望む未来
ハイブリッドとの戦闘。もちろんそれはゼーンとシュウにとって初めての経験だった。躊躇う部分はあったが、基本的な戦闘スタイルはそのままで、変える必要はなかった。MTSがある分、有利に事は運ぶ−−はずだった。
「……まいったなぁ。ハイブリッドってこんなに強かったっけ?」
戦闘開始5分で気絶させたハイブリッドは7人。残りは−−
「11、12人。……でも、正直もうキツイね。やはり無理はするものじゃないか」
「いまさら、そりゃないぜ?」
キメラより苦戦をしているというわけではないのだが、“殺さない”という大前提があるだけに、行動が制限されているのは確かである。
ゼーンは体の脱力感に不安を覚えた。
「あまり長引くと、俺達の方が不利だよなこれ」
「なら、エリファを追うかい?」
「いや、それは素直に却下」
「じゃあ頑張るしかないね」
珍しく投げやりなシュウの言葉に苦笑しながら、ゼーンは再び問い掛けた。
「あと何分行ける?」
「本気で2分。省エネでは、5分かな?」
「俺も似たようなもんだ。やっぱりヒーローなら本気で2分だよな」
「僕は脇役で十分」
「へいへい。なら俺が7人やるぜ!」
反射的にハイブリッド達が動き出す。迫る波状攻撃の真っ只中に、ゼーンは全速力で飛び込んでいった。
ネウロンの中枢である第5層。その更に中枢となるブロックへと通じるエレベーターへと乗り込んだエリファは、操作パネルのスイッチを押した。動き出すと同時に、反対側へと歩を移す。
約2分後。
前方の視界が開け、ドーム状のフロアが見下ろせるようになった。中央部分で異様に佇む設備も、はっきりと見る事ができる。
正直。できるならこの場所には二度と来たくはなかった。
(まさか、こんな形で来る事になるなんて)
ドームを俯瞰したまま、ふと独りごちてエリファは唇を噛み締めた。
因縁。
(……そうね。生きていくなら、どのみち避けては通れない道だったはずよ)
自分で切り開かねばならない未来は、今この場所にある。同時にそれは、ハイブリッドの未来でもあるのかもしれない。
(私が望めば、顕現される現実があるなら……あるのなら、私は)
エレベーターが徐々に速度を落とすと、程なく縦揺れを残して停止した。扉が開く。
エリファはその扉が完全に開くのを待ってから、足を踏み出した。
リベラルの者かと思しき数人の死体の脇を通り過ぎ、長いスロープへと差し掛かる。
と、中央付近に見覚えのある人物が倒れているのに気付き、エリファはつと足を止めた。
(そんな……あれはカスミ所長?)
インターフェースジャマーで正確な生死の判断はできないが、出血具合を見ると恐らくは……
思わず声をのんでいると。
「今更、そう驚く事もあるまい?」
倒れたカスミを一瞥したアニマは、平然とした物言いを吐いた。
二の句を継げない。エリファはただ憮然とアニマを睨み付けた。ハイブリッド用の黒いボディスーツだけを身につけた姿は“あの日”と変わらない。
「もはや言葉は必要ない、か? それとも、今の今になって臆したかエリファ?」
かぶりを振る。
「残念ね。どちらもハズレよ。……どうしようもなく、お前が惨めに見えただけ。……あぁ、そうね。そういう意味ではもう言葉は必要ないのかもしれないわね」
当て付けてから、それに対して案の定笑みを漏らすアニマへと歩き出す。このドームの中心へと。
自分の過去と今を縛る全てがそこには詰まっているような気がしてエリファは眉をひそめた。感傷的になどなれるはずもない。自分があの日、もし拒む事をしなかったら今という時をどのように過ごしていたのかなど、考えたくもない。
「もう終わりよ」
スロープの中程まで来たエリファは、短く告げて再び足を止めた。アニマとの距離は20メートルもない。
「終わり? いったい何が終わると言うんだ?」
アニマはおどけた口調で両手を軽く上げてみせた。嗤笑がドーム全体に響き渡る。それは、脳裏で高鳴るあの耳鳴りのように不快でしかない。
エリファは挑むような心地で言い放った。
「お前のエゴで仕組まれた、摂理と運命。それだけよ」
