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ランとアラシで神隠し  作者: 迦陵びんが
第9章 「男の子と女の子のはざまで」
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第96話 修学旅行 女心に目覚めたの?

修学旅行最終日も素晴らしい晴天に恵まれ、青空には秋とは思えないような強い日差しの太陽が輝いている。


朝食を済ませたボクたちは、お世話になったホテルをチェックアウトして最終日の日程へと向かった。


「“はいた~い! みんなぁ昨日は自由行動だったけど、どうだったぁ? 修学旅行のいい想い出になったかい? 沖縄のソウルフードいっぱい食べてくれたよねぇ? どれもこれも美味しかったでしょ?」


≪おいしかった~あ!!≫

≪うまかったあ!!≫


「よかったよぉ! そうそう、ランちゃんは沖縄の生んだスター亜衣ちゃんと一緒にゴルフしたんだってねぇ。とっても可愛い格好でゴルフしているところを今朝のローカルニュースでやってたよぉ。ピンクのワンピースが抜けるような白い肌に合っててさぁ、で~じ良かったさぁ”


≪ええええ~っ?≫

≪亜衣ちゃんと~っ?≫


ありゃりゃ昨日のプロアマ、テレビに撮られちゃっていたんだ。

本人も知らなかったくらいだから皆が驚くのも無理はない。でも放送されたのが地元のテレビ局でよかった、と思ったのもつかの間、


「キリュウ! その話は先生も聞いとらんぞ!」


担任の岡崎がこっちを振り向いて怒鳴った。


「あ、あれは不可抗力なんです。仕方なかったんです!」


皆が注目しているので、ボクはいい訳するしかなくなってしまう。


「お前がうちの学園理事の津嶋さんに呼ばれてゴルフをするということは校長先生から聞いていたが、亜衣ちゃんと一緒だとは聞いておらんぞ!」

「わ、わたしにもサプライズだったんです」

「先生が亜衣ちゃんファンだということは知ってるだろう? どういうことなのか説明してみろ!」


岡崎が新垣亜衣ファンだったなんて知るもんかって。


「先生! これ見てください。ブログに亜衣ちゃんとランちゃんの写真が載っていました!」


え? ネットにもアップされちゃってるの?


「おおっ! ん? 待てよ・・・ふたりの間に挟まれてるのって歌舞伎役者の山村蒼十郎じゃねえか! キリュウ!」


あ、思い出した。前半のハーフが終わって小休憩のお昼をとった際に、八代目が「亜衣ちゃんランちゃん、いっしょに写真撮ろうよ。オジさんは可愛い女の子が大好きなんだよ」って言いだしてお付きの人がシャッターを押したんだっけ・・・。


「なになに・・・『今日はあきつしまグループ津嶋会長のお招きで女子プロゴルフ最終戦あきつしまレディースクラシックのプロアマに出場しましたのさ。両手に華! 美女二人に挟まれてニンマリ。右は賞金女王の亜衣ちゃんだけど、左の絶世の美女は誰かって? 知らざあ言って聞かせやしょう! な、な、なんとこの美少女こそがあの神隠し少年なのさ!』・・・そういうことだったのか」

「そ、そういうことだったんです」


まさか歌舞伎の重鎮が流行りのブログをやっているとは思わなかった・・・。あれ? 皆が携帯を取り出してチェックしている! 携帯の画面とボクを見比べながら何やらブツブツつぶやいている・・・。


≪セーラー服姿もいいけど・・・≫

≪ゴルフ部のユニフォーム姿もいいけれど・・・≫

≪コンピタンスポーツのゴルフウェア姿はもっと素晴らしい・・・≫

≪色白だからやっぱりピンク系が似合うんだよね・・・≫

≪トリミングして待ち受けにしようっと・・・≫


ううっ・・・何も聞こえなかったことにしよう。


≪ピロロ~ン♪≫


あれ? メールだ。ボクは、スカートのポケットから携帯電話を取り出すとメールをチェックしてみた。


『ランちゃん昨日はありがと。おかげ様で大差をつけてのチーム優勝! 津嶋さんたちと明け方まで祝杯をあげたよ。大きくなったら一緒に行こうね。ケータイ番号は拒否されちゃったけどメアドは教えてもらったから東京に戻ったらまた連絡するよ。美女ふたりとの記念写真、ブログにアップしておいたから見て頂戴。蒼十郎』


