第77話 学校に戻るには
≪バチッ バチッバチッ≫
≪パシャッ パシャパシャッ≫
≪バチッ バチッバチッ≫
≪パシャッ パシャパシャッ≫
「どんな服を買ったんですか?」
「下着の種類は?」
「お気に入りのメーカーは?」
「3サイズ教えてください!」
「あ、それからカップサイズも!」
買い物から家に戻ると、再び玄関前で取材陣とのバトルが繰り広げられた。ボクは、母さんと姉さんに両脇をガードされて一歩一歩前に進むしかない。後ろでは、ガレージに車を収めた父さんが、記者に囲まれて立ち往生している。
「いや、そういう質問にはお答えできかねます・・・」
「キリュウさんとうちの局とは公開捜索をやった仲じゃないっすか! 答えてくださいよ」
「と言いましても・・・息子はまだ未成年なんですし」
「お父さんだって随分と番組に顔出ししたから有名人になれたんでしょ? 有名税はちゃんと払ってもらわないと!」
照明を浴びて汗をタラタラかきながらテレビ局のインタビューに防戦一方みたいだ。
「父さん大丈夫かな?」
「あの人なら大丈夫よお。踏んだり蹴られたりしたって堪えないわ。さ、お父さんが時間稼ぎしてくれている間に家の中に駆け込むのよ!」
ボクは、母さんと姉さんに抱えられて取材の壁を強行突破した。
「ああ、疲れた~あ。あんなに野次馬が大勢いるんじゃ、ゆっくり買い物もできなかったじゃないよぉ」
「ほ~んと、ってフブキ! あんた何て恰好しているの? 女の子でしょ! テーブルの上に大股広げて足投げ出したりして! みっともない! 見てごらんなさいアラシを」
玄関前の喧噪を潜り抜けてようやく家の中に辿り着いたボクは、疲れ果ててしまい入って直ぐのところに置かれた鉢植えのベンジャミンの樹にもたれて、息を整えているところだった。
「まあ! な~んて可憐な仕草なのかしら! 白くて細っそりした腕の華奢なこと! ベンジャミンの幹に添えられた指の形の美しさときたら! ちゃんとした女性はどんな時でもお淑やかに振舞えるものなのよ! 見習いなさい、フブキ!」
「そんなこと言ったって、私はお姫様の教育受けてないも~ん!」
どうでもいいけど、ボク目の前が真っ暗になってきた。
「・・・ってボク、もう、一歩も動けない」
「ああっ! アラシ!」
「気が付いた? 大丈夫?」
「・・・う、うん」
気が付くとボクは部屋で自分のベッドに寝せられていた。母さんが両手でボクの手を握りしめながら横に腰かけている。
「アラシは、気絶する姿も絵になっているのね! お母さんが抱き留めた時の身体の線の綺麗だったこと! 掌を上に向けて額にあてた仕草ときたら、まるで映画の1シーンのようだったわ。だいたい気絶するなんて、あなたホントお姫様なのねえ!」
「そ、そんなこと褒められても全然うれしくない・・・」
「それにしても今日は凄かったわねえ。まだ重力に慣れていないアラシにはちょっとキツかったかしら?」
ひとの言うことなんか聞いちゃいやしない。
「駐車場からエレベーターで女性モノのフロアに上がったら、扉が開くなりいきなりバチッ!バチッ!バチッ!だもんね」
姉貴が隣の部屋からやってくるとため息交じりに言った。
「母さんだって、まさか先回りしてカメラマンたちが待っているとは思わなかったわよ」
「父さんが直ぐにビルの警備室に連絡してくれたので、規制線を敷いてもらってどうにか買い物できたけどショッピングを楽しむどころじゃなかったわよね」
「可哀そうに、アラシは息も絶え絶えと言った感じでずっと大人しかったし」
「まあ、そのおかげで採寸も問題なくできたんだけど。アラシちゃんったら口では、ダメ、やめて、ボクを裸にしないで、って言い続けていたから」
「でも、華奢なように見えてこの子ったら結構いい身体していたわねぇ」
「姉としては、元弟の方がグラマーだと聞いて複雑な思いだったけどね」
「そうそう、一緒に買ってきたものを見てみましょう」
母さんと姉貴は、ボクが寝ている横で包みを解きながらああでもないこうでもないと、組合せを楽しみながら勝手に箪笥の整理を始めてしまった。目の端に映る色合いがどれもこれもファンシーな気がしたけれど、もうボクの中に反駁する元気は残されていなかった。
「アラシ~! お風呂よぉ」
すっかり眠ってしまったのか、目が覚めると夕方になっていた。ボクを呼ぶ母さんの声を聞いてなんだかホッとする。本当にうちに帰って来られたんだ。
病院ではナースが念入りに身体を拭いてくれたのだけど、やっぱり風呂じゃないとサッパリしない。久しぶりに入浴できるので嬉しくなって風呂に入る準備をはじめる。あれ? 昨日まであったトランクスがない・・・シャツもなくなっているじゃないか! ひょっとしてこれ皆、女物? 装備を女の子仕様にされてしまった?
