第89話 学園祭 メイド姿とミスコンと
「はあ、やっと終わった~あ。喋り過ぎで、のどがガラガラになっちゃったよ」
「休みなしで、まるまる4時間だもん。大変だったね、ランちゃん」
ボクが額の汗を拭いながら声を枯らせて控室に入っていくと、当番をしていたクルミが労いの言葉で出迎えてくれた。
「でも、ランちゃんのハスキーヴォイスも悪くないね。なんかセクシーな女って感じよ」
「セ、セクシーな女・・・」
「脇から見てたんだけど、ランちゃんは立ち姿も様になっているね」
「立ち姿?」
「そう。ランちゃん男の子だったのに、足を交差させながら立つなんてどこで覚えたの?」
「ああ、あれ。ずっと立ちっぱなしだったから足が疲れちゃって、いろいろやっている内にああなっちゃったの。ああすると、結構楽なんだもん」
そうなのだ、以前にくらべて腰が細く、お尻が膨らんだせいか、まっ直ぐ立ったときのバランスも変わってきているみたいなのだ。
「モデルさんみたいで、とっても色っぽかったわよ」
うひゃっ! セクシーな女で色っぽいと言われてしまった。あ、いいのか。ボクは女の子だったんだ。でもセクシーっていうことは異性を惹きつけるっていうことだから・・・うむむっ。ボクにはまだ男がどうしても同性にしか見えないんだけど。
と、そこに受付を閉めてきた委員長が入ってきた。
「お疲れさま~。あんなに行列になるとは思わなかったんだもの。ゴメンネ、キリュウ君」
「大変だったけど、仕方ないよ。お昼を食べに行こうと小西さんと交代したら、お客さんが騒ぎ出しちゃったんだもん」
そうなのだ。うちの展示企画を見ようと1階の階段下にまで行列がのびてしまい、さらに順番待ちが増え続ける様子を見て、急遽インターミッションなしの入れ替え制にしたのだ。でも、さすがに1時を過ぎてボクはのどが乾いたしお腹も減ってきたので、お客さんの入替えの切れ目で小西という女子に交代してもらったら、
「おい! 話が違うよ。神隠しの子が見られるって言うから、順番待ちしていたんだぞ!」
「そうだそうだ! でなきゃ並びやしないよ!」
「呼び込みの子だって『在校1万人随一の美少女、ランちゃんのコスプレだよ~お!』って言っていたじゃないのよ!」
「高校生だからって嘘ついていいの?」
「これじゃあ詐偽まがいだよ!」
と大騒ぎになってしまった。トイレで一息つけて、これから食事に行こうとしていたところに、当番の生徒が呼びに来たので、結局ボクがそのまま説明員を続けることになってしまったのだ。
「み~んなランちゃんがお目当てだったからねぇ」
「でも、おかげで大成功。2Cは動員数トップ間違いなしよ!」
「売り上げもね!」
と委員長とクルミ。
「あ~あ、お腹すいた」
ボクは、ぐ~~~っと鳴ったお腹をさすりながらつぶやく。
「もう2時半だものね。後は無料にして展示観覧だけにしたから、もうキリュウ君は着替えていいわよ」
時計を見ながら委員長が言った。これでようやくボクもお役御免だ。
「私たちで後片付けはやっておくから、ランちゃんは模擬店のぞいてみたら?」
「うん。そうしようっと」
「あっ、その格好だとお客さんたちに取り囲まれちゃうから、女子更衣室までスモックを羽織っていった方がいいわよ。それから忘れずに、その派手なレースのカチューシャは外してね!」
ボクは言われたとおり準備をした。終始うつむき加減で歩いていたせいもあるけど、おかげで女子更衣室への通り道では誰からも引き留められることはなかった。これでタカを括ってしまったのが問題だったのかも。
「アラシちゃ~ん! ここよ~!」
セーラー服に着替えて、中庭に出てみると姉貴の呼ぶ声がした。
≪おおっ!≫
と思ったら、所狭しと広場に並ぶ模擬店を物色していた大勢の視線が、一斉にボクに集まる。ああ・・・これはまずいかも。
