第85話 はじめての美容室
「ふぁ~~~~~ねぶい」
ボクは、住宅街を学校に向かいながら両腕を目いっぱい空に伸ばして大きな欠伸をした。
首をコキコキしながら隣を見ると、涙ににじむ視界の中でハヤテがひどく感動した様子でこちらを見ていた。
「ん? なんだ? ハヤテ」
「アラシ兄ちゃん・・・か、可愛い。子猫みたい。でも、道を歩きながら欠伸しちゃダメだよ」
「あ? なあに言ってるんだ、コイツ。兄貴に対して百年早いってえの」
大きな生物が駆けてくる重い足音が響いてきたと思ったら、横道からカッちゃんが現れた。
「よっ おはようさん」
「佐久間さん、おはようございます」
「よう、おはようハヤテ君」
「くわあ~かかかかっかっか~~~~~ねむいぜ」
「ほらな? カッちゃんだって大欠伸するじゃないか」
「・・・でも可愛くない。虎かライオンみたい」
と怯えた様子でハヤテが言った。
「何の話だ?」
「いやさ、ボクが欠伸したら公道でするなってハヤテが言うもんだからさ」
「そりゃいかん! それはアラシが悪い! アラシのイメージが崩壊しかねない!」
「ボクのイメージ?」
「オマエには世間が期待しているイメージがあるんだからな。って、そ、そんなキラキラした瞳で見つめるなよ」
そう言いながらチラッとボクを見やったものの、カッちゃんは慌てて視線を外すと口をモゴモゴさせた。
「ふ~ん。欠伸くらい自由にさせろよ。そんなことより今日の実力試験、3時間目の世界史だけど出そうなところはどの辺かい? 徹夜で復習したけれど年号が間に合わなかったんだ」
「アラシは理系コースだし、そもそも理数系勉強する必要なんてないから時間的に余裕だったろうに?」
「理数系はよくても、現代文、古典、世界史、日本史、それと何より生物がねえ。比較的楽に思えたから世界史は後回しにしたんだよ」
「そうか。じゃあ、オレの勘を信じるか?」
「うん」
「ポエニ戦争だ。間違いない。第1から第3まで1学期の大半がローマ対カルタゴに費やされたんだ」
「ふ~ん。じゃあ、そこにヤマ張って休み時間に年号を覚えるよ」
≪キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン♪≫
「それじゃあ、ホームルームを始めます」
全科目の実力試験が終了しグッタリ机に突っ伏していると、オサゲで赤メガネの委員長が教壇から宣言した。オサゲのほつれが浮いていて艶がないのは傷んでいるからだろうか。ボクは真ん前に座らされているので、前に立つひとのスミズミまでが3Dパノラマの豊かな立体映像で見えることになる。
「岡崎先生お願いします」
「昨日今日とまる2日、実力試験でお疲れさんだったな。辛いことの後には楽しいことが待っている、というわけでみんなも楽しみにしている文化祭の話だ。部活をやっているやつは、部としての演目や展示があるだろうがクラスでも何かやるぞ。んじゃ、委員長進行を頼む」
「ええ。では早速、文化祭で2Cとして何をするか決めたいと思います」
文化祭は全校を挙げてやる秋の一大イベントだ。
中学の校舎と高校の校舎は教員棟をはさんで南北に繋がっているので、合同開催となる。ウチみたいに兄弟姉妹で麗慶学園に通う家庭も多いので、父兄も参観しやすいと好評なのだそうだ。これも中高一貫教育のメリットなのかもしれない。
とはいえ弟や妹、中学生たちに負けるわけにはいかないので、高校側は結構プレッシャーになってくる。
「はい!」
「飯塚さん」
「クラスで何をやるか企画を考える前に、準備から当日までフルで参加できるメンバーを確認した方がいいと思います」
「なるほど。確かにそうですね」
「まず、当日講堂で演奏会があるので吹奏楽部は外してください」
「というと飯塚さん、小山くん、谷村さん、岸端くん、西村さんですね」