一拍あってから、アニマが切り返してくる。
「……まだ分からないか。残念だエリファ」
その蔑むような物言い。そして込み上げるのは怒り。いや、もはやその一言では言い表せない感情が滾る。胸の奥に轟く情動の咆哮に呼応して、エリファは言葉を吐き出した。
「……お前を、キメラと同じく、第一種指定危険生体分子として、排除する」
そして、静かに、黒光りするシュナーベルを抜いた。
「リベラルの艦が捕捉された?」
統制本部に駆け付けたガヴリアは、エームズに問い掛けた。同時に前面の800インチ液晶画面に視線を巡らせる。
「はい。ネウロンから約500キロの宙域を航行中だったリベラルの高速小型艦が先程、国連軌道警備艦に捕捉されました。現在別の警備艦数隻がもう一隻の艦を追跡しています」
そこで言葉を区切ったエームズは、正面に座る本部スタッフの肩を叩いた。
「頼む」
頷いた本部スタッフが手早くキーボードを操作すると、液晶画面に警備艦とリベラル艦の位置や予想進路などの情報が映し出されていく。
「このタイミング。無関係とは思えないけど……エームズはどう思う?」
「逃走を助ける為の艦を用意していても不思議はないと思いますが、不可解なのは警備艦より機動性の高いリベラルの高速小型艦がこうも簡単に捕捉された事です。ト・コイノンや国連は事前に情報を入手していた可能性も考えられないでしょうか? もっとも、したたかなリベラルです。陽動の可能性もありますが」
「どちらも正答だろうね。そしてどちらにせよ、警備艦は間違った判断はしていない。知らされた情報を元に最善を尽くしているはずだ」
「最善を、ですか。しかし、それは真実に基づいた情報ではないわけです。これでは、何の為の警備か」
エームズの表情は毅然としているが、口調には不安と戸惑いが混じっている。ガヴリアは苦笑を浮かべつつ、冷静に言葉を紡いだ。
「……“偏執な人間が集まれば単なる傍観者”でしかない。答えの是非に関係なく、全てを見届けるつもりなのだろう。もっとも……その是非をたった1人の少女に委ねなければならない私も十分、不甲斐ないだろうけどね」
苦笑はいつしか、自嘲に変わっていた。
流れようとしない時間。沈むように滞った空気。そして、永遠にすら思える沈黙。胸の鼓動だけが、いたずらに回数を刻んでいく。ここにはまだ、自分が望む未来は顕在していない。アニマが存在する限り、叶う事はない。
「お前は……私が望む未来には存在しない」
時を動かす意志の叫び。鼓動が速まる。
「口にするだけなら容易だ。まさか、私の存在が何を意味するかを忘れてはいまいな?」
「それは脅しのつもり? ハイブリッドとしての能力は私の方が上よ」
「小娘が……減らず口を」
恫喝に似た声が響く。あの日と変わらない。何も変わっていない。変えなければいけない。
アニマは低い声音で更に続けた。
「MTSくらいで有利などとは思わない事だ」
その手に握られているのは恐らくミリアの物だろう。すでに装着している左手首のプロトタイプMTSを外すと、アニマはミリアのMTSを装着した。
「強がりを。それはミリア用に調整されたMTSよ。使いこなせるわけないじゃない」
「ならば調整し直せばいいだけの事だ。お前こそ、考え直すなら今のうちだぞ? まだ間に合う」
ハイブリッド自らMTSを調整するなど、聞いた事はない。だが、アニマなら、やりかねないだろう。執念深いアニマが言い終えるよりも早く、エリファはかぶりを振って抗拒した。
「……もう、お前の戯れ事はたくさん」
言い放つと同時に、多機能戦闘用機構(MTS)に意識を集中させる。
(MTSマルチタスク発動。NBMリミッター解除)
マルチタスク発動により、同時に複数のトランスがインストールされる。NBMが極限稼働を始め、力の奔流が全身を駆け巡った。擬似重力に縛られていても、自分の体は綿のように軽く感じる。エリファはアニマの挙動に警戒しながら、半身に構えた。
「そうか。もはや問答は不要だったな」
短く漏れる嘆息。アニマはそこで初めて動いた。音も無く。それは一歩ではなく、一瞬で間合いを詰める飛動だった。
