第90話 お嫁さんにしたい男の娘?
怒涛の週末が終わって、また学園祭のない普通の日課が戻ってきた。今は学校に行く前の慌ただしい時間。
「ほらほらハヤテ、急がないと遅刻しちゃうわよ~お!」
母さんが階段の上に向かって叫ぶ。
「どうして男の子なのにお姉ちゃんより支度に時間がかかかるんでしょ。ほら、アラシも嫌がらないで残さずトマト食べるのよ。お肌にとってもいいんだから! フブキも午前中は講義がないからって、着替えなくちゃだめでしょ? 女の子がパジャマのままで朝食食べるなんて恥ずかしいわよ」
途切れることなく五月雨のように続く母さんの小言に急かされながら、ダイニングテーブルで朝食をとっていると、時計代わりに点けていたテレビから新聞の記事紹介が聞こえてきた。
「“さて、次はスポーツ新聞のコーナー。スポーツ紙で裏面トップといえばその日の2番手ネタですが、野球でもサッカーでも芸能人恋愛ネタでもなく、なんと高校の学園祭取材という社が現れました! それでは早速、サンデースポーツの記事を見ていただきましょう。大見出しのキャッチが振るってます! さすがサンスポ! 『お嫁さんにしたい男の娘No.1はこれだ!』”」
あ・・・ボクのアップがテレビに出ている!
「あら? これってアラシじゃないの!」
「そうだ! こりゃあ麗慶の学園祭をサンスポの記者が取材していたんだな!」
「まあ! キャスターのモグラさんたら、興奮して立ち上がっちゃったわ! 前にもアラシの大ファンだって言っていましたものね!」
母さんと父さんの方がよほど興奮している。
「この写真って花嫁姿になって、感想を聞かれたアラシちゃんが『ボクは男なんです!』って叫んだところよ!」
「もう、その話はいいよ・・・」
姉貴に、あの時のことを言われたもので、ボクは途端に不機嫌になる。
「アラシにとって、あれは仕方のないことだったのよ。女の子になるんだって一大決心して、その朝セーラー服を着て通学しはじめたばかりだったんだもの。なのに、ミスコンで優勝しちゃった上に、ウェディングドレスまで着せられて、ステージに引っ張り出されちゃったんだから」
「おや? あのパンフレットはなんだ?」
父さんがテレビを指さして言った。見ると、レポーターがA4サイズのパンフレットを開いてカメラの方に向けている。
「“そしてこちらが現在配布されている麗慶学園高校の受験案内です。ちょっとこのページをご覧ください!”」
「“ほ~お、その夏服のセーラーの女の子も相当可愛くない?”」
「“モグラさん、よっく見てくださいよ”」
「“あっ! それって神隠し少年じゃないの!”」
「“そうなんです。今年の受験案内の中に彼が載っているんですよ!”」
「“まだ、髪の長いときのだ! こりゃあ早速貰いに行かないと”」
「“モグラさん、お宅にいま受験生のお子さんって居ましたっけ?”」
「“いないけど、そんなことはどうでもいいのよ!”」
夏休みに実力試験で学校に行ったときに、教頭から頼まれてモデルをやったときの写真だった。あ、あれまで掲載されている・・・。
「“いや~あ、この写真なんか最高じゃないの! 少し上目遣いで甘えている表情がたまりませ~ん!”」
賭けで負けてカメラマンに例の『いいですよね? セ・ン・パ・イ?』ってやらされた時の写真だ。
「アラシ、この写真とっても可愛いわねぇ!」
「ホントだぁ。アラシちゃんったら、女の子宣言する前にガールズ・スマイルやってみせちゃっていたんだぁ!」
ううっ恥ずかしい・・・。
「やはりプロのカメラマンが撮ると、アラシの表情が違うな。学校に頼めば写真を焼き増ししてもらえるのか? ママ」
「そりゃあ、モデルがアラシなんですもの。教頭先生にお願いすれば絶対大丈夫ですよ、パパ」
ボクが女の子になれるか試してみるって宣言してから、父さんと母さんまで「パパ」「ママ」って呼びだすようになっていた・・・。
学園祭であんなことはあったけど、一度自分の意思で精神科の女医のアドバイスに従うことにした以上は、一日一日一歩でも半歩でも、率先して自分から女の子の気持ちに目覚めるようやってみるしかない。
継続は力なり、だ。まずは今日一日可愛い女の子になりきることから始めなくては・・・。
ボクは気を取り直して笑顔を浮かべると、なにくわぬ表情で言った。
