第81話 男性週刊誌
「ひど~い! なんで携帯で呼び出してくれなかったのよ! アラシちゃんの水着姿のお披露目があるんだったら何を置いても駆けつけたわよぉ! お母さんの意地悪ぅ!」
ホテルのフィットネスクラブから帰宅して家族そろって夕飯を食べていると、姉貴が憤懣やる方ないといった様子で母さんに不満をぶつけていた。
「うふふふ。今さらそんなこと言われても困っちゃうわよ。ねえ、アラシ?」
「ボクは、二度とビキニは着ないからね」
「え? アラシはビキニだったのか・・・」
と父さん。
「そうなのよぉ! 私が選んだ純白のビキニよぉ!」
「お母さん、ちゃんと写メとったんでしょうね? 見せてよ!」
「ほら、これよ」
と母さんが7インチのタブレットを出して見せる。
「うわあ! 可愛い!」
「でしょう? でしょう?」
「これがアラシ兄ちゃん・・・」
「ハヤテはそんなの見なくていい! それに父さん! その微妙な表情はなに? 息子のビキニ姿がそんなに面白い?」
「い、いや・・・後で内緒で転送してくれよな、母さん」
ボクにも聞こえちゃってるって。ノリがいいというか、お構いなしというか、うちの家族はボクの女装姿、特にコスプレ系に対しては異常とも言える反応をしてしまうみたいだ。
「“ル~ルル♪ こんにちは『貞子の部屋』です。今日のお客様は、世界的デザイナーで、全国でブティックを展開されている井上沙智江さんです。どうぞ拍手でお迎えください!”」
ダイニングで遅昼に冷麦を作って食べていたら、テレビにあのオバさんが出て来た。
「“沙智江さん、最近あった自慢話って何かあります?”」
「“凄いのがあるんですよ! 白柳さんは神隠し少年のA君ってご存知?”」
「“ええ、もちろん。ニュースやワイドショーで大人気ですもの。それがどうかしまして?”」
「“わたくしA君とお友達なの!”」
≪ぶわっ! げほげほげほっ≫
ボクは、冷麦を吹き出すと咳き込んでしまった。さっそくネタにされている・・・。
「“A君ってどんな子ですの?”」
「“と~ってもいい子。わたくしとA君って同じフィットネスクラブに通ってますでしょ? 先日プールでご一緒したとき”」
「“え? プールでご一緒だったんですか? いま視聴者の皆さんがとっても聞いて欲しいと思ってることだと思うんですけど、A君の水着姿って、いかがでした?”」
「“うふふ。ご興味があるのは白柳さんの方でしょ? いいですわ。お答えしましょう。A君は真っ白なビキニ姿で水の妖精かと見まごうばかりに光輝いていましたのよ”」
「“見たいなあ・・・写真とかお撮りになりました?”」
「“もちろん! じゃあ、白柳さんにだけね”」
と言いながらオバさんはスマホの画面を巨大な玉ねぎ頭の司会者に見せていた。参ったなあ・・・大人の世界って怖い。「生き馬の目を抜く」ってこういうことを言うのかもしれない。
「アラシ! お友達から電話よ!」
「は~い。誰から?」
「井上沙智江さんよ!」
「うっ・・・」
その夜、夕食を済まして部屋で、英語の勉強をしているとオバさんから電話が掛かってきた。
「“はい。アラシです”」
「“アラシ君、元気してた?”」
「“はい・・・昼間にテレビ視ていたら『貞子の部屋』やっていました”」
「“あら! 見てくれていたのね”」
オバさんが、詫びの一言でも言うのかと思ったら、
「“白柳さんにキミのの写真を見せたでしょう? その後大変だったのよ! 来るわ来るわ、オバさんのところへありとあらゆる番組の関係者やテレビ局の偉い人が押し寄せて来ちゃって、写真を見せろ使わせろってうるさいのうるさくないの”」
まったく悪びれた様子もない。
「で・・・見せたんですか?」
「“オバさんがそんなことする訳ないじゃない! オバさんとアラシ君はお友達でしょ? 大切なお友達を売るようなまねはしないわよ”」
「ほっ」
「“安堵のため息なんか吐いちゃって可愛いひとねぇ。オバさんはいつだってキミの大ファンなのよ?”」
「疑ってしまったみたいで・・・ごめんなさい」
「“いいのよぉ。でも、お詫びのしるしに何かもらっちゃおうかなあ?”」
「ボク、学生だから何も持っていませんよ?」
