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ランとアラシで神隠し  作者: 迦陵びんが
第8章 「またまた始まる学園生活」
85/110

第82話 2学期はじまる!

「ほら、大丈夫でしょう?」

「ほんとだ」


玄関のドアを開けると誰もいなかった。


「過剰なマスコミ取材でアラシがノイローゼになってしまって、夏休みなのに出掛けようとももせず、ずっと引き籠り状態なんだって訴えたら、総務省やBPOそれに法務省に警察まで動き出したの。それでテレビも新聞ラジオも慌てて取材協定を結んでアラシの通学時には取材をしないことになったのよ。でも、野次馬だけは規制できないから、ほら、あそこに黒塗りの車がいるでしょ? あれは警視庁の要人警護の人たちよ。しばらく学校の登下校の際だけ目立たない形でアラシのことを見守ってくださることになっているの」


なんと、ボクにSPが付くことになったのだ。


この夏休み、外出と言えばホテルの会員制フィットネスクラブに2度ほど行っただけで、ほとんどの時間を家で勉強に費やしていたのが功を奏したらしい。それにしてもSPとは大げさな・・・。


「お父さんもお母さんも、アラシは普通の高校生なんですってお断りしたんだけど『アラシ君は国民的関心事であり万が一にも何か事があってからでは政府が非難されることになるから』って。なんでも与党議員で警察官僚出身の実力者の方がアラシの大ファンなんですって。そうそう、警備部長さんと一緒に見えた総務部長さんも『その代わりと言っては何なのですが・・・いずれアラシ君に警視庁の広報活動でご協力を』ってお願いされちゃったのよ。そのうちお話があると思うけど、いいわよね?」

「う、うん・・・」

「アラシの婦警さん姿かぁ、なんかとっても楽しみ~い♪」


母さんは、間違いなくボクのことを着せ替え人形と思っているに違いない。






「こうしてハヤテと一緒に通うのが夢だったんだ。惑星ハテロマにいたときも必ずその日が来るから頑張るぞって思っていたんだ」


ボクは、ハヤテと一緒に学校までの住宅街を歩きながら問わず語りにつぶやく。


「ハヤテは、ぜん息もちで小さい時から身体が弱かっただろ? いっしょの学校なら傍についていてやれると思ってさ・・・姉貴とは同じ学校に通いたくなかったから小中は公立に行ったんだけど、姉貴が大学に進学していっしょの校舎じゃなくなったからね」

