第84話 復帰第1戦!
≪パ~ン パン パン パン≫
秋空に花火の音とともに白煙が上がるのが見える。ボクはひとり女子更衣室の窓からそれを眺めている。ここで着替えさせられているのは、ボクが女の子として扱われているからに他ならないのだが、それは仕方のないことだと諦めた。何しろ、これから女子のユニフォームに着替えなければならないのだ。
ボクは平気だけど、女の格好した奴が男子ロッカーに堂々と出入りして着替えたりなんかしたら、他の選手たちは気になって堪らないかもしれないから。
「はあ・・・」
それでもボクは、学校側が用意してくれたユニフォームひと揃えを前にすると、思わずため息をついてしまう。なんだか気乗りしないが、服もブラも脱いでショーツ1枚になった。
「そうか、うちの学校は女の子用のコンプレッション・インナーが、ショーツとスポーツブラなのか・・・」
ショーツも脱ぐと、諦めきってショーツタイプの方に両脚を通す。
「へえ、結構ぴっちりしているんだな。これだとアソコを折り畳まなくても全然目立たないや・・・」
続いてスポーツブラタイプに頭と腕を通す。
「これは楽かも! しっかり胸の膨らみをガードしてくれてるや・・・」
身体にぴっちりフィットしたインナー姿を鏡に映しながら、残った可愛い布の塊に目を落とす。
「これ・・・やっぱり着ていた方がいいんだろうな。仕方ない」
ボクは、ツルツルしたサテンの生地でできたアンダースコートに両脚を通した。
「お尻のところにこんなヒラヒラした布飾りなんか付けなくってもいいのに・・・」
次にニーソックスを膝上の位置まで引き上げ、ソックタッチで止める。小さなリボンが前と後ろに飾りで付いている。
「白地にスクールカラーの銀色のボーダーなんだ・・・」
ボクはフルジップの長袖ワンピースの袖に手を通し、前開きのジッパーを衿が立つところで留める。ヒップボーンに引っかかる感じで太目のベルトが付いていたので、こちらも軽く締めた。
「こっちは白地にミッドナイトブルーのチェック柄に銀色のベルトか、やっぱりスクールカラーなんだ・・・」
最後にミッドナイトブルーに銀色のリボン飾りが付いたゴルフキャップを被ると、ポニーテールにした長い髪を後ろの穴から出して固定する。
「うん。これだと風に吹かれても飛ばないかも・・・」
もう一度、姿見で全身を確認すると、ボクはロッカーを後にした。
「キリュウ! こっちだ!」
ロビーに出ると、ボクたちを引率して来ている大多監督が大きな声で呼ぶのが聞こえた。
≪ほおお~ッ!≫
大多の視線を追ってこちらを向いた人だかりから、どよめきが起きた。
「お待たせしました。この子がキリュウアラシです。女の子は着替えに時間が掛かるもんで済みません。こちらは協会の先生方だ。キリュウ、こちらに来てご挨拶なさい」
「着替えに時間がかかったのは女の子だからじゃありません、女の子の格好をさせられたからです」
ボクは、不機嫌そうに言った。
「あはは、キリュウ何を言っているんだ。オマエにチャンスを下さったことに対して、お礼を言わなけりゃな」
「・・・今日はプレーする機会を与えてくださって、ありがとうございました」
不承不承ながら、ボクを見つめてるオジさんたちに挨拶をする。機会はくれたのかもしれないけど、今日のプレーフィーと参加料は自己負担なのだ。だからあまり心がこもっていない“ありがとう”になってしまった。
「いやあ、噂には聞いていたが、これほどとは!」
「これでゴルフが上手いとなったら、エライ騒ぎですぞ!」
「関東協会、いや全国協会の宝となること請け合いです!」
ボクの思っていることなんか気にもせず、なんだか皆うれしそうだ。
「あのお、そろそろ練習場に行きたいんですけど・・・」
早く球が打ちたくなったので、解放してもらおうと言ってみる。
「あ、練習時間がなくなってしまうか。それでは先生方、よろしくご高配をお願いします」
「もう少しだけよいですかな? 実は、今日のことを嗅ぎ付けたゴルフ記者連中が押し掛けていましてな」
大多がボクを練習場の方に行かせようとしたのを押しとどめて、一番偉そうなオジさんが言い出した。