「“キミは存在自体が宝物なの。どうかしら今度の日曜にブランチを一緒にしない?”」
「・・・いいですけど。でも、ボクが外出するとマスコミが騒ぎますよ?」
「“じゃあねえ、お母様と代わってもらえる?”」
≪グワワワワワッ ジャジャジャジャーッ キキキーーーーーーーーーッ≫
母さんはパパラッチを振り切って地下駐車場に飛び込むと、再びホテルの地下エントランスに横滑りでカローラを停車させた。
「キリュウ様、お待ちしておりました。井上様も間もなく到着されますが先にご案内をするよう言付かっております」
「母さん、さっきICカードをかざしていたけど・・・それどうしたの? ここの会員になるのってもの凄くお金がかかるんでしょ?」
駐車場から直通エレベーターで会員専用フロアに上がると、ボクと母さんはひと目に晒されることなく会員用レストランの個室に案内された。エレベーターを降りるときに電子認証があって母さんがカードをかざしていたのを見たのだ。
「アラシにはちゃんと話していなかったけれど、このカードはここのホテルのオーナーの津嶋さんがアラシにって下さったものなのよ」
「その人、どうしてボクにそんなことをしてくれるの?」
ボクは、浮かんできた疑問を口にした。
「それはお母さんも分からないわ。でも、頂いたときのメッセージがあるの。持ってきているから読んであげるわね。
『アラシ君は男の子でありながら女の子の身体に変えられ、今ただでさえ大変な思いをしていることでしょう。にも拘わらず取材対象のことなどお構いなしの非情なマスコミに連日追い掛け回され、アラシ君には心の安らぐ時がないはずです。せめて一時でも好奇の目に晒されず身体を動かせる機会があればどれほど心が休まることか。自身、私も記者に注目され痛い思いをしてきた者だけにそれがよく分かるのです。いまアラシ君には隠れ家が必要です。不躾なことは重々承知ですが是非これをお役立てください。アラシ君は未成年なので御母上にお預けします。 津嶋』
そしてこのカードが付いていたというわけ」
と母さんは、真っ黒なカードを振ってみせた。
津嶋宗徳。54歳。あきつしまグループの持ち株会社、あきつしまホールディングスCEO。親の後を継ぎ若くしてグループの総帥となったが、テニスもゴルフもスキーもこなすアスリートで乗馬ではオリンピック代表にも選ばれた人物だそうだ。
「お待たせしちゃったわね。アラシ君、今日のキミ、一段と綺麗ね! あらあ、このイヤリングはお母様のご趣味? 素敵だわあ! それにネックレスも! 若いのにこういうのが似合うなんて噂通りお姫様だったわけね! アラシ君はこういうコーディネートのを着るのが好きなの?」
個室に入って来るなりオバさんはまくしたてたが、ようやく言葉の接ぎ穂ができた。
「お招きありがとうございます。えっと、まずボクは自分の姿がどうかなんかに全然興味ありません。イヤリングもネックレスもこのワンピースも皆、母が着せてくれたものです」
「そうなんだ」
「井上さん、アラシは王家の姫をやっていましたでしょ? 本物の姫君って自分じゃ何もやっちゃいけないんですって。だからアラシは自分ではワンピースひとつ着られないんですよ」
「んまあ! それじゃあ、さぞやお母様もお楽しみなことね?」
「分かります?」
「女にとって着せ替えは最高のアトラクションですものね! 自分じゃ何もできず全て任せてくれる生身のフランス人形! アラシ君、キミ、とっても親孝行してるわね!」
「今のボクの体型に合う男物がない以上、女物を着るしか仕方ないだけの話です」
「これでもう少し着ることに興味を持ってくれたら、お母様の楽しさも倍増でしょうにね?」
「ええ、きっとそうでしょうね。でも、アラシがもし自分の趣味に目覚めるようなことになると、上の娘と同じであれは着たくないのこれは嫌だのと、全然母親の着せたいものになんか見向きもしなくなるでしょうから」
「おほほほ、確かにそうかもしれませんね。やっぱりアラシ君、キミはこのままでいいのかもね」
「せっかくだから泳いで行かない?」
デザートを食べ終えるとオバさんが言い出した。
「ボクは二度とビキニは着ませんよ」