「だったら吹奏楽部と一緒にマーチングバンドで踊るチアリーディング部もお願いします」
「チア部員は、村瀬さん、西岡さんの2人ね」
「だったら演劇部も」
「なら合唱部だって」
「美術部も準備で忙しいんだ」
「写真部だって大変なんだぞ」
「書道部が何もしていないとでも思っているの?」
「おいおい囲碁将棋部をバカにしていないか?」
などなど文化系部員が競い合うようにメンバーから外れていった。
「となると残っているのは帰宅部の3人と運動部系かしら」
「はい!」
「沢村くん」
「サッカー部は関東予選と重なるのでダメです」
「あ、じゃあ野球部も。当日は毎年恒例の模擬店なので」
「それならラクロス部だってクレープ屋があるもの」
「おいおい卓球部のタコ焼きをバカにしていないか?」
などなど今度は運動部系の部員が・・・あ、このままだとマズイ。
「はい!」
「キリュウくん」
「あと、ゴルフ部も外してください」
と言ったら岡崎がパンッと手を打ち鳴らした。
「ちょっと待った。予選会のあるゴルフ部員ならともかく、キリュウは12月の関東大会本戦出場を決めてしまったから、それまでは暇なはずだぞ?」
「うっ」
「となると、ゴルフ部は佐久間くんだけがダメっと。では残ったひとを発表します。部活をやっていない山野さん、小西さん、倉田くん、そしてゴルフ部だけど暇なキリュウくん」
「暇言うな!」
「では、この4名と委員長である私をフルメンバーとして、みんなでフォローしてもらう形をとりたいと思います。次に企画アイデア。あまり時間もありませんので思いつきで結構ですから挙手お願いします」
「はい!」「はい!」「はい!」
「はい!」「はい!」
「はい!」
クラスの演しモノになった途端、一斉に手が上がった。
「フルメンバーの顔触れをみれば一目瞭然、これしかないでしょう!」
とか
「やはり、キリュウくんがうちのクラスにいる以上はこれでしょう!」
などと、ボクをダシに使ったアイデアばかり、たちまち20ばかり書き出されてしまった。
「はい!」
「キリュウくん」
「ボク、そんなのやりたくありません」
≪ノ~~~~ッ!!≫
否定形の嵐が吹き荒れてしまった。それを静めるように委員長が手で制した。
「クラスの総意で決めるんです。キリュウくんの拒否は認められません」
≪ヨッシャ~~~~ッ!!≫
その後は、最前列に座らされたボクの目の前で議論が繰り広げられ、ついには多数決で企画も1本に絞り込まれた。
「では、クラスの意見も一致を見ましたから、これで参りましょう。みなさん、よろしいですね?」
≪パチパチパチパチパチパチ≫
ボクが発言する暇もないまま、決まってしまった・・・。
「アラシ、そんな悲観するほどのことでもないんじゃないか?」
部活が終わっても相変わらず浮かない顔で、全然テンションの上がらないボクに堪りかねたのか、カッちゃんが言った。
「カッちゃんは東京地区予選を控えて手伝いするだけだから、そんな気楽なことが言えるんだよ!!」
ボクは、帰り道のケヤキ並木に響き渡るように怒鳴った。家まで送ってもらっているというのにちょっと態度がデカいとは思ったけど、腹の虫が収まらなかったのだ。
「そうカリカリするなって」
「地球に戻ってまた男として高校生活を送れると思ったのに!!」
「まあ、文化祭まで時間があるんだ。それまでは思い煩っていてもつまらないぞ。今日は何と言ってもT.G.I.F.週末はゆっくりテレビでも見て、リラックス、リラックス! 気分を直せって」
「どうして母さんたちは、ボクに女の格好をさせたがるわけ?」
「美容室に行くからってそんなに警戒しなくったっていいでしょ?」
「なんか、またボクをハメるつもりに違いないんだ!」
「ハメるなんてひと聞きの悪い。いまのアラシに相応しい姿にしてあげたいだけよ!」
その晩、夕飯の後の家族会議で激論が繰り広げられていた。