「なあに? ランちゃん顔が引きつっちゃっているけど」

「(ヒクヒクッ)軽いオヤジだ・・・メアドも教えるんじゃなかったわ」

「あら、これってその歌舞伎役者さんからじゃないの!」


≪ピロロ~ン♪≫


「まただわ! ランちゃん、誰から?」

「あ・・・新垣プロから」


『キリュウ君 昨日はお疲れ様。アナタのお陰でチームは優勝、私も賞金をいただきました。これからスタートだけど何か落ち着かない気分。原因を考えるとアナタのことみたい。一応お礼を言っておくわ。ありがとう 新垣亜衣

P.S.今度はお遊びではなく試合で対戦しましょう A.A』


「へ~え、亜衣ちゃんからもなんだ」

「女子プロから『ありがとう』だって~え!」

「試合で対戦しましょうだって~え!」

「ランちゃんたら、この修学旅行で色んなメル友ができたのねぇ!」

「メル友ちがう・・・」


有名人からボク宛てに届いた直メールにバス中が沸くのを横目に、ボクは周囲からどんどん女へ女へと追い込まれていくのを感じていた。






「“バスはこれからいよいよ空港に向かうんだよぉ。これでみんなともお別れさぁ”」


パイナップル園を出たバスはボクたちを乗せて一路那覇空港へと走り出す。修学旅行で沖縄に着いてから4日間、ボクたち2Cを案内してくれたガイドのネェネェもさみしそうだ。


「“今回は修学旅行だったけど、沖縄の様子ちょっとは分かったでしょ? 本島以外にもいっぱい島があるし季節が違えば楽しみも変わるんだよぉ。今度はゆっくり遊びに来てねぇ”」


ボクは窓の外を流れていく景色を眺めながら、美しい海、美味しかった食べ物、出会った人たちに思いを馳せた。初めての沖縄は予定外のプロアマゴルフ戦出場もあったけど充実した旅行だったと思う。




那覇空港の車寄せに到着したボクたちは、ガイドのネェネェと運転手のニィニィに別れを告げた。

出発ロビーに入るとまだ搭乗案内までは時間があったので自由行動となった。


「そんじゃ行こうか!」

「ほれ!」

「よっと!」


サヤカの掛け声で右手をユカリ左手をクルミにつかまれたボクは、両脇を固められて逃れることもままならないまま連行されてしまう。


「ど、どこへ行くの?」

「決まってるじゃん!」


ボクは、強制的に女子トイレに拉致された。どうして女の子たちは連れションしたがるんだろうか、いまだにその気持ちが分からない・・・。


「ランちゃんは単独行動しちゃいけないルールでしょ?」

「それはそうだけど・・・でも、わたしはまだそういう・・・したい状況じゃないもん。じゃあ、外で待ってるから3人とも行って来れば?」

「そうはいかないの! それじゃあランちゃんがひとりになっちゃうでしょ? いいからいいから! ほれ」


ボクは、空いている個室に入れられてしまった。仕方がない。じゃあ一応チャレンジしてみるか・・・。


≪・・・チョボッ・・・チョボチョボ≫


思えば、こうして便座にしゃがんで排尿することにも慣れてしまったものだ。


長期間女性ホルモンを投与され睾丸も切除され、女体化したせいか勃起も射精もできなくなってしまった。それどころか今では男性として異性に抱く性的欲求そのものもほとんど感じなくなっているみたいだ・・・。


そんなことを考えながら、皮膚の中に潜り込んですっかり小さく縮んでしまっている男性自身をめくり、先端に折り畳んだトイレットペーパーを当てて中に残った水滴を吸収させる。これやらないとショーツについちゃうんだよね。


スカートをはくようになってからずい分になるけれど、いまだに下着が外部に露出しているという事態には慣れることができない。生まれながらの女の子はよく平気だと思う。ボクは、オシッコの跡が付いたショーツを他人に見られる可能性があると思っただけでも居たたまれなくなるのだが・・・。


