第80話 ボクにカレシ?
ああ暑い・・・こりゃたまらない。エアコンを最大にしたというのにまだ30℃もある!
地球ってこんなに暑かったっけ? 3つも太陽があったけれど、惑星ハテロマの夏の方が過ごしやすかったかも。サンブランジュ島の夏離宮は涼しくってよかったよなあ・・・。
「ううっ・・・これじゃあ全然勉強になんか集中できないじゃないか!」
ボクはいらいらしながら叫ぶと、団扇であおぎながら長い髪をパフパフやって風を入れる。
そこに麦茶とスイカをお盆にのせて母さんが部屋に入ってきた。
「大きな声なんか出して。でも、屋根が焼けるから二階はどうしても室温が高くなるわねぇ。髪が長いと余計に暑くなるし。そうだ! アラシ、母さんがいいことしてあげる」
そう言うと、母さんは姉貴の部屋から櫛とピンを持ってきた。
「さあ、どうかしら?」
「うん・・・首のまわりや耳のあたりがずっと涼しくなった感じがする」
母さんは、ボクの長い髪をくるくるっと巻き上げるとUピン1本で留めてくれたのだ。
「そうでしょう? 涼しい上にとってもいい感じよ。あなた、首が細くて長いからすっごくアップが似合うのねえ!」
「アップの似合う息子っていったい・・・」
「気にしな~い気にしない♪ お母さんは、綺麗なもの可愛いものが大好きなのよ! これってとっても簡単だからひとりでやってごらんなさい」
と言うと、差していたピンを引き抜いた。
≪ハラり≫
ボクの髪は支えを失ったので流れるように一気に解けた。
「ま~あ! アラシは髪質がいいから、まるでリンスのコマーシャルみたいね! じゃあ、最初からやってみせてあげるわね! まずはこうして髪の根元を」
惑星ハテロマでボクは女の子になっていたけれど、必要以上のことは覚えなかった。
バレないことが目的で、別に女になりたかった訳じゃなかったから。だから、仕草や着こなし方は知っていても、どうやって着るのかどうやって化粧するかは全て他人任せ。女の子ならできて当たり前、自分をメンテナンスする方法は何も覚えなかったのだ。どうせ地球に帰ったら男に戻るわけで、すぐに不要となるノウハウだろうと思ったし。
ところが地球に帰ってみるとどうだろう。
バレるバレないどころか、世界中がボクのことを男だと知っているのに、女の子をやらされているのだ。この格好で毎日を生きて行くためには、女の子のノウハウを覚えるしかなくなってしまった。
例えばお風呂。まだ髪の洗い方乾かし方は覚えていないけれど、顔はひとりでも洗えるようになった。手のひらでシャボンをよく泡立ててその泡で頬や額をこするようにするのだ。ボクみたいな弱い肌は、決して手なんかでゴシゴシやってはいけないって母さんに教えられた。
そして今は、髪のアップだ。ピンを口にくわえて両手でくるくる髪を巻いている自分の姿を鏡の中に見たとき、不覚にもドキッとしてしまった。なんかこんなことをしていると女みたいだ・・・。
とはいえ涼しくなるいい方法だし、勉強の合間の気分転換にもなったので、ボクは必要なノウハウなのだと割り切ることにした。
ボクは、麗慶学園高校には公立中学から高校受験で入学したので、クラスには一緒に上がってきた仲間がいなかった。
まわりは殆ど麗慶学園小学校や麗慶学園中学校から一緒に学んできた仲間同士。ボクは、1学期だけで惑星ハテロマに行ってしまったので、クラスで友だちと言えるのはカッちゃんくらいかも。
佐久間克彦、通称カッちゃんはボクと同じ高校受験組なのだ。1クラス40人の内、高校受験組は4名ほどの少数派。男はカッちゃんとボクのふたりだけ。だから、初日から自然と言葉を交わすようになったのだ。
ボクが部活でゴルフ部に入るって言ったら、
「ふ~んアラシ、ゴルフ部に入るのか。んじゃ俺も」
と即断即決。
後で聞いたらゴルフはまったくの初心者。クラブを握ったことがないどころか、
「え? 得点が少ない方が勝ちなのか?」
とルールすら知らなかった。ゴルフでは得点じゃなくってスコアって言うんだけどね。あれ? スコアって日本語に訳すと得点なんだっけ・・・。
カッちゃんは、中学まではサッカー部のエースだった。