「ともかく、明日はもう美容室を予約してありますからね!」
「そんなのキャンセルすればいいでしょ?」
「ダメなの! 井上沙智江さんから紹介していただいた売れっ子のヘアアーティストなのよ。沙智江さんはあなたのお友達なんでしょ。ガッカリさせちゃっていいわけ?」
「・・・勝手にお友達って言っているだけだもん」
「またそんなことを言って! トレーニングウェアだって水着だって、アラシが自分の身体にフィットしたものを手に入れるのに苦労しないで済むようにと、どれだけ心配してくださっていることかしら?」
「・・・それはそうだけど」
「じゃあ、いいわね? 明日は、お母さんがちゃんとアラシを連れてってあげますからね」
「・・・ううっ」
「アラシちゃんの髪を切る、売れっ子のヘアアーティストって誰?」
ボクがすっかり追い込まれて歯噛みしていると、いままでやり取りを傍観していた姉貴が尋ねた。
「キワミ支倉よ」
「ええええええ~っ! ヘアメイク界のカリスマ美容師じゃないの! トップモデルや女優にアイドル、みんなキワミ支倉でヘアメイクしているのよ!!」
姉貴が素っ頓狂な悲鳴をあげた。
「だから、そうなんだって。アラシの髪が伸びてしまったので、そろそろ美容室に連れていかないとってお話したら、井上さんが直ぐに紹介してくださったのよ。アラシくんの髪に触るのは超一流の美容師じゃなきゃダメよっておっしゃって」
「お母さん! 明日は私も連れてってよ」
「フブキはお友達と、渋谷に遊びに行くんじゃなかったの?」
「今からでも断れるから大丈夫」
「ふふ。でも明日はダメ。予約はアラシだけだから。お母さんだって単なる付き添いだもの。二人も三人も付添いが付いて言ったらお店に迷惑でしょ?」
「つまんない! じゃあ、ちゃんと写メ撮ってきてよ」
「分かっていますって」
「あら~、なんて美しいおグシかしら!」
翌日、ボクはドナドナの仔牛みたいに母さんに無理やり手を引かれて美容室に連れてこられていた。
青山通りから1本入ったファッショナブルなガラス張りのビルの5Fで、指定されたフロアーでしか開かないカードキー認証エレベーターで案内される構造になっていた。
母さんは、あらかじめ井上沙智江さんの紹介で、この店の顧客カードでもある専用カードキーを作ってもらっていたみたいで、地下駐車場から直ぐに上がることができた。
でもって、鏡の中で髪をいじりながらボクと視線を交わしているのが、ここのオーナーで美容師のキワミ支倉なのだ。年齢不詳というか、性別も不詳というか、青々としたヒゲ剃りあとにメイクばっちり施したおデブちゃんだった。
「サッチーから自分のことみたいに散々自慢されていたけれど、アナタ、確かに見事に綺麗な髪だわ。さあて、どういう感じにしたいのかしら?」
「・・・バッサリ」
「こら! アラシ、何を言いだすの! 先生すみません。この子ったら美容室に来るの、今日が初めてなものですっかりノボセちゃっているんです。わたくしがお話しさせていただきますわ」
「あらまあ! アラシちゃんったら今日が初体験なの? じゃ~あ、先生がいい想い出にしてあげましょうね! お母様はどんな感じがお望みなのかしら?」
写真集を見ながら母さんとキワミ支倉が相談を始めると、キワミ支倉の弟子と思われる黒のスラックスに真っ白なシャツを腕まくりしたショートカットの女性が、ボクの首の回りにタオルを巻き防水ケープを着せかけた。その格好で別の椅子に案内され座ると、椅子がフルリクライニングしながら仰向けになって行く。
彼女はボクを見下ろしながら右腕でボクの長い髪と頭を優しく支えてシンクの窪みに誘導してくれた。
首の付け根が陶器の縁に触れてひんやりして気持ちいいのだが、頭全体が虚無の空間に突き出されてしまったようでなんとも心許ない。