≪あっ! あの子だ!≫
≪神隠しの子がいたぞ!≫
≪セーラー服着ているぞ!≫
≪可愛い~い!≫
≪萌え~え!≫
と口々に叫びながらどっと人波が押し寄せて来る。ボクが立っていた中庭に下りる階段のまわりは、たちまちカメラやスマホを構える人たちでいっぱいになってしまった。これじゃあまるでアイドルの撮影会だ。
≪パシャッ≫
≪パシャ パシャッ≫
≪パシャッ≫
間断なくカメラのシャッター音とフラッシュの瞬きがボクを包み込む。
「す、すみません。と、通してください・・・って言っても・・・無理ですよね」
と言うなりボクは回れ右をすると、後ろを振り返りもせず一目散に校舎の中へと逃げ出した。
惑星ハテロマの王立女学院祭でも、マスコミから逃げる破目になってしまったんだっけ。どうもボクは学園祭と相性がよくないみたいだ。それにしてもお腹すいたなあ・・・。
「なんだランちゃん、こんなところに隠れていたんだぁ」
ボクが女子更衣室のベンチに座ってどうしたものかと考えていると、サヤカが顔を覗かせた。
中庭の騒ぎを教室から目撃していた委員長がボクの保護命令を出したので、クラスで手分けして捜索してくれていたらしい。
「有名人になると大変だねぇ」
「他人事みたいに言わないでよ」
「ランちゃんはこれから今日一日、単独行動禁止だって」
「そんなこといいけど、とにかくお腹すいたよ~」
「分かってるって。ひと目に付く場所には行けない子だもんね、何か買ってきてあげるよ」
とそこに、模擬店のものだと分かる使い捨てパックに入ったいい匂いの物を手にした、クルミとユカリが入ってきた。
「ね? 言ったとおりだったでしょ」
「やっぱりここだったねぇ! 教室は展示で使われちゃってるし、隠れるところって言ったら女子更衣室くらいしかないもんね」
そうなのだ。気持ちの上ではまだ抵抗があるのだが、ボクは女の子なんだと覚悟を決めて、女子更衣室に隠れることにしたのだ。
「ほら、バスケ部名物伝統の味、ソース焼きそばだよ」
「こっちはラクロス部恒例クレープ屋のチョコバナナ。女の子は甘いモノも必要だもんね」
「ありがとう! ホントお腹すいていたんだ。お金払うね。それ、いくらだった?」
とポケットから財布を出そうとしたら、クルミとユカリが手をパッと開いてくるくる回して拒否した。
「これは、クラスからのお・ご・り」
「え?」
「ランちゃん、お昼抜きで出ずっぱりのまま頑張ってくれたでしょ? お陰で、売上げがもの凄く伸びたからご馳走したいんだって。委員長から好きそうなものを見繕って届けるよう頼まれたの」
実力試験の発表以来、お下げの委員長は何かとボクに厳しい目を向けていたんだけど・・・赤メガネも結構いいところあるじゃん。
「んじゃ遠慮なく!」
ボクは、大口を開けて夢中になって平らげはじめた。
確かに伝統の味って言っているだけあって、この焼きそばソースがお祭りの屋台なんかとは違う。この旨さはお腹が減っているからばかりじゃない! こっちのクレープは生クリームがほどよい甘さで、クレープの皮とよくマッチしている。チョコとバナナって合うんだよね! なんて美味しいんだろう。
自分で模擬店めぐりできないのは詰まらないけれど、学園祭名物を味わうことができてよかった。ん?
視線を感じたので見上げると、3人娘が呆れたような感動したような顔で見ていた。
「ランちゃんって、美味しいものを食べているとき、ホント幸せを噛みしめてるって表情するんだねぇ」
「見ているだけで嬉しくなっちゃったよ」
「なんだかペットを飼っている気分になっちゃった。ほら口の横に生クリームがついているよ!」
と言いながらサヤカが人差し指の先っちょで拭ってくれた。あ、そのまま舐めちゃった。
「わ~っ! サヤカったらずる~い!」
うぬぬ。これって間接キッスじゃないか?