「でもアラシ兄ちゃん・・・どうしてフブキ姉ちゃんと一緒じゃ嫌だったの?」

「それはさ、幼い頃のトラウマさ。一緒だったら下級生だし姉貴のオモチャにされることは分かりきっていたからね」


学校が近づくにつれて、ボクたちの前後を歩く学生が増えてきた。皆、ボクと目が合うと、まるで眩しいものでも見てしまったかのように慌てて目をそらして離れていく。


「なんか皆アラシ兄ちゃんのこと見ていくね」

「うん。1年前は男だったのに、どうなっているんだって思っているのさ。やっぱ、詰襟を身体に合わせて仕立て直しただけじゃ男には見えないのかな・・・」


ボクは、がっかりしてブルーな気分になってしまう。


「よお! アラシ」

「あ、佐久間さん。おはようございます」

「おはよう! ハヤテ君は偉いな。兄ちゃんをしっかりボディーガードしているんだな」


横道から出てきたカッちゃんが、ボクたちと肩を並べて歩き出す。


「朝からの開口一番がそれかい? カッちゃん、ガードしているのはボクの方なの」

「ほんとか? ハヤテ君、本当にそうなのか?」


ボクは、ハヤテを横目で睨み付けた。


「うっ・・・は、はい。アラシ兄ちゃんに学校まで送ってもらっているんです・・・」

「な?」

「ふむ。まあ、そう聞いておこうか。ところでアラシ、オマエのその恰好・・・」


ボクを見つめたままカッちゃんは絶句してしまった。


「これ? 普通にうちの学校の制服だけど? この銀色の8つボタンとっても気に入っているんだ。似合うだろ?」

「・・・似合っているが・・・決して普通ではないぞ」

「じゃあ、どういう風に見えるんだよ」

「なんと言うか・・・美少女が体型に合わせた学ランを着ているというか・・・俺の表現力ではなんとも」


とその時、軽やかな靴音が走り寄って来た。


「おはよう!」

「キリュウ君だよね?」

「うわ~可愛い!」

「うわ~綺麗い!」

「詰襟に長い髪をなびかせてるとタカラヅカの男役みた~い!」

「やっぱテレビや週刊誌で見るのと本物とでは違うわ!」

「その制服どうしたの? もともと持っていたのを身体にフィットするように仕立て直したの?」

「ヒップラインがカッコいいよなあ。私も着ようかなあ~」

「キリュウ君はモデル体型だから似合うのよ!」

「クルミが来ても似合わないって」


3人の女子学生が口ぐちにボクの外見について話し始めた。


「ちょ、ちょっと待った! このブーフーウー、っていうかムクミ、タルミ、クスミ、君たちはいったい何なんだ?」


ボクは、女の子たちの止めどないお喋りを、手で押え込むような仕草をしながら遮った。


「ムクミ?」

「タルミ?」

「クスミ?」

「ひっど~い!!」


声を合せて叫ばれてしまった。


「う、うるさい! ムクミ、タルミ、クスミで不服なら、ユガミ、タワミ、キシミでも、ネタミ、ソネミ、ウラミでもいいんだぞ?」

「あはっ」

「よくそんなに思いつくわねえ」

「さすがにそこまで並べられるとギャグになるわね」

「キリュウ君っておもしろ~い!!」


カッちゃんもハヤテも、呆気にとられて何も言えずにじっと成り行きを見ている。


「女が3人揃うと姦しいったらないな」

「そんなことを言うなんて、キリュウ君ってやっぱり男の子なんだぁ」

「見かけは美少女キャラなのにねえ」

「まあ、元は男なんだからそんなもんでしょ。私は龍ヶ崎サヤカ。そっちの子は羽矢瀬クルミ、隣が早乙女ユカリ。3人ともキリュウ君の“元”クラスメイトよ。忘れちゃったの?」


その中のリーダー格? ボクの目から見ると“ムクミ=ユガミ=ネタミ”がようやく自己紹介した。


「ふうん。いっしょだったのって1学期だけだったからボクは覚えていないんだよなあ」

「その顔とその声でそういう話し方すると、ちょっと色っぽい感じしない?」

「うんうんうんうん!」

「なんかオネエさまって感じ!」


タルミ=タワミ=ソネミこと羽矢瀬クルミと、クスミ=キシミ=ウラミこと早乙女ユカリが、龍ヶ崎サヤカの言うことに強く同意した。


なんとなく6人で歩く形になってしまった。一方的に喋りまくる女の子たちと、ときどき突っ込みを入れるボク。カッちゃんもハヤテも黙り込んでしまって何も話さなくなった。なんだか居心地も悪そうだ。


考えてみると2年半前、ボクもそうだったのかも。女の子と会話することって、同じクラスにいようと部活でいっしょだろうとあんまりなかったっけ。ボクは、王立女学院で女の子として生活してきたから女の子の中に混じっても平気で会話できるようになっているのかもしれない。


「それじゃ、ここで失礼します」


学校の門をくぐった途端、ハヤテはほっとしたように挨拶すると中学の校舎に向かって駆け出して行った。


「弟さん、しっかりしているのねぇ」

「うーん、普段はそうでもないんだけどなあ」

「キリュウ君に似てちょっと美少年よねぇ」

「そうそうそうそう!」

「キリュウ君ってお母さん似? それともお父さん似?」

「さあ・・・」

「男の子って母親に似るって言うじゃない? きっとお母さん似よぉ!」

「どうなの? 佐久間君はキリュウ君たちのお母さんに会ったことあるんでしょ?」

「うっ」

「ひとりで女の子に囲まれているからってな~に固まっちゃってるのよ!」


カッちゃんはいきなり話題を振られて中心人物にされたので言葉に詰まってしまったみたいだ。やっぱり女の子たちに囲まれると緊張するのかも、ん? ひとりで? こらこらボクは男だぞ!