都大会にも出ているから相当上手なはずだが、うちの高校ではサッカー部からの誘いを蹴ってゴルフ部に入ってしまった。
なんだか、ボクがゴルフ部に引っ張り込んだような気がしたので、同級生ながら手取り足取り何かと面倒を見てきたのだ。
ボクは、少し落ち着いてきたので、この1年学校がどうだったか様子を聞こうとカッちゃんメールしてみた。
『家に帰ってきたよ。アラシ』
すぐに着信があった。
『TV見た。いま、家のまわりはあんななのか? カツ』
『うん。取り囲まれている。出られないからこっち来ないか? アラシ』
『いっちょ包囲網突破してみるか。 カツ』
30分後、急に外が騒がしくなってフラッシュやTVの照明が激しくなったと思ったら、玄関のチャイムが鳴った。
母さんが応対に出た様子があって、階段を上がってくる足音がした。
「アラシ、佐久間くんが来てくれたわよ」
ドアを開けると、母さんに伴われたカッちゃんがいた。
また背が伸びたんじゃないだろうか。
「入れよ」
「うん・・じゃあ、遠慮なくおジャマする」
と言って入ってきた。
やっぱり鴨居で頭を傾けている。ということは185cmはあるな。
そんなことを思っていたら、部屋の入ったところでじっと立ったままでいた。少しぎこちない。ボクの方を見ないし、ドアを少し開けたままにしている。
「なんだよ。ドア閉めろよ」
「あ、いや・・・それはいかんぞ。この場合」
「どうして? うちの家族に聞かれてると思ったらゆっくり話もできないよ?」
カッちゃんはボクに視線をあわせたけれど、すぐにまた俯いてしまった。
「アラシ、俺はオマエを友達だと思っている。しかしだな、オマエ、どう見ても女だ。それもとんでもなくイイ女だ。だから、締め切った部屋にいっしょに居てはいかんのだ」
ようやく声を絞り出すようにして話し出した。
「なんだよ。カッちゃんなら前のままで話せると思ったのに」
「ほら、その声もだ。そんな甘えたような声で言われると、俺、自制心が利かなくなりそうだ」
「あ、甘えた声?・・・うう、分かった。じゃあ、閉めなくていいよ。ともかく座れよ」
それから2時間ばかり、カッちゃんからこの1年間、ボクが居なくなってからの学校の様子を聞いた。
ボクも自分の身に起きたことを少しづつ話した。話しているうちに、カッちゃんも、中身は昔のボクのままだということが分かってきたみたいで、以前のように軽口を叩けるようになった。
ボクは1年前と変わらない男同士の会話ができたので、地球に帰還して初めてリラックスできた気分になった。
帰るときカッちゃんが言った。
「アラシ。これからオマエ大変だろうが俺はどんなときでもおまえの味方だ。俺がオマエを守ってやる」
と嬉しいことを言ってくれたので思わず
「もうボクはひとりっきりじゃないんだね? ありがとう! カッちゃん」
と言ったら、
「だから、その可愛い仕草と甘ったれた声を出すなって!」
真っ赤になって俯いてしまった。特に意識してやっているわけじゃないんだけどなあ・・・。
翌日、朝ご飯を食べながら朝のワイドショーを見ていたら、
「“次は平成神隠し事件のその後です! 美少女になって地球に帰ってきた男子高校生A君に、なんとカレシが現れました!”」
≪ぶわっ!≫
「あらあら、アラシ。食べてるときに噴いたりなんかしたら汚いわよ」
「だ、だって母さん・・・いま、テ、テレビで!」
「まあ! これって佐久間君じゃないの! へえ~佐久間君ってアラシのカレシだったんだぁ!」
≪ぶわっ! げほげほげほっ≫
「アラシちゃん、さっきから何を慌ててるのよ? お姉ちゃんがお背なトントンしてあげよっか?」
「ち、ちがうってば! カッちゃんはボクの友達なの!」
「そうか、アラシの男友達なのか。なかなか好青年そうじゃないか」
「お、男って、友達に男つけるな!」
「ええ、お父さん。佐久間君は背が高くってスポーツマンだし、アラシにはぴったりなんですよ!」
「な、な、なにを言っちゃってるわけ?」
ボクのクレームになんかお構いなしに父さんも母さんも姉さんも盛り上がってしまっている・・・ん?