「っ!」
咄嗟に踵で床を弾き、後ずさる。次の瞬間、今立っていた空間をアニマのシュナーベルが孤を描いた。
(遅い)
透かさず、エリファもシュナーベルにビーム刃を発生させて突きを繰り出した。ビーム刃の尖端がアニマの胸元を浅く切り裂くが、裂けたボディスーツから見える皮膚から出血は無く、手応えもない。それを裏付けるように、アニマは上半身を捻る恰好で突きを流しつつ、踏み込んで来る。エリファは再び後退し、低い位置から突き上げられた左の拳を紙一重で回避した。
まだミリアのMTSを調整できないのか、アニマが舌打ちする。もっとも、前例のない事だけに可能であるかどうかは疑わしい。確実なのはMTSによる身体能力の変化は明らかに上回っている事。ただ、それはあくまで現状であって、万が一を考えれば能力差は致命的なレベルにできていないだろう。
(余裕があるわけじゃない)
心中で自分に言い聞かせるように呟いたエリファは、シュナーベルを握る右手に意志の力を込めた。手の表面が脈打つ感覚は、グラウやミリアの時と変わらない。異なるのは、力の意味合い。
右足を引いて構えたエリファは、その右腕を横に振り出して、シュナーベルを投げ付けた。爆発のような力の作用と同時に、手の平から火を噴くように空気を切り裂いて一直線に飛んでいく。
体勢を立て直せていなかったアニマは、必死にのけ反ってそれを躱す。だが、元々の狙いはアニマ自身ではない。投げ付けたシュナーベルは狙い通り、アニマの右手に握られたシュナーベルに命中した。小さな閃光が起こり、刀身が砕け飛ぶ。
「うぐっ!」
衝撃に呻いて、アニマは床に倒れた。
『NBMスタビライズLV4にシフト。NBM/TML(組織変成制限)解除』
追い討ちをかけるべく、エリファは右手から剣のイメージを具現化した。間髪を容れず攻め寄る。アニマは受け身の際についた左手で身を翻そうとしたらしいが、それもやはり遅い。エリファは長剣を振り下ろした。
重く鈍い音を立てて、アニマの右上腕に長剣が食い込む。勢いは骨に当たっても衰える事はなかった。そのまま刃は床まで達する。
が−−
その刹那。漠然とした違和感に、エリファは思わず追撃を止めた。
アニマは半ば蹲った恰好で数メートル転がり、よろめきながらも立ち上がる。そこで浮かべた表情は苦痛に歪んでいるわけでもなく、はたまた激昂しているのとも違う。しいて言えばそれは、冷血な笑みだった。
「……やってくれる。だが、この程度ならばたいした事ではない」
アニマが事もなげに口にする。全く痛みを感じていないのではないかとすら思える口調で。それとも、本当に痛みを感じていないのだろうか。
問答は無駄ではあったが、エリファは渋々問い詰めた。
「この程度? やせ我慢できるほどの傷ではないと思うけど?」
「お前にはそう見えるだろうな」
アニマは言いながら肩を竦める。その時一瞬見えた腕の切断面は、無機的な物質にしか見えなかった。人間でもなく、ハイブリッドでもない。つまりそれは、生命ではない。
漠然と感じた違和感は、それだと気付く。腕を切断されたにもかかわらず、出血が全く見られない。
「何故平気なのか知りたそうな表情だな、エリファ」
「…………」
それは当然だった。
とはいえ、頷くのだけは厭わしく、エリファは代わりに眼差しを強くしてみせた。だが、肝心のアニマの視線はドームの中央で異様に佇む物体に向けられている。
「この力が指し示すものは何だ? 破壊か変革か支配か進化か……いや、それだけではない。それはお前も経験しているだろう?」
ようやく視線を戻したアニマが、冷血な微笑みを更に際立たせる。同時に、アニマの右腕の切断面が激しく波打つ始めた。NBMの躍動。しかしその度合いは尋常ではない。
「……まさか、再生?」
エリファは思わず驚きを漏らした。
俄には信じ難かったが、目の前ではその言葉通りの現象が起こる。定形を変えるかのように、容易に腕が構築されていく。
「お前はいったい……いったい何なの?」
