第87話 ボクの女体診断
秋風にそよぐ木立から木漏れ日が降り注ぎ、フロントガラスの上でキラキラ輝いている。
窓の外を流れて行く人波に目を移すと、少し厚手のコートをまとっているようだ。そろそろ朝夕寒くなる季節となってきたみたいだ。
ここは吉祥寺からそう遠くないところにある大学病院の構内道路。色づいた葉っぱを黄色く敷き詰めた銀杏並木の向こうに、ガラス張りの近代的な建物が見えて来た。
ボクがここに来るのはあの日以来。そう、地球への帰還を果たしたものの、ボクは意識を失ってしまったのだ。救急車で運び込まれたのはこの病院だった。今日は学校を休んで、久しぶりに検査を受けに来た。
≪グワワワワワッ ジャジャジャジャーッ キキキーーーーーーーーーッ≫
母さんがカローラ(改)を派手なコーナリングで正面エントランスの車寄せに滑り込ませると、建物の中から小走りに白い一団が出てきた。
「お待ちしておりましたよ。アラシ君」
助手席のドアが引き開けられると、白衣をまとった恰幅のいい白髪の老人が、ボクに手を差しだしながら挨拶する。ボクは、女の子として扱われたことにムッとして、支えられた手を放すと拒絶するように上着の襟をあわせた。
「そろそろ屋外は空気が冷たくなってまいりましたからな。ことにアラシ君は繊細な素肌をお持ちだから」
「寒くなんてありません。服を整えただけです」
院長が、少し鼻白んだのが見てとれた。ざまあみろだ。
「まあ! 院長先生。御自らお出迎えくださるなんて!」
慌てて運転席から降りてきた母さんが、その場を執り成そうといかにも感激したように言った。
「いえいえ、お母さん。アラシ君はわが大学病院にとって掛け替えのないクランケなのです。いつ来られるかと首を長くしてお待ちしていたのですよ。いやあ~よく戻って来られましたな」
気を取り直したのか、院長は再び明るい声で言う。
「あんまりボクは乗り気じゃなかったんですが、お医者さんに相談してみたらと学校でも勧められて・・・」
負けるもんかと、ボクは追撃の構えで否定口調。
「まあ~アラシったら、乗り気じゃないなんて心にもないことを言って。先生方はアラシの健康のことをとっても心配してくださっているのよ?」
「あははは、いいんですよ。若いアラシ君にとっては、病院なんぞできることなら来たくない場所でしょうから。さあ、まずは別室で一服しながら今日の検査スケジュールについてご説明しましょう。さ、おふたりを貴賓室にご案内して!」
襟に3本線の入った看護服を着た年配の女性が、ボクの肩を抱くようにして館内へと誘導しはじめた。
母さんは、病院長自らの下へも置かぬ出迎えにすっかり舞い上がってしまったのか、大学病院側の言うがままの検査方針で承諾してしまった。検査を受けなきゃならないのはボクなのに。
というわけで、ボクの身体の中にある卵巣と子宮、そして乳房を特にくわしく調べることになってしまった。ボクとしては婦人科のフロアーなんかには、絶対に足を踏み入れたくはなかったのだが。
「それじゃあそこの台に横になって、検査着の前を開けて」
ボクは検査医師の指示に従ってベッドに横になると、ピンクの検査着のひもを解いて前をはだけた。
「少し濡れるけど我慢して」
「はい・・・」
お腹のまわりに粘度のある温かい液体が塗られいくのを感じる。次の瞬間冷たくて硬いものが押しつけられた。液をかき分けるように皮膚を這っていく。
