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ランとアラシで神隠し  作者: 迦陵びんが
第7章 「そして地球へ」
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第76話 家に帰ってみると

ボクは病院のお仕着せの寝間着のボタンをはずして、あっちの世界から着て来たものに着替えることにした。と言っても慌てて宮殿を飛び出してきたので、着て来たものだって寝間着なのだが。


「へえ~これがあっちの女の人が身につけているブラジャーなんだぁ」


姉貴が、いかにも興味津々と言った顔で、ナイトブラをいじりながら言う。


「うん。それは夜用。眠っているときにもしていなさいって着けさせられていたんだ」

「そっか! オッパイの形が良くなるようになのね! やっぱお姫様だったんだぁ。ほれ、着けてみせなさいよ」


と手渡されたが、じっとこっちを見ているのでボクは逡巡する。


「姉さん。着替えるから外に出ていてくれる?」

「な~に言っちゃっているの。女同士なんだから別に構わないでしょ?」

「いや、男だから。そこ凄く大事なところだから」

「それに、あんたまだ弱っているみたいだからひとりじゃ着替えられないんじゃないの?」

「いや、ナイトブラなら大丈夫。これ着けるくらいひとりでできるから!」

「そ~お? 恥ずかしがり屋さんなんだから。じゃあ、ブラを着ける間、あっち向いていてあげるわね」


姉貴が後ろを向いたのをしっかり確認して、ボクはナイトブラに頭と腕を通す。サイドベルトにはさまった髪は、両手でふわっと持ち上げて自由にする。


「!」


いかにも女らしい仕草に自分でもドキッとしてしまった。


ベッドに横になっているときにはあまり感じなかったのだが、身体を起こすとボクの胸に隆起した二つの丸みには結構な重さがあることに気づかされる。柔らかい布とはいえナイトブラがその重みを支えてくれるので、ユラユラ動かなくなった分ずいぶん楽になった。改めて惑星ハテロマが地球の重力の3分の2しかなかったことに思い至る。


「姉さん、もういいよ」

「あら~、わが妹ながらなかなかのボインだわぁ!」

「ぼ、ボイン? や、やめてよ。そういうの。第一、妹じゃなくて弟だから! じゃあ、立ち上がるよ」


と言ってボクは腰かけていたベッドから立った。少し足元がふらつく。


「だいじょうぶ? あら? あんた、背がずいぶん伸びたんじゃない?」

「そうかも。いま168cmだから」

「あんた、私より3cm高かったから確か162cmだったはずよね? たった1年で6cmも伸びたの?」

「いや、ボク的には2年半だから。あとで説明するけど・・・」


と寝巻の袖に手を通しながら言った。その上にベルが着せかけてくれたビロードのケープを羽織らせてもらう。


「アラシちゃん、そのマントとっても似合っているわ」

「ちゃん・・・って姉貴、なんだか気持ち悪いよ」

「あら、そんなことないわ。可愛い子には当然ちゃん付けよ」

「うむむ・・・」


と、退院手続きを済ませて来た母さんが部屋に戻ってきた。


「さ、先生にもご挨拶済ませてきたから行きましょ・・・あら~あ! なんて可愛いのかしら! 母親ゆずりで色白だから淡いアイボリーがとっても似合っているのよぉ! 母さん嬉しくなってきちゃった! この可愛い子が私のお腹を痛めた子なのよね!」



母さんと姉さんに両腕を支えられて、ボクは病室を後にした。

廊下を歩いていくと通り過ぎる人がしきりとボクのことを振り返りながら見ていく。地球とは違う服なんか着ているから、もの珍しいのだろうか。


タクシー乗り場でも、行き交う人たちが同じように振り返って行った。なんだか珍しい動物にでもなった気分だ。


タクシーに乗っている間も、運転手がルームミラーでしきりとボクのことを見ていた。






家に着くと父さんが帰っていた。一報を聞いて会社を早退してきたようだ。


「父さん、ただいま。長い間、心配かけてごめんなさい」

「あ・・・」


ボクを見るなり絶句した。言葉を呑み込んだまま固まってしまっている。


「あ、アラシ? 本当にアラシなのか? と・・・ともかく、よ・・・よく帰ってきた」


父さんはようやく息をしてそう言った。でも、なんだか上気した様子でボクを見る目も泳いでいる。


「あなた、アラシは立っているだけでも辛いの。そこ、どいて頂戴。さ、どいてどいて」

「あ、ああ」


ダイニングテーブルのいつもの自分の椅子に腰かけ、いつものように家族に囲まれる。

なんだか幸せな気持ちになってきた。ほんとに家に帰って来れたのだという実感がわいてくる。






それから日が陰る時刻までかけて、ボクは体感時間で2年半の間に起きたことを全て話した。家族はそれを聞きながら、あっけに取られたり、大笑いしたり、ハラハラしたり、そして涙ぐんだり、身を乗り出すように親身になって最後まで聞いてくれた。ああ、やっぱり家族なんだ、帰ってきてよかったと実感した。話し終わると一拍あって父さんが言った。