「どうしたのアラシ? お湯が冷めちゃうわよ。あら? そんな顔したりしてどうかしたの?」
ボクが呆然としていると、母さんがやって来て言った。
「下着が見つからない・・・」
「あるじゃない! これとこれと、それからこれね。ちゃんとサイズ測って買ったから心配いらないわよ」
と母さんが手に取ってくれたのは、花柄のショーツとブラ、そしてタンクトップだった。
「ボクは男だ・・・」
「まだそんなことを言ってるの? 身体に合わないものを身につけたら苦しむのはアナタなのよって言ったでしょ? その身体でいる間はお母さんの言うことを聞きなさい。ほら、行くわよ」
母さんに手を取られてボクは風呂場に連れて行かれた。ボクが、どうしたものか立ち竦んでいると、母さんがテキパキ準備を始めた。
「そうだったわよねえ! アラシはお姫様だったから一人じゃお風呂に入れなかったのよねえ!」
「風呂くらい入れるよ」
「そう? 髪の洗い方知っているの?」
「うっ・・・」
「顔の洗い方は?」
「顔くらい洗える」
「ほんと? 手でこすったりする気じゃないでしょうね?」
「うっ・・・」
「でしょう? 長い髪の洗い方や洗顔の仕方って結構難しいのよ。あなたは何も考えなくっていいの。全部母さんがやってあげるから。うれしいわあ! アラシをお風呂に入れるのって何年ぶりのことかしら?」
そんなやり取りが聞こえたのか、バタバタバタと廊下を走ってくる足音がしたと思ったら姉貴がひょっこり顔を出した。
「お母さん、アラシちゃんの面倒なら私が見てあげるから」
「フブキ、だめよ。これはお腹を痛めたお母さんだけの特権なの」
「えええっ! そんなのズル~い!」
「第一、アラシにはまだ“男の子”が付いているの。あんたにはまだ早いわ。さ、アラシ手を挙げてごらんなさい。ほら! な~に? 恥ずかしがっているの? 採寸の時に試着室ですっかり裸は見られてしまっているのよ」
ボクは、観念して裸に剥かれた。
まあ、惑星ハテロマではベルにもされていたことなので、ボクにとっては“仮の姿”である女の子の身体を見られても平気になっていたことではあったのだ。頭を真っ白にして自分に言い聞かせる。これはあくまで仮の姿、仮の姿、ボクの本当の姿を見られている訳じゃない・・・。
「アラシ・・・あなたとっても綺麗よ」
浴槽の中で、向かい側に座った母さんが感に耐えかねたように言った。裸で向き合った母親にそんなことを言われた息子って、いったいどういう顔をしたらいいというのだ・・・。
「あら? 静かなのねえ。すっかり黙り込んじゃって」
「プクッ・・・プクプクプクッ」
「半分顔を沈めたままで喋ったらお母さん、アラシが何言ってるか分からないでしょ?」
「プクッ・・・は、恥ずかしいって言ったの」
「あらあら、あなたはお母さんのここから産まれてきたのよ。なにも恥ずかしがることなんかないじゃないの」
と言いながら母さんはボクの手を取って自分のお腹に触れさせた。
「ぷわっ!!!!」
「なあに? お顔が真っ赤じゃないの! 照れちゃったのねぇ、なんてウブなのかしら~♪」
「ほら、バスタオルはこうして巻くのよ。ここを折り込んで、さあ出来上がり!」
「う、うん・・・」
ボクは、赤ん坊のように母さんに身体を拭かれてバスタオルで巻かれた。
洗面台の鏡には、洗い髪をくるくるっとタオルでまとめられバスタオルで胸を隠した華奢な女の子が、白い肌をピンクに染めて大きな眼を見開いていた。目の前に映る自分の姿を見て思わずため息が出る。
「はあぁ・・・」
「あら? どうしちゃったのかな?」