「私も私も~お!」
「えへへっこれはねぇ~KRMM会会長のお役得なの。ずっとランちゃんのこと面倒見てきているんだもん」
ひょっとして・・・彼女たちは、ボクのことが好きなのだろうか。でも、待てよ・・・それって男としてではないような感じだけど・・・ということはボクのことを女として見ているのに? どうも女の子の感情は解せない。
≪ピロロッ ピロロッ ピロロッ≫
携帯が鳴った。あ、姉貴からだ。
「もしもし、アラシです」
「“アラシちゃん、さっきはゴメンネ。まさか声を掛けただけで、あんなに人が殺到するなんて思わなかったもんだから”」
「もういいよ。済んでしまったことだし・・・」
と言いながらも、ボクは模擬店歩きできなかったことが残念で堪らなかった。何しろ1年の秋は惑星ハテロマに行ってしまっていたし、今回が初めての学園祭だったのだから。
「“お昼は食べられたの?”」
「うん。いまユカリちゃんたちが買ってきてくれた、ソース焼きそばを食べたとこ」
「“そう。それにしてもアラシちゃんのクラスの催しは、凄い人気だったわねぇ”」
「うん。順番待ちの行列ができちゃって、ずっと出ずっぱりで説明したもん」
「“ええ、私たちも30分並んで入ったから”」
「え? 見てくれてたんだ。ちっとも気がつかなかったけど・・・」
「“そりゃあ、あの人数でしょ? 分からなくって当然よ。お母さんたちが話があるんだって。スピーカーホンに切り替えるわね”」
ガサゴソ言っていたら、いきなり母さんの声が聞こえてきた。
「“アラシ、とっても似合っていたわよ。晴れ姿の写真はバッチリ撮ってあるから”」
「“その、なんだ。アラシが着ていたのは世間一般に言う、いわゆるメ、メイド服なのか?”」
父さんの声が少し上ずっている。
「え? 英国では19世紀後半、お金持ちの家で働く女性にこれを着せていたそうだから、いわゆるメイド服かもしれないけれど、これはエプロンドレスって言うのよ。なあに? なんかイヤらしいこと考えていない? パ~パ」
ボクは、わざと“パパ”を強調して女の子の口調で言ってやった。
「“おっほん。な、なにを言っているんだ。父さんがそんなことを考えるわけが・・・イテテテテテッ!”」
電話の向こうで、何かとても痛そうな衝撃音が数発。可哀そうな父さん・・・。
≪パンパン≫と手を打ち鳴らす音がしたと思ったら、再び母さんの声が聞こえてきた。
「“これでよしっと。アラシちゃん、アナタこの後の予定はなにか入っているの?”」
「後片付けをしなくてもいいことになったから、何もないはずだけど」
「“よかった! じゃあイベントステージを一緒に見ない? これからハヤテのクラスがコーラスするのよ。アラシもお姉さんとして、弟の晴れ姿を見ておかないとね?”」
自分のことで手いっぱいだったもので気にしていなかったけど、ハヤテも今日の学園祭で頑張っているんだった。コーラスか。これは是非聞きに行ってやらないと。
「それじゃあ大講堂の入口で待ち合わさない? ここからだと3分あれば行けるから」
とボクが携帯に喋ったら、傍でやり取りを聞いていたサヤカがマイクに口を寄せて来た。
「ランちゃんのお母さんですかぁ? 龍ヶ崎サヤカです。ランちゃんは人気者なので、単独行動禁止になっているんですよぉ。というわけで私たちがお連れしますけどいいですか?」
「“あら~龍ヶ崎さん。じゃあ、悪いけどアラシのことお願いするわね。皆さんの分も席をとっておきますよ”」
という訳で、ボクは3人娘に左右と後ろを固められ、鶴翼の陣形で大講堂へと向かった。
「いやぁ凄かったねぇ。ランちゃんをガードしていた私たちの方がドキドキしちゃったもん」
「私、あんなに人から注目されたのって初めてかも」
「注目されてたのはあんたじゃないでしょ? クルミ」
