第74話 さよなら、惑星ハテロマ
「ハッ・・・ハッ・・・ハッ・・・ハッ・・・」
ボクは、床に背中をつけて腰を両手で支え、両足を交互にピンと伸ばしながら真上まで上げる。これを30セット。
自分の部屋の中だから平気でランジェリー姿になっているけれど、他人から見られたら相当顰蹙を買いそう。
「うふふ。ラン姫ファンの皆さんが今の姿をご覧になったら鼻血を出しちゃいましてよ! それにしてもランさん、ご精が出ますね」
「しょ、しょうがないじゃないか・・・ハッ・・・ハッ・・・これをやらなきゃ、ボクの固有形質が・・・ハッ・・・ハッ・・・来たときの数値に・・・ハッ・・・ハッ・・・戻らないんだから」
ボクは、ベルに手伝ってもらいながら続きのトレーニングに励む。
ヴェーラ博士を通じて、王立アカデミーの科学者たちの考案した体操を、毎日決められたスケジュールで繰り返すよう指示があったからだ。
「それにしてもランさん、ずいぶん身体が柔らかくなりましたね。180°開脚でそんなことできてしまいますもの」
「う、うん・・・ハッ・・・ハッ・・・毎日まいにち・・・ハッ・・・ハッ・・・こんなことやらされているからね」
「うらやましくって、嫉妬しちゃいそう」
「え?・・・ハッ・・・ハッ・・・だったらベルだってやったらいいじゃない」
と言いながら座ったまま大きく両足を開くと、上体を捻りながら伸ばした片方の足の上にぴったり屈みこむストレッチをする。元は男の子だからそう簡単には前屈できなかったのだが、今では苦も無くこの状態で床におヘソが着くようになってしまった。
就寝前には毎晩、ベルが複雑な計測器を使ってボクの身体を測定してくれる。
地球ゲートに固定されている最後のゲート利用者の固有数値に合致さえできれば、ボクは再びゲートを通過して地球側に転位することができるのだ。
まあ、それってつまりはボクがここに来たときの身体のことなのだが。あの時のボクは15歳、今は17歳になる。身長も162cmだったのが今では168cmだ。成長してしまった以上は自分で自分の身体を調整するしかない。
「ランさん、ヴェーラ博士から今晩の夕食のご指示がありましたのでお献立を用意してますけど・・・なんだか」
「ハッ・・・ハッ・・・な、なんだかって なに?」
「なんだか、小鳥さんかウサギさんのお食事みたいですよ」
「ハッ・・・ハッ・・・きょ、今日も・・・ハッ・・・ハッ・・・や、野菜ばっかり?」
「まあ、くだものも少しありますけどね」
防衛戦に出なければならなくなったタイトルホルダーのプロボクサーが、試合前に必死で減量させられているみたいだ。繊維質のおかげですっかり“お通じ”の方もよくなってしまった。
「ほらほら、ちゃんと乾かさないと、髪が傷んでしまいますよ。濡れたままで自然に乾燥させてしまうのが一番よくないんですから」
「もういいよ。どうせ地球に戻ったらバッサリ切っちゃうんだし」
「そんなことできるもんですか。こんなに綺麗なロングヘアはめったに見られるもんじゃありませんよ」
「そうなの? だったら、短くするついでに売れるかも。ちょっとした小遣いになるかな?」
「な~に言ってるんですか! 地球に帰ったら帰ったで、ランさんのご家族はじめ皆さん絶対に髪は切らせないって言うと思いますよ」
ベルはそう言いながら、微温めの風で丁寧にボクのストレートヘアの毛先を乾かす。
「なんだか寂しくなるなあ。もう直ぐランさんのこの美しい髪もお手入れすることができなくなるなんて」
哀しそうな声に思わずボクは、鏡の中に映るベルを見つめた。少し頬が赤らんで目が潤んでいる。
「・・・ベル。ボク、とっても感謝しているんだ。もしベルがいてくれなかったら、女神杯に勝つことはもとより、出場することすらできなかったかも知れなかったもの」
「・・・ランさん」