「それでは、二学期からこのクラスに加わることになった生徒を紹介する。と言っても転校生なんかじゃないぞ! よし入りなさい!」


教室の外廊下で待っていると、担任の岡崎の呼ぶ声が聞こえた。


≪ガラガラガラ≫

≪おおおおお~っ!≫

≪美し~い!≫

≪綺麗~え!≫


教室の引き戸を開けて中に足を踏み入れるとどっと歓声が上がった。


「改めて紹介しよう。霧生嵐だ。入学したとき同じクラスだったから覚えているだろう? みんなも知ってのとおり、キリュウは1学期の終業式の日から行方不明になっていた。こうして1年ぶりに復帰することになった以上は、またクラスの仲間として温かく迎えてやってくれ。じゃあキリュウ、ひと言みんなに挨拶をな」


岡崎に促されてボクは一歩前に出た。クラス39人の視線を感じる。誰もがボクの変わり果てた姿に注目しているのだと思うと、知らずに俯いてしまう。でも、ここに帰ってきて再びゴルフ部に戻ることを夢見てきたのだ。ボクは意を決すると、顔を上げて背筋を伸ばした。


「みんな、ただいま!」


≪おおおおお~っ!≫

≪これまた声が可愛い過ぎ~いっ!≫


「心配かけたけど、キリュウアラシはまたC組に戻ってきました。いまの見掛けは・・・こんなだけど中身は昔のまま、キリュウアラシのままです! 1年間のブランクに負けずC組のメンバーとして直ぐにキャッチアップできるよう頑張ります! よろしく!!」


≪パチパチパチパチパチパチパチパチ≫


「ようし。じゃあ、キリュウの席は窓際の一番後ろの空いている席な」


≪え~~~~~~~~~っ!!≫


「な、なんだ? オマエたち、言いたいことがあるなら言ってみろ」

「はい!」

「委員長なんだ?」


名前は忘れちゃったけど、赤いフレームのメガネのオサゲの女の子が立ち上がった。


「2年C組のみんなを代表して発言します。窓際の一番後ろの席では、全然キリュウ君の姿が見えません!」


≪そうだそうだ!≫


「それに、先生方も遠い位置ではつまらないんじゃありませんか?」

「うむ、確かにそうだな。委員長の言うことにも一理ある。しかし、教室で空いている席はそこだけだぞ?」

「それなら席替えすればいいじゃないですか」

「席替え? 学年の途中でか? まあ、オマエたちが面倒でないって言うのなら構わないが・・・」

「あのう?」

「なんだ? キリュウ」

「ボクとしては、落ち着けそうだし背もそこそこ高くなっているので、空いている一番後ろの席でいいんですけど」


≪ダメ~~~ッ!≫


「キリュウ君、キミに選択権はないの! じゃあ先生、席替えの抽選に入っていいですね?」

「抽選? なんだ、しっかり準備していたみたいだな」




それから30分間、ボクは、歓喜と落胆が絶叫の嵐となって教室に吹き荒れる様子を眺めているしかなかった。


ボクの席は、教壇の真ん前、最前列と決まった。

ここだと後ろに座っている全員から姿が見えるのと、振り向けば何かとボクに絡むことのできる前の特等席もないので、不公平にならないのだそうだ。無論、先生代表である岡崎にも異論のあるはずはなく、満場一致で決定した。王立女学院では一番背が低かったから仕方なかったけれど、また最前列か・・・。