3人娘の護衛で無事ボクは大講堂にたどり着いた。姉貴たちが確保しておいてくれた座席に座ってようやく息を整える。
「皆さん、ありがとうございました。この子ひとりじゃ、ここまで来ることもできなかったでしょう」
母さんは、大変な人混みの中で必死にボクを護って3人娘が突破してくるのを見ていた様子だ。
「いいんですよ。私たち、ランちゃんとは席が隣同士の仲間ですから」
「今度ゆっくり家の方にも遊びにいらしてくださいね」
「うわぁ嬉しい! ランちゃんのお部屋が見られる!」
感謝するだけではなく、家にも誘ってしまった。ボクの部屋に女の子を呼ぶんかい・・・。
「アラシちゃん、いいお友達ができてよかったわね」
いまや大学に進学して余裕の姉貴が言う。とはいえ姉貴も大学では1年生だから、母校に来て久しぶりに先輩面できるのが嬉しいのかも。
「キリュウ先輩。1年の時にお世話になった早乙女です」
「早乙女さん? あ、ラクロス部の新人ちゃんか。確か名前は・・・ユカリちゃんだったよね?」
「はい! キリュウ先輩に覚えておいてもらえるなんて光栄です!」
姉貴はこの春卒業するまで、麗慶学園高校ラクロス部でレギュラーだったのだ。まあラケットとクラブの違いはあれ、うちの家系は棒を使う球技が得意なのかもしれない。
「アラシちゃんは私の大事な大事な“妹”なの。この子ったら、まだ男の子気分が抜けないみたいだから、よろしくフォローを頼むわね!」
「はい!」
なんだか先輩と後輩で勝手に盛り上がっている・・・。そんなことより、まわりを見ると大勢の視線がこちらに集まりはじめた。そんなにボクのことが珍しいのだろうか。「見せもんじゃねえぞ! おら~!」って叫び出したい衝動に駆られる。ボクは必死にそれを押さえつけた。
「ランちゃん、ギュッと両手を握りしめながら何をゴニョゴニョ言っているの?」
「あ? ううん、なんでもないの。ちょっと独り言」
「ランちゃん、少し顔がひきつっているんじゃない?」
とってもグッドタイミングで場内が暗くなった。
「“さて、次のステージは中等部1年E組のコーラスです。どうぞ拍手でお迎えください!”」
場内アナウンスとともに、舞台の緞帳が上がる。
中学の制服にきちんと身を包んだ生徒たちが、スポットライトを浴びて緊張して立っていた。
「あ! ハヤテよ」
「どこ?」
「真ん中の列の右から3番目」
「いた・・・相当緊張しちゃってるよ」
中央に歩み出た女の子の両手を広げた合図で一斉にお辞儀をする。袖のグランドピアノの男の子が単音を弾くのに合わせて全員でキーを整える。結構いいハーモニーかも。
一瞬の静寂。指揮棒が振られるとピアノの前奏がはじまった。
≪パチ パチ パチ パチ パチ パチ パチ≫
3曲目の「シャボン玉」を歌い終え、指揮していた女の子が客席に向き直ると、会場内から拍手がわき上がった。
「中学生もやるわねぇ。2曲目の『アメージング・グレイス』なんか、まるでゴスペルだったもん」
「それにしてもハヤテ君、緊張しちゃった姿が可愛いかったねぇ」
「うん。まさかソロパートを歌うなんて思っていなかったから、わたしまで緊張しちゃった」
「あはは。ハヤテ君のことになると、ランちゃんも“姉バカ”なんだねぇ」
サヤカに、姉バカって言われてしまった・・・。
「そうなのよ、サヤカさん。アラシは小さい頃からハヤテの面倒を見て来たでしょう? 心配でしょうがないみたいなの」
母さんまで・・・。
「うふふ。毎朝、ハヤテ君といっしょに登校してくる姿を見ているとよく分かります!」
「え? わたしってそんな感じなの?」
ひとりでは通学しない約束をしたので、朝はハヤテと、帰りは部活もあるのでカッちゃんといっしょだけれど、そんな風に見えてるのか?