用を済まして個室から出ると鏡の前はいっぱいだった。

そう、女の子させられてからというもの何でも順番待ちになることを強いられるようになった。男だったら手も洗わずに出て行っちゃう奴だっているのに・・・女の子は手洗いのほかに化粧を直したり髪をいじったり身づくろいしたり、いろいろやることがあるから時間がかかるのだ。


地球に帰って学校に戻ったとき体型に合わせて仕立て直した学生服を着ていたからボクの気分は完全に男だった。でもサヤカたちは女性用トイレを使うことを要求、ボクは仕方なく個室で用を足した。そこはそれ気分は男なものだから、ハンカチを忘れてズボンで手を拭いていたらこっぴどく怒られたっけ・・・。

ことほど左様にこまごまとした約束事があるので女の子するって大変なのだ。




「さあて落ち着いたことだし、おみやげ屋さん覗いてみない?」

「それよっか思い残すことがないように何か食べようよ!」

「アンタねえ・・・クルミには食べることしかないんか!」

「ランちゃんはどうしたい?」

「え?」


自由行動の日は、ゴルフが終わってカッちゃんたちと歩いただけだから、沖縄ぜんざいしか食べていないんだよな・・・。


「アイスクリーム食べようか?」

「よっしゃ~あ! ほら、ランちゃんだって食い気じゃないの」

「クルミ。ランちゃんは忙しかったから食べ歩きしてないの。アンタとは違うわ!」

「沖縄といえばブルーシールのアイスクリームだよね。空港の中にもあったはずだからお店探そうよ」




「へえ~鮮やかな色なんだねぇ。こんなに種類があると目移りしちゃう」


ボクは、冷凍ケースの中にずらっと並んだアイスクリームの眺めに圧倒される。


「おすすめはやっぱりトロピカルフルーツかな」

「いや、ランちゃんがぺロぺロするんだったら絶対ファンシーなのよ」

「いや・・・個人的にはチョコレート味が好きなんだけど」

「だめよ、そんな地味な色合いのなんて!」

「そうよ! 可愛いところ写真撮ってあげるからファンシーなのにしなさい!」


という訳でボクの意思とは関係なく、グリーンのミント+ピンクのストロベリーの取り合わせになってしまった。コーンを手に舌先で舐めてみる・・・うまい!


≪パシャッ≫


「いい表情と~れた♪」


サヤカが携帯の画面を見ながら嬉しそうに言った。


「見せて見せて!」

「ランちゃんったら可愛すぎぃ!」

「くう~~~~ミントを舐める淡い桜色の舌先が堪らないわ!」

「うちのクラスの修学旅行記念アルバムの表紙はこれで決まりね♪」

「や、やめてよぉ」

「ウハハハッ 恨むなら自分の美貌を恨むんだね! さあ、どんどん撮っちゃうぞ! 食べて食べて」


気がつくと周囲から注目を浴びていた。女子高生たちがカン高い声でやり取りをしていたのだ、注目を浴びないわけがない。


≪スゲー可愛い子だな≫

≪テレビで見たような・・・≫

≪女優さん?≫

≪モデルじゃないの?≫

≪あの子って・・・亜衣ちゃんといっしょにいた子じゃないか?≫

≪そうだ! 写真 写真!≫

≪パシャッ≫

≪パシャッ≫

≪パシャッ≫


うう・・・これじゃあ食べられないよ。ボクが困っていると、


「はいはい、そこまで! 彼女すっかり困ってるじゃないですか。修学旅行の思い出になるよう出発まで静かに過ごさせてやってください」


カッちゃんが大きく手を広げボクたちをかばいながら言った。それでも腕を伸ばしてボクを写そうとする人もいたけど、背が高く胸板の厚い男に睨まれてスゴスゴと離れて行った。

