第75話 目覚めるとそこは
≪・・・ピッ ピッ ピッ ピッ ピッ ピッ ピッ ピッ≫
混濁した意識の底にリズムを刻む耳障りな電子音が響いてきた。
うーん・・・
目を開けようとしたが瞼が貼り付いてしまったようで自由にならない。なんとか手を動かしてみようとしたけれどピクリともしない。身体にまったく力が入らないのだ・・・いや、入らないというよりは、感覚がない。
どうしたんだろう? 確か・・・ボクは何かの装置に入れられて・・・そうだ! 地球ゲートに入ったんだ。 いったい、ボクの身に何が起きてしまったのか? 意識が徐々に覚醒していくとともに、現在の状況を把握するため懸命にできることがないか考えてみる。
だめだ・・・唇すら自由にならない。今、ボクにできるのは耳を澄ますことだけだった。
≪・・・ピッ ピッ ピッ ピッ ピッ ピッ ピッ ピッ≫
相変わらず規則的な電子音が続いている他は、何も聞こえてこない。
ひょっとして・・・これが死後の世界?
ボクは、地球ゲートから転位したとき素粒子レベルにまで分解されたのだった。
そのまま元の形に戻れなくなってしまったのだろうか? だとすれば・・・分解されたまま何千年何万年も宇宙空間を彷徨い続けることになるのだろうか?
こんなことなら・・・惑星ハテロマに居た方がよかったのかもしれない。
たとえ・・・地球に帰れなくても・・・女として一生を過ごさなければならなくても・・・あそこには人の営みがあったから・・・人の中で暮らすことができたから。
ここは・・・誰もいない世界なのか・・・だとしたら・・・あまりにも寂しすぎる・・・ボクは・・・ひとりぼっち・・・孤独だ・・・。
それからどれくらい経っただろうか、無感覚だった身体の中で何かが動き出す気配を感じた。
そのまましばらくジッとしていると、指先や爪先に微かに痺れたような痛みが走ってきた。
「うーん・・・」
あ、声が出た! まだ、ボクは生きていたんだ!
声に気づいたのか、扉の開く音がするとこちらに靴音が近づいてくる。
「気がついたの? あなた、お名前は? 言える?」
女の人の声だ。懸命に目を開けようと試みる。今度はどうにか瞼が開いた。ようやく目が見えるようになると、霞んだ視界の中にボクの瞳を覗きこむナースの顔が見えた。
「ボ、ボクの名前はキリュウ アラシ・・・ここは・・・どこ? 」
そこまで言うと、再びボクの意識は混濁し目の前が真っ暗になった。慌てている声が微かに聞こえる。
「ドクター! 例の患者が目覚めました! 至急、至急お出で下さい!」
再びボクが目覚めたとき、様相は一変していた。
ベッドの周りには大勢の医者やナースが詰めかけて、興味津々といった表情でボクを見下ろしている。
「キミは、本当に、霧生、嵐君、なのか?」
ボクの脈をとっていた男の医師が尋ねる。何かとんでもなく間違った質問をしなければならなくなったかのように歯切れの悪い言い方だ。
「はい。ボク、キリュウ アラシです」
ボクは、あっさり答えた。
≪おおおおお~っ!≫
その場にいた全員が声をあげている。
「ううむ。本当にこの子があの神隠しにあった少年だというのか?」
「信じられない!」
「この科学時代にこのようなことが起こるとは!」
皆、口ぐちに何か言いながら、びっくりした表情でボクを見つめている。
「・・・神隠し? よく分かりません・・・それよりここは、どこ? なぜ、ボクはここに?」
「ここは病院。君は道で倒れていたところを運び込まれたのだ」
「病院って・・・道でって・・・ここは・・・地球なんですか?」
≪おおおおお~っ!≫
再び驚きの声があがる。
「いま、この子・・・地球なんですか? って訊いたぞ!」
「この1年、いったいどこにいたというのだ?」
「これはひょっとしてアブダクションなのか?」
「宇宙人に連れ去られていたって?」
ボクは、訳が分からなくなって尋ねる。
「1年? あれからまだ1年しかたっていないんですか? 今って西暦何年なんですか?」
その後、直ぐにボクの部屋は担当医師と担当ナース以外は立入禁止となった。
ボクが救急搬送されたのは、吉祥寺からそう遠くない所にある大学病院だった。
集中治療室に担ぎ込まれたボクは、直ぐに救急外来医によって検査された。特に内的外的な損傷や疾患は見つからなかったが、ひどく体力を消耗していて筋力が通常考えられないほど衰えている状態であること、そして・・・女体化した男性であることが分かった。