「ねえ。どうしてパパもママも、わたしのことになると途端に目の色が変わっちゃうの? 愛されているからなのかなあ?」
おやっ? という顔をして皆ボクを見つめる。そして破顔すると嬉しそうに話し出した。
「まあ! アラシったら。そんな可愛い声でいじらしいこと言ってくれるんだから!」
「パパか! 実にいい響きだ! アラシの幸せのためだったら、たとえ火の中水の中。パパは危険を顧みず何でもするぞ!」
「そう来たか! そういうのってちょっと引くよね、アラシちゃん。でも偉いよ! アラシちゃんの心の中ってまだまだ男の子なのに、こうして女子力アップしようと頑張っているんだもんね」
「普段から女の子らしくしていれば心の中で何かが目覚めるんじゃないかって、病院の先生が言っていたから・・・」
「ママは、アラシが幸せだなって実感できることが一番大切なの。アラシが女の子の気持ちになってみよう、努力してみようと思ってくれているなら、ママがとことん可愛く綺麗にしてあげちゃうんだから!」
と言うと、食事中にもかかわらずボクの髪をいじりだした。
「こうして真ん中からふたつに分けて、両サイドの高い位置で括るでしょ。そのままだとヘアゴムだけでつまらないもんね。こうしてレースのリボンを結わえるとぉ、そ~ら、できあがり!」
「ほ~! これはこれは・・・」
「可愛い~い! アラシちゃんのツインテールって、美少女の特権をいかんなく発揮している感じがするわ! ほら笑顔よ、笑顔を浮かべてみせて!」
と、そこに眠い目をこすりながらハヤテが入ってきた。
「おはよう~ふあ~ふぁっふぁっ・・・うっ!」
突然、息を詰まらせてしまった。ハヤテは釣りあげられた鯉が喘ぐように、必死で口をパクパクやっている。
「どうしたの?」
「おい、大丈夫か?」
「息ができないの?」
「・・・ぐっはあ」
喉にひっかかっていたものが取れたように、大きく息を吸い込む音をさせると、真っ赤になっていた顔が一気に白くなった。
「危なかったぁ。目の前にこの世のものとは思えない可愛い子がいたもんだから、びっくりしちゃって・・・そっか、アラシ姉ちゃんだったんだね」
「ね? 血を分けた弟ですらこうなんだもの。女の子の最大の武器は、え・が・お! 笑顔よ!」
そんなことは姉貴に言われなくたって、惑星ハテロマの女性化プロジェクトで、耳にタコができるほど教育されて来たのだ。でもまあ、地球に帰ってからと言うもの、ボクは不機嫌な顔しかしてこなかったから、スマイルしなかったのは事実なのだが・・・。
鏡がないので自分の姿を確認することはできなかったけど、家族の評判はいいらしい。ボクはそのまま学校に出掛けることにした。
「ん? 顔になにかついてる?」
いっしょに歩いているハヤテが、口を半開きにしたままボクの顔をじっと見つめていたのだ。
「ハヤテ、なんでお姉ちゃんのこと見てるの?」
「あ・・・いや、ごめんなさい。アラシ姉ちゃんの弟でよかったなって思ってたんだよ」
「へえ~嬉しいこと言ってくれるのね♪」
と言いながら、ハヤテの頭をなでなでしていると、そこに重量級の足音が近づいてきた。
これは佐久間克彦に間違いない。よ~し、女の子に成りきってカッちゃんで試してやれ。ボクは振り返ると、とびっきりの笑顔をつくり明るい声で挨拶した。
「カッちゃん、おはよう♪」
「おっす! おはっ・・・」
見上げると、カッちゃんがフリーズしていた。
「佐久間さん! しっかりしてください! ちゃんと息しないと死んじゃいますって!」
と言いながら、ハヤテがカッちゃんの背中をパンパン叩いた。
「げはっ・・・ああビックリした」
「どうしたの? カッちゃんたら、朝っぱらから変よ?」
「アラシ・・・アラシが女の子の気持ちになれるか試してみるって言っていたから、それなりの予想はしていたけれど・・・なんて言うか学園祭から・・・オマエ変わったな」
「そうかなぁ?」
「いや、前にも増して凄みが出てきている・・・」
「凄み? ・・・それって女の子に対する褒め言葉じゃないよ?」
と、ボクは小首を傾げながら上目遣いで、いじめられた小動物のような悲しそうな目をしてみせる。これも女性化プロジェクトで習った必殺技のひとつだ。
「ぐわっ!」