「どうした? ハヤテ」
「うう・・・アラシ兄ちゃん・・・あの男の子が好きなの?」
「ちょ、ちょ、ちょっと待て! オマエまで、な、何を言い出すんだ?」
その時、テレビではスタジオに戻ったキャスターとコメンテーターが今の話題について話し始めていた。
「“いや~A君とは全然釣り合わない青年に思えますけどね。あの美少女にはもっと相応しい大人の男じゃないとダメ!”」
「“はははっ! それってご自分のことですか?”」
「“そりゃ、もちろん! それはともかくA君はまだ16歳。大人なるまでずうっと操を守っていてもらいたい! 不純異性交遊は絶対ダメ~え!”」
「“モグラさん、冷静に。A君が現れて以来、アナタまるでA君のお父さんみたいですよ?”」
「“うるさいよ、ベイブ!”」
それを見ていた父さんがつぶやく。
「ふふふふっ。どんな有名キャスターか知らんが、アラシの父親はただひとり。ああ、今日もまた会社で羨ましがられるぞ!」
「アラシ。佐久間君と交際するのはいいけれどちゃんと節度は守ってね」
「こ、交際って・・・母さん! だから、カッちゃんとはそんなんじゃないってば!」
「可愛い妹が心配だから、デートの時には絶対お姉ちゃんが付いていくからね?」
「で、デートって・・・姉さん! 男同士でデートなんかしないってえの!」
うちの家族ですらこれだもの、マスコミが大騒ぎするのを止めようもなかった。スポーツ新聞の紙面を飾った見出しを見ると、
『A君にカレシか? 背の高いスポーツマンタイプのイケメン現る!』
『平成神隠し事件に思わぬ展開! A君に恋人?』
『友情から愛情へ! ボク、女の子になって帰ってきました』
まあ、これくらいまでなら許せるが
『これがA君の心をつかんだ男だ! 独占取材! 性転換事件に隠された暗い過去』
『美少女と野獣? A君の恋人候補に異議あり!』
『全国民を敵にまわした男! A君の純潔を守れ』
ここまでくると、最初からカッちゃんを否定する論陣を張ってしまっている。
カッちゃん、世間に負けなければいいのだが。
≪チョン チョロロ~ン♪≫
メールだ。
『TV見たか? まいったぜ カツ』
『見た。何まいったんだ? アラシ』
『アラシとの関係を教えろと記者に家まで追いかけられた カツ』
『で、カッちゃんはなんて答えた? アラシ』
『ともだち カツ』
『問題ないじゃん アラシ』
『ところがどっこい 恋愛感情はないのかときかれた カツ』
『男同士なのに何言ってるんだろうね アラシ』
『俺もそう言ったが 男同士じゃない、男と“男の娘”だと突っ込まれた カツ』
うむむ、ボクって世間的には“男の娘”なんだ・・・。でも、女だと思われているよりはマシか?