「キリュウを取材させろと?」
「そうなんですわ。他にも芸能誌や芸能レポーターからも申し入れがあったのですが、神聖なる高等学校スポーツ競技を何と心得るかっとお断りしました。しかしながら、ゴルフ記者連中とは相身互い持ちつ持たれつの関係なので、取材させてやらにゃならんのですよ」
「そうですか・・・キリュウ、オマエどうだ?」
「ボクは、こんな姿を世間にさらしたくありません」
皆、押し黙ってしまった。
「確かに、キリュウ君の言うことはもっともかもしれませんな」
しばらくして一番偉そうなオジさんが口を開いた。
「キミは自分の姿をマスコミに出されることが嫌なのだね? 写真禁止でインタビューのみであったらどんなもんだろうか?」
「カメラ撮影はしない・・・」
「そう。記者とは面会するが、写真はなしということでならどうかね?」
視野の端に、大多がハラハラしながら必死にブロックサインを送って来るのが見えた。
「ふう。分かりました。写真なしでなら」
「よかった! これで協会の顔が立つ。キリュウ君、決してキミにとって悪いようにはしないからね」
ボクは、記者が待つプレスルームに案内されることになった。
「はい。いまボクが身に着けているのはうちの女子のユニフォームです」
ボクは、記者からの質問に答える。
「せっかく美しく変身した姿、どうして撮影させてもらえないんでしょうね? 君はビキニ姿だって撮られてしまっているんでしょ?」
「そのことにはお答えしません。競技会とは関係ないことです」
記者としてはボクの“神隠し”事件に関わる方向に質問を向かわせようとしているみたいだ。ボクは記者会見冒頭で、大会と関係のないことにはいっさい答えないと宣言していた。そんな様子を傍らで見ながら、協会の先生たちは小声で嬉しそうに語り合っている。
「見せたいのに見せられない見たいのに見られない、ということですな」
「まさに蛇の生殺し状態」
「上手い手を考えましたなあ。これは凄いパブリシティになりますぞ」
転んでもタダじゃ起きないわけだ・・・大人って凄いかもしれない。
「それでは最後のご質問をどうぞ」
「はい! キリュウ君はプロ志望ということですが、もし仮に今、プロの競技会から参加要請が来たら受けるつもりはありますか?」
ゴルフ専門誌の記者からの質問だ。
「そりゃあ光栄な話ですね。もし、そういうことになったら直ぐに監督と家族に相談します」
「それは受けると言うことですか?」
「ボク自身としては出てみたいです」
「試合前の忙しい時間に快く会見を受けてくれてありがとう。では頑張って!」
会見は混乱することもなく終わった。ボクは席を立つと、久しぶりに試合に出場できることが嬉しくってワクワクしながら急ぎ足で練習場へと向かった。
練習場に行ってみると、すでに選手たちの姿はなかった。
「インタビューで時間とられちゃったからなあ。仕方ないか。まだ時間はあることだし一人だけでも練習しとこう」
ボクとしては、麗慶学園高校チームの3年の先輩たちと一緒に練習して、立ち位置と球筋を見てもらいたかったのだが。
競技でゴルフをする選手たちって、試合当日はひと通りクラブの感触を確かめたら、後はパットの練習に集中するものなのだ。だからウォーミングアップを済ませて練習グリーンに行ってしまったのだろう。
≪パシーーーーン≫
≪パシーーーーン≫
≪パシーーーーン≫
「よし。ドライバーでもしっかり球を捉まえられているぞ・・・」
「いい球筋ね」
なかなかいい感触だと思って喜んでいたら、後ろから声を掛けられた。
振返ると、胸に金色の刺繍のエンブレムのついた紺色のブレザーを着た協会役員のような女の人が立っていいた。
「練習の邪魔をしちゃったかしら? ドライバーを振っていたから、そろそろお終いかと思ったんだけど」
「ええ・・・これからパットの練習しようかと思っていたところです」
「じゃあよかった。キミ、キリュウ君よね?」
「はい・・・アナタは?」
「日本ゴルフ連盟の理事で女子強化委員長をしている河原です」
なんと、競技ゴルフの元締めだ! ん? でも女子?