「これは超音波で体内の様子を映像化する装置なんだ。このヘッドを当てている部分の奥にキミの子宮があるんだよ」
と説明しながら超音波検査医師は、同じところに何度も硬いヘッドを押し当てた。
「さてと、次は下を脱いで横向きに」」
「下半身を出すんですか?」
「そう、お尻を出してほしいんだ。じゃないと検査できないからね。お腹はもういいから、そのタオルで検査液を拭いたら上は着ていいよ」
準備を終えると、いきなりお尻の穴に硬い金属が挿し入れられた。
「うっ!」
「ほらリラックスして。これはクスコと言って穴を広げるための道具だ。怖がらなくていいからね。これからやるのは経腟エコー、キミの場合は膣じゃなくって直腸なんだけどね」
どうりでボクが検査着に着替えて女子更衣室を出たら、直ぐにナースがトイレに案内したわけだ。尿検査はともかく、どうして浣腸までされるのだろうと不思議に思っていたのだ。うっ! お尻の穴から何かチューブみたいなものが奥へ奥へと入っていく。
「ついでに腸の検査もしてあげよう、ふむ、綺麗なものだ。どこにも異常はないね。さてと、ブローブをどんどん奥へと挿入していくぞ。さっき経腹エコーで見た感じではこのあたりのはずだが、おっ、あった。へえ、見事な接合術だな。これが子宮口だな」
ボクは、お腹の中で何か硬いものが動いて行くのを感じながら、自分の体内に子宮が根づいていることを思い知らされた。
≪グオ~ン グオ~ン グオ~ン グオ~ン グオ~ン≫
≪ビイーーーーーーグワッ グワッ グワッ グワッ≫
≪ビイーーーーーーカン カン カン カン カン≫
ボクは、巨大な金属製ドーナツの穴の中で騒音に耐えていた。耳栓を通して聞こえるのがこれだけということは、実際には相当な音量に違いない。
30分くらいたったろうか、騒音が止むとボクを上向きに固定している寝台が引き出された。
「終わったよ。キミの身体の中は実に興味深い。長いことMRIで患者を診て来たけれど、キミのようなのは初めてだ」
磁気共鳴検査技師が感に堪えぬような表情で言った。
「それじゃあ上半身裸になってこちらの台へ」
ボクはX線検査技師の指示に従って、検査着の上を脱ぐと検査装置の前に座った。
「その台の上に乳房をのせて。最初は右からいこうか」
ひんやりとした台の上に右胸をのせると、いきなり上からプラスチックの板で押さえつけられた。
「いててててて!」
「動かないで。もうちょっとだから」
ボクの乳房は、完全に押しつぶされて平らにされてしまった。
≪カシャッ≫
「はい終わり。次は左だよ」
毎日着替えるたびに、ボクの胸にはあってはならない膨らみがあると思っていたが、こうして目の前で押しつぶされるのを見ると、痛みとともにとっても悲しくなって涙が滲んでくるのを止められなくなった。
全ての検査が終わると、ボクと母さんは婦人科の診察室に案内された。
「検査の結果、キミの乳房には腫瘍も石灰化も見つからなかったし、子宮も筋腫や内膜症、頸癌の所見はなかった。卵巣も嚢腫や癌は見つからなかった。安心したまえ、キミは女性としてすこぶる健康な身体だったよ」
「ああ、よかった。この子にもしものことがあったらって、とっても心配でしたの。よかったわね、アラシ」
担当医の村山の検査結果に、母さんがホッとしたように言った。あれ? でも検査結果で言っているのって、女の子としてのことだけじゃないか!