『ボクは男だからね アラシ』
『ああ 分かっている でも見た目がなあ カツ』
『じゃあ一緒のときは目隠しすりゃいいじゃん アラシ』
『その甘い声がなあ カツ』
『じゃあ耳栓すりゃいいじゃん! ってダメだな。慣れてくれよ アラシ』
『無理。俺は男だ カツ』
俺は男だって・・・ボクだって男なんだけど。
『男だったらアラシも自分の姿を見て何か感じるんじゃないのか? カツ』
『別になにも。というよりいつも嫌だと思っている。早くこの女の着ぐるみ脱ぎ捨てたいよ アラシ』
『着ぐるみか、なるほど。中身は男のアラシのままっていうわけだ カツ』
『何度も言っているじゃん。どんなに女性化されても心の中までは変えられないのさ アラシ』
『わかった。俺はアラシの外見に惑わされることなく男だと思うことに決めた カツ』
『ああそうしてくれ アラシ』
カッちゃんもメールでのやり取りなら、ボクの姿や声を意識することもないので平気みたいだった。
「アラシ! 一日中お家の中に閉じこもってばかりじゃ気も塞ぐでしょ。たまにはお母さんと気晴らししよっか?」
勉強の合間に下に降りてきてアイスキャンディでもないものかと冷蔵庫を物色していたら、母さんに声を掛けられた。
「あれ? 母さん仕事は? こんな早い時間に帰ってきたりして大丈夫なの?」
母さんは、市立図書館に勤めているのだ。
「いいのいいの! アラシが帰って来てからというもの、課長さんも館長さんも『キリュウさん、何かと大変でしょうから落ち着くまではアラシ君の方を優先して構いませんよ』って言ってくださっているのよ!」
「だからって・・・ボクは家でおとなしく勉強しているだけなんだし、ちゃんと仕事はした方がいいよ」
「それでねぇ! アラシが1年分の遅れを取り戻そうと、この暑いのに毎日毎日お家の中にこもって一生懸命勉強していますって言ったら、『じゃあご褒美にこれをあげてください』だって!」
ひとの言うことなんか何も聞いちゃいない・・・。
「だからこれで一緒に気晴らしするのよぉ!」
「気晴らしって・・・母さんと?」
「あら? アラシ、お母さんとじゃ嫌なの?」
「そんなことないけど・・・いったい何をしようっていうの?」
母さんは満面に不気味な笑みを浮かべた。
≪グワワワワワッ ジャジャジャジャーッ キキキーーーーーーーーーッ≫
母さんはパパラッチを振り切って地下駐車場に飛び込むとホテルの地下エントランスに横滑りでカローラ(改)を停車させた。
「キリュウ様、お待ちしておりました」
黒のフォーマルスーツに身を包んだホテルマンが、助手席のドアを開けるとボクに手を差し出した。
「あ、ありがとうございます・・・」
仕方なくボクは礼を言いながら左手を預けて、車外へと導いてもらう。
「うふふ。そうしているとアラシはホントお姫様なのね! とっても優雅な身のこなしよ」
「か、母さん!」
直通エレベーターで案内されたフロアは、会員専用のゾーンなのかフカフカのじゅうたんが敷き詰められ、間接照明と静かなBGMで高級感を演出していた。
「でもさ・・・姉さんとハヤテに声を掛けなくってよかったの?」
「あの子たちは、お友達と会う約束があるからって朝から出かけてたじゃない? 可哀そうに、アラシひとりが家で留守番だったんだもの! それに、館長さんは『アラシ君に』って言っているのよ?」
「・・・じゃあ、母さんは何なの?」
「もちろんアラシの母親よぉ! 同伴の保護者よぉ!」
そんなやりとりをしながら豪華な廊下を歩いて行くと、先導するホテルマンが、立ち止まって振り返った。なぜかボクを見つめると眩しそうな顔をして微笑んだ。
「こちらがキリュウ様の更衣室になっております」
重厚なローズウッドのドアを開けると、パアッと光がこぼれてきた。
「ねえ・・・母さん。館長さんがくれたプールの招待券ってこんな凄いところに入れちゃうの?」
ボクは天井が高くデザイナー家具でインテリアコーディネートされた、シックな部屋の中を眺めまわしながら言った。部屋からはガラスの扉越しにどこか海外のリゾートのような美しい屋内プールが見える。
「館長さんから頂いたのは、ホテルの会員制フィットネスクラブのお試し券だったのよねぇ。事前に予約をとあったので電話したら、こうなっちゃったの。テーブルには綺麗なアレンジメントフラワーが飾られているし、クリスタルの菓子鉢には美味しそうなチョコレートとマカロンが用意されているし変ねえ・・・」