「見た目はどうか分からないけど、ボクって根が完全に男じゃない? 女の子の世界なんてチンプンカンプン、分からないことだらけだったんだ。ベルが手取り足取りああしろこうしろ言ってくれたからバレずに済んだんだよ。生理のことだってそうだものね? レーネもカーラも、いまだにボクが男だって気づいてないんでしょ?」
「ええ、もちろん! ランさんはよく女の子に化け切りました。ベルはとっても感心しているんですよ」
ベルは真面目な顔でそう言った。
「はじめて褒めてくれたね、ベル」
「・・・ランさん」
ベルとはいつも冗談ばかり。シリアスなやり取りをすることってそうそうなかったかも。ボクは照れくさくなって話題を変えた。
「でもさあ、ベルとボクの生理がまったく一緒って変じゃなかったの?」
「いいえ。女の子の身体ってとっても不思議で、仲のいいお友達同士や共同生活したりしていると一緒になっちゃうことが多いんですよ」
「へえ? そうなの? じゃあ、ボクとベルの関係もそう思われていたんだ・・・」
「あら? ランさんはベルのことがお嫌いだったんですか?」
「い、いや、それは・・・好きとか嫌いとかじゃなくって・・・」
その夜ボクは、ベルに就寝前のお肌のケアや髪の手入れをしてもらいながら、遅くまでサンブランジュ公爵宮殿に来てからいろいろあった思い出話に花を咲かせた。
≪ビョビョビョ~ン♪ ビョビョビョ~ン♪ ビョビョビョ~ン♪≫
「起きなさい! ランちゃん! あと3分で迎えの地上車が着くから、すぐにそれに飛び乗るのよ!」
その夜、きついトレーニングと乏しい食事にすっかり疲れ果てて眠っていると、けたたましい緊急呼び出し音がし、続いてヴェーラ博士のハスキーな喚き声が聞こえてきた。眠い目をこすりながら足元を見ると、ベッドの上に浮かんだヴェーラ博士の立体映像が大仰に手を振り回している。
「ふああ~こんな夜更けにいったいなんなんですか?」
「寝惚けている場合じゃないの! 説明は後あと、いいから言う事を聞いて!」
「でも、寝巻だし着替えないと・・・」
「そんなことどうだっていいでしょ? キミ、地球に帰れなくなるわよ!」
「え?」
「地上車に乗ったら説明してあげるから、とにかく急いでちょうだい!」
いつになく緊迫した真面目なヴェーラ博士の口調に、ボクは着替える間もなく部屋を飛び出すと階段を一気に駆け下りて巨大なエントランスホールを入口へと走った。
「ランさ~ん!」
後ろを振り返ると、ベルがこちらに向かって階段を走り下りてくる。ボクはエントランスへと急ぎながらベルに向かって叫ぶ。
「ヴェーラ博士から緊急呼び出しなんだ! ボク、行かなくっちゃならないんだ!」
ボクが宮殿エントランスの大扉を開けるのと、ロングストレッチの大型リムジンが車寄せに猛烈なスピードで滑り込んできて急停車するのとほとんど同時だった。
「姫君! こちらへ!」
地上車のドアが内側から開くと、王宮警備隊のダーラム小隊長が手招きした。
「ダーラムさん?」
「お久しぶりです姫君。国王陛下、宰相閣下から姫君を地球帰還まで警護するよう申し付かっております。さあ、お急ぎください! 地球ゲートまでご案内いたします」
と言いながらボクの手を取り後部座席に招き入れようとした。ボクは後ろを振り返って手を振りほどく。
「ちょっとだけ待ってください。ベルが来ましたから」
「は、でも、くれぐれもお急ぎを」
ボクは、ベルの方に駆け寄る。ベルは息を切らせながらボクの肩にケープを羽織らせた。
「はあ、はあ、はあ・・・そろそろ夜風が冷たいです。これをまとって暖かくしないと風邪をひいちゃいますよ。気持ちは違うとしても、ランさんの身体はか弱い女の子なんですからね」
「ベル・・・ありがとう。ついに呼び出されちゃったよ。どうやらお別れみたいだ。公爵や宮殿のみんな、学校の友達や先生、それとユージンともお別れの挨拶ができなかったけれど、最後にベルと話せてよかった」
「ランさん・・・」