「うふ。キリュウ君よろしくね!」

「私たちって、なんて強運なんでしょ!」

「やったわよ! やりとげたんだわよ!」


右隣と左隣と真後ろから立体サラウンドで黄色い音声が聞こえてきた。


「あ・・・オマエら」

「あ・・・オマエら、とはご挨拶ね。今朝だっていっしょに登校した仲じゃないの!」

「今朝だけにしろ。明日からは近寄るな」

「あらあら、可愛い顔してずい分な言い回しをするものねぇ」

「こら! ブーフーウー! ムクミ、タルミ、クスミ! ユガミ、タワミ、キシミ! ネタミ、ソネミ、ウラミ! ボクにまとわり付くんじゃない!」


右隣は早乙女ユカリ、左隣は羽矢瀬クルミ、真後ろが龍ヶ崎サヤカとなってしまったみたいだ。






うちの高校は女子が少なく1クラス40人のうち15人ほどだ。だから女子は結束が固い。


「ランちゃん」


サヤカが言い出した。懐かしいけれど、女を強制された惑星ハテロマの忌まわしい記憶を呼び起こす名前で呼ばれたもので、ボクはビクッとしてしまった。


「それいい! 可愛い響き~い!」

「ランちゃん!」

「ランちゃん!」


ユカリとクルミも呼び始める。


「ランちゃん!」

「やめろ! その呼び方は」


堪らずボクは言い返す。


「いいじゃない。ランちゃんの方が可愛いいんだもん。ねえ、みんな?」


そうだそうだとクラスの女子全員がひどく同意してコクコク頷いていた。


「うう・・・ランちゃん言うな」


また、ランとして生活しなければならない日々が始まったのだろうか・・・。






ボクがトイレに行こうとして「男子用」のドアに手を掛けたら、


「こら!」


と駆け寄ってきて、サヤカがボクの手を掴むなり隣の「女子用」に引っ張り込んだ。


「ランちゃん! アンタいったい、なに考えてんのよ」

「って、ボク男だし。制服も詰襟銀ボタンでしょ?」

「ダメッ! 男子の制服だからって男の子がそんな胸してる? ウェストだってキュッとくびれてるじゃないの!」

「でも、小便は立ってできるんだぜ」

「関係ないの。アンタみたいな子を狼の巣窟のような処に放り込めるわけないでしょ」

「でもボク・・・その、肉体的、構造的にみて、襲っても意味ないんじゃないのかな?」

「馬鹿ねえ! BL知らないの? 男の子だって可愛いと襲われちゃうのよ? ランちゃんは女の子のトイレを使うの! 女子全員で決めたことなんだからね? いい? わかった?」

「ううっ・・」


どうやらボクには、トイレという極めてパーソナルな事柄についてさえ選択の自由はないらしい。






次は体育の授業だ。久しぶりに身体を動かせると思うとワクワクする。

体操着に着替えようと席で制服を脱ぎ始めたら、ガヤガヤがピタッと止み教室中が固まった。なんかボクに視線が集まっている。男子は期待と興奮とで身動きできなくなっている。


サヤカたちは女子更衣室に行こうと教室を出ていきかけたところだったが、いま目の前で起きている事態が理解できないのかポカンとした顔で固まっていた。


呪縛がとけた途端、サヤカが駆け寄ってきてシャツを脱ぎかけていたボクの胸を隠すように抱きかかえた。


「見ちゃダメ~~~~~~ッ!」


ああ? と男子たちは一斉に目を天井や窓の外に逸らした。


「いったいアンタどういうつもり? 男の子の前で平気で肌脱ぎになるなんて!」

「いや、ボクは男だから」

「ダメッて言ったでしょ? そんな胸した男の子がどこにいるっていうの? 髪だって綺麗なストレートだし。いいからいらっしゃい!」


と有無を言わせず女子更衣室に連れて行かれた。

母さんたちがクローゼットの奥に隠していたのをようやく探し当て持って来た体操着の短パンに着替えようとしたら、みんな取り上げられてしまった。そして、女の子たちに取り囲まれ、予備のがあるからとサヤカたちと同じエンジ色のブルマとハイソックスを着せられ、鉢巻きまで締められてしまった。


