第73話 凱旋パレード
「はあぁ・・・」
ボクは、鏡に映る自分の胸元を見て思わずため息をついた。
「な~にため息なんかついちゃってるんですか?」
「自分の胸にくっきり谷間ができているのがショックなの! 参ったなあ・・・これじゃあ完全に女じゃないか」
「そりゃあ、ランさんは女の子なんですもの。下からオッパイをぐいっと持ち上げてしっかり寄せて前浅で肉厚のカップに収めれば、立派なグラマーになりましてよ。それに、最初に宮殿にいらした頃よりは絶対大きくなっていますもの」
「だから、ボクは男なんだってば。こっちの身にもなってよ! この出っ張った膨らみが揺れ動くたびに、女体化していることを思い知らされるんだから! それにこの耳にぶら下がっている錘! 女は好き好んでなんでこんなもん着けたがるのかなあ」
「はいはい。でもとってもお似合いですわよ。公爵家伝来のそのイヤリング、亡くなったマリアナ姫様もお似合いでしたけれど、ランさんの陶器のようなお肌にはバッチリです。まるでランさんの為に誂えたようですわ。さあ、そろそろご出発のお時間、公爵様がお待ちですよ」
「ううっ・・・今日一日の辛抱、ガマンガマン。今日さえ我慢すれば男に戻れるんだ・・・」
ボクは渋々化粧台から立ち上がると、ベルに手を取ってもらってピンクのピンヒールに履き替えた。
「お待たせしました」
「ほお・・・」
カミングアウトしてからというもの公爵の視線が痛い。
「な、なにをジッとご覧になっているんですか! いくら養父だからって無遠慮すぎです!」
「ははは。オマエがあんまり魅力的なものでな。小娘だとばかり思っていたが、そういう胸を出した恰好をすると実に見事な身体つきだ」
「もう! 好きで着ているんじゃありません! ベルが無理やり着せたんです! こうしているだけでも居たたまれない気持ちなんですから・・・」
「あはは。今日はしっかり皆様に愛想を振り撒いて女の魅力を見せびらかすのだぞ! さあ、陛下がお待ちかねだ。参ろうか」
「愛想をって・・・女の魅力って・・・ううっ・・・今日一日の辛抱、ガマンガマン」
公爵はポンとボクのお尻を叩くと、手を取って腕に絡めて地上車の待つ車寄せへと歩き始める。ボクは市場に曳かれて行く仔牛のように肩を震わせ重い足取りだ。
その様子を見ていた見送りの宮殿スタッフたちがヒソヒソ囁きあう声が聞こえてくる。
「公爵様、少しお変わりになったみたい・・・」
「前はあんなに姫様にデレデレだったのに、今のご様子だとどうやら子離れしたみたいね」
「姫様は姫様で、また恥ずかしがり屋さんに戻ってしまわれたご様子で」
「そうそう! あんなに綺麗で可愛くてらっしゃるのに素敵なドレスを身にまとう姿を恥ずかしがってらして」
ううっ・・・みんなひとの気も知らないで。
「傷を負って療養を余儀なくされたラン姫が本復し、こうして皆と祝勝の宴を開けることになり誠に祝着じゃ。それでは女神杯勝利を祝って盃を挙げよう。勝利の女神、ラン姫に乾杯!」
陛下の乾杯の発声で祝宴が始まった。王宮の大広間に設えた長テーブルには着飾った貴族や市民が1000人近く居並んでいた。ボクと公爵は、国王と王妃の目の前の席だ。隣には宰相も座っている。
「さあ御礼を申し上げなさい、ラン」
「陛下。わたくしの為にこのような晴がましい席を開いていただき感謝の言葉もございません」
公爵に促されたボクは国王と王妃に、少し強張った微笑みを浮かべながら会釈して言った。
「いやいや。姫に感謝せねばならぬのは予の方じゃ。苦節40年、ヤーレに煮え湯を飲まされ続けた長きトンネルであったわ。不況も天災も悪しきことども全てが女神杯に勝てぬことが原因と誰もが嘆いて暮らして参ったのだ。国民に成り代わって礼を申すぞ」
「も、もったいなきお言葉です」
