唸るような稼動音が響き渡った。

「オヴィスは私の意志と共にある力を具現化する。姿はキメラとはいえ、そう容易くはないぞ?」

 システムを通して、意識がオヴィスへと拡散し、紡がれていく。

 あまねく意志は力となり、躍動する力は意志となる。

 −−<思想・観念の力>(ノエマ・デュナミス)

 エリファも持つその名は、究極の力を冠する者の証明。摂理を越えた最強の存在。万象を掌握する精神の根底。

「だが、お前と私では決定的に違うものがある。それは意志の有り様だ。……それでも、私に抗うのだろうが」

 みなぎる自信は力の現れ。

 言い表せないほどの優越感にアニマは惜しみ無く哄笑こうしょうした。



 辺りに立ち込めるのは、肉の焦げたような臭いと、それを更に引き立てる生臭い血の臭い。そして否応なく目に付くのは、息絶えたいくつものキメラとハイブリッドの残骸。誇張するまでもなく、その光景は戦場そのものだった。

「……ちっ」

 焦燥しょうそう感と虚しさが胸裏によどみ、ゼーンは舌打ちした。

「警備隊の反応が分散してるうえに、数が足りない。シュウとミリアは何してんだよ」

 加えて、キメラの反応も足りなかった。アオイからの精査情報では16体いるはずのキメラが、9体しか感知できない。だが、その理由は簡単だった。

(……OBISが残ったわけだ)

 とはいえ、ケルベロスとガーゴイルは苦戦を強いられるような相手ではないだろう。問題があるとすればワイバーン。力、速さ、耐久性全てにおいて、他のキメラとは一線を画している。現時点での最強と言っても過言ではなく、1番の巨体を誇るキメラでもあった。

 MTSを持たないハイブリッドにとっての主力武器レールガンは、有効なダメージを与えられるが、ステーション内部への被害を抑える為の制限がある以上、頼みの綱とはなりにくい。そうなると、MTSの適合者の負担は自ずと大きくなる。

(体力的にシュウとミリアには荷が重い。俺が何とか−−っ! 第4ゲートのハイブリッドの反応が消えた)

 ゼーンはすかさず駆け出した。

 中央ロビーと第4ゲートを繋ぐ通路は直進で約400メートル。通常であれば、いわゆる『動く廊下』を歩くのだが、今はそんな悠長な事はしていられない。

「これ以上やらせるか」

 たぎる怒りと高揚する感情は重苦しい気分をいくらか拭い去ってくれる。ゼーンはMTSを起動させた。

STスピードトランスインストール。NBMスタビライズLV2にシフト』

 瞬間、びりびりとした感覚が肢体のNBMの躍動を促す。まるで体の細胞1つ1つに自我でもあるかのような感覚はいつになっても好きになれなかった。しかし、いつもの如く嫌悪感を抱きながらも弾みのついた体で滑走する。

(見えた!)

 第4ゲート前のロビーに、キメラが3体とハイブリッドが1人。様子からハイブリッドはすでに負傷しているらしい。このまま防戦一方では、殺されるのも時間の問題だろう。

「やめろぉ!」

 キメラに言葉など通じるはずはない。しかし、威圧にはなるだろう。

 右手の定形を長剣へ変え、手負いのハイブリッドの前に回り込みながら、眼前のキメラ−−ガーゴイルへ牽制した。直ぐに右手の定形を戻し、そのハイブリッドを抱えて後退する。

 視界に3体のキメラ−−ガーゴイル2体とワイバーン1体−−を捉え、今の立ち位置との距離を目測してから、抱えているハイブリッドに聞いた。

「おい、大丈夫か?」

「あ、あぁ、なんとか」

 弱々しい声だったが、返事があった事にひとまず胸を撫で下ろす。

「まだ動けるな? 今すぐ本部まで処置しに戻れ。後は俺が何とかする」

「1人で? 無茶だ!」

「俺の事より、負傷してる自分の心配をしろってぇの。さぁ早く行け!」

 腕にしがみついて抗言してくるハイブリッドを、ゼーンは突き放す心地で後方へ押しやった。

「……すまない」

 振り向きざまにそう言い、痛めたらしい左腕を押さえながらハイブリッドは走り出す。それを見届けてから、ゼーンは再びキメラに相対した。臨戦態勢のキメラに攻め入るタイミングを計るほどの余裕はない。即座に構え、右手の定形を変えつつ飛び掛かった。

 まずは牽制したガーゴイルに肉薄。

今度は牽制ではない一撃を放つ。

しかし、突き出した長剣が届かない。

と、その隙を待っていたかのように、もう1体のガーゴイルが視界の左隅で動くのが見えた。ひいでたその俊敏な動きで、瞬く間に鋭利な鉤爪が迫る。速度を上げれば避けられるタイミングだが、今は無駄に体力を消耗するべきではない。素早く左手のレールガンを振り上げ、ガーゴイルの鉤爪を弾き返した。甲高い音と火花がその衝撃を物語る。