「女の器官のことだけ強調しないでください! ほかはどうだったんですか?」
「ああ、もちろん通常の臓器にも異常は見られなかったから大丈夫だ。でも、問題があるとするなら、ひとつかな」
「な、なんですか?」
担当医が意地悪っぽい一瞥をくれる。
「キミの男性機能だよ」
「だ、男性機能?」
「そう。内科健診のときに、カテーテルを挿入して尿管採取されたね?」
そうなのだ、内科健診でも下半身を裸にされたのだった。いきなり医者が、診察台に横になったボクのペニスを摘まみ上げるとと、先端の穴に細い管をズブッと挿しこんだのだ。今もペニスの付け根のところがズキズキする。
「痛かったですよ!」
「検査だから仕方ないよ。あれで分かったことは、キミの精嚢と前立腺の分泌量が極端に少ないことだったんだ」
「・・・少ない。ということは、どういうことなんでしょうか?」
「簡単にいうと、キミは男性としての射出能力を失ってしまっているようだ」
「射出能力・・・」
「そう。キミだって男だったんだから、オナニーくらいはしていたんだろ? 要するに、精液を飛ばす能力のことさ」
そういわれると、エッチな写真に興奮しながら肉棒を扱いていた感覚が蘇ってくる。でも、ボクが男として気持ちいいことしたのって、最後はいつだったろうか。いまじゃ自分のイチモツを太く大きくそそり勃たせることも、先端から迸り出たときの登りつめた爆発的感覚も、その後に来る虚無感も・・・皆なくなってしまった。タマを切り取られると覚悟したときに諦めたことではあったけれど・・・。
「アラシ君。キミは睾丸を切除されてしまっているんだ。もう今となっては取り返しはつかないんだよ。それにキミの体内には、異星人のものとはいえ女性ホルモンが長期間にわたって大量投与されてしまっている。さらにはキミ自身の細胞で人工培養した自前の卵巣と子宮までもが、キミのその美しい肉体の中に備わっているんだ。もはや、キミが男性に戻ることは不可能だ」
担当医の村山が、厳然と言い放った。
「ううっ・・・でも、でも先生。ボクにはまだペニスが残っているんです! それにひどいじゃないですか。ボクのおっ、ボクの、ボクの胸の膨らみを、押しつぶしてレントゲンするなんて!」
「あ、痛かったのかい? マンモグラフィはどうしても乳房を平板にしなきゃ検査できないんだよ。でも異常は発見されなかったんだし、よかったじゃないか」
「アラシ。乳癌の検査をする以上、女の人はみんなやっていることなのよ」
付き添っている母さんが諭すように言う。
「男だったら、こんなつらい思いをしなくてもよかったんだ! もういいです。早くボクの胸の膨らみと、卵巣と子宮を取り除いてください!」
「まあ! アラシったら、またそんなことを言い出すんだから」
「キミは、性適合手術をして生まれた時の性とは別の性になったひとたちの苦労を知らないから、簡単にそういうことが言えるんだ」
ボクと母さんのやり取りに、割って入るように担当医の村山が言い出した。
「今のキミの身体から、たとえ乳房を切除して胸を平らにし、卵巣と子宮を取り除いて睾丸の代わりを埋め込んで男性器を復元したとしても、それは男の姿に見えるだけのこと。決して男性に戻れるわけではないんだよ」
「・・・ううっ」
「つらい話をするようだけど、キミは自分の身体の真実を知っておくべきだと思う。キミにはもう精巣はないんだ。精巣がないということは精子を作る機能がない。精子ができない以上は、キミに好きな子ができたとしても、その女性との間に子供を作ることはできないんだ。さらには女性とセックスをするときに、男性器として必要不可欠な機能である射出能力も失ってしまっているんだよ」
あれ? タマを抜かれたときに、ここからはもうオシッコしか出ないのだとばかり思っていたけど・・・。ボクはびっくりして尋ねる。
「先生。精子がなくても・・・射出できるんですか!」
「もちろんそうだよ。精液、精水、ザーメン、スペルマ、いろいろな言い方をするけれど、あの白い粘液に含まれる精子の割合は3割に過ぎないんだ。大部分は精嚢で作られる精嚢液であり、それが勢いよくほとばしり出る噴出物のもとなんだよ。それが今のキミには少ないわけだ。ん? 待てよ。ひょっとしてキミ、勃起できなくなっているんじゃないのか?」
あ・・・痛いところを突いてきた。
「ア、アラシ。そうなの?」
母さんも心配そうな顔でこちらを見ているじゃないか。
「ううっ・・・こんな身体になってしまってから・・・勃った記憶はないです」
「まあ!」
「やっぱりな。もはや、キミは男性じゃないんだよ」
「ぐぐ・・・ううっ」
血を吐くようなボクの告白を聞いて、母さんと担当医の村山が意味ありげに目配せした。
「現実は認めないとな。ともかく女性化した今のキミの身体は、男性として身体を維持するために必要な男性ホルモン量を分泌できないんだ。だから、たとえ卵巣や子宮を取り除いたとしても、生涯、ホルモン治療は続けなければならないね」
しばらくしてから担当医が言った。
「・・・それをしないと、ボクはどうなるんですか?」
「病気になる。ホルモンバランスが崩れると、人間は疾患を起こすんだよ。キミの場合は男性から完全な女性になった稀有な例だから、何とも言えないけれど、いまから女性機能を取り外すと更年期障害を起こすはずだ。症状はさまざまだが、いちばん問題となるのは骨密度の低下。骨がもろくなる」
「そ、それは困ります! ボクはアスリートを目指しているんですから」
「だったら考え直した方がいい」
間髪を入れず、ズバリと言われてしまった。
「キミは本当に幸運なんだぞ。見掛けだけではなく健康で完全に機能する女性臓器を持っているんだから。MTFのひとたちから見れば、キミほど羨ましい存在はないだろうね」
そんなこと言われたって、ボクにはまったく関係のないことだ。ボクは、好き好んでこんな身体になっている訳じゃないんだから。
「そんなこと、ボクには関係ありません!」
「ま、そう言いなさんな。キミのその美貌と健康な肉体の秘密が分かれば、彼女たち、彼らにとっても、救いとなるかもしれないんだから」
「・・・ボクの方は、どうなんですか? ボクがどうなっても、いいと言うんですか?」
ボクは、実験動物なんかじゃない!