「そりゃそうよ。ランちゃんたら強がっているくせに、ハヤテ君のこととなるとすっごく気遣っているもん」
「そうそう! 『ボクが守ってやっているんだ』って顔して!」
「でも、実際に守られているのはランちゃんの方なのにねぇ!」
「ううっ・・・」
「ランちゃんも綺麗だけど、ハヤテ君もいかしてるよねぇ。ふたり並んで歩いているとアポロンとアルテミスみた~い!」
なんのこっちゃ。でも、ハヤテが褒められているらしいので嬉しいかも! そんなことを話している内に、場内が再び暗くなった。
「“さて皆様、長らくお待たせいたしました。いよいよお待ちかねの演目の登場です!”」
≪ドゥル ドゥル ドゥル ドゥル ドゥル ドゥル≫
ドラムロールとともに、数条のスポットライトが観客席を走り回る。
「“麗慶学園高等学校写真部主催、ファッションデザイン部共催、学園祭実行委員会後援、2005年!麗慶学園祭フォトジェニック・コンテスト~~!!”」
≪うおおおおお~!≫
「なあに? これ」
「写真部の発表イベントよ!」
「そっか。ランちゃん去年いなかったから初めてなんだ」
「ま、言ってみればミスコンよ」
写真部? ミスコン? うちの学校も変わったことをするもんだ。ドラムロールが止んでスポットライトが消えると正面の大きなスクリーンに学園祭のゲート写真が写し出されて、ライトアップされた舞台の袖に高校の制服を着た男子が現れた。
「“今日は秋晴れにも恵まれ、朝から大勢の皆さんにお越しいただきました。なんと主催者発表では10万人! ま、それは冗談ですけど。例年にないご来場者数であったことは間違いのないところです。申し遅れましたが私、本日の司会を務めさせていただきます写真部部長の五十嵐です」
≪パチ パチ パチ パチ パチ≫
「“さて、学園祭恒例となりましたこの企画。今年もまた私たち写真部では、望遠レンズをはじめとする最新機材と、切磋琢磨し磨きあってきた撮影術を駆使して、今日一日いいショットを撮り集めて参りました。テーマはいつもながらの『わが麗慶学園高校の美少女たち』。部員の感性で、これぞと思う麗しき先輩同輩後輩女子の、魅力ある瞬間を捉えております”」
そういえば、今日は行く先々で大きなレンズの付いたカメラを抱えた連中を見かけた気がしたけれど、きっとこれだったんだ。
「“ここで皆様にお願いがあります。これからご紹介する写真の中で、どのショットが良かったか、素晴らしかったかを投票していただきたいのです。ご覧になった写真をよいと思ったらボタンをプッシュ! すかさずお手元のテーブルに備付けられたボタンを押してください。くれぐれも評価者の視点を忘れずにお楽しみいただきたいと思います。それではスタート!”」
大きなスクリーンに、次々と女子の写真が写し出されはじめる。
―笑顔で接客しているエプロン姿の女の子
―ステージで優雅な手の動きを見せる新体操部の女子
―必死に呼び込みをしている着ぐるみを着た可愛い子
―迷子になって泣いている幼い子供を慰める会場係の女の子
―はち切れそうな笑顔を見せながら跳躍するチアリーディング部の子
―真剣なまなざしで大筆を構える書道部の子
―額に汗を浮かべて鉄板で焼きそばを炒める女子バスケ部の先輩
・・・今日は皆、学園祭で一生懸命に頑張っていたんだなぁ・・・あっ!