この不思議な患者をどう取り扱ったらよいのか担当医が医局内で相談したところ、非常に特殊な例であり貴重な研究対象となる可能性もあることから、全身を念入りに精密検査してみることとなった。
そして意識を取り戻すまでの3日間、ボクは身元不明の少女として婦人科の病棟に移されて様々な検査を受けて来たのだった。
「はい、これ。あなたのご希望の新聞よ。他にも何か要るものがあったらなんでも遠慮なく言ってね」
担当のナースはボクに新聞を手渡すと、何度も振り返りつつナースステーションの方に引き返していった。
意識が戻ってからボクのところにやって来る人たちの様子がなんか変だ。
ボクを凝視したまま目が離せなくなってしまったり、用もないのにボクの様子を見に来たり、言葉を掛けると急に瞳を潤ませたり・・・地球ゲートを通った際に何かが変わってしまったのだろうか・・・。
手に取った新聞を広げてみると自宅でとっていたのと同じアサリ新聞だった。この紙面とこのインクの臭い! 妙に懐かしい。
「ということは・・・間違いなくここは地球、それも日本! あとは何年かだ・・・」
急いで日付を確認する。
「2005年7月13日!」
ボクは一瞬、頭がクラクラした。
「2005年7月13日か・・・サッカー全日本A代表の試合を観たくて裏道を通ったのは2004年7月13日だったから・・・あれからたった1年しか経っていないんだ・・・」
実際に目の前で起きている現象をどう捉えたものか、頭の中を猛烈な勢いで情報と思いが駆け巡る。まさか、自分の身にタイムトラベル的な何かが起きるなんて思ってもみなかったのだから無理もない。
「れ、冷静にならなくちゃダメだ。よし、一から考えてみるんだ。ええと・・・ボクが惑星ハテロマで暮らしていたのは宇宙歴12010年2月から12012年8月までだから、2年と6カ月・・・」
ボクは、右手の指を折りながら計算をはじめた。
「経過した時間は・・・地球が12カ月、惑星ハテロマが30カ月。タイムラグは18カ月か・・・ということは・・・ボクの年齢は惑星ハテロマで17歳だけど、地球ではまだ16歳なんだ・・・いったいこれは・・・・どうしてこんなことに?」
ボクは急に浦島太郎のおとぎ話に似た惑星ハテロマの伝説を思い出した。
地球から転位したばかりのときに聞いた話だったっけ。ハテロマには地球からやってきた男、タラウユーラシアの伝説があったのだ。それは竜宮城側から見た浦島太郎みたいな話だった。
突然現れたタラウユーラシアは、3年ほど惑星ハテロマに滞在して地球に帰って行ったそうなのだが、その後の話は伝わっていない。タラウユーラシア、順番を入れ替えるとユーラシア・タラウ、ボクはウラシマ・タロウのことだと直感した。
もちろん浦島太郎のおとぎ話には、その後の話も書かれている。太郎が故郷に戻ってみると何百年も経過していた。家族も知合いも誰も彼も死んでしまっていた浦島太郎は、寂しさのあまり玉手箱を開けたのだ。老人になって時間軸的に帳尻を合わせたっていうストーリーだったはず。
浦島太郎がボクと同様に地球ゲートを使ったのであれば、ボクだって何百年も未来の地球に帰っているはずだ。地球に帰ることばかり考えていたので、タイムラグの危険性をまったく気にしていなかったけど・・・。
もしボクも、浦島太郎みたいに何百年後の地球に帰ってきたのだとしたら・・・家族や友達、誰一人知っている人のいない世界・・・それどころか人口膨張に環境破壊、温暖化に海洋汚染、各国各民族のエゴが角付き合せている人類の未来を思えば決して明るい未来とは思えない。そんな所にただ一人帰ってきたとしたら・・・考えるだけでもゾッとする。
思いを巡らせている内に、なんだか分かってきた気がした。
地球ゲートは惑星ハテロマと地球を結ぶ架け橋なのだ。宇宙船で長時間宇宙航行しなくとも瞬時に違う惑星に行くことができる大発明であれば、そこに時差はあってはいけないはず。ということは・・・同日同時刻に瞬間転位する為にはタイムトラベルが必要なのだ。時間軸を調整する機能こそが星間ゲートの本質なのかもしれない。
アビリタ王立アカデミーの科学者たちといえども、銀河系の辺境に棲む移民の末裔なのだ。星間ゲートを創り出した銀河系文明の中心にいる人類から全てを受け継いでいるとは限らないではないか。地球ゲートを起動する方法を調査し研究してくれたけれど、考えていたのは空間移動のことだけだった可能性がある。アビリタ王立アカデミーの科学者たちには、時間軸を調整する機能が故障していることなど思いもしなかったのではないか?