「佐久間さん! 気を確かに! 心臓が痛むんですか?」
カッちゃんはハヤテにすがり付きながら、ゼエゼエ荒い息をして胸を押えていた。
まだ女の子の笑い方、忘れていなかったんだ・・・。
顔の表情を作る筋肉って30種類以上あるのだ。それを総動員しなくてはベストスマイルはできない。ボクは女性化プロジェクトで、微妙な表情筋の動きを自由にコントロールできるまでビシビシ特訓されてきたのだ。身体の方が覚えていても不思議はないか。
「テレビ見たわよぉ!」
「ランちゃんったら、受験案内に写真が載るなんてひとっ言も言ってくれなかったじゃないの!」
「仲良しなのに冷たいわよねぇ」
教室に着くと、さっそく3人娘に問い詰められた。
「あれは・・・学校に戻るためのテストの日のことで、教頭先生から頼まれて仕方なく・・・」
「ここのところ受験生たちの間で、受験案内の写真に写っている“美少女”は誰なんだって評判になっていたんだから! これでテレビに出ちゃったから大変よぉ!」
「そうそう! 先生方が話していたけど、ランちゃんのセーラー服姿のおかげでずいぶん受験希望者が増えてるって聞いたわよ」
「これまでみたいに学生服姿のランちゃんじゃ、受験生たちもイメージ狂っちゃったかも」
「そうね。受験案内に載っている美少女がいないんじゃ、学校中でウソ吐いたことになっちゃったかもね」
「ま、ちゃんとセーラー服も着て来ているし、こうして可愛くツインテールにしているんだから」
「ランちゃん、女の子になろって努力しているんだもんねぇ」
「それよりほら~、やってみせてよ! 少し上目遣いの『いいですよね? セ・ン・パ・イ?』っていう甘えんぼさんパターン!」
ボクたちの席は教室の最前列中央にあるから、いまの会話はクラス中に筒抜けだった。サヤカの甲高い声に、その場にいた全員が反応する。皆、期待でワクワクした目でボクを見つめている・・・。
しかたがないか。ボクは、学校でも可愛い女の子になりきってみることにした。
「しかたないわね。じゃあ・・・」
ボクは、両手を前に伸ばして手の甲をあわせると、レースのリボンで括られたツインテールを揺らしながら、上目遣いに品を作って言った。
「いいですよね? セ・ン・パ・イ?」
≪きゃあ~♪≫
≪ブゥオーッ≫
女の子たちの黄色い歓声はともかく、いまの不気味な異音はなんだろ? あ、2Cの男どもの息が荒くなって身悶えしている。鼻の穴を押えている奴までいる・・・。
「コラッ! アンタたち、まさかと思うけど、ランちゃんに不純な気持ちを抱いたんじゃないでしょうね?」
それに気づいたサヤカが、腰に手を当ててググッと胸を反らすと、男子たちを睨みつけながら言った。
「大丈夫よランちゃん。私たちが指1本触れさせないんだからね!」
「ユカリちゃん・・・あ、ありがとう」
「男の子って、ホントしょうがないんだから!」
「クルミちゃん・・・で、でも、男の子の気持ちも分かるんだけどな・・・」
「ランちゃん。いまアナタは女の子なの。たとえ分かったとしても、知らない振りしてなきゃダメでしょ?」
「う、うん・・・」
男だったら誰しも自分の意思とはまったく関係なく、身体が勝手に反応してしまうことは承知している。この場合、必ずしも不純な気持ちを持ったかどうかは関係ないのだ。
とは言っても、その対象はボクである訳で・・・そう思うとゾッとした気分になってしまった。まだまだボクには、女の子の気持ちになって男性を好きになるなんて考えられそうもない。
≪パシーーーーーンッ≫
≪シュパーーーーンッ≫
≪カシーーーーーンッ≫
放課後、ゴルフ部の練習レンジでショットしていると、監督の大多がお客さんたちを案内してやって来た。
「ここがウチの練習ゲージなんですよ。手狭なんですが専用施設なので、部員たちがいつでも好きな時に打ち込み練習ができます。本気で球筋を見極めたいときは、青梅街道沿いのゴルフ練習場まで出掛けて行くんですが、そこのオーナーも麗慶学園のOBでしてね、何かとご支援いただいているんですよ」
「さすがに麗慶ファミリーですね」
「お褒めいただいて恐縮です」
「それで・・・例の子は?」
「そちらで打っている子がそうです」
「この子が・・・」
「おい! キリュウ」