「ランちゃんは腰の位置が高くて足が長いし、膝の格好がいいからとっても綺麗に見えるのねぇ」

「嫌だ嫌だと思っていたけど、こうして見るとブルマもいいもんだわねぇ」

「それって完全にオヤジ目線じゃん!」

「あははははっ」


こうなると流れができてしまう。授業が始まると当然のように男子ではなく女子の方に入れられてしまった。

体育の先生に猛然と反論してみたのだが、ボクの姿を頭のてっぺんからつま先まで、愛でるように眺めながら


「女子の体操着を着ている以上は当然だろ」


と言って取り合ってもらえなかった。久しぶりにC組の男子とサッカーをやりたかったのに、女子とフットサルをすることになってしまった。


「ランちゃん、上手ねえ!」

「ワントラップでボレーシュートを決めるなんて、やっぱり男の子だったのねえ!」

「だった、じゃない! いまも男なの! 君たちとの違い、分かっただろ? じゃあ、ボクはサッカーコートの方に行くよ」

「ダ~~~~メ!」

「そんな華奢な身体で男の子たちの中に混じったら怪我するよ?」

「激しくぶつかってその綺麗な肌に痣でもできたらどうする気?」


という訳で、再び始まった学園生活は、ボクの意思なんかまるで尊重されず、勝手に女子に区分けされてしまった。






放課後、ゴルフ部の部室に行った。ボクにとって2年半ぶり、地球時間では1年ぶりの登場だ。


「ご無沙汰してます。またよろしくお願いしま~す!」


と勢いよく扉を開けると、部員たちが丁度着替えているところだった。

ところが、ボクが入って来たのを見て一斉に服で体を隠した。


「?」

「キリュウ! オマエはこっちじゃない。女子更衣室だ!」


と部長。


「でも・・・ボクの登録は男子ジュニアですよ」

「それでもだ。オマエに何かあったら、俺たちがタダじゃ済まないんだ。早くあっち行け!」


どうも女子部員たちから相当に因果を含められているらしい。追い出されてしまったので仕方なく女子更衣室に行くと、待ってましたよ女子部員たちが。


「ラン! お帰り」

「キリュウ! これからまた一緒だね」

「いや、その・・・ボク、女子ジュニアには登録してないし、第一、登録そのものができませんから」

「ごちゃごちゃ言わない! 容姿が女の子である以上は女子部員として扱うからね」

「そ、そんな・・・」



後になって聞こえてきたのだが、2年C組を中心に学年を超えた女子たちによって『KRMM会』というのが発足したらしい。

『KRMM会』って何かって? 「霧生嵐の操を守る会」の略なのだそうだ。操って・・・ボク男なんだけど。でもってその会長がサヤカだったのだ。


夏休み初日に始まった一連の大騒ぎをテレビで見ていて、最初のうちは


「可愛~い!」

「綺麗~え!」

「うちの学校にあの子が戻ってくるんだね!」

「楽しみ~い!」


という感じだったらしいんだけど、マスコミと野次馬でボクが徐々にサラシ者にされていく様子を見ているうちに


「なんとしてもキリュウ君のことを守らなくっちゃ!」


と女子たちの大同団結となったらしい。


王立女学院でも経験したことだが、顔を合せばニコッと微笑みあう女の子たちでも派閥や確執はあるわけで、決して乙女の園も平和ではないのだ。そんな対立するグループ同士であるにもかかわらず、ボクのことでは意見が一致、見事に団結してしまったのだ。


だから、ボクに女子トイレを使わせることも女子更衣室で着替えさせることも、登校してくるずっと前に女子会では意見統一されていたのだそうだ。


バレないように頑張ってきたハテロマでは、女子たちは皆ボクのことを女だと思っていたから気にもしていなかったのだろうけど、今はボクが男であると知っているにもかかわらず自分たちの“仲間”として認めてくれているのだ。その意味では感謝するべきかもしれない。しかし男としての自覚しかないボクにとってはなんとも・・・複雑な気分だ。




