エピローグ
総裁室。
会見に同席する為に呼び出されたグラウは、総裁の椅子に座るガヴリアの隣でじっとテレビを見つめていた。すでにニュースではネウロン占拠事件は報道され、今、各チャンネルでは番組を変更して緊急番組を放送していた。そして、その映像には、多くのマイクを前にした初老の男が映っている。見紛うはずもない、国際連環機関の代表、ヴィンセント・ブリストーが。
グラウは舌打ちした。
「してやられたな」
「皮肉なものだな。結局、私達は“出しに使われた”わけだ」
ガヴリアの口調こそ穏やかなものの、表情は険しい。
『……リベラルのこのような非道な行為をいつまでも許しておいてはならないのです! 我々は今まで以上に強い決意をもって、断固立ち向かって行くべきだと、ここで改めて宣言したい!』
演壇の上で高らかに雄弁を振うブリストー。歓声と拍手が沸き起こる。
「詭弁を。圧制的な所業は醜い私心が成せる業か? ブリストー」
「で、こっちはどうするんだ?」
「会見は予定通り行う」
「……その意味分かってるよな、もちろん」
ガヴリアは言葉には出さず、瞼を閉じて俯くように頷いた。
「アニマ……いや、シュロム・マウアーが何を成そうとしていたのか、今なら分からなくもない。世界に失望すればなおさらだ」
「だな。でもまぁ、アニマが世界を正しい方向に導くとは思えないけど。心が壊れれば世界は終わってしまう」
「それは分かっているんじゃないかな。だからこそ、彼は“世界の心”になる事を選んだのかもしれない」
意味深な言葉と同時に、ガヴリアが一枚の書類を差し出した。
「ネウロンの中枢部で遺体が見つかった。恐らく、この男が今回の犯行の首謀者だ」
顔写真と経歴が書かれた書類には『ヴォルフ・アレンスキー』と書かれていた。その男は覚えている。国際連環機関でNBM開発に携わり、シュロム・マウアーと干渉インターフェースの基礎理論を作り上げた人物。
「こいつは……いや、待てよ、確か“あの日”に死んでるはずじゃ!?」
ガヴリアが頷く。
「じゃあ、なんで」
「究極の力を冠する者の証明。摂理を越えた最強の存在。万象を掌握する精神の根底。それがノエマ・デュナミスでありアニマであり、“精神情報組織”と呼ばれる干渉インターフェースを可能にする存在。今までは信じられなかったが……もはや疑う余地はないだろう。世界はすでに、アニマの手中にあると考えて間違いない」
「理屈は知ってる。だけど命すら情報でしかないってのか?」
「そうでなければ、つじつまが合わない」
「そうだろうけどさ」
「問題は……そのアニマをも利用している者がいるのかいないのか。リベラルとの関係も気になる。私には、今回の事件は何か裏があるような気がしてならない」
睨むような表情のガヴリアは画面を見つめながら言った。
台本通りに進むドラマのように、歓声と拍手は鳴り止まず、それにブリストーが手を上げてこたえている。脚色された会見に、どれだけの中身があるのだろうか。
「世界には裏があるってのが世の常だ。ま、これが人間の本質ってやつなんだろうさ」
「そういう事だろう」
言いながら、ガヴリアは何かに気付いたのか、総裁室のドアへと顔を向けた。
ドアが開かれる。入って来たのはエームズだった。
「社長、会見の準備が調いましたのでご用意を」
「分かった」
普段のありがちな会話に過ぎないが、ガヴリアが社長という呼び掛けに普通に答え、グラウは驚いた。
「社長だぁ?」
「不満かい? 父が当初そうであったように、本来の肩書に戻っただけだ。戦争は終わり、もう国際連環機関の内部組織ではなくなった今では総裁という肩書に意味は無い。それに、私なりのけじめでもある」
「……けじめね。それだけの覚悟ってわけか」
「国際連環機関、そしてリベラル。人間である事に自惚れ過ぎた人間が増え、その結果狂ってしまった世界だからこそ、私のような人間にでもしなければならない事がある。……エリファが望む未来の為にも」
テレビの電源を切り、椅子からガヴリアが立ち上がる。デスクの上に広げられていた何枚かの書類をまとめると、
「さぁ、行こうか、グラウ。私達の戦いに」
さすがのガヴリアも、緊張した面持ちで歩き出す。
「あぁ」
グラウもその後に続き、腕時計を見ながら落ち着かないエームズが待つ総裁室のドアへと向かった。
……だが。
ふと、視線のようなものを感じ、グラウは足を止めた。
どこからともなく、”声“が聞こえてくる。思わずグラウは振り向いたが、そこには当然だが誰もいない。気配だけが、存在している。
『“では”、お前自身は何を願う?』
聞き覚えのある声が、脳裏に響き渡る。それは意識に溶け込むように、ごく自然な声だった。
(……あんたは。……何で俺にそんな事を聞く!?)