そうか・・・浦島太郎の物語は、星間ゲート遭難事故の記録だったんだ!
経過時間1年で地球に帰還できたボクは、とてつもなく幸運だったのかもしれない。
ボクは、知らずに両腕で自分を抱きしめていた。この身体、この両腕・・・無事でよかった。
・・・そういえば惑星ハテロマに着いたとき、ボクの身体は組成が左右逆になってしまったんだった・・・ひょっとして今回の転位でも何かとんでもないことが起きていやしないだろうか?
ベッドの周囲には鏡や姿を映せるものはなかった。
仕方なく、自分の見える範囲で右手左手、右足左足を動かしながら見比べてみる。ついでに下半身にも手を触れてみる・・・うん大丈夫、ちんちんは無事だ・・・もしかして余計なものが付いていたりして・・・大丈夫、尻尾は生えていないや・・・どうやら、おかしなところはないな。
あとは左利きになってしまったことだ。えっと・・・文字を書いてみればいいんだ・・・あっ右利きに戻っている! ということは再び左右反転したんだ・・・時間のズレと左右反転・・・やっぱり危なかったんじゃないか!!
ともかく、ようやくこれまでの2年半の苦労が報われたんだ。
そう思うと、なんだか胸が熱くなってきて視界がぼやけてきた。惑星ハテロマでの足かけ3年間の女体化ですっかり涙もろくなってしまったようだ。
ああ、母さんに会いたい・・・父さん、フブキ姉ちゃん、ハヤテ! みんなどんなに心配しているだろう・・・。そう思うともう居ても立ってもいられなかった。ボクは、ナースに自宅の住所と電話番号を告げると、家族に連絡してほしいと頼んだ。
病室の引き戸がサッと開くと懐かしい顔と顔と顔が見えた。
「アラシ!!」
「兄ちゃん!!」
「・・・アラ・・・シ?」
ボクを見つめたまま、皆固まってしまった。
「アラシ? 本当にアラシなの?」
「アラシよ。間違いない・・・母さんには分かるわ」
「アラシ兄ちゃん・・・姉ちゃんになっちゃったの?」
「母さん・・・フブキ姉ちゃん、ハヤテ。ごめん。心配かけちゃったね。でもどうにか戻ってこれたよ」
母さんはボクを抱きしめながら
「お帰りアラシ。この1年というもの母さんそれはそれは心配したわ。それにしてもな~んて可愛いのかしら! あらあ、肌のきめ細やかなこと! まるで赤ちゃんみた~い」
と頬ずり。
「お母さん、そろそろ代わってちょうだい。私にもこの子を抱きしめさせてよ」
「だめよぉ。行方不明でこの1年の間、アラシと一緒にいられなかったんだもの」
「それは私も同じでしょ?」
「いいえ~私はこの子の母親なの♪ 不憫なこの子にたっぷりと母の愛情を注いであげたいのよ」
そういうと母さんは、ますますギュウッとボクを抱きしめる。
「むぎゅ~」
「1年会えなかったのは私も同じなの! お母さん、もう十分でしょ?」
母さんを押しのけて、今度は姉貴がキツクボクを抱きしめてきた。
「く・・・苦しいよ。フブキ姉ちゃんがこんなことするなんて、はじめてじゃない? ボク、生まれてこの方こういうことされた記憶ないんだけど」
「いいのいいの。だってこんなに可愛いんだもの。それにしてもアナタ細いわねえ! それになんて綺麗な髪なの! 声だってアニメのヒロインみたいだし! こんな美少女が妹なんだって聞いたらみんな羨ましがるわ!」
「い・・・妹ちがう! お・・・弟だから」
締め付けられて息も絶え絶えになりながら、ボクはやっとの思いで言い返した。ふと視線に気がつく。ハヤテがベッドの足の方からまっ直ぐボクを見つめて、瞬きもせずに口をパクパクさせている。
「は・・・ハヤテ? ど・・・どうかしたか?」
「ん、な、なんでもない」
ハヤテはポッと頬を赤く染めるとうつむいてしまった。でもしっかりボクの寝間着の裾はつかんでいる。
タイムラグの問題はあったけど、こうしてボクは無事に生まれた故郷の惑星に帰還し、再び家族と巡り合うことができたのだった。
あっちの2年半がこっちでは1年なのだ。よくよく考えてみると1年半得しているじゃん・・・女の子だったら合法的に年齢サバよめて嬉しいかも! ま、それはともかくこちらで1年経ったということは、今日が1学期の終業式で明日から夏休みなのだ。