 その時にはすでに、追い撃ちとばかりにワイバーンは跳躍していた。漆黒の硬い鱗をまとう、10メートル以上ある巨体が、回転しながら太く長い尾を鞭のように振り下ろしてくる。

 そのワイバーンの行動は予測していたものだったが、ほんの僅かに対応が遅れていた。しかしまだ直撃を避けるだけの余裕はある。鉤爪を弾かれ体勢を立て直そうとしていたガーゴイルを蹴り返し、ゼーンはその場から退いた。

 2秒後。むちのようにしなったワイバーンの尾が、鞭とは比べ物にならない驚異的な破壊力をもって床を砕く。飛び散る砕片と地響きの中、蹴り返したガーゴイルが身代わりとなって、その反応を消した。

「一丁上がり」

 労せずキメラを始末できた事で意気も揚がる。ひとまず、厄介やっかいなワイバーンは後回しにし、残ったガーゴイルに照準を定めた。

 それを察知したのか、巨体を犬のように震わせながら起き上がるワイバーンを飛び越え、ガーゴイルが飛来した。着地と同時に左右のうねる腕が容赦無い一撃一撃を繰り出す。さすがに小手先だけでは苦しくなり、ゼーンは右手の長剣を“分離”させ、握りしめた。

 分離させる事によってより機動的な対応を可能にする反面、分離時はNBMの機能低下、又は消耗著いちじるしい状態になる。その為、長期戦を見据えた状況ならば控える手段ではあったが。

(間違いなくOBISオヴィス特有の感覚だ。だけど、強い。より戦い方に意志がある)

 キメラの様子を見ながら、意識を研ぎ澄ませていく。その“先”に潜む意志を探るように。

 と。一向に衰えないガーゴイルの猛攻が一瞬止まった。間髪いれず、ガーゴイルが真上に飛ぶ。

「っ!?」

 陽動とも思える行動の後、入れ違いにワイバーンが近接。

噛み殺さんと大口を開け、咆哮ほうこうを放つ。単純に考えても、ワイバーンの攻撃は全て、喰らって無事でいられるようなものではない。直撃は即、死を意味する。直ぐさま回避行動に移り、ワイバーンの歯牙しがから逃れた。接近戦で巨体の挙動をくまなく見張る事は難しく、更に集中力を高めなければならない。

(来るか!?)

 ゼーンは躊躇ためらわず後ろへ跳んだ。身をよじり、ワイバーンの尾が再び唸りをあげる。ロビーのカウンターを根こそぎ破壊しても勢いは変わらず、目の前を尾がかすめていく。

 一方、姿を消したガーゴイルの反応は右手にある柱を迂回うかいし、後方へと回り込んでいた。

(挟み撃ちかよ)

 尾の遠心力を上手く使い、ワイバーンはすでに反転している為、振り返ってガーゴイルを迎え撃つ暇はない。着地と同時にゼーンは後ろ向きに宙返りし、空中で逆さの状態のままガーゴイルを目視した。

 体勢で不利な以上、避ける選択肢は存在しない。直後、剣と鉤爪の衝突が一度。更に擦れ違いざま剣を薙ぎ払い、それはガーゴイルの片翼を斬り落とした。空中でのコントロールを失ったガーゴイルが錐揉きりもみしながら墜ちていく。

 ゼーンは体より先に視線を戻し、着地前にワイバーンとの距離を測った。翼を広げ、追撃を開始するワイバーン。その瞳は無慈悲に見返してくる。そして、まるで仲間を傷付けられた事への怒りを表すように放った咆哮は鼓膜を揺るがした。

 ワイバーンを倒す方法は少ない。唯一あるとされる弱点は口だが、屈強な五体に加え、硬い鱗と皮膚は剣の侵入を阻む。シュナーベルのビーム刃ならば皮膚を貫けるが、鱗は簡単ではなく、どのみち致命傷を与えられる部位に接近しなければならないデメリットは変わらない。やはり手っ取り早い方法はレールガンに行き着く。しかし、この場所では使用に制限があるが−−

(要は使い方ってね)

 多少のダメージは覚悟して、ゼーンはワイバーンを限界まで引き付けた。並の人間ならば一口で飲み込める程に大きい口へレールガンを突き出す。鼻がひん曲がる程の吐息に吐き気をもよおしながらも、引き金を引いた。