カッちゃん・・・いつもボクのことを気遣ってくれているんだよね。なんだかカッちゃんが傍に居てくれるだけでホッとできるかも。


「オマエらなあ、アラシを守ってやらなきゃならん立場なのに注目を浴びさせてどうする気だ?」


3人娘はバツが悪そうに下を向いてしまった。


カッちゃんはボクが復学して以来毎日家まで送ってくれる。この間も危ない目に合ったときに身体を張って守ってくれたし、ボクを一人にしないっていう修学旅行中のクラスルールを決めたのもカッちゃんだった。女の子同士ということでいつもボクを取り巻いているくせに、危うい言動をしてしまうサヤカたちに腹が立ったのかもしれない。何しろ自分からボクのボディガード役を買って出ているほどの“守護神”なのだ。

ボクは嬉しかったけれど、カッちゃん怒ると怖いんだよな・・・なんとかしないと。


「ありがとうカッちゃん。もう大丈夫だから。そうだ・・・」


ボクは手にしていたアイスクリームをひと舐めすると


「はいこれ」


と笑顔を浮かべながらカッちゃんの口もとにコーンを差し出した。


「ん?」

「いっしょに食べようよ。2個はちょっと多かったんだ。おいしいよ?」


カッちゃんは真っ赤になってしまった。でも、ボクが手を伸ばしたまま待っているので仕方なく被りつく。


「おいしいでしょ?」

「・・・ああ、うまい」


ボクもひと舐めする。ちょっと恥ずかしい気はしたけど、なんか嬉しい気分。カッちゃんとひとつのものを分け合うっていいな。


「おいしいね!」


≪うわ~あ!≫


「ふたりってそういう関係だったの?」


うっ・・・この状況を冷静に思い描いてみると、なんだか恋人同士みたい! いやいや、そんなバカなことはない。単に部活仲間同士で食い物を分け合っているだけのことだ。


「そうだよ? 同じ釜の飯って言うでしょ。ゴルフ部員同士で食べ物を分かち合うのって何か問題?」

「ありありよ! それって間接キッスじゃないの!」


うっ・・・やっぱりそう見えたか。


「ほらあ、佐久間君だって真っ赤になっているしぃ」


ここは誤魔化すしかないかも。


「そ、そっか、そうなんだ。気がつかなかった」

「ランちゃんは女の子なんだから、男の子とそういうことするとカップルだと思われちゃうの!」

「KRMM会の会長としては見過ごせないわね!」


KRMM会とは“キリュウランの操を守る会”の略で、2Cを中心に女子で構成された“秘密結社”だ。創立者で会長のサヤカはボクの真後ろの席だから、ボクはいつも監視されている。


「カッちゃんは大丈夫だよ。わたしの中身が今でも男の子のままなんだって認めてくれているんだもん。わたしがチョッカイ出されるものだから、こうして気遣ってボディガードしてくれているだけなんだよね」

「だからってランちゃんと間接キッスするのは変でしょ!」


サヤカが断定口調で言った。


「じゃあ、いっそのことカッちゃんと付き合っていることにしちゃえばいいんだ!」


ボクはいたずらっぽい目をして言うと、アイスクリームを舐めながらカッちゃんの腕につかまり頬を寄せた。カッちゃんとなら抵抗なくこういうことだってできるのだ。あれ?

なんか変だと思ったら、カッちゃんがガチガチに固まってしまっていた。


「カッちゃん? カッちゃん?」

「・・・」


反応がない。フルフルッて目の前で手を振ったけど瞬きしない。そんな様子を見てサヤカたちも吹き出してしまった。ちょっと刺激が強すぎたかなあ。カッちゃんってなんか可愛いかも!






羽田空港に着くと空気が違った。


「う~~寒ぅ」

「なんだか2時間半前まで汗ばむ気温だったのがウソみたい」

「ほんとね。気を付けていたけど日に焼けちゃったから、余計に寒さが応えるかも」


と言いながらボクは肌寒さに身をすくめる。素肌がますます敏感になっているのだ。

惑星ハテロマで女性ホルモンを投与されてしばらく経った頃、突然外気から受ける素肌の感じが変わった瞬間があったっけ。その時は「女の子になったんだ」って実感したけど、地球に帰ってきて生理になり自分の女性機能が活性化している今から見れば、まだまだ男の子の身体だった気がする。