ティアラが滑り落ちてこないように注意しながらボクは頭を下げた。
「予から姫にしてやれることとてないのだが、わが王国で序列最高位の勲章を授与したい。受け取ってくれようかの?」
「ありがたき幸せにございます」
再び頭を下げる。身動きするたびに寄せて挙げられている乳房がはみ出しそうになる。ベルの奴が膨らみを目立たせようと、少しきつ目に締め付けたせいに違いない。
「それとの、もうひとつ。そこの宰相からの進言があってな、姫の願いを叶え、地球ゲートの使用を認め故郷の惑星へ帰還を許すことにしようと思う。いかがじゃ?」
「ほ、本当に?」
「これこれ、予に嘘か誠か尋ねる奴があろうか。愛い奴よの。あははは!」
「あ、相済みません。で、でも・・・う、嬉しゅうございます!」
ボクは興奮のあまり少しオーバーアクションしてしまった。ドレスからはみ出しそうになる乳房をなんとか二の腕で押え込みながら言った。
「あら? 何をモジモジされているのかしら? 今日は一段とお綺麗なのにどうして恥ずかしがってらっしゃるのかしら?」
「ええ・・・ああ・・・なんでもございません。どうか、そんなお戯れを申されないでくださいませ、王妃殿下」
そんなやり取りを面白そうに見ていた公爵が、口をはさむ。
「女神杯が終わってからランは急に“女”に目覚めましてな。このように胸を強調した女らしい恰好をすると恥ずかしがるのですよ」
「まあ! そういうことでしたの。わたくしも娘時代に覚えがありましてよ。大人の女に憧れて化粧したり着飾ったり背伸びばっかりしていましたのが、いざ自分は大人の女なのだと思えた途端に、身を飾る目的が変わったことに気づきまして大層驚きましたもの」
王妃が娘時代を懐かしむように言った。
「ほう? 妃、それはどういうことかね?」
「女は大人になると殿方の気を引くために着飾るようになるのですよ。殿方の目を意識するだけで女心は揺れましてよ。わたくしは陛下でしたけど」
急に目の前に座る国王がボクの顔を興味深そうに見つめる。
「ということは、ラン姫には意中の男がおるのか?」
「そ、そんなんじゃありません! 意中の殿方などわたくしにはおりません!」
思わぬ成り行きにボクは慌てて否定する。立場だから仕方ないけど、レディ言葉で喋っている自分が恥ずかしい。思わず顔を赤らめてしまう。
「いえいえ、しっかり顔に書いてありますよ。ラン姫は、リシュナ伯爵のご子息とお付き合いされているのでしょ?」
「ユージン君、でしたかな? なかなかの好青年ですな」
宰相がわざとらしく名前を出す。
体力勝負で負けたらボクのことを女として扱う、と宣言したシーンを思い出す。もしあの時負けていたらユージンに抱きしめられていたかも・・・! ボクはいよいよ真っ赤になってしまった。
「ほら! そんなに頬を赤く染めて」
「あはは。図星でありましたかな?」
「彼とはそんなんじゃありません!」
必死に否定するボクを見て、4人ともますます合点してしまっている。
「彼ならば父親としても交際を許して構いませんですな」
「ううっ・・・お父様の意地悪!」
「あはははははっ!」
「おほほほほほっ!」
ボクは、悔しくて腹立たしくて涙目になりながら横目で公爵を睨み付けた。
王宮での祝賀会が終わると、ボクは一人でフルオープンの王家の紋章の付いた豪華な馬車に乗せられた。
「ラン姫さま~あ、ご出たつ~う!」
車寄せを離れた馬車は、近衛師団の騎馬隊に前後を警護されてて正門ゲートへと向かう。
<どどどどどどどどどどどっ>
<うおおおおおおおおおおっ>
王宮のゲートが開くと地鳴りにも似た拍手と大歓声が上がる。
前方に広がる大通りの両側には、アビリタ王国の小旗を振った群衆が遠くまで詰め掛けているのが見える。中継や取材の為なのか上空には何機もの飛行車が旋回している。