ひと月あればなんとか元の姿に近いところまでは持っていけるのかなあ・・・まずこの胸をなんとかしなくちゃ・・・なんか以前より重い感じがする・・・ともかくこれじゃあどう見ても女の子だ・・・こりゃ切除手術だな・・・それから髪も切って・・・あと、お腹の中の女の子パーツか・・・外見では分からないからいずれどこかのタイミングでかな・・・などなど元の高校生活に戻る方法を考えていると母さんと医師が病室に入ってきた。
「キリュウ君、具合はどうかな?」
「はい。どこも痛いところはありません」
「そう、それはよかった。そうだ、改めて自己紹介しないとね。私は君の担当医で婦人科の村山だ」
「・・・え? ふ、婦人科?」
ボクは、あまりのことに二の句が継げなかった。
「そう。そしてここは婦人科病棟。見掛けも中身も君には女性としての条件がそろっているからね」
あっさり言われてしまった・・・立ち直れない・・・いや、婦人科で診療を受けているとうことならその理由があるはずだ。男でも乳がんに罹る危険性があるんだって聞いたことがある!
「どこかボクの身体に、その・・・ふ、婦人科系で悪いところがあるんですか?」
「あ、いや、それはない。君はいたって健康体だよ」
「じゃあ、どうしてボクが婦人科なんですか? 変じゃないですか!」
と言ったら担当医の目が泳ぎはじめた。汗までかき始めている。
「・・・誤魔化しても納得しないか。よし、率直に言おう。君は極めて特殊な身体なんだ。いろいろ検査させてもらったが、性染色体は完全なXY。睾丸は切除されているが完全な男性器を持っていたことが分かった。なのに体内には子宮と卵巣があり女性としての要件を揃えている」
そりゃそうだろう・・・でも、それには深い事情があったわけで。それはそれとして、そういう身体に生まれつく人が少なくないって聞いたことがある。
「でも、ISとかテレビでもやっていましたよね?」
「確かに君の言うとおり両性具有の事例は数多くあるが、君のように後天的、言い換えると人為的に男性が女性化した例はないんだ」
「でも、それって性転換手術のことなんじゃ・・・」
テレビにも元男だったタレントが出ているくらいだもの。
「FTM、MTF、性適合手術で別の性に作り替える例はある。男性を女性にする場合、乳房を作り、ウェストを細くし、臀部を膨らませ、男性器を女性器の形に作り替えるわけだが、あくまで形を似せているのだ。ところが君の場合、実際に機能している女性特有の内臓器官をもっているんだよ。分かりやすく言うと、君は男性でありながら妊娠・出産・授乳ができてしまう身体なんだ」
あ・・・痛いところを突いて来た。ほら、母さんの表情が見る見る変わっていく。
「まあ! アラシは赤ちゃんが産める身体なんですね?」
「ええ、お母さん。いくつか条件を満たす必要はありますがアラシ君が出産することは可能です」
「嬉しいわあ! アラシが産んだ子の世話ができるんだわ! お祖母ちゃんになるんだわ!」
「か、母さん!」
思わぬ味方を得て巻き返しに成功したと思ったのか、担当医の村山は舌なめずりをすると決めつけるように言い出した。
「という訳で、君は立派な婦人科の患者なんだよ」
「ううっ・・・」
「どうやって男性である君が子宮と卵巣を持つことができたのか、これが解明できれば生命科学と生殖医療はたまたトランスジェンダー医療の大発展に繋がるんだ。是非研究に協力してもらいたいんだよ」
ん? なんか変な方向に話が向かっているのでは・・・。
「協力って・・・ボクにどうしろと言うんです?」
「定期的に検査を受けてもらいたいんだ」
「・・・検査」
「男性である君の中にある女性特有の器官が内分泌等活動することにより、どう身体に影響が出るのか正確に追いかけたいんだ。それと、ゆくゆく君が完全に女性になるときには性適合手術をうちでやらせてもらいたい!」
ボクが完全に女性になるだって?