「ボクは、こんな女の子の身体になってしまったけれど、どうやらこれで地球に帰ることができそうだ。だから、今のボクはとっても幸せだよ。いろいろ心配かけたり怒らせたりしてごめんね。ベル、これまで本当にありがとう!」
と言うと、ボクはベルに抱きついた。ベルが大きく腕を広げてボクを包み込む。ボクよりベルは身体が大きいから、まるで雛を抱きしめる雌鶏みたいに見えたかも。
「さ、姫君。お急ぎください」
ダーラムが時計を気にしながら言った。
「もう・・・お別れしなくちゃ。星空を見上げるときには必ずベルのことを思い出すからね。さようなら!」
「ランさん・・・お元気で。女の子の身体はとってもデリケートにできているんですからね!」
「うん、分かってるって! じゃあ」
と言うとボクは後部座席に乗り込んだ。ドアが閉まるや猛スピードで走り始めた。
リアウィンドウからどんどん小さくなっていくベルの姿が見える。ボクは、サンブランジュ公爵宮殿の壮麗な姿が見えなくなるまで後ろを見つめ続けた。
「“ランちゃん。迎えの車にちゃんと乗ったわね?”」
ソファセットのように向かい合ったシートの間の空間に、ヴェーラ博士の立体映像が現れた。
「はい、先生。ベルたちとはお別れなんですよね?」
「“慌ただしい出発になってしまったけど、キミを地球に帰すためには仕方なかったのよ”」
キミと呼ばれたので心配になり、思わず向かい側の席に座るダーラムを見てしまう。
「“あ、ランちゃん大丈夫。ダーラム小隊長はキミが男の子だってこと知っているから”」
そんなボクを見て、ヴェーラ博士の立体映像がフォローする。
「え?」
「“そうなのよね? ダーラム小隊長”」
「は、存じ上げております」
ダーラムは失礼にならないようにボクとは視線を合わさず静かに言った。
「じゃあ・・・こうして男のくせに女の子、それもお姫様のなりなんかしているのを見て、ボクのこと気持ち悪いって思っているんだ・・・」
「め、滅相もございません! 姫君は姫君、わが小隊にとって忠誠をお誓いしているお方であり頂戴した胸章は隊の誉であります!」
と言いながら胸元のワッペンを誇らしげに叩いた。『プリンセスラン親衛隊』の金文字がソードラケットと地球ゲートを交差させたイラストに輝いている。
「あ! それって、ボクが小隊の皆さんに差し上げたもの・・・」
「姫君手ずから刺繍なさった唯一無二の胸章であります!」
「でも男が作ったものなんかじゃ・・・」
「姫君は姫君、男でも女でもまったく関係ありません!」
そのやり取りを面白そうに見ていたヴェーラ博士の立体映像が言う。
「“だそうよ? キミの美貌をもってすれば男であろうと女であろうと関係ないんだって”」
「そんなあ・・・」
「“それにキミは手芸がとっても上手なんだって? 公爵が宮中晩餐会で愛娘手織りのマフラーを自慢して見せてまわっていたそうよ!”」
「あ、あれは行きがかりというか仕方なく・・・」
「“とにかくラン姫手製のワッペンは宝物なんでしょ? 小隊長”」
「もちろんであります!」
「“ということでキミの秘密はな~んにも隠さなくていいの。それじゃあ説明してあげるわね”」
その後、移動する地上車の中でヴェーラ博士から急いでいる理由を教えてもらった。
宰相からの指示でボクが女神杯に勝利した後、王立アカデミーの科学者たちは地球ゲートの改修作業をはじめていた。作業の傍ら、周期的に起きる地球ゲートの起動タイミングについての調査分析も実施。固定されている座標データと閉塞後に何度もあったとされるゲートを通過した民間伝承、地球ゲートの守人ヒムス家の日記等から割り出したデータで、昨日ようやく計算式が完成したのだそうだ。
そしてさっそく計算してみたところ、地球ゲートが起動するタイミングは概ね30カ月周期であることが判明。なんと次のチャンスは3時間後に訪れるということが分かったのだ。