吐き捨てるように問い掛け、エリファは長剣を突き出した。その切っ先の向こうで、アニマの首が左右に気怠げに動く。
「ノエマ・デュナミス。その名は究極の力を冠する者の証明。摂理を越えた最強の存在。万象を掌握する精神の根底。……そして私は、魂を躍動させる者−−アニマシオン−−」
聞きたい事はそんな事ではなかった。いや、求めていた答えを聞いたところで、返す言葉は同じだったかもしれないが。
「馬鹿げてる」
「同類であるお前がその言い草はないだろう?」
「勝手に同類にしないで! 私は違う!」
怒号を上げて、エリファは攻め寄った。
長剣を袈裟掛けに振り下ろすが、アニマは今再生したばかりの右手から長剣を具現化し、それを受け止めた。鍔競り合いで、力が拮抗する。
「違うだと? それはお前が拒もうとも、変えられない事だ!」
「なら変えてみせる!」
深い意識の中から叫ぶ。そして、研ぎ澄まされた感情と、揺るぎない意志によって湧き出た力が体中に漲る。
たちまち拮抗する力が増し、見えない衝撃波の渦が辺りを包んだ。
エリファは衝撃波の渦を生かして剣を押し込む−−と見せ掛けて、逆に剣を素早く引いた。虚をつかれて前のめりになるアニマの鳩尾目掛けて右膝を突き上げる。
「うっ!」
アニマが呻きを漏らす。
だが苦痛に顔を歪めながらも、長剣を押し付けてきた。それは、プロテクター越しにもかかわらず鋭利な感覚が衝撃となって胸部に響く。そのまま床に叩き付けられ息が詰まったが、その苦しさを無視して、エリファは直ぐさま跳び起きた。それでも思わず出そうになった呻きを堪えて、勢いよく長剣を振り上げる。
その切っ先がアニマの頬を浅く切り裂いたが、相手の動きは止まらない。
「完了だ」
突然の明言は恐らく、ミリアのMTSを調整し終えた通告だろう。逆に死角から振り上げられたアニマの長剣が、右腕をえぐっていく。傷は浅い感じではなかったが、MTSの恩恵を得たアニマを前にして気にかける暇はない。
(出まかせじゃない)
右手を引き戻しながら息を吸い込みアニマを押し返し、再び剣を交える。拮抗する力での打ち合いは爆音を轟かせながら徐々に速度を増していった。何度も繰り返す攻撃は、互いに致命傷に至らない傷を体のあちこちに刻んでいく。
「このままで終わりか、エリファ?」
高揚と恍惚に溺れた表情のアニマは、黒い意志が乗り移った長剣を振り続けながら声を上げた。
だが、エリファは抗言しなかった。決してできなかったわけではない。その瞬間、それまでの流れとは違うアニマの挙動を見たからだった。
大きく間合いを詰め、長剣を振りかぶるアニマ。
−−来た。
体が直感に促される。
『TT始動』
瞬時に電撃を纏う長剣。それを、アニマとの間に割り込ませる。刀身から溢れ出る青白い稲妻は、天翔る龍の如く猛り狂う。その稲妻に飲み込まれるようにして、アニマの動きは遅くなった。その表情は一転して、恐怖に滲む。
エリファは限界まで引き付けたアニマの長剣を弾き返すと、重心を落として衝撃波の渦に乗って回転した。その間に、次の一撃を放つ力を溜めるべく、両手で長剣を右脇に抱えるように戻す。
再びアニマを正面に捉えた時には、攻撃の準備はできていた。
この一撃で終わる。
その確信を胸に、エリファは渾身の力を両手に込めて長剣を撃ち出した。光が束となってアニマの胸に突き刺さる。
長剣を通して伝わってくるのは、生命の鼓動ではなく、冷たいNBMの躍動。
「……くっ! まだ!」
光の中で抗うアニマの姿は、もはや虚勢にしか見えない。
「侮らないで!」
集束していた光が、一気に解き放たれる。その、力に呼応する稲妻は無尽蔵に膨れ上がり、アニマに襲い掛かった。
「な、何っ!?」
顕現される意志と力。
意志を顕現させる力。
(私が望めば、顕現される現実があるなら……あるのなら、私は)
光が更に広がっていく。
「……私は!」
「や、やめろ! 私の……“私の中”に入って来るなっ!」
突き刺した長剣から溢れ出る青白い稲妻。その一閃一閃が、アニマの体を喰らうように霧散させていく。
「あああぁぁっっ!」
アニマが叫ぶ。
轟音の中ですら耳をつんざく絶叫。