「それじゃあここで解散だ。寄り道せずちゃんと帰宅するようにな!」


≪は~い! お疲れ様でした!≫


修学旅行最後の集合をしていた2年C組メンバーは、担任の岡崎の解散宣言で三々五々家路へと向かうことになった。


「ランちゃんはどうやって帰る?」

「うん。カッちゃんに家まで送って行ってもらうことになってるんだけど・・・」

「お~い! 佐久間~あ!」


男の子たちの集団の中から首一つ飛び抜けた頭が、憤慨した表情でこちらを振り返った。


「おらーっ龍ヶ崎! 呼び捨てにする奴があるかっ!」

「いいじゃん。アンタだって女の子のこと呼び捨てにするじゃないの。そんなことより、ランちゃんをどうやって送って行くつもりなの?」

「そりゃあモノレールに乗って・・・」

「ちっちっちっちっちっ、もっといい手があるわよ」


サヤカが立てた人差し指をメトロノームのように左右に揺らしながら言った。




「リムジンバスと来たか」

「吉祥寺まで面倒な乗換なしで帰れるとはな」


ボクたちは首都高を疾走する高速バスの車中からメガロポリスの夜景を楽しんでいた。カッちゃんたち男の子グループが5人、ボクたち女の子グループはサヤカ・ユカリ・クルミのいつもの3人娘に委員長を加えた5人だ。後部座席の一角に座って雑談している。


「直通便があるっていうことは知っていたが、料金的に割高になるとばかり思っていたぜ」

「でしょ? ところがどっこい回数券を買って10人で割勘にすればほとんど変わらないのよ~お♪」

「さすがだな。オマエいい主婦になれるよ」


カッちゃんがそう言ったら、サヤカが瞳を輝かせた。そっか・・・カッちゃんはお嫁さんにはしっかり者の子を考えているんだ。確かに、サヤカならお似合いかもしれないけど・・・。


「惚れ直した?」 

「そもそも惚れてねえし」

「そっか。佐久間君はやっぱりこの超絶美少女がいいんだ~あ!」


と言いながらサヤカは勢いよくボクの手を持ち上げた。あっ・・・。

カッちゃんは何も言わず真っ赤になって俯いてしまった。それじゃあ認めちゃってることになるんだけど・・・でも、ちょっと嬉しいかも・・・。


「ランちゃんはどうなのよ?」

「え?」

「佐久間君のこと、好きなの?」


カッちゃんが上目遣いでチラッとボクを見た。不安そうだ。


「うん。好きだよ」


カッちゃんの顔がパアッと輝く。

やっぱりそうなんだ! でも、これってカッちゃんがボクを女として見ているってことだよね・・・それは困る。まだボク自身、女になりたいのかも分かっていないのに!


≪やった~あ!≫


「でも、それって普通に男同士の友情なんだけどね。だって今でも戸籍は男性なんだもの。好きになるなら女の子じゃないとね。お嫁さん募集しちゃおっかなぁ♪」


≪キャ~ア♪ ランちゃんたら≫

≪それはねえぜ! キリュウ≫


ボクは、カッちゃんに視線を合わせないようにしながら話を混ぜっ返し他愛ない会話へと取り繕った。


今回の修学旅行を通じて、男の子と女の子の間にあった目に見えない垣根もすっかり消えてしまったみたいだ。やはり何日も泊りがけで一緒に行動して、共通した体験をもつって大切なことなのだと思う。そういう意味ではいい高校生活の思い出ができたのかも。でも、カッちゃんの気持ちもこの4日間で少しづつ変化してしまった気がする・・・それはボク自身の中にも起きていることかもしれない。




「それじゃあね、カッちゃん。帰ったらゆっくり休んでね」

「ああ。アラシもな」


ボクは家の前まで送ってもらって、カッちゃんに別れを告げる。みんなと別れてから二人だけで歩いてくる途中、会話も少なかったしなんか気まずい空気だったんだよな。このままだといけない・・・。


「カッちゃん・・・さっき言ったこと・・・少しウソだったかも」

「ん?」

「男同士の友情」

「違うのか?」

「うん・・・自分でもまだ・・・よく分からないんだけど・・・女の子に交じって過ごしたせいか・・・それだけじゃない感じがしてたんだ・・・この気持ち・・・モヤモヤッとしていてよく分からないんだけど・・・」