「あら、それは残念。でも、せっかくだものワンピースでもいいから泳ごうよ!」
「今日は水着を持ってきていないんです」
「あ、そんなことなら問題ないわよ。このホテルにもうちのブティックが入っているの。店に連絡して届けてもらうわよ。サイズは・・・っと、アラシ君、キミ身長170位あるよね。というと3サイズ優先の方がいいか。お腹出すのが嫌なのよね? じゃあタンキニにしよう。あ、私。店長いる? うん、タンキニで可愛いの見繕ってくれる? サイズはバストが八十・・・」
オバさんは、値踏みするようにボクの身体を見ながら的確にサイズを指示した。
≪おおお!≫
ボクが、例のプールサイドの個室から姿を現した瞬間、反響したどよめきが吹き抜けの空間内を3往復した。
「母さん、人がいっぱいいて恥ずかしいんだけど・・・」
「本当ねえ。どうしたのかしら」
「あらあ、きっとオバさんが『貞子の部屋』でアラシ君と一緒のフィットネスクラブの会員だと話しちゃったせいだわ」
支配人の佐古田さんに聞いたら、これまで名義だけで全然姿を見せたことがない会員からも問い合わせがあり、連日プールが大盛況になってしまったのだそうだ。みんなボクが現れるのを待っていたらしい。会員なので締め出すわけにもいかず、ご理解をとのことだった。
ボクは、単に泳ぎたかっただけなのでそんなことなど気にせず水着に着替えて出て来たものの、50人以上100個もの視線をいっぺんに浴びると真っ赤になってしまった。タンキニってビキニと違って上にタンクトップを着るので身体が隠れている分救われているけれど、やっぱり恥ずかしい。
「男だって言うからどんなかと思ったが、こりゃあ女でも敵わねえ。とびっきりのタマだぜ」
「あそこまで美形だと凄味を感じる。それにしてもあの脚の長さ見てみろよ。スレンダーだが乳も尻も見事なラインを描いているじゃないか」
「まんま芸能界でもトップクラスでイケるんじゃね?」
「色白ねえ。髪の艶やかさといいあの身のこなしといい、なんだか嫉妬しちゃいいそう」
「あの子男の子なんでしょ? あそこ全然目立っていないけど、どうやって隠しているのかしら?」
などなど呟く声とと突き刺さるような視線にドギマギしてしまう。
「気にしな~い気にしな~い! さ、アラシ君泳ぎましょう!」
オバさんに肩を抱かれてボクは、プールへと連れていかれた。水際に立つと、泳いでいた人たちがサアーッと両岸に退き一本の水路が開けた。なんだか・・・モーゼの十戒みたい。そんなことを思い浮かべたら、段々愉快な気分になってきた。ボクは、視線なんか気にせず楽しもうと決めた。
≪タッ! ザブ~ン≫
水の中に跳びこむと、他のことなんか何も気にならなくなった。ボクは、ドルフィンキックから浮かび上がると最初のターンをクロールで泳ぎ始めた。
「はあ、はあ、はあ、はあ、んああ、楽しかった!」
納得がいくまで泳ぎ切ったので、ボクはとっても満足して水面に浮かび上がった。
「アラシ、とっても楽しかったのね。お顔が輝いているわよ」
「アラシ君はホント泳ぎが上手なのねえ。まるで人魚みたいだったわ」
「さ、上がってらっしゃい」
と言うと母さんとオバさんが、プールサイドからボクの手をとり引っ張り上げてくれた。
≪パチパチパチパチパチパチ≫
ボクが、プールサイドに立ち上がったら場内から拍手がわいた。
「あいつスゲーな。綺麗なだけかと思ったらしっかり泳いでいたぜ」
「いや、泳いでいただけじゃない。そこそこタイムも出ている。女子の100mバタフライの標準記録は・・・」
「待てよ。あいつは男子だぞ」
なんかいろいろ呟いているみたいだったけど、心地よい疲労感と水遊びした満足感に満たされてボクはプールサイドを後にした。
「ええっ! またアラシちゃんが水着になったの? どうして呼び出してくれなかったのよぉ!」
またまた姉貴が吠えた。
「仕方ないじゃないの。泳ぐ予定はなかったけど、井上さんがその場でアラシに水着まで用意して誘ってくださったんだもの」
「アラシちゃん、今度はどんな水着を着たの?」
「ボク、よく分からない。白と黒で水玉だった・・・と思うけど」
「柄もだけど、肝心なのはどんなスタイルだったかよ!」