「そうは言っていない。これまでの遺伝子工学では解決できなかったことを、キミの身体の秘密が叶えてくれるかもしれないんだ。キミは人類の謎を解き明かす鍵を握っているかもしれないんだよ。学会ではキミの噂を聞きつけた先生方が、大騒ぎをしはじめている。男でありながら女の身体でいることはつらいかも知れないが、先生たちが解明するまで時間が欲しいんだよ。とはいえキミの身に起きている精神と肉体の乖離は問題だな。そのまま放っておくと、ストレス性疾患に陥る危険性もある。いずれ必要になることだし、この機会に専門のお医者さんに診てもらうことにしようか」
リノリュームの廊下を通って別棟に渡ると静かな一画に出た。精神科と書かれた受付の前の椅子には誰もいない。母さんに促されて、ボクは椅子のひとつに腰かけた。
「母さん、精神科ってなんだか静かなところだね」
「きっと外来の診療時間が終わってしまったからよ。寒くない?」
「うん、大丈夫。ガウン着てるから」
ピンクの検査着に合うようになのか、えんじ色の女性モノのガウンも用意してあったのだ。
ボクは、改めてガウンのヒモを締めた自分の姿を見下ろす。垂れてきたサイドの髪を、右耳に掻きあげながらため息を吐く。形よく膨らんだ胸、小さ目だけど存在感のあるお尻、それをつなぐ細い腰。これじゃあ完全に女の子だよ・・・。
しばらくして、診察室の扉が開くと看護師が顔を覗かせてこちらへと手招きした。
部屋に入ると執務デスクに白衣の医者。ボクと母さんはデスクを挟んで医者と向き合うように座らされた。
「お待たせしました。キミがアラシ君か。なるほど噂通りの超絶美少女ねぇ」
チタンフレームのメガネを掛けた女性医師が、厚めのレンズの向こうから覗き込むようにして言う。
「カルテ拝見しましたよ。いろいろ大変だったのね。アラシ君が、いま置かれている状況をどうやったら克服していけるのか。先生も力になってあげるから、いっしょに考えていきましょうね。それで、最初に説明しておかなくちゃならないことがあるの」
「・・・説明ですか?」
「そう。性適合手術って知っているでしょう?」
「・・・性転換手術のことですよね」
「そう。その性適合手術を受けるためには、前提条件を満たすことが必要なの。日本では長い間、非合法とされた苦難の歴史があったのよ。お医者さんも犯罪者にされてはかなわないでしょ? だから厳しい審査基準を設けたの。で、最初の条件というのはね、
1.成人であるか保護者の同意があること。
キミは17歳だけどお母様は、大賛成みたいね。次が
2.本人が望む性として1年以上生活していること。
これは文句なくクリアね。それから
3.周囲から本人が望む性として受け入れられていること。
テレビや週刊誌を見ていれば分かることね。
4.本人が望む性の性ホルモンの投与期間が1年以上あること。
これも問題ないっと。
こうして見るとキミは全ての条件を満たしているわね。あとは私がキミを性同一性障害と診断して正常な精神状態で手術を希望しているって診断書を書けばOKよ」
「あ、あの、先生。それってもしかしてボクを完全に女の子にしようとしていませんか?」
「あら? 違うの? キミ、おチンチンを取っちゃいたいんじゃなかったの?」
「ち、違います! まったく逆です!」
「婦人科の村山先生からの話だと、キミが性適合手術を受けることになるのでよろしくとのことだったんだけど」
っ! あのやろう~!