「“人、人、人、ご覧ください! この大群衆を! 女神杯から3週間、その身と引き換えに勝利の栄光をつかんだプリンセス・ランを一目見ようと100万人が沿道に押し寄せています!”」
「“いやあ誰もがこの時を待ち焦がれていましたよ。プリンセスは女神杯で最後のショットをした後、すぐに倒れてしまいましたからねぇ。今日は勝利後はじめてその姿を拝めるんですよ”」
「“それにしても美しい! ミニスカートをはいたユニフォーム姿も素晴らしいものでしたが、こうして式典ドレスを身にまとい公爵家伝統のティアラを髪飾りとし、国王陛下より賜った国家最高英雄勲章に輝くプリンセス姿は、目に焼き付き誰をも姫の虜にせずにはいられません!”」
「“さあ、凱旋門を通り過ぎいよいよ王宮地区から市街地に入ります! これは凄い! 通りの両側に立ち並ぶビルからこれまた大勢の人々が顔を出しています!”」
「“ご覧なさい! ビルから降り注いでいる紙吹雪を、いや、これは紙吹雪じゃありませんよ。そうか! 花ですよ、花びらです!”」
ボクは、上空から雪の様に降り注ぐ花びらにちょっと感動してしまった。
ボクを喜ばそうと思って花をひとつひとつ花びらにしてくれたんだ・・・なんていい香りなんだろう。ボクは、女の子じゃないけどこういう心配りがとても嬉しいことは分かる。最後のご奉公だもん、恥ずかしいけどやるしかないよね。
ボクは、女性化プロジェクトで叩き込まれた最高の笑顔を浮かべると、車中からレースに包まれた手を振る。沿道で小旗を振る人々や窓から乗り出すように手を振る人々から一層大きな歓声が上がった。
「ラ~ン!」
「ランちゃ~ん!」
「ランせんぱ~い!」
その時、若い女の子たちの呼ぶ声がした。
沿道に居並ぶ群衆の一画に、見慣れた王立女学院の制服の集団がひしめき合いながら飛び上がって手を振り口ぐちに叫んでいるのが見えた。ミーシャだ、パメルにサリナも、ジルやゲオル部の仲間たちまで・・・みんな・・・ありがとう。ボクは、その一画から目が離せないまま、見えなくなるまで後方に手を振り続けた。
「“『最後に・・・応援してくださった皆様に申し上げなければならないことがございます。わたくしプリンセス・ランは故郷の星、地球に帰ります』”と、プリンセス・ランが電撃発表をしました。女神杯の凱旋パレードの後の記者会見だっただけに会場内の記者たちからは驚きと嘆きの声が一斉に上がり・・・”」
「あ~あ、とうとう言っちゃった! これで完全に決まりだわ」
王立スポーツ研究所のデスクでひとり、壁面に映し出された放送を見ていたヴェーラ博士が思わずうめく。とその時、映像通信のコールが部屋の真ん中に浮かんで点滅しはじめた。
「はい、ヴェーラです。あら、噂をすればなんとやらだわ。ランちゃん、お久しぶり」
「“ヴェーラ博士! ボク、これでやっとお役御免になりましたよ! あとは地球ゲートを起動してもらって生まれた星に帰るだけです!”」
博士の執務室の真ん中に浮かび上がった立体映像のプリンセス・ランが嬉しそうにクルクル回っている。
「ランちゃん、よかったわね! キミほんとに頑張ったもの。文字通り身体を張って宰相閣下との約束を果たしたんだものね。おめでとう!」
「“あ、ありがとうございます・・・”」
「まあ、先生に言わせればランちゃんが“地球に帰る宣言”をしちゃったのって、とても残念なんだけど仕方ないのよね」
「“ええ、本当はボクは男なんだってカミングアウトしたかったんですけど、宰相がそれじゃあ女神杯勝利も無効になってしまうからって言い方を考えてくれたんです。地球に帰るって宣言すれば、突然いなくなってしまう理由も明快になるし、申込みのあった縁談も自然解消となりますから。考えてみれば本当に危ないところでした。もう少しでボク、人妻にされてしまいかねなかったんですよね・・・”」