「フブキ。アラシに女の子の服のことを聞いても答えられないわよ。写真見せてあげるからそれで確認すればいいじゃないの」
と言いながら母さんがスマホを差し出した。
「ずる~い! さっそく自分だけ待ち受けにしてるぅ!」
「そりゃあ、母親なんだもの。アラシの女の子の部分の面倒を全部みている人のお役得よ。そんなことよりちゃんと見てごらんなさい」
「可愛い~い! そうかタンキニの水玉だったんだぁ! これも似合っているわねぇ」
「アラシは色白だから黒と白のコントラストがよく映えているでしょ?」
「ほんとねぇ。これって『アイウエサチエ』のでしょ? 大人の女性向けの高級ブランドかと思っていたけど、アラシちゃんが着るとガーリーなイメージにもなるのねぇ」
と言いながら、姉貴はスマホの画面とボクを何度も見比べる。
「そうそう。井上さんもそう仰っていたわ。だからアラシにはいろいろ着せてみたいって。新作はアラシのイメージで作りたいから協力してねってお母さん頼まれちゃったの!」
「ひょっとしてアラシちゃんを自分のブランドのファッションモデルにする気?」
「そうかも! アラシ、モデルさんで身を立てられるわよ!」
「もし、アラシがモデルになったら・・・!」
母さんと姉貴が、まるで子役タレントに付添う母親みたいな顔つきになった。
「い・や・だ!」
「あら、どうして? ファッションモデルになれるなんて最高じゃないの!」
「アラシちゃんだったらトップモデルだって夢じゃないかも!」
「ボクは、男なんだよ? 女の服を着て他人に見せびらかすような職業には絶対つきません!」
≪ピンポーン♪≫
外が騒がしくなってテレビカメラの照明やフラッシュが瞬いたなと思ったら、父さんが会社から帰って来た。
「ただいま。ああ、疲れた。8月も末だと言うのにまだまだ残暑がキツイよ」
「汗まみれねえ。シャワーなさったら? 上がったら直ぐに夕飯にしましょう」
「そうそう、中央線の中吊りで見つけたのでキオスクで買ってきたんだ。これ」
父さんが、ビジネストートの中から週刊誌を取り出して広げた。
「あ・・・」
「あら~あ! やっぱり出ちゃったのねえ」
「ほんとだ~あ。こっちに写っているのってお母さんと井上沙智江さんでしょ? ということは井上さんルートじゃないわねぇ」
グラビアページに写っていたのは白いビキニ姿のボクだった。あの時、他にもフィットネスクラブの女性会員がいたからその中の一人が撮影したものが流出したのかもしれない。
「それにしてもカラーだし、ちゃんと望遠使っているしピンも合っているし、なかなかいい写真じゃないか?」
「父さん! 未成年の息子の、それもビキニ姿を・・・よりによって男性週刊誌なんかに載せられて平気なの?」
「平気・・・じゃないさ。でも、純粋に写真鑑賞として見るとよく撮れているんじゃないか、とね」
「そうか、これ男性週刊誌なんだ・・・」
姉貴が『週刊ポテト』を手に取って、シゲシゲと表紙の女の子の半裸写真を眺めながら言った。
「な、なに? 姉さん、何が言いたいの?」
「そうか、男性週刊誌にねえ・・・」
「か、母さんまで!」
「ね、どういうこと? アラシ兄ちゃん少し怒っているみたいだけど」
「ハヤテはいいの。黙っていろ! 皆、なんでボクの顔ばかり見つめるわけ?」
家族からじっと見つめられたまま、ボクは自分の顔から血の気が引いていくのが分かった。
「そうか、そうなのよね。これだけ魅力的だと、当然アラシをそういう風に見る人たちが出て来ちゃうのよね」
ようやく母さんが口を開いた。
「もうじき学校が始まるけれど、母さんが毎日車でアラシのこと送り迎えしてあげることにするわ。館長さんに事情をお話したら必ず了承してくださるでしょうから」
「いいよ。ボク、高校生だよ? なんで母親に送り迎えしてもらわなければいけないんだよ。それじゃあ全然友達と遊べないじゃないか!」
「アナタはね、とっても目立つの。誰かに襲われたりしたら危ないでしょ?」
「男の制服着るんだよ?」
「それでもよ、いいえ、むしろそれだからよ。アナタも男の子なんだからそれくらい分かるでしょ?」
「・・・うむむ・・・分かりたくないかも」