直ぐに宰相に報告が上がり、深夜にもかかわらず国王陛下に奏上した結果、ボクを地球ゲートに乗せる許可が下りたのだそうだ。そして宰相からヴェーラ博士に指示が下りてボクに緊急呼び出しが掛かる。そこまでわずか1時間、ボクを地球に帰す為に超スピードで手配がなされたのだ。
「“というわけで急いで地球ゲートに向かってもらっているのよ”」
「じゃあもしこれを逃すと・・・次の起動は2年半後!」
ボクは、改めて緊迫した状況にあることを理解した。
「“そういうことね。可愛い女の子のキミも、その頃には大人の女になってしまうのよ”」
「ボクは女じゃありません! そんな先なら男の身体に戻って、ここに来たときの固有形質の数値になるよう頑張りますから!」
「“あらあら片意地はっちゃって。ま、いいけど”」
ヴェーラ博士はどうしてもボクを女にして置きたい様子だ。なんだか引っかかるけど・・・。
「ともかく、この機会を逃すと当分先まで地球に帰るチャンスはないということですね?」
「“そう、そのとおりよ。地球ゲートではキミが到着次第いつでも送り出せるよう準備を終えているのよ。既にカウントダウンも始まっているわ”」
「起動予定時刻まであとどれくらいですか?」
「“1時間51分40秒ね。相当飛ばしてもらっているけれど、王都アビリターレから地球ゲートまでは2時間の距離だからギリギリね”」
ボクがこの世界に居られる時間はそれしかないんだ。
「ボクの固有形質は間に合ったのですか?」
「“ここのところ毎晩寝る前に計測させてもらってるじゃない? 昨晩のデータはこれね”」
と言うとヴェーラ博士の立体映像がグラフが見えるようこちらに向けて差し出した。
「あっ! ぴったり同じだ!」
「“おめでとう! ランちゃん、よく頑張ったわね。ただ単に女の子の身体になるだけじゃこうは行かなかったもの。キミがしっかり美容体操をしてくれたおかげよ!”」
え? ヴェーラ博士の命令で毎朝毎晩機会あるごとに、大汗かかされていたんだけど。
「あれ・・・び、美容体操だったんですか?」
「“あら? 知らなかったの? 骨盤を引き締め、ウエストを絞り、バストアップして姿勢をよくする体操じゃないの。それを世間では美容体操って呼ぶのよ! だからご覧なさい、今のランちゃん、プロポーション抜群よ! ほんと綺麗なこと! 女から見ても惚れ惚れするわ! ついに、ついに理想の美少女を創り上げることができたんだわ!”」
ボクを見つめるヴェーラ博士の瞳が狂気を帯びて熱っぽく光る。別世界にぶっ飛んでいる人のようで怖い。
「そ・・・そうだったんだ。やっぱり、ボクを女にすることしか考えていなかったのか・・・」
「“というわけで固有形質もバッチリよ! あら、なんて顔しちゃってるの?”」
ひとの言うことなんか何も聞いちゃいない。ボクは、泣きそうになりながらも帰還条件が満たされたことを喜ぶしかなかった。
星明りしか見えない暗闇の中を猛烈なスピードで突っ走ってきた地上車が、地球ゲートの周回道路で車輪をドリフトさせながら急停止した。
「姫君、お待ちしておりましたぞ!」
「あと2分! お急ぎください!」
「既に、地球ゲートが同期しはじめております!」
地上車の扉が開くと、ボクは直ぐに科学者たちに取り巻かれて急ぎ足で地球ゲートの方へと案内される。
「あ、あの・・・このまま行くんですか?」
「もう時間がないのです! このチャンスを逃すと2年半待たねばなりませんぞ!」
この格好で地球に帰るのもなあ・・・。
ボクは、寝間着姿にアイボリーのケープを羽織った自分の姿を見下ろしながら、ひとつため息を吐く。
でも、恰好なんかより中身の方が問題か・・・女の子になってしまったんだから。
気持ちを切り替えると首を振りながら再び歩き始めた。
夜のとばりにすっぽり包まれた森の中を進んで行くと、灯りが煌々と点された一角が現れた。地球ゲートだ!