「キミは、戸籍上は男性だそうだけど、見た目は完全に女の子なのね」
「仕方ないんです。この格好をすることを条件に、今日の試合に出してもらえたんですから」
「ふうん、そうだったの。関東協会さんも、いろいろ趣向を考えているのねぇ」
「で、ボクに何か用ですか?」
「あ、そうそう。時間をとらせちゃってごめんね。私のところでは、国際試合に出場するアマチュアの育成強化をしているの。ジュニアで優勝経験のあるとっても可愛い子が試合をするって聞いたので、どんな選手なのか見に来たの」
「でも、ボクの選手登録は男子ですよ?」
「そうなのよね。でも、噂が本当だとしたら、キミは殆ど女性としての条件を備えているんじゃないの?」
「・・・・・・だとしても・・・こんな格好させられていても・・・ボクは男なんです!」
「ま、いいわ。今日はキミの組についてプレーを拝見させていただくわね。話はそれからでも遅くないもの」
「・・・・・・」
話が終わったみたいなので、ボクはドライバーにヘッドカバーを付けてバッグに差し入れると肩に背負った。ズッシリと重みが肩に食い込んでくる。
その様子をじっと見ていた河原理事が、ひとつため息をついてから言った。
「キミの華奢な身体じゃ、その男性用のキャディバックは厳しいんじゃないの?」
エキシビションマッチが始まった。
「よろしくお願いしま~す!」
「よろしく!」
ボクは女の子の格好をさせられているので、挨拶の際には脱帽せずひさしに手を掛けて軽くお辞儀をした。
だって女の子は髪が長かったりするから、帽子を脱いだりすると後が大変なのだ。
ボクが入れられたのは、紅葉館高校、仲秋学院、情熱学園との組だ。
いずれも3年生で、国体県代表や高校総体常連のバリバリ。きっと将来はプロゴルファーになる選手たちなのだろう。
ボクが挨拶した途端、眩しそうに目をシパシパさせた。
「キミ・・・キリュウさんも・・・フルバックからやるの?」
「?」
「キミ、女の子なんだろ?」
全員が、ボクの脚や胸を見ている。まさか、ボクが一番距離の長い設定となる、競技用のバックティーからやるとは思ってもみなかったようだ。
「ボクは男です! こんな格好をしているのは、協会から女子のユニフォームを着ることを条件に出場を認められたからなんです!」
「そ、そうなのか」
「目障りでしたか?」
「い、いや。とっても似合っているけど・・・」
そんなやり取りを、日本ゴルフ連盟の河原理事が面白そうに見ていた。
最初のハーフは39だった。パー36を+3で回れたのだから、久しぶりのコースにしては上々だ。でも、他の選手との飛距離の差を改めて思い知らされたハーフでもあった。後半は、さらに距離の長いホールが続くため、厳しい戦いを強いられてしまった。
≪パシーーーーーン≫
「ナイショッ!」
「グッショッ!」
「・・・ありがとうございます」
「キリュウ君はなかなか力強いスイングなんだね」
「その身体であそこまで飛ばすなんて大したもんだよ」
でも、落下地点に行ってみるとボクの打った球が一番手前にあるのだ。他の3人は30~50ヤード先。前だったら、同じくらい飛んでいたのに・・・。こんなスカートなんかはいて脚を見せているせいもあるだろうけど筋力差は歴然なので、他の3人の選手たちはボクのことを次第に女の子として扱い始めるようになった。
残り170ヤード。ピンはグリーン左サイドの手前に立っているが、直ぐ前にはバンカーが大きな口を開けて待っている。
普通の男子高校生だった頃なら、7番アイアンでピンの根元にドンと落として止めるのだけど、いまのボクのパワーでは5番アイアンで狙うしかない。
≪カシーーン≫
少しでもバックスピンを利かせようと、身体を開き気味にフェード系で打ったが、うまく球を捉えることができたみたいだ。
目標の左方向から右に旋回したボクの球は、グリーンを捉えるとトントンと跳ねてピン奥10mで止まった。
「ナイスオン!」
「いいコントロールだね」