監督の大多に呼びかけられてケージの中にいたボクが振り返ると、リュウとした高級背広を身にまとったオールバックの男が見つめていた。
今日のボクは、いつもの婦人物のジャージとは違う格好をしていた。
それは1週間前のこと。ボクが精神科のカウンセリングを受けて来た話を聞いた井上沙智江さんから大きな段ボールが届いた。母さんは彼女にボクのことを何でも話しているみたいで、包装を解いてみると・・・ありゃりゃ。
「アラシ。アナタの年上のお友達から電話よ!」
箱を前にボクが呆然としていると、タイミングを見計らったように電話が入った。
「“アラシ君? オバさんからのプレゼント見てくれた?”」
「・・・はい。でも、これって」
「“そうよ。キミのお母様、じゃなかった、キミのママからお話を伺って、オバさんなりにできることはないかって考えたの。どう? 気に入ってくれたかしら?”」
箱の中にあったのは、何十着もの服や靴、バッグに小物、ご親切にも下着まで。ざっと見た感じでもどれもこれも若い女の子だったら飛び上がって喜びそうなキュートなものばかりだ。
「“アラシ君が女の子になろうと一大決心したんだもの”」
「いや、まだ決めたわけじゃありませんよ。なれるかどうか、試そうとしているだけですから!」
ボクは、あわてて否定する。どうもボクの周囲にいる人たちは、ボクが女の子になることを前提に話をしている気がする。
「“そんなの同じことじゃないの”」
「でも、試すのと決めるのとでは決して同じじゃありませんから!」
「“それよりキミ、自分で女の子の身につけるもの選んだり買ったりできるの?”」
「それは・・・何を買ったらいいかも分からないんですけど・・・」
と言いながらボクは、相手のペースに乗ってしまいそうになっている自分に気がつく。
「“最近の女子高生に何を着せたらいいのか分からないって、キミのママからも相談されたのよ。キミが可愛い格好をしたときに、ママから写メを送ってもらってきたでしょ? アラシ君を見ているうちにオバさん、デザイナー魂に火が点いちゃった! それでね、うちのブティックは大人の女性向けなんだけど、若者向けのセカンドラインを始めることに決めたの。イメージはすべてアラシ君。うちの工房でサンプルを作ってもらったんだけど、なかなかよく仕上がっていてね。どう? 着てくれるわよね?”」
「・・・」
ボクは、逡巡して黙り込む。女の子の気持ちになれるか試す以上は、髪型も女の子らしくしなければならないし、スカートもはかなきゃならないとは思っていたのだ。でも、ボクのまわりにいる女の子たちですら着ていないような、可愛い服を毎日家でも着るとなると・・・。
「“オバさんはね、アラシ君のイメージがなかったらセカンドラインをデザインできなかったの。それに、毎日キミが着て歩いてくれたらすっごいパブリシティにもなるの。ただでさえ可愛くて綺麗なキミが、キミの為にだけデザインされた他にはない服を着てたら、誰だって欲しくなるでしょ? だからこれはキミとオバさんとの“タイアップ”よ!”」
と言って、遠慮するボクを説得する。井上沙智江さんは、なにが何でもボクにこれを着せたいらしい。
「はあ・・・仕方ありません、わかりました。神経科の先生も、女の子でいたいという自分に目覚めるかどうかは、常日頃から可愛いものに包まれて女の子として生活することがポイントだと言っていましたから」
「“そうでしょ! オバさん、アラシ君の為にどんどんデザインしちゃうから楽しみにしていてね!”」
というわけで、ボクのワードローブの中はキュートな衣装でいっぱいになってしまった。
だから、部活でもこれまでとは違う格好になっているのだ。
ちなみにゴルフ部では、試合に出場するときのユニフォームは決められているけれど、それ以外のときに着る服は、季節もあるし個人個人で体感温度も発汗の仕方も違うから自由になっている。
ボクのいまの格好を上から説明すると、髪は母さんがしっかり結わえてしまっていたのでツインテールにレースのリボンのまま。ポニーテールと違ってスイングするたびに頬をかすめるのでくすぐったい。