とそんなことを思っていると、ボクの顔に柔らかいシルクの小布が掛けられて視界が真っ白になってしまった。水の流れる音が聞こえてきたら、頭に心地よい水流が当たった。顔にポツッと水滴の重みを感じる。そうか・・・この小布は水が撥ねても濡れないようになんだ。
香りのよいシャンプーを使って、優しく指先で頭皮を揉まれていく心地よさ・・・試験疲れが出たのか段々眠くなっていく・・・。
「どこか流し足りないところはございませんか? キリュウ様」
「あ・・・眠ってしまっていた」
「うふふ。とても気持ちよかったみたいですね」
「はい。こんな気分は初めてです」
とボクが言うと顔の上から小布が取り除かれた。彼女が笑いかけている視界の中に、母さんたちが入って来てこちらを覗き込む。
「アラシちゃん、いかがだったかしら? 初めての美容室のシャンプー体験は?」
「アラシ、とってもリラックスしていたみたいね。女の子ってこういう楽しみもあるのよ。いいもんでしょ?」
「・・・うん」
地球時間で1年前、ボクの体感時間で2年半前までは理髪店でシャンプーしてもらっていた訳だが、バリバリごしごし頭を洗うのとでは気持ちよさというか心配りがまったく違う気がする。
リクライニングが起こされて、素早くボクの髪はくるくるタオルで巻き上げられた。ホッとひとつ息を吐く間もなく直ぐにおしぼりが手渡される。軽く顔に当てると熱々の湯気からミントの香りが漂ってきた。
「お疲れ様でした。こちらに冷たいアイスティーをご用意しましたのでお召し上がりください。キリュウ様はストレートがお好みとお母様からお聞きしましたのでその様にさせていただいております」
至れり尽くせりだ。ボクはシャンプーだけの為に、もう一度来てみてもいいという気がして来た。
「さあて、先生がアラシちゃんをもっともっと綺麗にしちゃうわね」
「あ、あの。どんな髪型にするんですか?」
「うふふふ。お母様と相談して意見がバッチリ一致しちゃったヘアスタイルよ。後は仕上げをご覧じろってね。先生にドンとまかせなさい!」
「あ・・・」
40分後、ボクは鏡の中の自分を見て絶句した。
「おかっぱ頭みたい・・・」
「あら、今はボブって言うのよ。この長さだったらセミロングボブね」
「やっぱり似合っているわあ! なんて愛らしいのかしら。まるでマッシュルームの妖精さんみたい!」
「伸ばしっぱなしのロングを垂らしているのはお姫様みたいでよかったけど、絶対こっちの方がアラシちゃんの美しさが引き立つわよ!」
「さすが、キワミ先生! ありがとうございます」
「どういたしまして。アタシと意見が一致するなんて、お母様もとってもいいセンスをしてらっしゃるわね」
これまでは長い髪がじゃまで両耳に掛けて背中に垂らしていたのだけれど、肩のラインにそって同じ長さに切り揃えられたセミロングのストレートヘアが、ボクの顔の輪郭を覆うように軽くカールして開き始めたばかりのツリガネソウのようになっている。前髪も眉毛の上できちんと切り揃えられ視界を妨げなくなったし、何よりカットしたおかげで随分軽くなったのが嬉しいのだが、なんだか今まで以上に女の子みたいだ。
「アラシちゃんはゴルファーなんですって? この髪型のいいところはねえ、普段はこうして垂らしているけれど、こうして真ん中から二つに分けて両耳の上で括ってサンバイザーから出せば全然じゃまにならないでしょ?」
「確かに・・・後ろ髪もスッキリして涼しいけど」
「まあ! ウサギさんみたいで可愛いこと! アラシはツインテールも似合うのね!」
「サッチーに教えてあげなさいよ。アラシちゃんの着こなしなら新しいゴルフファッションになるかもしれないわよ!」
「写メで送っちゃお!」
≪カシャッ≫
ノリの軽い母さんだった。
「さあ、到着。今度はここよ」