「・・・ありがとうございます」
褒めてくれたので一応お礼は言ったけど、ボクとしてはガッカリだった。というのも、バンカーを越えてグリーン手前のカラーギリギリに上手く球を落としたものの、結果としてはピンの近くに止めることができなかったからだ。やはり5番アイアンではロフトが無い分、弾道が低くなるので、落下してからの転がりが多くなってしまう。
≪パシッ≫
≪ビシッ≫
≪スパッ≫
他の3人は、残り120~140ヤードをピッチングウェッジや9番アイアンで、高い弾道から楽々とピンを狙っていった。
一番遠い位置に乗せたのでパットもボクからだ。長いパットは、ラインを読み切るのに相当神経を使わなければならない。でも、このパットは下り傾斜だけの真っ直ぐなラインだ。あとは強さだけ・・・。
≪コンッ≫
「おお~っ!」
「あと一転がり。惜しかったねえ」
「ナイスパット!」
「・・・ありがとうございます」
≪コツッ≫
タップインしてこのホール、ボクはパーとした。他の選手は1~3mのパットなので、バーディーか楽々のパーだ。
結局、後半のハーフも他の選手たちと比べて飛距離で劣ることから、遠い位置から長いクラブを使って何とかグリーンに乗せるかグリーン回りからチップインを狙うという、攻めではなく守りのゴルフに徹するしかなかった。
スコアは36。ボギーをひとつも叩かなかったけれど、9ホール全てをパーで回るというのは我慢のゴルフ。プレッシャーとフラストレーションでドッと疲れが出てしまった。
「お疲れさん。キリュウ君、トータル3オーバーは立派だよ。結構上位の方に入っているんじゃないか?」
「いやあ、キミみたいな子とラウンドできるなんて今日は幸せな一日だったな!」
「そうそう! ショットやパットする姿を見ているだけで気持ちが和んだものなあ」
「・・・ありがとうございました」
クラブハウスに戻ってアテストをしていると、ボクに“優しく”声をかけてくれる。他校とはいえ3年の先輩たちだし「ボクは男だ!」って反発したい気持ちをグッと抑えこんだ。
「うふふ。キリュウ君、キミ大分疲れちゃったみたいね?」
「あ・・・河原さん」
アテストが終わってひとりでテーブルに残っていると、河原理事がやって来た。
「ずっとキミの組についていて思ったんだけど、やっぱり今のキミは男子選手たちに混じってラウンドするのはちょっと大変みたいね」
「そんなこと・・・ないです。ボク、後半はちゃんとパープレーで上がれましたし」
「もし、レギュラーティーでラウンドしていたなら、後半だけで4アンダーだったと思うけど?」
「レギュラーティー?」
「そう。ここのコースだと女子競技は大体レギュラーティーと同じくらいの長さなのよ」
「・・・・・・」
「キミはその身体にしては抜群の飛距離だし、ボールコントロールも見事だったわ。もし、これで女子の競技会だったら一躍優勝候補になっていたことでしょうね」
「・・・何が仰りたいんですか?」
「キリュウ君。キミ、女の子になっちゃいなさいよ」
平板な声で河原理事はあっさりと言った。感情を押し殺した言い回しに、逆に凄みを感じてしまう。
「キミは自分のことを冷静に見て、男子選手としてどういう位置づけになると思っているのかしら?」
「それは・・・」
「もしキミがその可愛い格好で男子に混じって試合に出てきたら、相当な人気者にはなるでしょうねぇ」
「・・・・・・」
「でも、競技内容から言えば頑張ってもイーブンパー。ビッグドライブでバーディーやイーグルを取りまくる一流選手にはなれそうもないわねぇ」
「・・・・・・」
「それと、ひとつアドバイスしてあげる。キミ、ゴルフクラブを代えた方がいいわよ」
「?」
「自分ではどう思っているか分からないけど、今日見せてもらった限りではキミのスイングは女性ね。男性用のクラブではあまりパフォーマンスは期待できないと思うわよ。もっと軽くてしなりのあるクラブにしてみたらどうかしら?」
