第6話 アラシからランへ女性化プロジェクト始動!
王立スポーツ研究所は首都を見下ろす丘陵地帯にあった。
宰相閣下差し回しの迎えの地上車に乗せられて2時間ほどで着いたから、地球ゲートのじいちゃんの館からは7〜80kmの場所だろう。まだ底冷えのする朝、丘陵から見える市街地には靄の中に浮かぶ壮麗な建造物がそこここにあって、いかにも歴史ある王国の首都という感じがする。
「キリュウアラシ君、王立スポーツ研究所にようこそ」
でかい女が出迎えた。でかいと思うのはボクだけで、ラマーダ母さんの背丈とそう変わらないからハテロマでは成人女性の標準サイズなのだろう。
「あの・・・あなたがボクのプロジェクトの・・・責任者ですか?」
「宰相閣下から話は聞いてるわ。キミ“国家機密”だってね?」
研究所の玄関先でいかにも楽しそうに国家機密をバラしちゃった。
「自己紹介まだだったわね、ウルヴェーラよ。キミの管理責任者ってわけ。よろしくね」
ウルヴェーラさんは、名字がヴェーラで名前がウルだった。医学、生理学、心理学の博士で、女性科学者として初めて王立アカデミーの代表会員に選ばれた権威だそうだ。宰相閣下が信頼する学者は多いけど、これから立ち向かわなければならない課題の内容が内容だけに、ボクの管理責任者は女性にした方がいいと考えたみたいだ。
「閣下との約束は2年半後の女神杯に出ることですが、それまでの間、ボクはどういうことになるんでしょう?」
「そうね。閣下から話を聞いてシナリオを作ってみたんだけど」
と言って博士が手元の何かのデバイスを操作すると、壁面に画像が現れた。
「まずキミには、ここ王立スポーツ研究所で肉体改造と基礎的な女性化研修をしてもらう」
「・・・肉体改造って?」
「目的はふたつあるの。ひとつはアスリートとして基礎体力をつけること。もうひとつは女性アスリートになることね」
「ひとつ目は分かったんですけど、ふたつ目の方はどういったことを・・・?」
「キミを女性の姿にするのよ」
「というと・・・胸とか?お尻とか?」
ヴェーラ博士は、さめた目でジッとボクを見つめる。
「少年。キミの女体に対する認識ってそんなものなのかい?」
「あ、いや。自分の身に置き換えながら喋っているもので・・・異性への興味とかとは全然別の話ですよ、これ」
「ふ〜ん。ま、いいわ。だけど胸とかお尻だけで女の目はごまかせないからね!」
「あ、はい。すべて博士にお任せします。でもひとつだけお願いがあるんですが・・・」
「覚悟を決めたキミからお願いって、なにかしら?」
「どんな薬品でも訓練でも引き受けます。でも身体にメスを入れるのだけは勘弁してもらえませんか?」
「ああ、手術されるんじゃないかって思ったのね?そういうことなら、わたしもキミの身体にメスを入れるつもりはないから安心して」
ボクはどんどん追い詰められながらも少しだけホッとした。
「それが済んだら次の段階として、この王立女学院に編入してもらう」
壁面には、いかにも由緒正しいお嬢様学校といった感じのツタの絡まる優しい雰囲気の建物や、緑多いキャンパスの芝生で談笑する女生徒たちの映像が映し出された。
「大会までの期間、キミはここの体育会ゲオル部で過ごすことになるのね。なにしろ王立女学院は毎回女神杯代表を出している名門中の名門なのよ。ヤーレ代表にも負けないくらい試合経験を積めるし、お嬢様学校だから完璧な女性として訓練を積めるから最高の環境ね」
「あの・・・ボク、どうしても王立女学院に入らなければいけないんですか?」
「なんで?入るのが嫌なの?女性にとってあこがれの学校なのよ?」
「・・・だって、女の子だけしかいない学校なんですよ?」
「当たり前じゃない。キミ、女から見ても理想の女性になるっていう覚悟で引き受けたんでしょ?」