ヘアカットが終わったその足で母さんがカローラ(改)にボクを乗せてきた場所は、虎ノ門の交差点からほど近いビルだった。車寄せで降りると、お揃いのスポーツウェアを着こんだ男性が出迎えてくれた。
「キリュウ様、お待ちしておりました」
「お車はこちらでお預かりしますので、お母様はご一緒に中へどうぞ」
「ありがとうございます。でもうちの車はマニュアルですの。少しイジッてますのでクラッチ気を付けてくださいね」
「承知しました。係はAライセンスで週末はマシンを走らせてますからご安心を」
「さすがに総合スポーツメーカーさんですね」
「母さん、ここは?」
「うふふ。アラシを喜ばせようと思って内緒にしていたのだけど、コンピタンスポーツのゴルフクリニックよ」
「コンピタンスポーツって・・・あのコンピタンスポーツ?」
「あのもこのもないでしょ」
「どうしてここへ?」
「アラシが学校に行っているとき、日本ゴルフ連盟の河原さんから電話があったの。いろいろお話したんだけどその中で『アラシくん、ゴルフクラブが合わなくなっていますね。女の子の身体付きに合ったクラブにされた方がいいですよ』って言われたの」
「河原さんから話があったんだ・・・」
「秘密にしていてアラシを喜ばせようと思ったの。黙っていてごめんね。お父さんと相談して、どうせ買い換えるなら良質なものにしましょうということになったの。それで、お母さんたちゴルフ道具のことよく知らないから、アラシのお友達の井上沙智江さんにお話したのよ。そうしたら『それならコンピタンスポーツでしょ、キリュウさんもご存知のあきつしまホールディングス傘下なんだし』って。それで、フィットネスクラブの佐古田支配人にご連絡してお世話いただいたわけ」
点と線をつなげて見事にこことの接点を見つけたわけだ・・・なんとまあ、たくましい母さんだこと。
そうこう言っているうちにインドア練習場のようなスペースに到着した。
「キリュウ様、こちらで計測をさせていただきます。最初にスポーツウェアへのお着替えをお願いします」
「えっと・・・こういうことになると思っていなかったので着替えを持ってきていないんですが」
「それはご心配ありません。私どもの方でご用意させていただいております」
案内されたフィッティングルームは、ちょっとしたスポーツウェアブティックのようだった。
「まあ! コンピタンスポーツブランドが勢ぞろいだわ!」
「これって皆レディースじゃないか・・・」
「それは仕方ないでしょ? アラシの体型にフィットするウェアを選んでおいてくださったんだもの。さあ、お母さんが選ぶの手伝ってあげましょうね!」
「これもいいし、これとこれを組み合わせてもいいわねぇ。女の子のゴルフウェアって楽しいわぁ♪」
「なんでもいいって。計測するとき身体を動かしやすくする為だけなんでしょ?」
「せっかく用意してくださってるのよ? 楽しまなくっちゃ! 皆さんだって、どんなスタイルで登場するか期待してらっしゃるに違いないんだから!」
「むむむ・・・じゃあ母さんに任せるけど、絶対パンツのにしてね!」
「そう言われてもねえ~♪ どれにしよっかなあ~♪」
「さあ、これで完成よ!」
と言いながら、母さんは最後にワンピースと同柄のリボンでツインテールを作ると、ボクにサンバイザーを被らせた。陽も射さないインドアなのに念のいったことだ。
「ああ~あ、やっぱりスカートか・・・」
「お母さんが見て、アラシに一番似合っているんだもの仕方ないでしょ」
結局、ああでもないこうでもないと何度も着替えさせられたので、小1時間かかってしまった。これ以上待たせるわけにもいかないので観念して、ボクはその格好でいくことにした。
≪ほおお≫
フィッティングルームから出ると、待ち受けていたスタッフたちから静かなざわめきが起きた。
「お待たせしました。母がいろいろ試させたがるもので・・・」
