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ランとアラシで神隠し  作者: 迦陵びんが
第7章 「そして地球へ」
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第75話【外伝】 目覚める前にはこんなことが

「おい、キミ! 大丈夫か?」


不知藪やぶしらず』を取り囲む小道で少女が倒れているのを巡回中の警察官が発見した。


吉祥寺の繁華街からそう遠くない一画なのだが、鬱蒼とした原生林がネオンの光が明滅する夜空に黒々とした樹影を浮かべ、そこだけが手を触れてはいけない異世界、禁忌地であることを示しているような場所だった。


警察官はパトロール用の白い自転車で、その小道に差し掛かったとき、


≪ブオン≫


という空気を震わす響きを聞いた。そしてみるみるオゾン臭が立ち込めてきたのを不審に思って『不知藪』の方を窺ってみたのだ。すると次の瞬間、強烈なフラッシュライトのような眩しい光が放たれ警察官は目がくらんで何も見えなくなってしまったという。


しばらくして視界が戻ると、目の前には寝間着にローブを羽織った少女が意識を失って倒れていた。




≪ピーポー ピーポー ピーポー ピーポー≫


「あら、なにかしら。また救急車が走っているわね」

「年寄の救急搬送じゃないのか? この辺りも時代の波に洗われて、ずい分高齢化してきているからなあ」


アラシの父オロシと母ノワケが、窓の外から聞こえてくる救急車のサイレンに耳を澄ましながらリビングで食後のお茶を喫っしていた。




「それで、先生。運び込まれた少女を診察してみた結果はいかがですか?」


生活安全課の女性刑事が、処置を終えて廊下に出てきた救急医に尋ねた。ここは吉祥寺からそう遠くない所にある大学病院の救命救急センター。


「それがどうご説明したものか・・・」

「彼女、傷害事件に巻き込まれたり、その、何か・・・イタズラされていましたか?」

「あ、それはないです。身体の隅々までチェックしましたが綺麗なものです。傷ひとつありません・・・」


と言いながらも、救命医は何か歯に物が挟まっているかのようにモゴモゴと語尾を濁らす。


「何か手掛かりになりそうなものはありませんでしたか?」

「あ、それもないです。何も身分を明らかにするものは持っていませんでしたよ・・・」

「じゃあ、いったい何なんですか?」

「・・・じゃあ申し上げましょう。あの少女・・・あの少女には男性器が付いていました」

「え? だ、男性器? じゃあ男の子・・・」




生活安全課ではたまたま現職警察官が“少女”が不思議な出現の仕方をしたのを目撃していた、というだけで特に事件性はないと判断した。ともかく全ては“少女”の意識が戻ってからということで、その後の扱いについては大学病院に委ねられることになった。






「はい。こちら生活安全課。え? “少女”の意識が戻った? それで名前は分かりましたか? はい、書き留めます。キリュウ、アラシ・・・え? 霧生嵐?」


発見されてから3日後、“少女”の素性が判明した。




「キリュウさんのお宅ですか? ええ、そうです、生活安全課の、そうです。ご無沙汰をしました。実はアラシ君が見つかったんです。そう、アラシ君です。1年ぶりの発見です、よかったです。え? 無事かって? ええっと・・・大変申し上げにくいことなのですが、あ、お気を確かに! 実は、アラシ君、女の子になっているんです。 ああ、お母さん! しっかりなさってください!」


所轄警察署の女性刑事は、急ぎキリュウ家に一報した。




「アラシが、アラシが・・・」

「アラシが見つかったのか?」

「アラシは無事なの?」

「お兄ちゃんはどこにいるの?」


一報を受けたキリュウ家では、刑事と話している母ノワケが、一旦は大喜びして感涙に咽び泣いていたのが急に身も世もないと激しく取り乱すのを目の当たりにして大騒ぎになってしまった。