「地球に戻れたって言うのに、また女だ・・・」
「アラシ、大丈夫よ。あなたが男の子だってことは母さんが一番よく分かっているわ。さあ、湯冷めしないうちにその長くて綺麗な黒髪のお手入れをしましょうね。そうだ、とっておきの椿油があったんだわ。あれにしようっと。お父さんが帰って来たら、艶々輝いたアラシの髪を見てまた口が利けなくなるんじゃないかしら~あ♪」
と言いながら愛おしそうにチョンッとまだ湯気の立っているボクの頬を突っついた。
やっていることと言っていることが正反対になってる気がするんですけど・・・。
その夜父さんが帰宅する前、教頭と担任の岡崎が訪ねてきた。
「いやあ、テレビでは拝見していましたが・・・実際にお宅に伺ってみるとすごい取材陣ですね。キリュウさんにどのようなご用件ですか、としつこく取り囲まれて大変でしたよ」
玄関前の取材攻勢で乱れたバーコード頭を手で撫でつけながら教頭が言った。
「ええ、主人も毎朝出勤するとき待ち構えていた記者の方たちからマイクを突きつけられるもので、遅刻しそうになるとボヤいてますのよ。アラシはまだ未成年なのですし、何も悪いことをした訳でもないのに興味本位で世間様にさらされて、あまりに可哀想。マスコミってひどいもんです」
と母さんが眉根を寄せて嘆くように話す。それを聞いて教頭と岡崎は耳を疑うように顔を見合わせた。
「それは・・・こちら様にも・・・あ、いや、今やアラシ君のことは国民的関心事になっていますからねぇ。ご両親もこの1年、ワイドショーや未解決事件緊急生捜索スペシャルなどなど、随分と頻繁にテレビにもご出演されてましたしねぇ?」
オマエにも原因があるのだと、やんわり教頭が指摘する。一瞬、母さんは顔を赤らめたが、大仰に座り直すと衣服を整える振りをして矛先をかわした。
「ま、それは置いといて、わざわざ教頭先生と岡崎先生がお揃いでお出でになるなんて、今日はどういったご用件ですの?」
大したタマだと呆気にとられていたが、教頭は気を取り直すと説明をはじめた。
「キリュウ君の2学期からの件のご相談でして・・・」
「“アラシ~! アラシ~? ちょっと降りてらっしゃい”」
母さんに呼ばれてリビングに入って行く。
≪ゴクリッ≫
生唾を呑み込む大きな音がした。ボクを見て、教頭と岡崎が目を見開いたまま固まってしまっていた。
たっぷり1分ほどたってから担任の岡崎が口を開いた。
「あなたが・・・アラシ君?」
「はい・・・!・・・ごほっ・・・ボク1年C組キリュウです・・・ごほっ・・・ご心配かけましたがもう大丈夫です・・・んんっ」
最初の「はい」を言って直ぐ可愛い女声であることに気がついた。ボクは必死に低めの声を出そうとしたのだが上手くいかなかった。2年半も女の子の声を出し続けていたので、低音域のリバーブが掛かりにくくなってしまったのだ。
「いや驚いた。その・・・なんていうか、すっかり女らしくなっていたもので・・・それに、その声も完全に女の子だし」
「ま、すぐに元に戻りますから。2学期からまたよろしくお願いします」
諦めてボクは、女の子の声で返した。
「またそんなことを。そのことはゆっくり考えてみることにしましょうって言ったでしょ? わがままばかり申すもので困っているんですの」
母さんが優しく諭すように言う。
「そうでしょうとも。わが校としても、その、お嬢さんのような方をお預かりできるのはとても光栄でして」
ようやく我に返ったのか、教頭がブルブルッと水浴びした犬のように首を振ってから言いだした。
「え? 違いますって。ボクは男だし、男としてまた学校に戻るんですよ?」