『エリファは自らの意志で私の前に現れた。私はその因子に興味がある』
(へぇ、”世界の心“でも分からない事があるんだな。分からない事は恐怖か?)
『世界はその存在自体が恐怖だ。優しさなど無い』
(心のうちにあって望ましいのは、愛ある優しさだって気付かない人間が多いからだろ。だからあんたは尻尾を巻いて逃げ出したんだ)
『優しさなど、偽善と自己犠牲の間に揺らぐ不安定なものだ。人間がそのエゴを乗り越えない限り人は破滅への道を進む。それに憂えただけだ。それは”お前にも“よく分かる事だろう? グラウ・ユラナス』
核心に迫る言葉は、ナイフで刺されたかのように、鋭く心を貫く。
(あぁ、分かるよ。分かるけど……時間が流れる限り人は進まなきゃならないんだ。あんたのは自分の弱さを認めない為の屁理屈だろ。俺はあんたみたいに逃げ出したりはしない)
『なるほど。……エリファはお前のその心に何かを見出だしたようだな。……いいだろう。では、しばし見届けさせてもらおう。お前達の戦いとやらを』
ゆっくりとフェードアウトしていく声。いつの間にか深く引きずり込まれていた意識に気付き、グラウは目を開けた。まるで時間が止まっていたような感覚が全身を包んでいる。
「どうした、グラウ?」
ガヴリアが呼んだ。
「あ、悪い悪い」
世界も心も、簡単なものではない。正義とは望まれる儚い象徴でしかなく、悪意は流行りのウイルスのように蔓延し、人々や世界を蝕んでいく。だが、気付いている人間もいるはずだ。世界を司る精神と呼ばれる心の根底がいかなるものかを。それは醜く、浅ましく、愚かで、度し難い人間の慣例。
欲望という本音、自由という建前、正義という戯言。
自分の行いを過ちだと知りながらも、それを正当化する術を探してしまう悲しい人間の性。
(まったく、不器用だよな人間は)
しかしそれは失望すべき事ではないだろう。全てが正しくはないが、逆に全てが過ちでもない。人間は1つではないが、1人ではない。
だから−−
(……今は)
遍く未来に希望を馳せ、グラウは力強く一歩を踏み出した。
長かった(~∀~;)とりあえず、何とか終える事ができてホッと一息。
続編も検討していましたが、今はやめておきます(笑)未熟故になかなか思うように書けないもどかしさもあり、5年以上前のプロットを見直すべきかと(ぶっちゃけそんな度胸は無いですが(笑))今更ながらに思ったりしますが、作品の良し悪しにかかわらず、書き終えられただけでも幸せなのかなぁとしみじみ思うのでありました(´∀`)趣味&下手の横好き的な作品ではありますが、もし最後まで読んでいただけた方がいらっしゃいましたら、お礼を申し上げたいと思います。それでは皆様ごきげんよう(*~ー')b