「・・・そうなんですけども。こう現実として突き付けられると、ちょっと・・・」
「なに弱気なこと言ってるの。共学で男子生徒もいる場合を考えてごらんなさいよ。男なのに女装させられてるっていう現実を毎日毎日来る日も来る日もどんなに嫌でも突きつけられちゃうのよ?自分と同じ制服を着たコたちの中に混じっちゃった方が、まだしも気分的にはマシなんじゃないの?」
さすがに心理学者だった。ボクはヴェーラ博士のシナリオのとおりプロジェクトを進めることに同意した。
「で、最終段階が次回第199回近代ハテロマ競技大会のアビリタ代表となり最終種目女神杯ゲオルで勝利する、と。こんな流れでどうかしら?」
ボクは、チョン切られたり切れ目を入れて膨らましたり削られたりされるのではない、ということだけでも確認できたので、もう他のことはどうでもよくなってしまった。
とはいえ、実のところ女性ホルモンについては、宰相閣下との取引で納得したこととはいえボクも相当に迷った。ヴェーラ博士にその効果と副作用を詳しく教えてもらって、いっしょに検討したんだけど、やっぱり身体にメスを入れるのは怖かった。これからの学園生活と競技に出ることを考えると、たとえ精巣の機能が衰えようとも、手術ではなく自分で女の子の体つきを作るべきだと思ったんだ。
「キミはまだ二次成長の途中みたいだから薬だけでも比較的早く女性化できそうよ」
「手術しないでも女の子に見えるようになりそうですか?」
「必要条件は満たす、というところかな。体形的に似せてもそれだけでは女性には見えないものなの。キミにも相当努力をしてもらわないとね」
地球に帰るためにはどんな犠牲を払っても仕方ないと思ったし、ヴェーラ博士のお勧めもあって手術ではなく女性ホルモンを定期的に投与することに決めた以上は、どんな努力もいとわないつもりだ。
それと、もうひとつ決めたことがある。呼び名をアラシからランに変えることにした。嵐を音読みにしただけなんだけど、ボクが自分の意思で女の子になる道を選んだということを片時も忘れないようにしたいと思ったんだ。ランは女の子、完全無欠の国民的アイドルになる名前なのだ。
でも、一人称の「ボク」は変えない。これってアイデンティティの問題だと思うんだ。ボクがボクである限りボクはボクだから。
ボクの女性化計画はフィジカルとメンタル両方並行して行われることになった。
プロジェクト責任者のヴェーラ博士によると“工期6カ月”で半年後に名門アビリタ女学院の高等部1年に編入だそうだ。高等部ではもちろん体育会ゲオル部に所属、アビリタ代表候補の金の卵として大切に育てられることになる。
博士から説明されたカリキュラムによると、フィジカルでは、肌の美白・永久脱毛・髪・爪のケアはじめ全身エステティック、美しいラインを作るフィットネストレーニング、歯並びの矯正とパールホワイトニング、そして女性ホルモンの定期投与。メンタルでは、女声ボイストレーニング、ファッションセンスと着付け・メイク教室、マナー・仕種・歩き方教室、美しい文字の書き方教室、歌と楽器ひと通りを学ぶ音楽教室、社交界デビューに不可欠なダンス教室、料理に裁縫・家事・育児、スマイルトレーニング 話し方教室等々・・・それと当り前だが普通教科の勉強も。
女の子になるのも大変だ。さ来年の女神杯に向けてゲオルの技術を磨くことがメインだとばかり思っていたが、なんだかミス・ハテロマにさせられて、いつでもお嫁にいけそうな具合だ。
明るい新緑の葉を茂らせた樹々が真っ青な空に梢を伸ばしている。季節はすっかり初夏。ここに来てから3カ月が過ぎた。中天にサンサンと輝く3つの太陽を見ると、いまでも違和感を感じる。地球に帰りたいなあ。
最初の兆候は乳首に現れた。腫れてきて触れると痛いのだ。なにか両胸に張りのようなものを感じる。