「・・・ということは、アラシ。おまえ女の子になってしまった訳だ」


おいおい、最初の感想がそれ? いや、同性であればこその心配だよね。だったらちゃんと答えないと。


「いや、チンチンはそのままだから」


ボクが視線をそらさず真っ直ぐ見つめながら言うとと、父さんはドギマギして目をそらした。


「ま、まあ! アラシ、可愛らしい声で何を言い出すの。お父さん困ってらっしゃるじゃないの。いいの、いいの。無理して言い張らなくったっていいのよ。こんなに可愛くて別嬪さんになって帰ってきたんだもの、母さんそれだけで幸せだわ」

「・・・可愛くてって・・・ボクはこっちに戻るために女の子になる努力をしただけなの! これでようやく元の生活に戻れるんだ」

「え? 元のって、アラシちゃん、まさか、あんた男の子に戻るつもりじゃないでしょうね?」

「あたりまえでしょ? ボクは男なの! こうなったのは、あくまで地球に帰るための手段だったの! 女の子になるのが目的じゃなかったんだから!」

「えーっ! そんなのもったいないわよ。姉さんは絶対反対よ!」


と言いながら、ボクの髪を愛おしそうに撫でる。


「そうね。アラシにはとてもつらいことだろうけど、お医者様も言ってらしたわ。今から男の身体に戻しても男性としての機能はほとんど元に戻らないって」

「そうなの? だったら選択の余地はないわね! アラシちゃんは女の子のままよ!」

「そんな、姉さん! 医者が言っていたことなんか・・・ボクだって、そんなことくらい知っているよ。知っていても地球に帰る為には仕方なかったのだから・・・」


ボクはあの時のこと、あの時の苦渋の決断のこと、耐えがたい喪失感だったことを思い出して涙が出てきた。


「・・・ングッ・・・でもさ、地球に戻ることさえできたのなら、また体力つけてこっちでゴルフの試合に出られると、そればかり考えていたから頑張れたんだ・・・小ちゃい頃からボクの夢はひとつしかない・・・プロゴルファーになることなんだから・・・ングッ・・・」

「泣かないで、アラシ。せっかくの可愛い顔が台無しよ」


と頬を伝う涙を母さんはやさしく拭いてくれる。


「慌てなくいいんじゃないかしら。アラシがいなかった間のこともあるんだし、勉強だって追いつかなければいけないでしょ? どうするにせよ、ゆっくり考えてみれば?」

「そうだな。アラシが男だということは皆分かっているんだ。しかし・・・そのナリだしな。慌てることはないぞ」

「地球にいられなかった間の分、姉さんが目いっぱい可愛がってあげるわ! それにしても、アラシちゃんが公爵家のお姫様だったなんて嘘みたい!」

「母さん鼻高々よ! わが子が王室の姫君として大切にされていたなんて!」

「うらやましいわぁ。元弟がなれたのなら姉である私だっていけるんじゃない?」

「フブキじゃ無理ね。あんたガサツだしなんと言ってもアラシは私に似てこの美形だもの! ほら、見てごらんなさいこの透き通った肌の綺麗なこと! お姫様として磨きに磨かれてきたのねえ」



なんだか雲行きが怪しくなってきた。家族の誰もが女の子になって帰ってきたボクを見て何としても早く元の姿に戻さなくちゃ、と一生懸命考えてくれるものとばかり思っていたのだが・・・なんだか、ボクを女の子のままにして置きたい空気が充満しはじめている。


「もういい! 自分のことは自分で考える」


堪らなくなって自分の部屋に駆け上がった。ボクとしては駆け上がったつもりだが、多分母さんたちには、壁を伝いながらヨロヨロ階段を這い登っていくようにしか見えなかったのかもしれない。




部屋の中は以前のままだった。1Cの襟章が付けられた制服がクリーニング袋に入れられきちんと掛けられている。掃除が行き届き机の上のものが整理されている分、むしろ前より綺麗かもしれない。