楽天家でものごとには動じない母さんも、さすがに気圧されているみたいだ。
≪コンコン≫
その時、ドアをノックする音が響いた。
「失礼します」
と言って入ってきたのは、ビシッとしてどこにも歪みのない高級仕立てのスーツを着て櫛目の通ったオールバックの男だった。
「キリュウ様、ようこそお越しくださいました。当ホテルで支配人をしております佐古田と申します。お部屋は気に入っていただけましたでしょうか?」
と言い終わると、満面に笑顔を作りながら眩しそうにボクを見つめた。
「あの・・・なにかお間違えになってらっしゃるのではありません?」
母さんが佐古田支配人に尋ねる。
「いいえ。キリュウ様とお母様がお越しになるとフィットネスクラブのマネージャーから連絡がありまして、早速お迎えする準備をさせていただきました。当ホテルグループのCEOからもくれぐれも失礼のないよう、キリュウ様のプライバシー確保に努力するよう申し付かっております」
「はあ、CEO様から・・・」
「はい。当ホテルはあきつしまホールディングス傘下のグループ企業でして、CEOの津嶋から伝言をお預かりしてございます」
と言うと、母さんにメッセージカードを手渡した。
「あきつしまグループ・・・津嶋・・・まあ!」
なぜか母さんは絶句してしまった。
「ところでキリュウ様はプールをご希望とのことですが、当クラブにはゴルフシミュレーターも完備されてごさいますよ」
「ゴルフシミュレーター・・・ここでゴルフができるんですか?」
「はい。キリュウ様はゴルフ部だと伺っていますが、やはりご興味をもたれたご様子ですね。ではごゆっくりお楽しみください」
「ねえ? 気持ちいいでしょう?」
「う、うん・・・」
「水の中に入っちゃえば同じなんだもの。アラシはどんな水着かなんて気にしなくっていいのよ!」
「で、でもぉ・・・」
と言いながらボクは自分の身に着けているものを見下ろした。
「ボク、男だよ? どうして真っ白なビキニを着なきゃいけないわけ?」
「アラシは、とってもスタイルがいいんだから、こういうの着なきゃダメなのよ。お母さんアラシにどれが似合うか一生懸命考えたのよ? 買ってきた水着、これしかないんだもの仕方ないじゃない! 気にしない気にしないっと。さ、気持ちよく泳ぎましょう!」
「他人に見られたら恥ずかしいよぉ」
「支配人さんも言ってたでしょう? この時間に泳いでいるのはアラシとお母さんを入れても5人だけ、皆さんここの会員さんで素性の確かな人しかいないんだって。だから、気にしない気にしな~い♪」
恥ずかしかったけれど、ボクは水の中を泳ぐ爽快感に抗うことはできなかった。
気がつくと、クロールや背泳ぎ、ブレストにバタフライ、立て続けに個人メドレーで泳いでしまった。
母さんと他の3人のオバさんがプールサイドからびっくりしたような顔でこちらを見ていた。ボクは、しまったと思ったけど、やってしまったことなのでオズオズと母さんのいるところまで泳いで行った。
「アラシは、前より泳ぐのが上手になったみたいね?」
「ハアハア、そ、そうかな。自分じゃ分からないけど。でもとっても気持ちよかった!」
「うふふふ。いい気分転換になったんじゃない?」
「うん! それに水の中だと、いつも意識せずにいられない胸の重みも感じないんだよ!」
ボクがそう言うと、母さんは水面から少し覗いていたボクの胸のふたつの白い膨らみを見つめた。
「・・・アラシも女の子の大変さが分かっているんだ」
「こんな恰好していて言うのも変だけど、泳いでいる間はちょっとだけ男に戻った気分だったよ」
「そう、よかったわね・・・」
母さんはとっても愛おしそうにボクを見つめた。なんだか涙声になっている。
「・・・少し休んだ方がいいわね。お部屋に戻りましょう」
と言うと、ボクの手をとってプールから引っ張り上げてくれた。
≪ま~! なんて・・・≫
背中の方で、なんか女性の嘆声のようなものが聞こえた気がする。ボクの肩にバスローブを着せかけながら母さんが、背中の方に向かってドヤ顔をしているのが見えた。母さん、何を自慢しているんだろ・・・。
≪パシーーーーン≫
あはっ!