「いいんですよ。そのつもりでご用意させていただきましたので。それにしても、お似合いです。やはり来シーズンのモデルを選ばれましたか」
「え? これ来シーズンのものなんですか?」
「ええ。まだ市販前のサンプルなんですよ。流行となるチェック柄がポイントになっています」
「ね? シーズン先取り! アラシにはそのギンガムチェックのワンピースしかないと思ったの。とっても可愛いんだもの! お母さんのセンスの良さが分かったでしょ?」
「うぐっ・・・」
「それでは、こちらのケージにお入りください」
ボクは、うちの女子ユニフォームとは明らかに作りが違うゴルフ用ワンピースの可動域を確認するように腕や上半身を回しながら、ケージの中に入った。
「機能的にできていますね。動きやすいです」
「ありがとうございます。新素材の生地と縫製の工夫で従来のものより相当改善されていますから。気に入っていただけたのであれば差し上げます。練習着としてでもお使いください」
「え・・・あ、いや、これは女物ですし」
「あら~ご親切にありがとうございます。髪のリボンから靴ヒモまでお揃いのギンガムチェックで、こんなに似合っていますもの。アラシもきっと試合以外でプレイするときに着てくれると思います」
「か、母さん!」
遠慮のない母である。というより、ボクがこんな可愛い格好でゴルフするのかい?
「うわ~可愛い!」
「あの格好でゴルコン参加したら間違いなくオトコを落とせるわ!」
なんかスタッフの女性たちが、ボクを見ながら興奮したように囁き合っているのが聞こえるけど・・・。
測定の方は滞りなく順調に運んだ。
さしもの母さんも、ボクのファッションと関係のないことなので、特に口をはさむこともなく興味なさそうに眺めているだけだったから。
「ドライバーのヘッドスピードは、平均すると44.8m/秒ですね」
学校で初日に測ったときから、さらに1m/秒落ちてしまった・・・。
「しかし素晴らしい。キリュウ様のミート率はプロ並みですよ」
「ほ、ほんとうですか?」
「はい。ボールを芯で的確に捉えることができているからミスが少なくボールコントロールも抜群と、このデータに出ています」
「ありがとうございます!」
「いまお使いのクラブは男性用ということですが、現在のスイングはヒッターからスインガーにタイプが変わっているようですから、少し柔らかめのシャフトで軽量のものにした方がいいと思います。そうすれば飛距離ももう少し出るようになるはずです。うちの工房で今日のデータをもとに作ってみますので、完成しましたらまたこちらで試打していただきましょう」
「はい。よろしくお願いします! でも母さん、オーダーメイドなんて・・・いいの?」
「いいのよ。アラシはずっと苦労して来たんだもの。アラシの思ったイメージでゴルフができるようになるなら、お父さんもお母さんも嬉しいの」
「母さん・・・」
「と言ったものの・・・お高いんでしょうか?」
「そのことですが、ご請求はあきつしまホールディングス秘書室に回すよう申し付かっております」
「それは困りますわ!」
「まずはキリュウ様のクラブをお作りしてからということで、本日のところはいかがでしょうか」
「はあ、では、次に伺った時にお値段を教えてくださいね」
「そのことも含めまして秘書室に申し伝えます」
ということで、ボクの新しいゴルフクラブはオーダーメイドで作ってもらえることになった。
その代わり、ボクは着替えることも許されず、そのままの格好で車に乗せられて帰宅することになった。
「そんな顔しないの。身体に合うクラブを買ってもらえることになって嬉しいんでしょう? お父さんだってアラシのその姿を見たら喜ぶわよ! 親孝行と思って見せてあげましょうね!」
ボクは、段々母さんのペースから逃れられなくなってきているのかもしれない。