ボクは、自分が同性から性的対象と見られていることを知ってゾッとした。
「でも・・・やっぱり学校にはいままで通り歩いて通う方がいい。ハヤテと一緒なら構わないでしょ?」
「ハヤテねえ・・・ま、いいけど。でも、帰りはどうするの?」
「・・・じゃあ、カッちゃん」
「佐久間君? それはいい考えねぇ! それならお母さんも安心だわ」
「アラシのボーイフレンドだもんね!」
「ち、違うよ! カッちゃんは、ボクのことをちゃんと男として見てくれているんだから!」
「でも、傍からはどう見てもそうは見えないわね」
「また、テレビや週刊誌で騒ぎになるんじゃないのぉ?」
「ほっとけ!」
≪トゥルルルル トゥルルルル トゥルルルル≫
「あ、カッちゃん?」
その晩、ボクはカッちゃんに電話した。
「“アラシ、どうかしたか?”」
「どうっていうことでもないんだど・・・カッちゃんに頼みごとがあってさ」
「“言ってみろよ”」
「学校が始まったらボクのこと・・・帰りに家まで送ってもらえないかな? 母さんたちがうるさくってさ。これって・・・なんだか女みたいな頼みだよな、ごめん」
「“なんだそんなことか。もうそのつもりでいた”」
「え? どうして・・・」
「“アラシ、オマエは男だ。男だが見た目は女だ。それもとびっきりの美少女だ。だから友達として安全は確保したい”」
「あ、ありがとう・・・」
「“いいってことさ”」
カッちゃんは、ボクの声にも大分慣れてきたみたいで、電話だとそんなに緊張した声じゃなくなったようだ。ん? 待てよ。ひょっとして・・・
「あのさ」
「“なんだ?”」
「ひょっとして・・・カッちゃん、今日発売の週刊ポテト見たんじゃない?」
「“・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・見た”」
長い沈黙の後にカッちゃんは答えた。ボクは、自分のビキニ姿をカッちゃんに見られたと思うと、言いようのない複雑な気分に襲われた。
「やっぱ、そうか・・・だからそんな風に」
「“俺も男だ。そういうのには興味がある。ていうか、ないわけがない。アラシに悪いとは思ったが、見たいと思うと買わずにはいられなかった。勘弁してくれ”」
「・・・もういいよ。これから見ようというんじゃなくって、既に見ちゃったのなら仕方ないじゃないか」
「“ごめん。でもな、アラシ。あのグラビアを見て、俺、絶対オマエを守らなきゃって思ったんだ”」
ボクも男だから、クラスメイトの女の子がビキニで週刊誌のグラビアに載っているなんて聞いたら、ワクワクして写真を手に入れたくなる気持ちは痛いほど分かる。でも、それが自分の女装姿だと思うと・・・。
「・・・カッちゃん、ひとつ聞いてもいいかい?」
「“なんだ?”」
「ボクの、その・・・ビ、ビキニ姿を見てどう思ったんだ?」
「“そりゃあ、オマエ。あっ・・・それ、言わなきゃだめか?”」
「一応、本人の口から聞いておきたい」
「“どうしてもか?”」
「うん」
カッちゃんは、ひとつため息をついてから言った。
「“とっても綺麗だと思った”」
「綺麗だと思った、か」
ボクは、恥ずかしい姿を世間に晒されたことで相当自虐的な気分になっていた。カッちゃんのことを少しくらいなら、なぶってもいいんじゃないかと考えた。
「聞きたいのはそういうことじゃないんだよな。オマエ、チンコ勃ったのか?」
言葉づかいは変えず、ボクはとっても透き通った可愛い声音で尋ねる。
「“うっ・・・勘弁してくれよ、アラシ。そんな声でそういう質問するなよ~ぉ!”」
カッちゃんは泣きそうな困り果てた声で言った。なんだか可哀そうになってしまった。
「あはっ、ごめんごめん。ちょっと気分がブルーだったもんでさ。男が勃起するのは自然現象だもんな。ボクも男だからそのくらい分かるさ。でも、まあ、カッちゃんが欲情したのだったら、ボクのビキニ姿も本物だったわけだ。あははは」
「“その声で勃起とか欲情とか言うな! だ、だから、俺がアラシのことを守ってやるしかないじゃないか!”」
自虐ネタで笑って誤魔化そうとしたら、カッちゃんは怒気も露わに大真面目に答えてくれた。ボク、とっても大切に思われているのかもしれない。