「・・・・・・」
「ま、急ぐ話じゃないし、お家に帰ってからご両親とも相談してよく考えてみることね。またこちらから連絡をするわ」
と言うと、河原理事は右手の指先だけでバイバイをしながら立ち去った。
「みんな、よくやった! エキシビションマッチとはいえ団体戦3位だ! これで、秋の大会も上位が狙えるぞ!」
帰りのマイクロバスの中で、大多監督がハイテンションで言った。
「それと、復帰戦のキリュウ。オマエもよく頑張った! うちの出場メンバーの中では最下位だったが、全参加選手60人中の28位。1年ぶりにしてその華奢な身体の割によくやったぞ! 後日、関東ゴルフ協会から連絡があると思うが、関東大会本選出場は決まりだろう。みんな拍手だ!」
≪ウオオー!≫
≪パチパチパチパチ≫
「監督。ひと言いいですか?」
「おお、もちろん構わんぞ。スピーチか?」
「いいえ。この格好のことです」
ボクは座席から立ち上がると、自分の着ているものを指し示しながら言った。
「あ? ああ、そのことか」
「来るときは学生服なのに、どうして帰りはユニフォームのままじゃなければダメなんですか?」
「着替えてる時間がなかったろ? それにみんなだってユニフォームのままだぞ」
「そりゃあ先輩たちは男子の格好だから構わないでしょうけど、ボクは女装させられたまま帰らなきゃいけないんですよ?」
とボクは文句を言う。でも、大多監督もやり取りを見ている他の部員たちも、帽子を脱いだばかりの軽くウェーブしたボクの長い髪がバスの振動で揺れるのに目を奪われている。
「聞いているんですか?」
「あ? ああ、もちろんだ」
「今日のエキシビションマッチもそうですけど、どうしてボクだけ女やらされなきゃいけないんですか?」
「それはまあ・・・関東協会からの強い要請だったわけで」
「ボクは男なんですよ?」
≪ちが~~う!≫
「な、何なんですか! 先輩たちまでが」
「キリュウ、オマエの気持ちはよく分かるが、すべての原因はその姿だ。その美貌だ。キリュウが一緒にラウンドした紅葉高校に仲秋学院、それに情熱学園で同じ組だった選手が、ロッカールームにうっとりした表情で戻って来てしばらく熱に浮かされたような状態だったって言うぞ! 先生は、他の高校の先生方から凄く羨ましがられてなあ、是非交流戦をと何校からも申し込みが来ているんだ。関東協会はもちろんだが全国協会の先生からも、秋の本大会には是非キリュウ君を代表にと期待されてしまっているんだぞ? それもこれも皆キリュウ、オマエのその姿のせいなんだよ!」
と強い口調で言いながら、大多監督はボクにニッコリと笑顔だった。でも、ボクが相変わらず不機嫌そうに顔をしかめているので、さすがにまずいと思ったみたいだ。
「でな、先生としては今日の好成績のご褒美もあって、キリュウと一緒にラウンドできなかったウチのチームにもその姿を見せてやりたかったんだ。スマン。この通りだ。学校に着いたらお袋さんが迎えに来てくれているので、キリュウは後片付けはいいからそのまま車に乗って帰れ」
「母さんに電話したんですか?」
まさか母さんと連絡をとっているとは思ってもみなかったので驚いた。でもまあ、ボクとしてもこのままの格好でひとりで家まで帰るのはどうかとは思っていたのだが。
「うむ。しかしな、電話を掛けたのは先生の方からではないんだ。今日は非公開試合なのでオマエのお袋さんが何度も経過を問い合わせて来たんだぞ? で、着ているユニフォームとか髪型だとかオマエの事もいろいろと聞かれてなあ、そうしたら絶対着替えさせずそのままの格好で家に帰してくださいって頼まれたんだ」
「母さんに?」
はは~ん。いかにも母さんなら言い出しそうなことではある。
「うむ。まあ、お袋さんの気持ちも分からないではないがな。今日はオマエの戦う姿を見られなかったのだもんな」
「・・・母さんにも困ったもんだ」
「まあそう言うな。 オマエら! キリュウのユニフォーム姿を拝んでみた感想はどうなんだ?」