「・・・ともかく、アラシは無事戻って来てくれたんだ」

「無事じゃありませんよ! 女になってしまっているんですよ! 何言っているんですか!」


母ノワケは髪を逆立てて椅子から勢いよく立ち上がった。


「まあまあ、お母さんも気を静めて。お父さんに食ってかかる話じゃないでしょ?」

「そんなこと言ったってアラシは、アラシは・・・せっかく男の身体に産んであげたというのに女になるなんて・・・あの子の気が知れないわ! お母さんは許しません!」


姉フブキがなだめても一向に気持ちが静まらないのか、母ノワケは激しい息遣いで胸を大きく上下させている。


「オマエなあ、許すも許さないも、まずは何があったのかアラシから話を聞いてみなけりゃ分からないじゃないか」

「性転換したくて家出していたのよ? アナタそれでも平気なの?」

「そりゃあ平気ではないよ。だが、無事に戻って来たんだ。まずは家族としてそれを喜ばないか?」


父オロシは意外と冷静に受け止めているみたいだ。


「・・・お母さんだってあの子が無事だったと聞いてホッとしていますよ。でも、でも・・・フブキだったら分かってくれるわよね?」

「わたしは子供を産んだ経験ないもん。でも、お母さんの言わんとするところは分かるわよ。息子がメバリ入れて厚化粧して腰をくねくね品を作りながら野太い声で女言葉しゃべると思うと虫唾が走るんでしょ?」

「そうよ! 男のくせに女の真似して・・・胸があるって言うじゃないの、どうせシリコンか何か入れたんでしょう、ああ嫌だ、汚らわしいったらないわ!」


女たちは、顔をしかめながら汚物にでも触るような表情をした。


「まあ、そう言うな。想像だけでアラシを攻めても可哀そうだろ?」

「あなた! 父親として息子の将来をどう考えるんです? オカマバーにでも就職させて一生を送らせても平気なんですの?」


母ノワケは父オロシの冷静な態度が気に食わないのか、別の観点から攻撃した。


「そんな偏ったことを言うもんじゃない。世の中には色々な人がいるんだ。それぞれの事情があってのことだろうし、法を犯しているのでもないのに他人がひとの生き様をとやかく言うもんじゃない」

「へえ、お父さんって結構人格者なんだ」

「フブキ、そしてハヤテ。好き嫌いはあっていい。だが、ひとを否定したり排除しようと思ってはいけないよ? アラシにはアラシの思いがあったのだと思う。たとえオカマになって帰って来たとしても、それでアラシじゃなくなるわけではないんじゃないのか? アラシを前にしたとき、おぞ気を震るったとしてもアラシはお前たちの兄弟であることに変わりはないんだろ? だから、嫌いでもいいが、存在だけは否定しないでくれよ?」


傍らで聞いていた母ノワケも少し気持ちが落ち着いて来たのか、父オロシの言葉が心に響いてくる様子だ。


「分かったわ、お父さん」

「うん。アラシ兄ちゃんはどんな風になってもボクの兄ちゃんだよ」

「きっと見るも無残な女モドキになっているんでしょうけど、少しでも可愛いところ綺麗なところがあったらその部分だけを見て好きになるようにするわ」

「よく言った。アラシだってこの1年は生易しい暮らしではなかったはずだ。家族が迎えてやらなければ誰がアラシを支えてやれるんだい?」


じっとやり取りを聞いていた母ノワケが口を開いた。


「女ってダメねえ。わたし、いっときの感情にとらわれてしまっていたみたいだわ。お父さんの言うとおりね、みんなでアラシを温かく迎えてやりましょう。どんなにみっともない、惨めな姿になっていたとしても、お母さんはアラシを受け入れるわ。だって、お腹を痛めた大切な息子なんですもの・・・」

「ノワケ、よく言ってくれたね。こんなことになるなら、オマエを一度くらい新宿2丁目の馴染みの店に連れて行くんだったなあ・・・」

「え? 新宿2丁目? アナタ、そんな店に出入りしていたの? だからやけに物わかりがよかったのね!」

「あ、いや、待て。俺が小遣いを何に使おうと勝手じゃないか!」

「ああ嫌や! お父さんがこんなだからアラシがオカマになんかなってしまったのよ!」


キリュウ家の家族会議は思わぬ方向に飛び火して行った。とはいえアラシを家族として温かく迎え入れることと、どんなに酷い女装姿であっても顔をしかめないということで合意はできた。




このときの様子からアラシの家族は、これから面会しに行くアラシの姿をどのようなものと想像していたのかご理解いただけようか。そのつもりでアラシに面会すると、そこに現れたのはこの世のものとも思われない絶世の美少女だったのだ。


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