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ランとアラシで神隠し  作者: 迦陵びんが
第9章 「男の子と女の子のはざまで」
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第94話 修学旅行 自由行動で

ボクたちの宿泊したホテルでは、修学旅行団体の食事を宴会場に用意していた。

メインダイニングや鉄板焼き、和食堂、郷土料理などのあるレストランエリアではないので、エキゾチックな沖縄リゾートの装飾や中庭の風景を楽しみながらの食事とはならなかった。まあその分ボクたちも、他のお客さんの目を気にすることなく気兼ねせずに食事できるわけだが。


「クルミ! あんたそんなに取って食べ切れるの?」

「だいじょうぶだも~ん」


朝食はビュッフェスタイル。好きなものを好きなだけ取って構わないから男の子たちは何度もテーブルと配膳台の間を往復している。色々な種類を少量づつ楽しめるので女の子たちにも好評だ。


「あら? ランちゃんは菜食派?」


とボクのトレイの上に載っているものをチェックしながらユカリが言った。彼女も体育会系で部活をやっているから結構食べる方なのだ。


「うん。この身体になってから、朝はサラダと果物がメインかな」

「だからそんな体型を維持できているのかぁ」


昨晩ホテルのスパでお互いに身体を目視で確かめあったが、ボクだけ有無を言わさず脱衣所備付けの体脂肪計付きの体重計に乗せられてしまったのだ。結果は身長168cm体重48kgでBMIは17.0。体脂肪率は16.5。男子高校生だった頃とくらべて体脂肪が増えたから太ったのかと思ったら、女の子の標準よりはずっと少ないと言われた。2Cの女子たちから感嘆のため息が漏れたっけ。


「私も朝は炭水化物とタンパク質を減らそうかなぁ。ほっそいノースリーブ姿のランちゃんの隣に立つのが嫌になっちゃう」

「無理むり。ユカリはガッツリごはん系だもん」


と言っているクルミのトレーには、山のようにデザートが積み上げられていた。


「クルミ、アンタにだけは言われたくない!」


昨日は、飛行機を降りてそのままバスに乗ったので皆制服姿だったけど、今日から帰る日までは私服でよかった。ボクは“年上のお友達”井上沙知江さんがプレゼントしてくれた衣装の中から見繕って、中2日分の私服を持参している。小物や靴に至るまですべて『アイウエサチエ』のセカンドラインなので、相当おしゃれなデザインになっている。


「ランちゃんのそのジーンズも井上沙知江のデザイン?」


アイスティーを飲みながらサヤカが尋ねる。


「うん。セカンドラインだそうだけど『アイウエサチエ』のよ」

「おしゃれねぇ! 真っ白なローライズジーンズは女の子ならではよね」

「でも、ちょっと屈んだりするとお尻が見えちゃいそうで・・・」

「なに言ってるの。そこがおしゃれなんじゃないの! 当然見せパンはいてるんでしょ?」

「う、うん。お尻が見えちゃうって井上さんに苦情を言ったら、だから見せていいショーツを用意したんじゃないのって言い返されちゃった・・・」






最初の朝の食事を食べ終えたボクたちは、再びバスに分乗した。

今日も南国の真っ青な空に太陽が輝いている。


「“はいた~い! お? 今日は違って見えるぞ。みんな私服を着ていると個性が出るねぇ。それでもやっぱ東京から来た子たちだねぇ。ウチナーの子たちとは雰囲気が違うわ”」


と言いながらバスガイドのネエネエが、ボクを眩しそうに見た。


「“ところで夕べはゆっくり休めたのかなぁ? 眠そうな顔しちゃってるから、夜遅くまでお喋りしていたんでしょう? でもさ、今日これから行くところは眠気がふっとんじゃうくらい楽しいからねぇ! せっかく沖縄に来たんだからしっかり見て行くんだよぉ! ほんと修学旅行って楽しいさぁ!”」


ネエネエは今日も元気いっぱいハイテンションだ。高速道路に入ったバスは加速しながら島の中部を目指しはじめた。






≪うわ~あ!≫

≪きれ~え!≫


巨大水槽を回遊する魚群を前に、ボクたちは思わず叫んでしまった。ここは沖縄本島中部、本部半島の先端にある「美ら海水族館」。


≪クジラだ~あ!≫


「“あれはね、クジラじゃないよサメなんだよぉ。ジンベエザメっていう世界最大のお魚なのさ”」


目の前を全長10メートルはゆうにある巨大な魚がゆっくりと泳いで行く。


「“これはさ、アクリルでできたパネルなのさ。幅が22メートル半、高さは8メートル20センチ、厚さは60センチもあるんだよぉ! なにしろこの中の海水は7500トンもあるからねぇ!”」