トップスは、黒のカップ付きタンクトップに白のオフショルダーの長袖Tシャツを重ねてレイヤードに。大きく開いた襟ぐりから、ボクの長くほっそりした首がしっかり外に出てしまう。首の後ろで結んだタンクトップの細い黒ひもが素肌を際立たせて妙にコケティッシュだ。その上、ショットするとトップスイングの位置では左肩、フォロースルーでは右肩が丸見えになってしまうのだから、見ている方はドキドキかも。
ボトムスは、ぴっちりした黒の七分丈レギンス。裾が黒いレースになっていて黒のリボンで軽く締める構造になっている。ぴっちりしたTシャツでお尻をしっかり隠してはいるけれど、レギンスがまるで女の子の下着みたいなので、かえってエロい印象になってしまっている。
ボクとしてはまだ、自発的にカラフルな女の子のファッションを選ぶ勇気はない。これでも貰った衣装の中から無彩色で一番おとなし目の組み合わせを選んだつもりなのだ。
それと・・・これは内緒の話、外からは見えないし絶対見せないけど、実はインナーは可愛いピンクのハート柄のを着ている。女の子たちが、よく勝負下着って言うけれど、ボクとしてはカウンセリングに応えるためにも、せめて下着だけはできる限り可愛いのを身につけようと決めていた。
関東大会予選会の日は留守番で女子部員に混じって練習させられたけど、ボクは男子ジュニアの登録なのだ。だから普段は男子部員として部活をしている。
だから他の男子部員たちにはあらかじめ、ボクが女の子としてやっていけるかを試すことは伝えてあった。だけど練習ゲージにこの格好で現れた時にはちょっとした騒ぎになったことは言うまでもない。今だってボクがスイングする度に≪ゴクッ≫て生唾を呑む音がしている。
ま、それはともかく話をもとに戻すと、
「キミが、キリュウ君か」
「はい。そうですが・・・こちらの方は?」
大多が迷うように後ろを振り返る。
「私から話しましょう」
一緒にオールバックの男を案内して来ていたのは、校長と教頭ともう一人、ボクの知らない人物だった。その人が話はじめた。
「キリュウ君。私は麗慶学園学園長の桜庭です」
「学園長先生・・・!」
ボクは思わぬ展開にびっくりしてしまった。学園長と言えば、小学校から大学院まで、ウチの学園全てのトップじゃないか!
「普段は大学キャンパスの学園会館に居るから会ったことはなかったね? でも、キミのことは校長先生や教頭先生から逐一お話を伺っていましたよ。私の専門は物理学でね、キミの復学について議論が行われた際には、是非飛び級でウチの研究室に来てもらいたいと思っていました」
そういえば、実力試験の結果でどこにボクを復学させるか喧々囂々、高校と大学の間でも熱い議論が繰り広げられたって聞いたけど・・・。
「でも、ここにお出での校長先生はじめ、高校の先生方は実に熱心な教育者でね。キミにとって豊かな学生時代が過ごせるのはどっちなんだ、と責められては納得するしかありませんでしたよ。あはは。卒業したら是非理数系に進んでくださいよ」
「はあ、まだ卒業後のことは何も考えていないんです・・・それで、どうして学園長先生が?」
「そうそう、それを話しませんとな。今日は学園理事会の開催日でした。こちらは新しく理事を引き受けてくださった津嶋さん。会議が終わった後で学園内をご覧になりたいというのでご案内していたら、キリュウ君に会えますか? とリクエストされたんですよ」
ボクを名指ししてくるなんて・・・テレビや週刊誌ネタになっているから物珍しいんだろうか。
「津嶋さんは、麗慶小学校のOBなのです。卒業後、すぐにご両親の赴任先に海外留学されたので小学校だけでしたが、キミたちにとっては大先輩。ビジネスの世界で大変ご活躍されご多忙な方なので、これまで何度お願いしても、理事をなかなか引き受けてくださらなかったのですが、キリュウ君が麗慶学園に在学しているなら仕方ありませんね、と今回ようやく理事を引き受けてくださったのです」
ボクが在学しているから理事を引き受けた? どうしてだろう・・・。
「キミが不思議に思うのも無理はない。私は津嶋宗徳。あきつしまグループを経営している」
「あきつしまグループ・・・津嶋さんっていったら、あの、ひょっとして・・・」
そこまで言いかけると、オールバックの男が笑みを浮かべながらボクに手を差し出すとガッシリした手でボクの手を握りしめた。
「ようやく会えたね、キリュウ君」
ボクは、思わぬ展開に言葉が出てこなかった。