ボクはチラッとカッちゃんを見て言う。するとカッちゃんの目が大きく見開かれた。


「皆まで言わんでいい! ともかく、ともかく、俺は、俺はアラシがどうであれ、全力でオマエを守るからな!」


聞いた瞬間、ボクは自分の中で何かがトロけて身体がフワッと浮き上がる感じがした。


これってなんなのだろう・・・? いままで一度も感じたことのない感覚だ・・・なんか幸せ・・・。


ハッと我に返ると、既にカッちゃんは言い残したまま背を向けて猛スピードで自宅の方へと駆け出していた。カッちゃん・・・。


「うふふふ♪ 聞いちゃった~あ♪」


振返ると、母さんがドアの隙間から顔を覗かせていた。


「お帰りなさいアラシ。いいな~あ、青春真っ盛りなのよね~え♪ あ~んな殺し文句が言えるなんて、佐久間君も隅に置けないわね~え♪」


と言いながら母さんは、まるで適齢期を迎えた年頃の娘を見るような目で見つめた。


「あ、いや、違うんだってば」

「違わないわよ~お♪ ささ、中に入って詳しく話を聞かせてちょうだい♪」




「ふ~ん、それだけ?」

「そう。それだけのこと」


ボクは、あっさり答える。


夕飯が済むと家族全員に取り囲まれて、修学旅行中にあった出来事を根掘り葉掘り尋ねられた。お土産でごまかそうとしたのだが、“女の子”として何か恋愛的なことがあったに違いないと執拗に責め立てられ解放してはもらえなかった。


「アラシちゃん。南国リゾートなんだもの、ヤシの木陰でキスくらいはしたんでしょ?」

「なに? アラシ、パパの許可も得ずにキスをしたのか?」


父さんが血相変えて怒鳴った。


「し、しないよ。それに許可なんか必要ありません! お姉ちゃんが余計なこと言うからパパがエキサイトしちゃうんじゃないの!」

「じゃあさ、手を握られたり肩を抱かれたりは?」

「なに? アラシ、肩を抱かれたのか?」


ボクは、血走った目をして睨む父さんを前にため息をつく。


「はあ・・・手くらいは握られたよ、女の子からもね。肩は抱かれていないな。でも、そんなことが問題なの?」

「問題だ。アラシに良からぬ虫がついてはいかんのだ!」

「カッちゃんは、そういうんじゃないの!」

「そうですよ、パパ。佐久間君は今日だってアラシを家まで送り届けてくれたんですもの」


ボクが言っているのはそういう意味じゃないんだけど。


「ま、まあな。あの青年なら、まだしも好感が持てる」

「じゃあ、いっそ親公認の仲ということにしちゃいます?」

「ううむ・・・その方が余計な虫がつかないか」


おっと、この夫婦はいつもこうなる。ボクの言っている意味を理解する気はなく、方向違いへと推し進めようとするのだ。


「ちょ、ちょっと待ってよ。カッちゃんとはそういう関係じゃないんだってば」

「あら? そうかしら。ママが目撃した感じだと、佐久間君の方はそういう関係になりたいって思っているように見えたけど?」


うっ、母さんはさすがに鋭い。ボクがいま一番焦っているポイントをずばり突いてきた。ちょっと動揺してしまった。


「へえ! アラシちゃんったら焦らし作戦? 男心をもてあそぶなんて早くも小悪魔なんだ~あ♪」


うっ、姉さんの言うとおりかも。確かにそう言われても仕方ない部分はあったのだ。ボクは、カッちゃんを焦らして気を惹きたかったんだろうか・・・?


「そういうんじゃないんだってば・・・」

「フブキ。あんまりアラシをからかわないのよ。泣きそうになっているじゃないの。・・・そうか、そうなんだわ! アラシは女の子の心に成りかけた自分に戸惑っているのよ。私たちはサナギから美しい蝶になれるよう温かく見守ってあげましょうね」


そうなのだろうか? ボクはこんな姿をしていても中身は男のつもりでいるが、母さんの言うように心の中まで女に成りかけているのだろうか? ボクは本当は、カッちゃんのことをどう思っているのだろう・・・。


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