最初から診察のやり直しとなって、ボクが今どういう状況に置かれていてそれをどう感じているのか、詳しく問診が行われた。
「う~ん。いちばん良いのは、このまま女の子でいたいって、キミが心の底から思えることのようね」
カルテにもう一度目を通しながら、精神科の女医が言った。
「冗談じゃないです! ボクは男に戻りたいんですよ?」
「分かっているわよ。でもね、たとえ患者の気持ちとしてはベストではなくても、そのひとの人生がより豊かになる別の選択肢があるのであれば、そっちを勧めるのが医者の役目なの」
「・・・ボクがこんなに男に戻りたいと思っているのに?」
「そう思っているのは、キミの一部なんじゃないの?」
「えっ?」
ボクは、これまで一度も考えたことのない指摘に、虚を突かれた。
「人間の心の中って、まだまだ解明されていないことばかりなの。自分では唯一の自我と思っているかもしれないけど、心の深層には多面的な自我が眠っているのよ。だから先生は、キミの中に潜む女の子を、呼び起こしてみたらどうかと思うの」
「ボクの心の中に潜む女の子?」
「そう。キミだって毎日毎日自分の姿を、いやだいやだって思っているより、今の自分をスッキリ認められちゃう方が、ずっといいんじゃないの?」
「・・・そんなことができるんですか?」
「やってみなければ何とも言えないんだけど、不可能ではないはずよ。もちろん、キミ自身の協力なしには無理だけどね。どう? やってみる?」
その後、詳しく方法についての説明を女医から受けたが、やってみるかどうか、どうしても決心がつかなかった。ボクは、よく考えさせて欲しいと言って家に帰ることにした。
「アラシ。よかったじゃないの。身体のどこにも異常はないって。お母さん、とっても安心しちゃったわ」
家までの帰り道、軽快なアクセルワークでカローラ(改)をつっ走らせながら、母さんが言った。
「うん・・・でも・・・」
「なあに? 元気がないわねえ。先生方にあんなこと言われたから、気にしているの?」
「そりゃあ・・・」
「アラシらしくないわよ。思いつめたって仕方ないでしょ。元気出して! なるようにしか、ならないんだから」
母さんは励ましてくれるけど、ボクは自分がもはや男ではなくなってしまったという現実を、医者から突き付けられたのだ。うすうすそうではないかと思ってはいたことだけど、衝撃を受けないわけはない。
「ボクは、男じゃなくなってしまったんだね・・・」
「確かに・・・身体はそうかもしれない。だけどね、アラシ。アラシは今でも自分のことを、男だと思っているんでしょ?」
「・・・うん」
「だったらアラシは男の子よ! たとえどんなに可愛い女の子の姿をしていたとしても、母さんはアラシが思っていることの方を信じるわ」
「母さん・・・ありがとう」
母さんは信じると言ってくれたけど、ボク自身が自分が本当に男なのかどうか分からなくなってしまった。
「母さん・・・精神科の女医さんの言っていたこと、ボクまじめに考えた方がいいのかな?」
母さんはギアチェンジしながら、ちらっとボクの横顔を見た。
「そうね。アラシはどうしたいの? お母さんはアラシのやりたいようににやればいいと思うけどな。アラシが自分でこうしたいって決めたことなら、母さんはそれが正しいことだと信じられるもの。とにかく、どんなアラシでも母さんにとってアラシはアラシなんだからね」
ボクは、フロントガラスから射しこむ夕陽に目を細めながら、これからいったいどうしたらいいのか途方に暮れていた。