「あばよ」

 鋭い稼働音と共に、アルミ製金属弾が磁力誘導によって超高速で射ち出され、ワイバーンの体内を喰らう。衝撃を受け止め“くの字”に曲がった巨体が、軽々と吹き飛んでいく。

 身を護る為の頑丈な鱗は、外部からだけでなく内部からも同じようにその機能を発揮する。背骨をへし折り、背鰭せびれやその周辺を破裂させただけで、ステーションへの損害は無かった。

「さて、残るは」

 視線を移す。片方の翼を失ったガーゴイルは、絶命したワイバーンの下敷きとなり、自由な上半身だけでもがいていた。最低限の警戒はしつつ、ガーゴイルに近付き、見下ろす。それに気付き、もがく事をやめたガーゴイルは眼光鋭く、唸る。

「キメラに感情か。頼むから、俺をうらんでくれるなよ?」

 無抵抗のキメラを殺す事に躊躇いが無いはずがない。しかし、不安材料の多いOBISオヴィスという危険な存在を放置するわけにもいかず、ゼーンは込み上げるむなしさの中、右手の長剣を逆さに持ち替えガーゴイルの頭部に突き刺した。

 反応が消えたのを確認し、力無く倒れ伏したガーゴイルの頭部から剣を引き抜き、それを右手に戻す。

 ひとまず。次にするべき行動を孝量こうりょうしながらキメラの反応を捜していると−−

『ゼーンお疲れぇ』

 まだ幼さの残る声がインカムデバイスから聞こえた。ワイバーンの咆哮で耳が不調をきたしていなければ、その相手は警備隊の跳ねっ返り、ミリアで間違いない。

「あ? ミリアか?」

 警備隊最年少ながらも、数少ないMTS適合者の1人だったが、どうにも頼りなさそうなのは最年少故に致し方ないところか。

『反応が一気に消えたと思ったらやっぱりゼーンだったんだ。さすがやるねぇ』

「感心してる暇があるなら、お前も頑張れよ」

『だって、何か今日のキメラ強いんだもん。私まだMTSも上手に使えないしさ』

 自分のもどかしさに呻くように呟くミリアが、今日ばかりは可哀相でならない。

「あぁ、お前はOBIS知らないか」

『何か言った? よく聞こえないんだけど……ま、いいや。そっちにワイバーンが3体行ったみたいだから、ゼーンお願いね』

「簡単に言ってくれるよなまったく」

 言いながら、ゼーンはミリアの言うワイバーンの反応を確かめた。

「こっちに3体って、1体しか−−」

 ふと抱えた一抹いちまつの不安。ゼーンは恐る恐る、だが迅速に干渉域を広げた。大抵たいてい、悪い予感というのは憎たらしいくらい的中する。第六感というものが危機を感づかせる為にあるというならば、それは頷けなくはないが、嬉しい気はしない。そして、予感は当たる。

「くそっ、やっぱり! 反応が2つエレベーターシャフト内部を下層へ移動してやがる」

 自信が瞬く間に崩れ、湿っぽい怒りが舌打ちとなって出る。焦る気持ちを抑えられずゼーンは踵を返した。

 と、まるでその行動を見ていたかのように、最初の1歩を抑止する通信が入る。

 シレーヌだった。

『ちょっとゼーン、たった今エリア外を移動するワイバーンの反応を確認したわよ!?』

 音割れしそうなシレーヌの声が頭の中で反響する。思わずインカムデバイスを耳から遠ざけ、

「わ、分かってますよ。だから今から−−」

『馬鹿ね、もう無理よ。どうやっても追いつける距離と速度じゃないわ。……まだ負傷したハイブリッドの処置も終わってないし。こうなったらエリファになんとか』

「だけどエリファは」

『あの子だってハイブリッドよ。こんな状況だもの、何とか踏ん張ってもらわないと。ゼーンはゼーンで、できる事を全うしてちょうだい』

「……了解」

 返答短く、ゼーンは通信を切った。不甲斐ない自分を思えば、反論する余地などなかった。

「ミリア。こっちのワイバーンをさっさと片付けたらすぐに行くから、それまではシュウと持ちこたえてくれよ」

『う、うん。分かった。ゼーンも気をつけてね』

「お前もな」

 言いながら、ゼーンは体を反転させた。ワイバーンの反応が近い。

 ゲートとゲートを仕切るガラス製の自動扉。その扉が開くのも待たず−−待つわけもなく、ワイバーンは扉や中仕切りの壁を吹き飛ばして、第4ゲートへ突っ込んできた。

『NBMスタビライズLV3にシフト』

 痛む胸の感情は重苦しいが、体だけは緑風のように軽くなる。

(一気に片を付ける!)

 悔しさに奥歯を噛み締めながら、躍動する全身の細胞に任せてゼーンは更に速度を上げた。

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