ガイドのネエネエも、少し興奮気味だ。しょっちゅう来ているのだろうけれど、これだけのビッグスケールの水槽になると何度来ても見飽きないと思う。


「確かに眠気がぶっ飛んだぜ」


ボクたちの傍にいたカッちゃんが呟く。

美ら海水族館は観光客であふれ返る人気スポットなので、バスを降りてからずっとボクのガード役をしてくれているのだ。ことに大水槽のゾーンは照明を落として暗がりになっているから、ボクが嫌な目に合わないようにと真後ろに立ってくれていた。


「ほら! あそこにエイが泳いでいるよ」

「ほんとだぁ! まるで翼をはばたかせて飛んでいるみたいね」

「それよっかさあ、あの丸まるとした魚見てよ!」

「あれはパンフレットによるとクロマグロだね」

「やっぱりね! 美味しそ~お」

「クルミ。 アンタ食べることしか考えられないの?」






「ああおいしかった~あ! ルンルン♪」

「クルミは、エサさえ与えておけばご機嫌なんだから!」

「でもタコライス激ウマだったね!」

「うう苦しい。お腹パンパンになっちゃたよ」

「ランちゃんたら、すぐにお腹いっぱいになっちゃうんだからぁ!」


ボクたちは、海沿いのドライブインでランチを済ますと、再びバスに乗って次の観光スポットを目指す。


「“みんな沖縄名物タコライスはどうだったあ?”」


≪おいしかった~あ!≫


「“よかったねぇ! 他にも沖縄すばやハンバーガーにぜんざい、サータアンダギ―にブルーシールのアイスクリーム。もっともっと美味しいもんがあるんだよぉ。明日は自由行動なんでしょ? 那覇の街中なら、ゆいレールもあるし路線バスを使えばハシゴだって楽々なのさぁ。せっかく来たんだから色々食べてごらんねぇ!”」


≪よっしゃ~あ!≫

≪行こう行こう!≫


「“こら! おまえら、いくら自由行動だからってB級グルメツアーだけじゃいかんぞ!”」


担任の岡崎がネエネエからマイクを借りて言った。


「“あくまで修学のための旅行なんだからな! ようし、帰ったら自由行動で学んだ成果をレポートに書いてもらう!”」


≪ええ~~~~っ≫


「“まあ、おまえたちも17歳だ。旅先でする経験そのものが勉強だろうからな。行きたい所やりたい事を自分たちで決めて、いい体験をしてこい! 沖縄に親戚や知合いがいる奴は遠慮せず訪ねてこい。それも経験だ! 条件は、誰かと組になり決して単独で行動しないこと、危ないことはするな、喧嘩は厳禁、そして門限を守ること”」


ボクたちはその後、今帰仁城跡なきじんじょうせきで世界遺産となった琉球王朝時代の城砦の石組みを見学し、ビオスの丘に上がって熱帯の植生を体感し、琉球村でウチナー文化を実地体験した。

でも、その間も頭の中は明日の自由行動で何をしようかという思いでいっぱいだった。






その晩、食事と入浴を済ませてパジャマに着替えたボクたち2年C組の女子は、真ん中の部屋に集まった。


「アユミはどうするの?」

「私はお祖父ちゃんとお祖母ちゃんに会いに行くことにするわ」


明日の自由行動をどうするか、女の子16人それぞれの予定や希望を確認して組を作ろうという相談だ。


「そっか、アユミのおじいちゃんたちって沖縄で老後のセカンドライフを楽しんでいるんだったね」

「そうなの。さっき電話したら孫娘が来るっていうので大喜びよ。大歓待の準備しているみたいだし、よかったらいっしょに来ない?」


明日を前にしてなぜ今頃こんなことをしているのかっていうと、すべては担任の岡崎の所為なのだ。

他のクラスでは修学旅行に出発する前から自由行動の目的別ルートや班編成をしっかり決めていたのだが、


「事前の下調べもいいがそんなんじゃ旅の醍醐味は味わえんぞ。現地に行って2日間実際に自分たちの目で見、肌で感じてから決めても遅くはない」


と今日になるまで決めさせなかったのだ。

まあ、そのおかげで沖縄に来て初めて分かったこともあったし、こうして前日夜に何でも決められるドキドキ感を味わっているわけだが。


「ランちゃんはどうするの?」


委員長が人差し指でメガネの赤いフレームを持ち上げながら言った。30個の目が一斉にボクを見つめる。これまで「キリュウ君」と呼んでいた委員長も昨日のお風呂以来、名前で呼ぶようになっているのに気付いた。今回の旅行ですっかりボクも2年C組の“女子”として認知されてしまったみたいだ。