ヴェーラ博士に相談したら、乳腺が発達してきたからでいよいよボクにも乳房ができると喜ばれた。なるべくしてなったのだが複雑な気持ちがする。
全身丸みを帯びてきたのが自分でも分かるようになった。女子選手が大人の身体に変わるときにバランスの変化に苦労するというが、ボクの場合も身体が女性化することで様々な変化に直面することとなった。男子選手が女性アスリートになろうというのだから、筋力や体型でこれまで一度も経験したことのない肉体差を感じることとなった。
ソードラケットを構えたときに、これまでなかった胸の膨らみがじゃまになった。小さいながらも自己主張してくるので、腕に挟むようにして乳房を前に押し出すか、腕の上に乗せる感じで構えるか、しばらく迷うことになった。パットするときとか、結構視界の妨げになるんだよね。
そんなある日のこと、ヴェーラ博士に話があると呼びだされた。
「失礼します」
「調子はどう?体型が変わってくると感じが違うでしょ」
「はい。戸惑いながらも調整してますよ」
「そう。それならいいわ。さてと、今日来てもらったのはあまりいい話ではないの」
「・・・?」
「女性ホルモンを投与していくと男性機能が低下して元に戻らなくなることは説明したわね?」
「はい。ボクも納得した上でこのプロジェクトに取り組んでますから」
「でね、正直にいうね。先生もキミの身体にいっさいメスを入れるつもりはなかったんだけど、そうもいかなくなってきたの」
「・・・どういうことですか?」
「多分キミの体質と、アスリートとして質の高い練習をしているせいだと思うんだけれど、ここ3週間ホルモンバランスが異常値を示しているの。このままでは肝臓に負担がかかって競技どころか日常生活にも支障がでることになりそうなんだ」
「それは困ります。病気になってしまうんじゃ女神杯どころか、地球に戻ることすら難しくなってしまいます!」
「そうね。それでね、キミに相談なんだけど、男性ホルモンの分泌を減らす外科治療をしてみない?」
「男性ホルモンを減らす・・・外科って・・・具体的にいうとなんですか?」
「まあ、簡単にいうと睾丸切除ね」
簡単って、この女とんでもないことをサラリと言ってのけたもんだ。
別にボクとしては女になりたいと望んでいるわけではない。地球に帰るための条件として、宰相閣下と取引したなかに、女性選手として出場することが入っているだけなのだ。
確かに女性ホルモンの投与は自分自身で決めたことだし、体型が女性化することも納得している。でも、乳房ができること、言い換えると身体にプラスしていく話と、金タマを取ってしまうマイナスの話では180度違うではないか。
ひょっとしたら最初からこうなることが分かっていたからサラリと言えるのでは?
「どうしても取らなければダメですか?」
「そうね、医師としては患者の健康を第一に考えるわね」
「男のシンボルなんですよ・・・」
「分かるわ、というか分かっているつもりよ。だったらフェイクを入れたらどうかな?」
「フェイクって・・・なんですか?」
「睾丸の代わりに入れておくタマのことよ。重さも堅さもいっしょだから、さびしくはならないと思うわ」
ボクはいろいろ考えてみた。どうせ取ることになるのならフェイクのタマなんか入れるより、これから王立女学院に入って女の子としての生活を考えると、無いままにした方がいいに決まっていた。
「先生、そのフェイクって、後からでも入れられるものなんでしょうか?」
「包み込んでいた皮の部分は残るから、いつでもOKよ」
ボクは覚悟を決めて切除手術を受けることにした。
手術は簡単だった。無くなってみると股間にあった存在感の大部分がタマであったことに気づかされた。そしてそれは自分でも信じられないほど大きな喪失感だった。
こうしてボクの女性化プロジェクト第一段階は博士のシナリオ通りに進んでいった。