ジュニアのゴルフ大会で優勝したときの写真や楯にも埃ひとつなかった。ボクがいなかった1年間、母さんがこの部屋を大切に守ってくれていたことがひしひし伝わってきて、また胸が熱くなってきた。



≪ピンポーン♪≫


感慨に浸っていると玄関のチャイムが鳴った。来客なのか下が騒がしい。


≪トン トン トン トン≫


階段を上がってくる足音がしたと思ったら、ドアの外から母さんが言った。


「“アラシ。ちょっと下に降りてきてくれる? 警察の方が見えているの”」

「警察? ・・・なんで」

「“アラシ、突然いなくなったでしょ。母さんたち、警察にアラシの捜索願いを出して探してもらっていたのよ。で、無事発見されたでしょ? 捜索願いを取り下げるのに本人確認がいるのよ”」



ボクが入っていくと、いかにも刑事といった雰囲気の男が2人ソファに腰かけて、父さんと話をしていた。


こちらを見上げた瞬間、彼らもやっぱり固まってしまった。


「・・・お、お嬢さんが・・・アラシ君?」


ようやく年配の方が話しかけてきた。若い方はポカンと口を開けて目を大きく見開いたままだ。


「そうです。“お嬢さん”ではありませんけど」


とボク。


「いやあ、驚きましたね。電話では伺っていましたが・・・これ程・・・とは」



キリュウアラシ本人であること、こちらの時間で1年間をどう過ごしてきたかを聞き取りされた。といっても、本人を前にしてもまだ話が信じられないみたいだった。ともかく早々に捜索願いの取下げ手続きを済ますと帰って行った。




捜索願いが出ていたのか・・・1年間だもの当然だよね。だとしたら近所はもちろん、友達の家や親戚の所にも連絡をして探し回ったのかも知れない。


「ね、ボクが行方不明になったことって結構、世間では知られている話?」


ボクは、尋ねてみる。


「そりゃそうだろ。父さんたちは何とかアラシに無事に戻ってきてもらいたくて、警察はもとより思いつく限り八方手を尽くしたんだぞ」


何をバカなこと聞くのだ、とばかりに答えた。



「ほら、この切り抜きを見てごらんなさい」


母さんから手渡されたスクラップブックの見開きに目を落とす。



『現代の神隠し!? 制服を残しこつ然と消えた高校生A君』


『帰ってきて! 家族の悲痛な叫び 神隠し事件から6か月』


『失踪か? 通り魔事件か? 神隠し事件の背後にある黒い闇!?』


『宇宙人の仕業か!? 神隠し事件はアブダクションだった!?』


『緊急来日FBI超能力捜査官が挑む! 現代の神隠し事件の真相!?』



仰々しい週刊誌やスポーツ紙、夕刊紙の記事の切り抜きが並んでいた。


「な、なんじゃこりゃっ?」

「ビデオも録ってあるからね。いろんなチャンネルで取り上げてくれたのよぉ」


と母さんは名だたるマスコミ総なめと思えるような名刺の束を、マジシャンのような見事なカード捌きで一気にテーブルに並べてみせた。ボクは二の句が継げない。




≪ポロロロロン♪ ポロロロロン♪ ポロロロロン♪≫


電話が鳴りだしたので、父さんが受話器を取る。


「はいキリュウです。あ、その節はどうも。えっ? ・・・そうなんです! お陰様で・・・」


なんだか嬉しそうだ。高揚した感じで喋っている。ようやく終わったと思ったら、また直ぐに電話が鳴りだした。父さんは同じようなやりとりを繰り返している。



≪ピンポーン♪ ピンポンピンポン♪≫


玄関のチャイムも鳴りだした。母さんがインターフォンに出て応える。


「はい、どなた?」

「“テレビアサリです。キリュウさん、息子さんが戻ってこられたそうで?”」


母さんの顔がパアッっと輝く。


「そうなんです。お陰様で無事戻ってきまして・・・」

「“間もなく中継なんですが、アラシ君から一言いただけませんか?”」


一瞬ボクの顔を見てから母さんは答えた。


「まだ疲れて休んでいるもんですから、ちょっとそれは・・・」

「“女の子になっていた、っていうのは本当ですか?”」

「えっ? どうしてそれを・・・」

「“病院で息子さんを見かけたっていう目撃情報がありましてねぇ”」


なんだか外が騒がしい。照明機材が点ったのか相当眩しくなっている。



テレビを点けるとモザイクで顔を隠したタクシーの運転手がインタビューに応えているところだった。変換された合成音が甲高く響く。


「“ええ、自分も長いこと銀座、六本木、青山、渋谷あたりで流してますが、あんな綺麗な子は見たことないねぇ。ルームミラーから目が離せなくなって、信号で危うく追突しそうだったよ”」