前に見たときには荒れた更地に石組みの台座があるだけの古代文明の遺跡みたいだったが、今は周囲を何種類もの大型機器とそれを繋ぐ何本ものケーブルが取り囲んでいて、その間を忙しそうに立ち働く大勢の科学者たちの姿がある。科学技術の粋を集めた最先端実験施設のように見える。
案内する科学者が言っていたとおり、実験装置の中央、石組の台座の真ん中から既に七色に変化する光が炎の様に立ち上っている。それが揺らめくたびに≪ヴオン≫という放電音に空気が震えて仄かにオゾン臭を漂わせる。
その時、頭の中にメッセージが響いた。
『・・・ΨξψЖΩηΔΘΧБ・・・ΨξψЖΩηΔΘΧБ・・・』
ボクをよんでいる! 直接頭の中に語りかけてくるので意味は分かるのだが、その音を聞き取ることができない・・・いや、そんなことはないかも・・・なんだかとっても懐かしい響きだ・・・もしかしてこれって地球の言葉じゃないか?
そうか! 星間言語調整システムのせいなんだ!
星間ゲートには旅行者を支援する便利な機能として星間言語調整システムがある。独自の文化で発達した惑星間の言語障壁を取り除く大発明で、星間ゲートを通過するとき訪問先の星の言葉を元の言葉と置き換えて脳内言語中枢に刷りこむ仕掛けになっている。
だから地球ゲートを通過したとき、ボクは突然惑星ハテロマの言葉が喋れるようになっていたし、同時に地球の言葉をすっかり忘れさせられたのだ。
『・・・ΨξψЖΩηΔΘΧБ・・・ΨξψЖΩηΔΘΧБ・・・』
いまのボクには、聞き取ることはできないけど懐かしい響きだ。まるで、地球がボクに呼びかけてくれているみたいだ!
「さあ、時間がありませんぞ。すぐにお入りを!」
その時、地球ゲートを取り囲むフェンスに走り込んでくる足音と激しい息遣いが聞こえた。
「アラシ!」
「アラシ~!」
「アラシちゃん!」
振り返るとヒムス家の3人がフェンスにしがみつく様に立っていた。
「ラミータ? ラマーダ母さん? お、オスダエルじいちゃん! 来てくれたんだ・・・」
「そうとも。宰相閣下から連絡があっての。飛び出して来たのじゃ!」
「アラシ、よかったわね! これで地球に帰れるのね!」
「アラシちゃん。もう、会えなくなっちゃうんだよお~!」
ボクは、思わず歩みを止めてしまった。
「もう15秒を切りました! この機会を逃すと帰れなくなるのですぞ?」
案内する科学者が警告する。
「ヒムス家の皆さん、ありがとう。最後にお別れすることができてよかった。じゃあ・・・お元気で!」
そして、ボクは踵を返すと地球ゲートの方へと歩き出す。時間がないので地球ゲートを取り囲む科学者たちがザワザワしているのが分かる。
「皆さんお世話になりました。ありがとう! ボクは行きます」
ボクは、周囲で見守る大勢の科学者たちに会釈した。しっかりとした足取りで台座の中央へと踏み出す。
『・・・地球へ・・・地球へ・・・』
光の中に入った途端、音声と意味がひとつの言葉として結びついた。
地球へ、地球へ! 旅立つんだ! 地球へのフレーズの繰り返しとカウントゼロに向かって刻一刻と進む秒読みが全身を覆いはじめる。
『9』
『8』
『7』
いよいよ地球に帰還できるんだ。
『6』
『5』
『4』
長かった・・・2年半か。
『3』
『2』
『1』
まぶしいっ! 視界が真っ白になって体がふわっと浮いた。バラバラになった自分が粒子になってどんどん加速していく・・・ああ、意識が遠くなって来た・・・ベル・・・ヴェーラ博士・・・サンブランジュ公爵・・・オスダエルじいちゃん・・・ラマーダ母さん・・・ラミータ・・・ミーシャ・・・パメル・・・サリナ・・・ジル・・・ローラ・・・レア・・・ユージン・・・さようなら、みんな・・・さようなら、惑星ハテロマ・・・・・・・・・・・・・・・