「わたしは・・・どうしようかな・・・」


≪ピロロロロロ♪ ピロロロロロ♪≫


「あら、電話ね」

「なにかしら?」


近くに座っていた子が受話器をとる。


「はい・・・います。いま替わりますね。ランちゃん、アナタに電話よ」

「え? わたしに?」


ボクは、受話器を受け取って耳に当てた。


「はい」

「“キリュウさんですね? 実は今、フロントにキリュウさんを訪ねて来られた方がいまして”」

「いま寝間着なので着替えてからでいいですか?」

「“ロビーでお待ちいただくようお伝えします”」






ボクは、急いで服を身につけるとホテルのロビーに向かった。


「お呼びたてしてすみません」


エレベーターの扉が開くと、目の前にダークスーツに身を包んだ男が待っていた。どこかで見かけた人物だったような・・・。


「以前お会いしたことがありましたっけ?」

「あ、それは麗慶高校のゴルフ練習場じゃないでしょうか?」


そうか! 学園長に案内されて津嶋氏が来たときだ。足早に近づいてきて津嶋氏に耳打ちしていた人だった。


「あきつしまホールディングスで津嶋の秘書をやっています三田村と申します。津嶋からキリュウさんにお言づけを預かっていまして」


と言うと胸ポケットから封筒を取り出した。さっそく開いてみると手書きでこう記されていた。


『キリュウ君 

修学旅行しっかり満喫できているかい?

高校生活の大きな節目、大人になってもよき想い出となるにちがいない。

さて、ご相談。校長先生から明日は君たちが自由行動になると聞いた。

丁度いい機会なので君にうちのゴルフコースを見てもらおうと思うんだ。

紹介したい人もいるし、途中になってしまった話の続きもしたいから是非時間をあけてほしい。

単独行動の許可は校長先生に取り付けたからそっちの方は問題ない。

詳しくは秘書の三田村に説明してもらうことにするからよく相談してくれ。

楽しみにしてるからね。

津嶋』


メッセージを読み終えると、ボクは三田村に尋ねた。


「いま津嶋さんは沖縄にいらっしゃるんですか?」

「はい。この時期は毎年沖縄にご出張されているんですよ」

「ゴルフコースを見てもらうって書いてあるんですが・・・」

「ええ。琉球あきつしまカントリー倶楽部で明日9時丁度のスタートになります」

「プレーするんですか?」

「津嶋もそれを楽しみにしています」

「でも、ゴルフウェアも道具も持ってきていないんですけど・・・」

「ご心配はご無用です。すべてこちらで用意しますので身ひとつでお出でください」






翌朝は、秋晴れの素晴らしい天気になった。見上げると真っ青な空の高みに鱗雲が連なっている。

朝食を終えたクラスメイトたちは、観光タクシーをチャーターする組、親戚や知り合いの迎えの車に乗る組、徒歩で出掛ける組、思い思いに何人かづつ連れだってホテルを出発して行く。


「ランちゃん、本当にいっしょに来ないの?」

「うん、ごめんね。知合いから呼び出されちゃったの。どうしても行かなきゃならなくって」

「ひとりで大丈夫?」

「うん。先生の許可ももらったし送り迎えもしてもらえるから」

「そう。じゃあ気をつけてね」


サヤカたちがホテルのエントランスから出て行くのを、ボクは手を振って見送る。いつもの3人組にチアリーディング部の村瀬と西岡の2人が加わって、5人で周ることにしたようだ。この人数だとタクシーの乗合いはできないからモノレールとバスを利用するのだろう。いずれにしろ食いしん坊ツアーであることに違いはなさそうだ。