ランの立体映像は、この星に来て以来自分の身に降りかかった辛く苦しい出来事を思い出したのかウルウル瞳を潤ませている。
「それにしてもランちゃんから連絡してくるなんて珍しいじゃない。どういうご用かしら? 約束が終わったことを報告したかっただけじゃないんでしょ?」
「“それはそうですよ。宰相から、今後のことについてヴェーラ博士に説明してもらうよう言われたのでご連絡したんです”」
「あらそう。宰相閣下ったら何でも面倒なことは私に押し付けるんだから・・・あ? こっちのことよ。さてと、どこから話そうかしら?」
ヴェーラ博士はちょっと淡泊な感じで答える。
「“はい。何よりまず、ボクの身体を男に戻す件について説明をお願いします!”」
「あら? キミ男に戻りたいの? そうだったっけ?」
「“な、なんということを! もちろんに決まっているじゃないですか! 今さら何を・・・”」
「そんなに綺麗で可愛いのに! ラン姫は女の中の女、全世界の憧れの的なのよ?」
「“それは約束を果たすために仕方なく引き受けたことなんです! 自分から女になりたいなんて言ったことないです!”」
「そっかぁ、そのままじゃやっぱりダメかぁ」
「“あ、当たり前です!”」
じっとランの立体映像を見つめたまま黙りこんでしまった。
「・・・そう言うんじゃあ仕方ないわね。じゃあ、順を追って話すことにしましょう」
ヴェーラ博士は一つ溜めた息を吐き出すと言った。
「“順をって・・・とにかく早くボクを男の身体に戻してくださいよ!”」
「まあ、そのこともよく話を聞いてもらってから、ね?」
なんだかひどく歯切れが悪い。
「まず地球ゲートのことね。王立アカデミーの偉い先生方が総出で調査した結果、こちら側のゲートは完全に復旧できることが分かったの」
「“よかったぁ!”」
「でも、同時に地球側のゲートはどうしようもないことも分かっちゃった。こちらからではどうすることもできないのよ」
「“ええっ!”」
なんだか居心地が悪くなったのかヴェーラ博士は足を組み替えた。その様子をランの立体映像が不審そうに見つめている。
「“・・・確かに、藪だらけのあんな荒れ果てた所に打ち捨てられていましたから・・・じゃあ、ボクが来た時にはどうやって起動したんですか?”」
ランの立体映像が遠くを見つめる目で尋ねた。石の台座から吹き上がったスペクトルが陽炎の様に揺らめいていたあの時の様子を思い浮かべているのかもしれない。
「それなの。王立アカデミーの宇宙物理学者や素粒子理論の権威がああでもないこうでもないと喧々諤々議論を戦わせたんだけど、結論には至っていないのよ。でも、有力な理論は2つに絞られていてどちらかで起動する可能性は99.9%。だったらキミを帰すことだけが目的なんだし、実際に地球ゲートで試してみればいいということになったわけ」
「“と言うことは・・・事前のテストとかなく、いきなり本番? それって危なくないんですか? 前に聞いた話ですけど・・・星間ゲートの仕組みは、身体を素粒子レベルに分解し高エネルギー体にして瞬間転位するので、宇宙空間に消えてなくなってしまう事故も結構あったとか・・・”」
ランの立体映像が相当に不安そうな顔をしている。
「まあね。発明に事故はつきものだから」
「“そ、そんな! ボクは、あの地球ゲートを使ってここに転位したとき身体の組成が左右逆になってしまったんですよ? 安全性に問題ありありじゃないですか!”」
「左右逆くらいいいじゃないの。今度組成が逆になったら元通りの姿よ!」
そんな無責任な! ボクはそう思ったけど目の前に浮かぶ立体映像のヴェーラ博士から、よくよく説明を聞くうちにそれ以外の選択肢はないことが分かってきた。
ボクは、部屋の中に浮かぶヴェーラ博士の立体映像を前に考えをまとめる。