≪おおおおおおおおおっ!≫
「ランちゃんよ!」
「アラシちゃんだ!」
「アラシじゃないの!」
隣で母さんたちが騒ぐ。大講堂のステージいっぱいに広げられたスクリーンに映し出されているのは、大写しになったボクだった。取り囲んでいる群衆を見下ろしながら、少し困った表情で後ずさりしかけている。
「か、可愛い!」
「なんて色白なんだ!」
「まるで妖精だ!」
「あの儚げな表情がたまらないよ!」
「同じセーラー服を着ているとは思えない!」
「オーラが全然違う!」
ドヨドヨとざわめく声が耳に届いてくる。ボクは恥ずかしさのあまり、下を向いてしまった。両隣に座っている母さんとサヤカが、ボクを安心させようとポンポンと手に触れる。
「“発表は以上で終了です! いやあ~今年はうちの部員たちも相当リキが入っていました。さて、皆様の評価はいかがでしたでしょうか? 早速順位発表に入らせていただきますが、準備の方はよろしいですか? では、参ります! 第10位はこれだあ!”」
順番に入賞作品が発表されていく。その度に歓声と拍手が起きたけど、ボクは恥ずかしくてずっと下を向いたままだった。
「“さあ、いよいよ第1位! 栄えある優勝作品は、そして今年の学園祭ベスト・フォトジェニックは誰か?”」
急に場内が暗くなった。
≪ドゥル ドゥル ドゥル ドゥル ドゥル ドゥル≫
ドラムロールに合わせて再びザーチライトが会場内を走り始める。
≪ジャン!≫
眩しい! 顔を起こしてみると、ボクにスポットが当たっていた。スクリーンにはさっきの写真が映し出されている。
≪うおおおおおおおおおおお~!≫
≪パチ パチ パチ パチ パチ≫
「“おめでとう! 優勝作品はやはりこれです! ベスト・フォトジェニックに選ばれたのは2年C組キリュウさん! どうぞステージへ!”」
む、無理・・・絶対ムリ・・・ボクは、呆然として固まってしまった。
「ほら、ランちゃん呼ばれちゃってるよ」
「む、無理・・・」
「アラシちゃん、そんなこと言わないの!」
「アラシ、行っておいで」
仕方なくボクは立ち上がると、母さんたちに背中を押されるようにして通路に出た。まわりの席から手拍子がはじまる。仕方なく重い足取りでステージへの長い道のりを進む。檀上に上がると司会者から係の女子についていくよう合図された。
「“おめでとうございます。さあ、キリュウさんにはベスト・フォトジェニック賞のご褒美がありますので準備をしてもらいましょう。では待っている間に優勝者インタビューを。写真部のエース・カメラマン3年D組の柏木君、まずは優勝の弁をどうぞ!”」
ボクは、ステージの袖に案内された。衝立で仕切られた空間に入ると、そこには・・・。
「“お待たせしました。準備が整ったようですのでつまらないカメラバカの話はこれくらいにして、ベスト・フォトジェニック賞をご紹介したいと思います。ここからはファッションデザイン部の澤野部長に司会を交代します”」
ステージの袖から、いかにもファッション関係者といった派手な衣装を身にまとった3年の女子が出てきた。
「“おほん。ご紹介にあずかりました澤野です。私たちファッションデザイン部は、毎年こうして大勢の皆さんに作品発表の機会をいただける幸せに感謝しております。何しろ写真部さんの冷静なカメラマン目線で厳選された美少女の中から、さらにご来場の皆さんが選んだ美少女のなかの美少女をモデルに発表できるのですから! さあ、能書きはいいから早く見せろ、ですよね? お待たせしました。それでは発表します。2005年! ファッションデザイン部が総力をあげて作り上げた作品はこれです!!”」
≪ジャジャ~ン♪ タ~ラララ♪ タ~ラララ♪≫
音楽がはじまると、ステージ奥に待機させられていたボクの前のカーテンが両側に開いた。
≪おおおおおおおっ!≫
開場から歓声が上がる。
ムリだよ・・・こんなの・・・でも、ボクは女の子だった・・・ボクは女の子なんだ、ボクは女の子なんだ、ボクは女の子なんだ、と呪文のように呟きながらボクはブーケをギュッと胸の前で握りしめて、ステージ前方へなんとか歩き出す。