「なんだアラシ。まだいたのか?」


そんなことを思っていると後ろから声がかかった。


「あ、カッちゃん」

「迎えはまだ来ないのか?」

「うん。そろそろのはずなんだけど。それよりカッちゃんたちは出発しなくていいの?」

「じゃあアラシを見送ってから出るよ。どうせ男仲間だしな。国際通りに繰り出して店を物色するくらいしかやらんからいつ出てもいいのさ」

「ごめんね。本当はわたしといっしょに自由行動してくれるつもりだったんだよね」

「いいってことさ。何しろアラシにとっては大事な支援者なんだろ? うちの学園の偉い人だっていうしオマエをひとりで行かせても心配ないからな」


そう話していると車寄せにワンボックスが滑り込んできた。ドアが開くと三田村が出てきた。


「おはようございます。お待たせしましたか?」

「いいえ。友達を見送っていたところです」

「それでは参りましょうか。どうぞお乗りください」

「じゃあカッちゃん、また夕方ね!」

「ああ。気をつけてな」


三田村はさりげなくボクに手を差し出すと、車高の高いステップに上がるのを手助けしてくれる。


車内は革張りの豪華なソファー仕様になっていた。社長とか偉い人の車って、重厚な感じのセダンかリムジンとばかり思っていたけれど、バンタイプのもあるんだ・・・。

皆は今日も私服で出掛けて行ったが、ボクは偉い人に会うので女子高生の矜持ともいうべきセーラー服を着ていた。だから座るときにはスカートの裾を整えなくてはならない。


「それでは出発します。ここから20分ほどの道のりですが、到着までご自由にお寛ぎください」


助手席から振返ると三田村が言った。ご自由にって言われてもね・・・横を見るとアームレストにボタンがいっぱい付いていた。さっそく試しに押してみることにする。


≪ウィ~~ン≫


あ・・・足乗せが出てきた。その後、ボクは車窓風景になんか目もくれず、全部のボタンを試しながら到着までの時間を過ごした。






≪シュルシュルシュル~~≫


いきなり引き戸がレールを滑る音がしたと思ったらドアが開いた。


「おはようございます。キリュウ様」


胸に刺繍のエンブレムの付いた黒いブレザーに身を包んだ壮年の男が、にこやかに挨拶する。

ボクを乗せた車は、クラブハウスの車寄せに到着していたのだ。


「どうぞこちらへ。私は当ゴルフ場の支配人 南風原です。スタートまで時間がありますので、着替えられましたら控室にご案内させていただきます。津嶋オーナーもお待ちかねですよ」


と説明しながら足早にボクを案内していく。

ロビーに入ると、白い布を敷いたテーブルが並び、お揃いのブレザーを着た大勢の人が忙しそうに立ち働いていた。車寄せに引っ切りなしに入ってくる高級車から、降り立った人たちを受付けてはロッカーに案内しているようだ。今日は何かのコンペでもあるのだろうか・・・。


ボクは、支配人から赤いカードフォルダーを渡されて、そのまま女子のロッカールームに案内された。

何人か先客が着替えていたが、入って来たボクを見た瞬間怪訝な顔をされてしまった。


それもそうか。こんな高級ゴルフ場にセーラー服姿の女子高生がいるのが場違いなのだと合点した。

それが分かると、急にボクは恥ずかしくなって顔を伏せながらケースに記入された番号を探す。

ようやくロッカーを見つけて、フォルダーに繋がれていたロッカーキーを差し込んだ。


「あ・・・」


ロッカー扉を開くと、可愛らしいレディースゴルフウェアがハンガーに掛かっていた。

アンダースコートにスポーツブラ、髪留めのリボンにサンバイザーや手袋や靴まで一式揃っている。プレーの邪魔にならない小ぶりのイヤリングや、ゴルフイメージの付け爪まで用意してある。いずれもコンピタンススポーツのブランド品で女の子に大人気のものばかりだ。それにしても皆ピンクだ・・・。


津嶋氏はボクを男として認めてくれているけれど、ボクが医者に勧められて女の子のままでいたいと思えるかどうか試していると話したものだから、こういう可愛いウェアを用意してくれたのだろう。

ボクは、津嶋氏の配慮に応えるべく可愛く着飾る決心をした。






着替えを終えてロッカールームを出ると支配人が待機していた。さっそく通常のレストランやパーティールームを通り過ぎ、奥まった1室に案内される。ドアが開けられると3人の男たちがソファで談笑していた。