ボクは慌てて否定する。
「あ、あ? そうなの? これは早とちりを。それは・・・また、いや実に残念ですな」
「な、なにが残念なもんですか! ボクの身にもなってください」
教頭がしみじみした口調で言うのを聞いて腹が立ってきた。
「重ね重ね失礼を」
「お、お願いしますよ。見掛けはともかく・・・ボクは男なんです。男子として学校に戻るのが当然なんです・・・ううっ」
可愛い声で男だの男子だのって言っている自分が、段々惨めに思えてくる。
「まあまあ、アラシ気を落ち着けて。あなたが男の子だっていうことは先生方もよく分かっていらっしゃるんだから。教頭先生のお話しをみんな伺ってから相談しましょうね?」
母さんのとり成しで、教頭が続きを話し出した。
「それで、ご相談というのは2学期からのことなのです。また一緒のクラスで学校生活をとお考えかと思いますが、キリュウ君がいた元のクラスは既に2年生になっているわけでして。1年間のブランクで授業についていけないと、キリュウ君ご自身が辛く寂しい思いをすることになります。それでどうしたものかと・・・」
教頭は言い辛そうになりながらも話し終えた。
「学校としては、どういうご提案なのですか?」
母さんが尋ねる。
「キリュウさんは、お姉さんのフブキさんも弟のハヤテ君も、揃ってわが校に通われているご一家だけに大変申し上げにくいことですが、現在の1年に編入していただくことがアラシ君にとっても一番よろしいのではないかと、こう思量いたしとる次第です」
「1年生に・・・アラシ、あなたはどうなの?」
母さんのストレートな質問に、皆が固唾を呑んでボクの顔を見つめる。
「要するに、ボクが学力的についていけないだろうから留年しろということですよね。ということは、ボクが2年の1学期までの授業を理解できていればいい訳ですよね?」
思わぬ展開に教頭と岡崎は顔を見合わせたが、反論する様子ではない。
「分かりました。じゃあボクをテストしてください」
ボクは、畳み掛けるように提案した。
「それもそうですな。では、夏休みではありますが、先生方にこの1年間実施したテストの中から出題を考えてもらって、アラシ君の実力試験を行うことにしましょう。学年平均より点数が上であれば合格とし、はれてアラシ君には2年C組に復帰していただきます」
しばらく考えていた教頭が、ホッとひとつ息を吐き出すと言った。
「ありがとうございます」
「それでは、日時は改めてご連絡します」
そういうことで両者は合意した。
「あ、それと・・・もうひとつ確認ですが、キリュウ君の制服ですが、どちらを着用されるおつもりで?」
と教頭。
「どちらって・・・ボク、ひとつしか持ってないですよ。あれ? もしかして・・・」
すると、母さんが慌ててさえぎるように言った。
「その件は家族全員でよくよく相談して決めようと思っていたところです。実力試験のときまでにはお返事させていただきます」
ということで用件を済ますと、教頭と担任の岡崎は再び取材陣でごった返す玄関前の喧噪の中を帰っていった。
父さんが会社から帰って来ると、緊急家族会議が開かれた。
「というのが教頭先生からのお話だったの」
「なるほど。アラシの言うことはもっともな話だな」
「うん。また一から人間関係を作っていくのも面倒だし、元のクラスの連中から後輩だって見下ろされるのが嫌だったんだ」
ボクがそう言うと、この子が嫌な思いをするなんて絶対許せないっていう顔で父さんも母さんも頷いた。
「でもさ、問題はテストよ。アラシちゃん、あっちではちゃんとお勉強していたの?」