「“皆様いかがでしょうか? 乙女の憧れ、ウェディングドレス。なんて可愛い花嫁さんなんでしょう! ドレスを製作した私たちまで、ため息が出てしまいます”」
後ろのスクリーンには、ライブで撮影しているカメラからの映像が大写しにされる。そこに映し出されているのは、真っ白なビスチェタイプのドレスを着た花嫁の姿。ティアラを乗せただけでベールを被っていないのは、その美しい顔と大きく露出した陶器のような素肌を隠さないためだ。
「“実は、キリュウさんの所属する2年C組では、今回の学園祭に向けてキリュウさんにどんなコスプレをさせたいか、密かにアンケートをとっていました。その結果、女子の支持率99%でダントツの第1位になったのは、ウェディングドレス。ちょっとした賭けでしたが、ベスト・フォトジェニックに選ばれるのはキリュウさんに間違いないと踏んで、ファッションデザイン部の総力をあげて製作したのです”」
それはシンプルな裾長のロングドレスだった。
形のいい胸の膨らみから下をサテンの柔らかな光沢で包み込み、あえて素肌を露出することで女性美を強調したデザイン。
キュッと括れたウェストから、小ぶりでも存在感のあるヒップラインに沿っていったん膨らんだカットは、腰高の細く長い足を包み込みながら足首まで絞り込まれる。
そして満開の花が一気に咲き誇るようにそこから後方に裾を広げていく。まるで、一歩進むごとに蘭の花房が伸びて行くようだ。
上半身に目を移すと、シンプルにまとめられた髪が小顔を際立たせ、うなじから長く伸びる首、優しく小さな肩、細くしなやかな腕、大きく開いた背中が、黄金比を駆使した芸術作品のような美しいラインを描いている。
ボクを見つめる大勢の目。みんな感動しているのだろうか、潤んだ瞳に光が反射してキラキラ輝いている。そんな視線を意識して、ボクは恥ずかしさに身の置き所がなくなってくる。羞恥で身体の中がカッと熱くなってくるのが分かる。
「綺麗~え!」
「真っ白な肌がピンクに染まっていくよ!」
「可愛~い!」
「やっぱ、フォーマルドレスが似合ってるよぉ!」
「女優さんみた~い!」
「さすが、お姫様やっていただけのことはあるわねぇ!」
服の仕様というか作りの違いこそあれ、まあ確かにボクは、お姫様のドレスを着慣れてはいたのだが。
「“さあ、キリュウさん。こちらへ!”」
司会をするファッションデザイン部長に手を差し出されて、ボクはステージ中央で立ち止まった。
「“いまのお気持ちは?”」
とマイクを差し向けられた。ボクは、心の整理すらできないまま着替えさせられ、この場に立たされているのだ。
「“・・・な、なんて言えばいいのか・・・そう、そうでした。選んでいただけて光栄です。ありがとうございました”」
「“アナタ、ほんと綺麗ねぇ!”」
「“そんな・・・わ、わたしなんか・・・”」
ボクは、一身に熱い視線を浴びているので、恥ずかしさでますます居たたまれなくなってきた。
「“謙遜なんかして! キリュウさんってなんて奥ゆかしいのかしら!”」
「“わ、わたし謙遜なんかしていません・・・”」
「“アナタは投票で選ばれたベスト・フォトジェニックなの。誰から見たって一番綺麗なんですよ!”」
≪そうだ! そうだ!≫
≪ヒュウ! ヒュウ!≫
≪パチ パチ パチ パチ パチ≫
場内から賛同の声と拍手が上がる。
「“さて、女性の憧れ、ウェディングドレスに身を包まれている感想を聞いてみましょう。花嫁姿になっている気分はどう?”」
「“・・・わ、わたしは・・・わたしは、これを着てちゃいけないんです・・・花嫁になんかなってはいけないんです・・・だって・・・だって・・・ボクは・・・ボクは男なんです!”」
あ・・・いけない! 思ったことをそのまま口に出してしまった。ボクは慌てて踵を返すと、タイトドレスで締め付けられた不自由な足を懸命に動かしながら、舞台奥へと逃げ去る。
会場は呆然とそれを見送り、言葉もなく静まり返ってしまった。