スタジオに戻ると、お馴染みの男性キャスターがニヤついた顔で言う。


「“そこまで言われると私も見てみたい、会ってみたいですよ。いや、実に不思議な話です。この一年、お茶の間の話題をさらってきた現代神隠し事件、今夜ついに解決したようです。現場がつながったようです。ヤマタニさん!”」

「“はい。こちらはA君の自宅前です。”」


テレビの音と、外の話し声がシンクロして聞こえてきた。

それにしても、いまどき“お茶の間”のある家なんてあるのだろうか? マスコミに取り巻かれて逃げ場もないというのに、妙なところが気になる。



ボクは部屋に戻るとしっかり鍵をかけた。

明りも点けずにベッドで膝を抱え込む。


父さんと母さんはボクが表に出なくていいように今もマスコミの応対をしてくれている。

でも・・・玄関前でカメラに囲まれて少し声がはずんでいる・・・嬉しそうに聞こえるのは気のせいだろうか・・・本当に心配してくれていたんだろうか・・・ちょっとマスコミ馴れしていないか・・・。


頭の中をいろんな思いが行ったり来たりしていたけれど、疲れていたせいかそのまま眠ってしまった。






翌日、ボクの家のまわりはマスコミの中継車に加えて、騒ぎを聞きつけた野次馬に取り囲まれていた。上空ではヘリコプターが旋回する音が聞こえている。


「ううっ・・・ボクはパンダじゃない!」


騒音にうなされて目が覚めると思わずつぶやいていた。どうやら動物園のパンダにされた夢を見ていたようだ。今日から夏休みだからいいようなものの、こんなことでは学校になんか行けたものではない。


パジャマとナイトブラとショーツを脱いで、Tシャツとジーンズに着替える。下はトランクスにはき替えた。男に戻ったのだから当然ブラジャーは着けない。と言っても、いつもベルが面倒見てくれていたからボクは自分で装着したことがないのだ。お姫様は自分じゃ何もやってはいけなかったからね。ちなみにナイトブラは留め具がなくて被るだけだから、ボクだってひとりで着れるのだ。


それにしてもブラジャーを着けないでいるとこんなに解放感があったんだ。


しばらくすると異変がおきた。動くと痛いのだ。何度も水をくぐらして生地がトロトロになった部屋着シャツなのだが、素肌にザラザラ感があるし、なんと言っても乳首が擦れて痛いのだ。重量感を増した乳房が否応なく乳首をシャツに擦り付けてくる。


「なんだか・・・惑星ハテロマにいたときよりも胸が重くなった気がする」


でも、ここで負けては元には戻れない。こんなのは慣れだ。ボクは決意を新たに我慢することにした。


乳房の重みを感じながら階段を下りて洗面所に行くと、シェーバーで髭を剃っていた父さんとミラー越しに目が合った。


「おはよう、父さん」

「うん、おはよう。うわ! なんて格好しているんだ! 母さん! 母さん!」


ボクの胸元を見つめながら、怒鳴るように母さんを呼んだ。


「はいはい。朝からなんですの・・・ってアラシ! こっちいらっしゃい」


ガシッと手首をつかまれた。ボクは引きずられるように母さんたちの寝室に連れて行かれる。途中で母さんが「フブキ! フブキ!」と二階に声をかけたのですぐに姉貴も降りてきた。ひと目見ただけで事情を察した様子で姉貴は二階に駆け上がって行く。