現役の学生として、姉貴は冷静だ。
「ボク、王立女学院では結構優等生だったんだよ」
「まあ! 綺麗で、可愛くて、お姫様で、お勉強まで出来ていたなんて! それも王立女学院! いい響きだわ~あ! お母さん自慢しちゃいそう!」
母さんは胸の前で両手を組み合わせると、夢を見るような目つきになってしまった。
「でもさ、あっちの科目とこっちでは内容が違うんじゃないの?」
「同じ銀河系の中だし、物理法則とか数学理論とか、そんなに変わらないと思うけど」
「あはは! アラシの話は銀河系規模なんだな。いや、お父さんも会社で自慢のタネが増えたよ!」
父さんまで夢見る表情になってしまった。
「ふうん、そっか。アラシちゃんは女子学生だったんだよね?」
なんだ? 姉貴の奴、急に角度を変えて質問してきたけど・・・。
「そうだけど・・・」
「じゃあさ、家庭科とか女の子だけの実習もやったの?」
おっと、姉貴のやつ痛いところを突きやがった。
「ま、一応ひと通り・・・」
「お裁縫とか? お料理とか?」
「う、うん」
「他には?」
「・・・機織り」
「機織り~い!?」
「・・・女乗り馬術」
「女乗り馬術~う!?」
「・・・社交ダンス」
「社交ダンス~う!? 他にも教えられたことはあるんでしょ?」
「・・・女性のマナー」
その後、ボクが女性化プロジェクトや家庭教師で教育され躾けられたことを、洗いざらい白状させられた。
「へえ~え! アラシちゃん、それって完全に花嫁修業だわ!」
「・・・う、うん」
「それを皆、ちゃんと出来るようになったの?」
「・・・う、うん」
「でも、お姫様だから自分じゃあ着替えられない?」
「・・・う、うん」
「でも、お姫様だから自分じゃあお風呂に入れない?」
「・・・う、うん」
「かわゆ~い!!」
「たまら~ん!!」
家族全員「はあっ はあっ はあっ はあっ」と荒い息遣いになりながら、熱っぽい目でボクを見つめる。
「はあっ はあっ・・・アラシあなた、とっても良いお嫁さんになれるわ!」
涙を拭いながら母さんがようやく言った。
「ボク、男だから・・・ううっ」
「あっ、そんな悲しそうな顔しないで。大丈夫、お母さんたちはアラシが男の子だっていうことはよ~く分かっているんだから」
「じゃあ、学校の制服の件は?」
どうなったかって? そりゃ、ボクの完全勝利さ。
ボクの体型に合わせて詰襟の制服を直してもらうことになったんだ。だから2学期からは男の制服で通えるのだ。
その代わり、といってはなんだが家族全員の強い要望を聞き入れて制服以外のときは女の子の服を着ることで合意した。
なぜかって? ボクの体型に合わせて、持っている服やこれから買う男物の服を仕立て直していたら、もの凄く出費がかさむでしょ? わが家の家計を知っている長男としては、親に無理させる訳にいかないじゃない。
それから、合意したことがもうひとつあった。
すっかり伸びてしまった髪を以前のスタイルにしようかと思ったんだけど、このままで行くことにしたのだ。家族全員の猛反対と懇願にあってしまったのと、体感時間で2年半もこの髪とつきあってきたので、なくなると思うと寂しい気分になったんだ。
結ったり洗ったりで手間はかかるんだけど、それも母さんの楽しみであったりする訳で。1年間行方不明になっていた息子としての親孝行でもあるのだ。
え? いよいよ体内自家生産の女性ホルモンに侵されたんじゃないのかって?
そんなことはないよ。バッハ、シューベルト、モーツァルトにキダ・タロー、作曲家を見てご覧よ。男だって結構長い髪の奴っているじゃないか。