≪かっわい~~~~~い!≫
≪もえ~~~~~~~え!≫
「はあ・・・」
ボクたちを乗せたマイクロバスが学校の駐車場に着くと、ウチのカローラ(改)が待っていた。
「お母さんお待たせしました。それじゃあ確かにキリュウ君をお渡ししますよ」
大多監督は、ポンとボクの背中を押し出した。神隠しから戻ってきて以来、なんだか大多のボクに触る回数が増えているような気がする・・・。
「あら~あ、なんてチャーミングなのかしら!」
「ちゃ、チャーミング・・・生まれて初めて言われた言葉かも」
「アラシ、その格好とってもよく似合っているわよ! 帰ったら、お父さんたちにも見せてあげましょうね!」
「はあ・・・」
ボクは、またため息をつきながら助手席に乗り込んだ。
≪グワワワワワッ ジャジャーッ キキキーーーーーーーーーッ ギャギャギャギャッ≫
「監督さんから聞いたわよ! アラシ、後半はパープレーだったんだって?」
軽快にシフトチェンジを繰り返しながら、母さんが言った。
「うん・・・」
「地球に戻ってから初めてのラウンドにしては、よかったじゃないの!」
「まあ・・・」
「なあに? なんだか元気ないわね?」
ボクが、気鬱になっているのが気になったみたいで、ハイテンションだった声のトーンが少しだけ下がった。
「日本ゴルフ連盟のひとから言われちゃったんだ・・・一流選手にはなれそうもないって」
「まあ! まだこれからの若い子を捉まえて何てひどいことを! お母さんが抗議してあげます!」
「うん・・・でも、女子の競技会なら一躍優勝候補だとも言っていた」
「え? そうなの? すごいじゃない! 何て素晴らしい評価なの! お母さんお礼を言わなくっちゃ!」
「母さん・・・ボクが、女子の選手になっても平気なの?」
「あ・・・でもそんなこと言ったって、もうその格好で試合に出ちゃってるじゃないの!」
「・・・それは、そうなんだけど」
「アラシ、あなたのユニフォーム姿とっても可愛いわよ!」
「・・・そんなことどうでもいい!」
ボクは一層不機嫌になって、そのまま家に帰るまで無口になった。
家に戻ると父さんが帰って来ていた。ハヤテは塾、姉さんはコンパとかで遅くなるらしい。
早速、母さんが日本ゴルフ連盟の河原さんに言われたことを報告すると、
「いいかアラシ。何ごとにせよ一流になるというのは凄いことなんだぞ? いいじゃないか、女子でもNo.1になれるなら」
案の定、父さんも賛成だった。
「・・・それでも、ボクは男だから。男であることを絶対あきらめないから」
「・・・ま、その理事さんが言ったように急ぐ話ではないしな。アラシが部活を続けていく内に、落ち着くべきところに落ち着くだろう」
「そうね。お父さんの言うとおりよ。そんな頑なにならず、流れに身を任せてみればいいんじゃないかしら?」
ボクはそれを聞いて。息子の気持ちなんか何も考えてくれていないと思った。
「・・・父さんも母さんも、息子が娘にされてしまったって全然平気なんだね? ううっ」
と言いながらボクは涙声になっていくのを止められなくなってしまった。父さんたちは、びっくりしたようにボクを見て口をつぐんでしまった。
「アラシにとっては堪らなく不幸なことだと思う。病気や怪我で一生治ることのない障害を負ってしまったのと同じわけだからな。そんなアラシに、お父さんとお母さんがしてやれることと言ったら、あるがままの姿を受け止めることしかないのだよ」
しばらくたってから父さんが言った。
「そりゃあお母さんだって最初、警察からアラシが女の子になって発見されたってお話を聞いた時には気が動転したわよ。でもね、ひと目アラシを見たら、この子は私の息子なんだ、私のお腹を痛めた子供なんだって全てを受け入れる気持ちになったの」
「・・・息子なんだって、思ったの?」
「もちろんそうよ! アラシは男の子なんでしょ?」
「うん、そうだけど・・・」
「アラシがそう思っているなら、お父さんにもお母さんにとっても息子のままだぞ」