「単なる臓器移植では拒絶反応が起きてしまうため生殖器形成術で生殖機能をもたせることに成功した事例はこれまでどこにもないのだ。これが史上初、世界初の術式になるだろう!」
担当医の村山は熱弁を奮っていくうちにすっかり熱に浮かされたような目になってしまった。なんだか実験動物のように見られているようでムカムカしてきた。こんな所とは一刻も早くおさらばしたい。
「わかりました、村山先生。じゃあ、手っ取り早くボクの身体から子宮と卵巣を取っちゃってください。先生に差し上げますからそれを使って自由に研究してください」
陶酔状態だった担当医の表情が一瞬でこわばった。
「それはだめだ! そんなことをしたら元も子もない! 生命体として機能しているからこその研究なんだ。それを摘出してしまっては意味ないじゃないか!」
「そんなこと言ったって、ボクは二学期までに男に戻らなければならないんですから!」
「ダメだダメだダメだ! 君はそのままの身体でいなければならない!」
興奮のあまり担当医の唇がブルブル痙攣しているのが分かる。
「何言ってるんですか! 患者の生活の質、幸せを第一に考えるのが医者の役目でしょうが!」
「まあまあまあまあアラシ、先生からよくお話を伺ってから相談しましょうね?」
結局、母さんに宥められて最後まで担当医の話を聞くことになった。
でも概ねボクの置かれた状況は分かったので、今後のことについて父さんと母さんとよく相談して決めることにした。
担当医の説明をまるめて言うと、日付と場所の認識に少し混濁があることと筋力が落ちていること以外は、男なのに女体化していることが目につくくらいで特に健康に問題はないとのことだった。
ただし、子宮と卵巣については、もし取ってしまうと自己生産できている女性ホルモンが失われるため、ホルモンバランスが崩れて内臓疾患を生じる危険性が高くなる。また、乳房の除去についても相当身体に負担があるので、体調が完全に回復するまではやめた方がいいということだった。
はっきりしたのは、今から男に戻ったとしてもボク自身では十分な供給量を生産できないから男性ホルモンを定期的に外部から接種しなければならないし、子宮と卵巣を切除してしまった場合にも同様の理由で女性ホルモンを接種し続けるしかなくなるということだった。
邪魔な胸の膨らみだけは何とかしたかったけれど、事を分けて説明されると納得するしかなかった。
筋力が落ちたことは自分でも実感がある。腕の上げ下ろしはもちろん、身体を起こしているだけでも首に頭の重さが圧し掛かってくる。地球の重力がこんなに重いなんて知らなかった。
担当医によればまるで宇宙ステーションに長期滞在した飛行士の身体みたいだそうだ。
それを除けば本人的にはいたって健康であり、母さんたちの顔を見たら急に食欲もわいて来たことだし早く家に帰りたくなった。
今日明日手術する必要がないならやることもないはずだし直ぐに退院させろと病院側に迫ったところ、止める理由もないので渋々ながら退院許可が出た。担当医は、ボクをいっときも手放したくなかったみたいだけどね。
これでようやくボクは家に帰ることができることになったのだ。