「ランは、トレーニングウェア姿も似合っているわねぇ!」

「それって、どこの?」

「あ、いや・・・背が伸びたので1年前に着ていたのが小さくなっちゃって、身体に合うのがないって言ったら知合いのオバさんが用意してくれたんです・・・」

「キリュウはそこそこ胸がでかいから、男物だとウェストのところがダブダブしちゃうもんね」


男だから、胸がでかいって言われたくないけど、実はその通りだったのだ。


「あれ? これって高級ブランドの『アイウエサチエ』じゃない?」

「ほんとだぁ!」

「オバさん向けのブランドだとばかり思っていたけれど・・・」

「こうしてランが着ているのを見ると・・・」


≪素敵い~い!!≫


黄色い声でしっかり合唱されてしまった。




女子部員たちを振り切って女子更衣室からグラウンドに出て来ると、すでに男子部員たちがストレッチをはじめていた。


「遅くなってすみません!」


と言いいながら、ボクも慌ててその列に加わろうとしたら


≪おおおおっ!≫


とざわめきが起きた。みんなが手を止めて、ボクを惚れ惚れとするような表情で見ている。


「それにしても見事なプロポーションだな。キリュウは、女子が揃ったらそっちに加われ。」


一拍置いて大多監督が言った。


「遅刻したことは謝ります。でも、遅くなったのは女子たちにつかまっていたからです。不可抗力です。練習に加えてくださいよ」

「オマエ、もう身体は女なんだろ? 男子の練習はキツイんじゃないのか?」


頭のてっぺんからつま先まで見下ろしながら言った。


「そ、そんなことありません! 第一、ボクの登録は男子ジュニアですから」

「しかしなあ・・・」

「じゃあ、練習についていけるかボクを試してください!」




≪ハア、ハア、ハア≫


グラウンド5周のランニング、最後の1周でボクは先頭に出た。そのまま、残る力を振り絞ってゴールに駆け込む。


「ハア、ハア、ハア、よっしゃあ!」

「よし。キリュウよくやった」

「ハア、ハア、じゃあ監督、ボク男子でいいですね?」


監督の大多は、感に堪えないといった表情でボクを見つめている。


「?」

「いや、スマン。オマエの上気した顔と、激しく上下する胸の膨らみから目が離せなくなってしまった。走っているときの美しさときたら芸術作品を見るようだったぞ」

「そんなことはどうだっていいんです。男子でいいんですね?」

「確かにランニングは勝ったが、足の速い女子としか見えんぞ」

「勘弁してくださいよぉ」




ボクは、強く主張したおかげでどうにか男子部員の方に入れて貰えた。でも、なんか3年の先輩たちも2年の同僚たちもやけにボクに親切なのだ。


「それじゃあ、キリュウ。オマエのショットを見せてみな」

「この1年間のブランクでスイングがどうなったのか見んとな」

「よし、ヘッドスピードを測ってやろう」

「はい。お願いします」



≪パシーーーン!≫


「うむ。45.8m/秒だ。前は50近くあったから、落ちているな」

「やっぱり。こんな身体になっちゃったからな。ボク、筋力が落ちてしまっているんだ・・・」


ボクが自分の身体を見下ろしながら、悲しげに細い二の腕を撫でていたら、先輩たちが慌ててフォローに入った。


「いやいやいやいや、今年入った1年部員よりはずっといい!」

「いやいやいやいや、女子にはとても出せない数字だ!」

「オマエらっ! キリュウを見習え!」


ボクの気分を盛り立てようとしてくれているのは嬉しいけど、ドライバーに換算すると以前より飛距離で30ヤード近く落ちていることになる・・・。


ボクは、プロゴルファーになることを夢見てジュニア時代から厳しい練習をしてきたのだ。プロゴルファーのスイングスピードは50m/秒前後、このまま女性化が進んで行くと45m/秒も切ってしまうかもしれない・・・。

ボクは、改めて自分の身に起きてしまったことと、正面から向き合わなければならなくなってしまった。


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