≪パシーーーーン≫
えへっ!
≪パシーーーーン≫
「やっぱいいな~あ!」
スクリーンに向かってフルスイングしながらボクはつぶやく。
「アラシは本当にゴルフが好きなのねえ。そうして結わえた髪をなびかせていても、クラブを振っている姿を見るとやっぱりアラシなのよねえ」
「わかる? でも・・・こんな身体になっちゃったからバックスイングでもフォロースルーでも腰のひねりが深いんだよね。なんか女みたいでしょ?」
「う、うん。でも、お母さんにはとっても美しく見えるわよ」
打席の後方に備え付けられたソファに座ってボクのスイングを見ていた母さんが言った。
≪コンコン≫
「あら、誰かしら? はい、どうぞ!」
「キリュウ様、お楽しみのところ失礼します」
個室になっているシミュレーターゴルフの部屋の扉が開くと、佐古田支配人が入ってきた。
「ひとつお願いがございまして参上いたしました。当フィットネスクラブの会員様が、キリュウ様をプールでお見かけして是非ご紹介をとご希望されております」
きっとさっきプールに居たオバさんの内のひとりだ。
「ご承知かと思いますが、会員様はいずれも社会的地位のある方々でしてキリュウ様にご迷惑となることはなかろうと存じます」
「アラシ、今日はとっても楽しんでいるんでしょ?」
「うん。地球に帰ってきてはじめて寛いだ気分かも」
「そう、よかったわ。支配人さんも・・・それからCEOの津嶋様も、アラシが十分に寛げるよう特別な手配をしてくださったの。だから、アラシもちょっとは恩返ししないと、ね?」
「・・・そうだったんだ。うん、ボクは構わないよ」
「じゃあ佐古田さん、ご紹介をお願いしますわ」
「こちらです」
「まあ、なんて愛らしいお嬢さんだこと!」
入って来るなり大きな手振りとカン高い声でオバさんが叫んだ。
「ボク、お嬢さんではありません」
「え? あ、ごめんなさい。ひどく感動してしまったものだから。そう、アナタは男の子なのよね。でも、とっても綺麗!」
「はあ、ところでアナタは?」
「あ、自己紹介していませんでしたね。わたくしは井上沙智江」
「え! デザイナーで『アイウエサチエ』のオーナーの?」
「よかった! お母様はご存知でしたのね」
「も、もちろんです! 私もアイウエサチエで買い求めたスーツを着ていますから」
「それはどうも。そうか、キミは男の子だったから婦人服のことなんて分からないものね」
オバさんはボクから目を離さないまま、母さんに微笑みで返した。
「だった、ではありません。いまも男の子です」
「あ、ごめんごめん。あんまり可愛くて綺麗なものだから。でも、会えてよかったわ。オバさんはキミの大ファンよ。学生さんだから勉強で忙しいかもしれないけれど、時には気分転換に年の離れたお友達とお食事したりするのもいいものよ。もちろんお友達になってくれるわよね?」
「は、はあ・・・」
「もちろんですわ! ね、アラシ。井上さん、その時には保護者が付いていってもよろしゅうございましょうか?」
「アラシ君のお母様なら大歓迎ですわ!」
「まあ! 嬉しいです!」
なんだかよく分からない内に、ボクは“年の離れたお友達”にされてしまった。