「おお! キリュウ君。今日はよく来てくれたね」


満面に笑みを浮かべた津嶋氏が立ち上がりながら言った。


「この子がお話ししていたキリュウアラシ君です。彼は1年前はごく普通の・・・失礼、たいへん才能豊かなゴルフプレイヤーの男子高校生だったんですよ。信じられないでしょう?」


ボクが挨拶を返す暇も与えずに、その場にいた人たちに紹介を始める。


「こちらは今日いっしょにラウンドしてくださる方々だ」

「キリュウです。よろしくお願いします」


軽くお辞儀をしながら挨拶すると、恰幅のいいロマンスグレーの男が立ち上がってボクの手をとり握手してきた。


「初田です。それにしても美しい。君とラウンドできるなんてわざわざ沖縄まで来た甲斐があったよ」

「初田さんは、ハツダ自動車の社長さんだ。そしてお隣はもちろん知っていると思うが、歌舞伎の八代目山村蒼十郎丈だ」

「よろしくね」


こういうのを役者顔というのだろうか、大きな頭蓋骨にくっきりとした目鼻立ちで、実に見栄えのする顔に笑顔を浮かべながら軽くボクの手を握った。


「お二方とはゴルフ仲間でね。齢が近いこともあって、こうして機会を見つけてはいっしょにラウンドしているんだ。まだ、スタートまでは時間もあることだし、こちらに座りなさい」


ボクはうながされて空いていたソファに浅く腰かけた。そして形よく斜めに両足をそろえると、膝の前に手を重ねて置いた。そんな様子を山村という歌舞伎役者はチェックするように見ているのに気がついた。






「という訳で、こんなことになってしまったんです」

「なるほどね。でもね、私に言わせるなら男の子の方が美人に創りやすいんだよね。それで、美貌に恵まれてしまった君としては、このまま女の子で行くつもりなのかい?」


そう言うと、大顔の役者はギョロリと強い視線をボクに浴びせかけた。


「そんな、美貌だなんて・・・まだわたしにも分からないんです」


≪コンコン コンコン≫


その時、扉がノックされた。


「そろそろお時間です」


支配人の呼びかけに、ボクたちは立ち上がるとスタートホールへと向かった。






アウトコース1番ホールのティーグラウンドに出てみると大勢の人が詰めかけていた。ボクは訳がわからず、津嶋氏に尋ねる。


「あのお・・・これはいったいどういうことでしょうか?」

「ん? 何がだね?」

「今日はごいっしょにラウンドを、としか伺っていなかったもので・・・こんなに大勢の方がいるなんて」

「そうか、三田村の奴が気を利かせたのか」


と言うと、津嶋氏は後ろを振り返った。それに応えるように秘書の三田村が軽く会釈をしていた。


「よし、説明してあげよう。ここはJ-LPGA最終戦『あきつしまレディースクラシック』の会場だ。明日からの戦いを前に、今日はプロアマ戦が行われるんだよ。で、主催者は私だから、たまたま君の修学旅行と日程が合うことが分かったので、招待者に加え私の組に入れることにしたのだよ。そういう話だと知ってたらきっと君は辞退したんだろ?」

「そ、それはそうかもしれません・・・」

「と思ったから、三田村も君に説明しなかったのだろう」


津嶋氏から話を聞いていると、テレビ中継でお馴染みの選手がギャラリーをかき分けてこちらに歩いて来るのが見えた。


「おはようございます。今日は一日よろしくお願いします」


ゴルフキャップのひさしに軽く手をあてながら会釈したのは、本年度の女子プロゴルフツアー賞金ランキング第1位、新垣亜衣プロだった。


「亜衣ちゃん、メンバーを紹介しよう。いつもの初田社長と山村丈はお馴染みだからいいとして、今日は珍しい人物を呼んだんだ。こちらはキリュウアラシ君。例の神隠し少年だよ」


それを聞いて新垣プロはようやくボクの存在に気がついた様子で、まるで値踏みするみたいにボクを見つめた。一瞬、緊張が走った気がしたけれど破顔すると、


「アナタがそうだったの! よろしくねぇ♪」


と言いながら軽くハグしてきた。でも、耳元に口を寄せて囁いたことは違っていた。


「ふふん、男のくせに思っていたより可愛いじゃん。しっかり目立っちゃってるよ、アンタ」


ボクは、サアッと顔から血の気が引いていくのを感じた。


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