「ボクは今日から男に戻るんだ!」

「アラシ。ノーブラはいけないわ。母さんもあなたが男の子なのは分かっているけど、姿はまだ女の子なんだからね?」

「もう女の子じゃない!」

「そんなこと言ったって、アラシの素肌はとってもデリケートなの、繊細なの。そんな男物のシャツなんか直に着て・・・あなたが苦しむだけよ」

「そんなこと言っていたらいつまでも男に戻れないよ!」

「そのジーンズだってウエストはブカブカだし、身体に全然合っていないじゃないの」

「・・・それはそうだけど・・・合うのは持っていないから」

「だったら後で母さんと、身体にフィットするものを買いに行きましょう!」



姉貴が部屋から着るもの一式を持ってきた。


「はいこれ。お姉ちゃんの。とっておきのを貸してあげるから」

「って・・・こんなにヒラヒラ飾りがついたのなんか着たくないよ」

「あんた、お姉ちゃんより背が高いからサイズが合いそうなのって他にないのよ。それだったらミニにすれば着れるでしょ?」

「アラシ。身体に合うのを買ってあげるまでは、言うことを聞いておとなしくこれを着ていなさい」



確かに乳首が擦れて痛くなってきていたのと、小さいとはいえ支えを失った乳房が歩くたびに上下して痛みが出ていたので、母さんの言うことにも一理あると思った。


「それじゃあ着替えて。ん? どうしたの?」

「・・・ボク、自分じゃ着替えたことないんだ」

「あら~! お姫様なのねええ!」


ボクは、ここで完全に負けてしまったのだった。






「あら~! 可愛いこと」

「私より似合ってるんじゃない。やっぱり色白だから引き立つわねえ!」


着替え終わったボクを上から下まで眺めて、ふたりは満足そうに採点した。

一度負けを認めてしまうと母さんも姉さんもどんどん付け上がってきた。ああでもない、こうでもないと散々いじられて、こんな格好にされてしまった。心底女って怖いと思う。



「・・・でもなんか胸がキツイ。あっちで着ていたときにはこういう感じじゃなかったけど」

「あらまあ! でも仕方ないの。アラシはフブキより胸が大きいみたいだから」

「な、な、なんですと?」

「まあまあフブキ。仕方ないじゃない、アラシはお姫様なんだから」

「それって全然意味わかんないんですけど・・・」



で、どんな格好かって? 言いたくない。ボクが言わなくってもリポーターがコメントするでしょ・・・。




「おっ、出るぞ!」

「カメラまわせ!」


母さんがボクの身体にフィットしたものを仕入れに行こうというので、玄関で外出する準備をしていると外は大騒ぎになった。


あらかじめ父さんが警察の人に連絡していたので玄関先にはロープが張られた。

規制線ができたので、いきなり取材陣や野次馬に取り囲まれることはなくなったけれど、逆にものものしい雰囲気になってしまった様子だ。なんだか一気にヒートアップしてしまったみたいだ。



地球に戻ってしまったということは知り合いが大勢いるということだ。以前のボクを知っている人たちに、女の子にされてしまった今のこの姿を見られるのはどうにも恥ずかしい。できることなら部屋に閉じこもって一歩も外に出たくない。


でも、それじゃあ身を犠牲にしてまで苦労して地球に帰って来た意味がなくなってしまう。地球に戻って育ってきた吉祥寺で、家族や友だちとまた普通に暮らせるようになることだけを考えて、頑張ってきたのだから。


この姿をさらさなければいつまでも普通の生活には戻れない。父さんたちから言われたけれど、ボクだってそのくらい分かっているのだ。


だからボクは覚悟を決めた。



≪うおおおおおおおおつ!≫


もの凄い歓声だ。


「“こちらA君の自宅前です。たった今、玄関からA君と思われる少女がお母さんとお姉さんに連れられて出てきました! おおっ・・・おっと失礼、思わず見とれてしまいました。上品なピンクのキャミソールワンピースからのぞく象牙のようにまっ白な肩、胸元にはイヤリングとお揃いのターコイズブルーのネックレス。細い肩にかかる長さの髪にはワンピースとお揃いのシュシュ、綺麗なポニーテールにまとめられています。シルクコットンの軽やかなスカートからエレガントに伸びる形のいい素足にはいかにも夏の装いらしいウェッジソールのサンダル。可憐だ!”」


実況するリポーターの興奮した声がやかましい。


「なんかひと言!」

「なんで女の子になったの?」

「女の子になったの? それともされたの?」

「これからずっと女性として生きてくの?」

「それ、子供を作れる体なの?」

「好きなタイプの男の子は?」


とマイクを突きつけてくる。


その中を無視して、母さんと姉さんに支えられながら父さんが運転する車に乗り込んだ。

カメラの放列の中を出発するとバイクやハイヤーが追走してくる。なんだか、これってテレビのワイドショーで見たパターン・・・犯罪を犯した有名人? まさか! ボクは何も悪いことしていないし・・・。


こうしてボクの地球帰還は、取材の嵐の中で幕を開けることになった。


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