父さんが力強く言いきった。でも、なんだか目が泳いでいる気がしたのはなぜだろう・・・。
「ありがとう・・・」
「じゃあ、その話はもういいわね? お母さんがお風呂してあげるから汗を流しましょう」
「い、いいよ。もう自分でできるから」
「だめよ! アラシは自分のことだと思うと粗雑にやっちゃうんだから。たとえ男の子であったとしても身体はそうじゃないんだから! お母さんに任せなさい。そうね、着替えもお母さんがそろえてあげる」
と言うと、ボクの答えも聞かずに二階へと向かって行った。
こうしてまた、ボクは言いくるめられてしまった。
「アラシ。頼むから着て頂戴!」
「いやだ! 絶対に着ないからね!」
「せっかく買ったんだもの。一度くらい袖に手を通してくれたっていいじゃな~い」
風呂上りの脱衣場で母さんが言い募る。ボクはナイトブラとショーツを見に付けただけの姿で腰に両手を当てて胸を反らし、全身で拒絶の意思を示す。
「なんでボクがこんなもん着なきゃいけないわけ? どうせ寝るだけなんだからパジャマでいいでしょうが!」
「そんなこと言わないの。ほら、ちゃんとナイトガウンだって用意したのよ。アラシなら絶対似合うんだから、親孝行すると思って着て見せてよ~」
「恥ずかしいってばあ。こんな姿をしているところを、姉さんたちに見られると思うと顔から火が出そうだ」
「うふふ。大丈夫よお、まだまだ帰って来ないから。ね? いいでしょ?」
親孝行とまで言われては仕方ない。母さんには地球時間で1年間心配を掛けたのだ。ボクはぐっと自分の感情を押し殺して、母さんが差し出している柔らかな布に頭を突っ込んだ。
「あらまあ! なあ~んて可愛いいんでしょ! ほら、見てご覧なさい」
と言って母さんは、両肩を掴んで椅子を回転させるとボクを鏡に向き合わせた。
「うむむむ・・・こりゃあ、どこからどう見ても女だ」
鏡の中には、ベビードールを着たスレンダーな女の子が大きな眼を見開いて座っていた。薄いピンクの生地を3段にドレープにして胸元には同色の飾りのリボンが付いている。
「付いてきた飾り紐、本当は腰に巻くためのものなんでしょうけど、アラシは髪が綺麗だから髪飾りにしてみましょうね」
と言うと母さんは甲斐甲斐しくブラッシングをしてから、ベビードールと同じ生地でできた薄手の平ヒモで後頭部から前髪の方へ頭を包み込むように括り、少し右側に寄せたところで大きなリボンを拵えた。頭の上に大きな蝶が止まっているみたいになった。
≪パシャッ≫
「な、なに?」
「写真を撮っておこうと思ってね」
「なんで・・・」
「アラシに似合うイメージを思いついたら教えてほしいって、井上沙智江さんから頼まれちゃっているの♪」
「おいおい、息子を売るつもりかい?」
「うふふ。アラシにとっても年上のお友達なんでしょ? お友達からのお願いなのよ。いろいろ面倒を見ていただいているんだし少しは協力してあげなきゃね。さっきのユニフォーム姿もとってもチャーミングだったから一緒に送っちゃおっと!」
「・・・うむむ。母さん、完全にボクのことをオモチャだと思ってる」
「あら、オモチャなんて思っていないわよ。アラシは私の大切なお人形さんなのよ~♪」
「人形はオモチャじゃないんかい」
親孝行と思って一度ボクが女装を認めてしまったばかりに母さん、かさに掛かってボクを女の子扱いしはじめている・・・とんでもないことになってしまった。
結界を解いてしまったが最後、ドラキュラも狼男も、妖怪や屍鬼も、疫病神に貧乏神も、一度とりついた人間からは絶対に離れずどんどん深みに引っ張り込むらしいけど・・・。
惑星ハテロマでも、ベルやレアが嬉しそうにボクで着せ替えをしていたっけ。女はいくつになっても人形遊びが楽しいのだろうか。ボクは生身の男なのだ。ベビードールやビキニを着せられて死ぬほど恥ずかしい思いをしているボクの身にもなって欲しい。つくづく女って怖いと思う。