青と白に変貌する世界に、アニマの悪意が、消え失せていく。
「な、何だぁ!?」
雷鳴のような轟音。加えてネウロンが崩壊するのではないかと思えるほどの強震。突然起きた不可測の事態に、ゼーンは喚声を上げた。
同時に耳鳴りも止んでいた。揺れと共に残っていたハイブリッド3人が倒れていく。
「ぬおっ!」
体力の限界というのもあるが、収まらない揺れにゼーンも耐え切れず膝をついた。シュウも壁に寄り掛かり、なんとか倒れるのは凌いでいるようだった。
(こ、これはTTか? このままじゃまずいぞ)
案の定、ついに警報が鳴り響き、警告灯が目障りな光彩を放ち始めた。
意志に満たされた光。
その中で、不意にグラウの言葉が過った。
『お前の力があれば人間が変われるかもしれない』
望まれた力。グラウが求めた正しい力。
『所詮、正しさなんて、主観的価値判断にすぎない事なんだよ。道徳、倫理、真理、正義……それら道義道理全てを得る事だって、人間にはできやしない。凡庸だからこそ、利他を重んじて生きていかなきゃいけないんだ』
正しさは、深い優しさを裏付ける。それこそが“知って”“理解”する事。
「お前には、人の優しさを思念する事ができないから!」
「わ、笑わせる。それこそナンセンスだ!」
光の隙間に僅かに見えたアニマの顔。すでに半分以上が崩れたその顔を歪めた。笑ったのだろう。
それを見て、エリファは長剣をアニマの体から引き抜いた。光が消え、轟音が鳴り止む。
ほとんど原形を留めていないアニマの体が床に崩れ落ちる。表情を読み取りにくい顔とはいっても、狼狽しているのだけははっきりと分かった。アニマはかすれた声で言ってくる。
「何の……真似だ」
エリファは無言でかぶりを振った。アニマには、それは滑稽な仕種に見えたのかもしれない。かすれた声を荒らげる。それでもまだ、弱々しさは否めないが。
「まさか情けのつもりか!? この私に」
「そうじゃないわ。……ただお前の意識を多くの人間が持っているのだとしたら、お前の存在が消えたところで、何が変わるのか……そう思っただけ」
「卑少な人間と一緒にされたのは心外だが……随分と、物分かりがいいじゃないか」
「勘違いしないで。だからといって、お前の意志を尊重するつもりはないわ。別の方法を探すだけよ」
アニマの表情は変わらない。変えられないのかもしれないが、そんな事はどうでもいい。
「まだ再生できるわね? 後は好きにして。……もう、これ以上は無意味よ」
言い捨てて、エリファは踵を返した。
「だから、甘いのだよお前は。……人間の醜い心を“見た”お前は、その心の破滅を望んだ。……だが、どうだ? 世界は、人間は変わったか?」
居直ったような物言いが、背後から聞こえてきた。だが、エリファは振り向かなかった。そのまま言い返す。
「まだ、私が未熟だっただけよ」
「……そう、だな」
と。次の瞬間。消え失せたはずのアニマの悪意が蘇った。忌ま忌ましい気配が迫る。
(どこまでも!)
エリファは舌打ちして透かさず身を翻し、アニマの姿を捉えた。全身の再生は半ば、完全に再生した右手だけを長剣に変え、アニマは飛び掛かるように振り下ろしてくる。
エリファはそれを左手で掴んだ。手の平に刃が食い込み、激痛が走る。
「アニマぁっ!!」
再び迸る稲妻。まばゆい閃光。意志に導かれ青白い龍が猛る長剣を、エリファは突き上げた。寸分の誤差も無く、剣はアニマの胸の傷に刺さる。
その一閃はアニマの体を貫き、瞬く間に光が飲み込んでいく。声にならない咆哮−−断末魔を上げるアニマの体に満ちた稲妻は、轟音を鳴り響かせて、爆ぜた。
爆発の衝撃で左手が震える。確か過ぎる程確かな手応えを残して。
「これ以上は無意味だって……言ったじゃない」
爆発の余韻が残るドームに降り注ぐ雪のようなNBMの燃えかすを見つめて、エリファは哀れむように呟いた。
視界を遮っていた黒煙もやがて沈み、静寂が
戻る。エリファは静かに右手の長剣を戻し、嘆息した。
「結局……私にはアニマすら、変えられなかった」
胸の内にあるのは達成感ではなく、重苦しい虚脱感だった。