星間ゲートも、PCや情報家電、自動車なんかと同じで、常時使用されてメンテナンスされていれば問題ないのだが、しばらく起動せずに埃をかぶってしまうと、電源が入らなくなったり元の様には動かなかったりするのだそうだ。
王立アカデミーの学者たちが調査した結果、地球ゲートには起動する為に必要な装置群がちゃんと揃ってはいるけれど、地球と惑星ハテロマ、太陽系とここの恒星系、天体間のそれぞれの固有振動と転位者の固有振動を同期させる制御機能が、地球側でロックされて調整できなくなっていることが判明したのだ。
例えてみるなら固定されて動かない天体望遠鏡。時々刻々、季節季節、自転周期、公転周期、歳差に章動、銀河系の回転周期・・・エトセトラ、常に変化し続ける天空の1点を見つめながら、ひたすら見たい星が現れるのを待つようなものなのだ。
「じゃあ、ボクがたまたま通りかかった時が、地球ゲートのそれと重なるタイミングだった・・・」
「“そう、一方の理論で言えばそういうことになるわね。でも、もう一つの理論によると、キミは地球ゲートに“呼ばれた”ようなものなの。つまり、タイミングだけではなくキミが持っている固有の形質も関係していて、起動したゲートに転位まで起こさせたのだと考えているの”」
ヴェーラ博士の立体映像は、この子のどこにそんなものが備わっているのだろうという顔で見つめている。
「ボクが持っている固有の形質・・・それはどういうことでしょうか?」
「“要するに、誰もがひとつだけ持っている個体特有の振動数や揺らぎ率のことよ。地球ゲートに固定された最後の転位者の入力数値とキミのとが一致しちゃったってわけ”」
「じゃあ、ボクだけが地球ゲートを通過できる?」
「“そういうことになるわね。だからどっちの理論にせよ、タイミングが一番重要でそうそうチャンスなんかないから、テストなんかできないし実際にやってみるしかないとなったのよ”」
「・・・あとは起動するタイミングを待てばいいと・・・そういうことですか?」
「“うふふ。はやる気持ちは分かるけど、結論を急がせないで頂戴な。問題はまだあるのよ”」
「どういう問題があるのですか?」
「“キミの固有の形質よ。実は、キミ特有の振動数と揺らぎ率は王立スポーツ研究所に来たばかりの時にも測定していたの。先々月移植手術したときにも測ったので比較したんだけどこれを見て頂戴”」
ヴェーラ博士の立体映像が、ボクの方に折れ線グラフや細かい数字の並んだ表を差し出す。
「グラフの起伏がずれてる・・・」
「“そう、そうなの。キミ、この2年半で成長したでしょう?”」
「はい。確かに162cmから168cmに身長が伸びています・・・それじゃあ、もう地球に転位することはできなくなってしまったんですか?」
「“まあ、慌てなさんな。これを見なさい。先週測定したキミのグラフよ”」
「あっ・・・昔に近づいている!」
「“でしょう?”」
「どうしてですか?」
「“キミの身体が女体化しているからよ!”」
「女体化しているから?」
「“そう。男性に比べて女性は骨が細くて筋肉量も少ないでしょう? それと脂質も増加しているでしょう?”」
「それが、何か関係あるんですか?」
「“キミに移植した卵巣と子宮がちゃんと機能しはじめて、キミを女の身体に変化させたのよ! その結果、身長が伸びたにも関わらず体重が減り、筋量と脂質が微妙なバランスを取り始めてて昔の数値に近づいているの”」
「と言うことは・・・」
「“そう。このグラフが完全に一致すればキミは地球に帰れるわ。先見の明があったでしょう? キミに女の子セットを移植した先生に感謝なさいよ”」
「そう言われるとそうかも・・・ありがとうございます」
「“どういたしまして!”」
「ということは・・・もう直ぐ条件が揃うんだ・・・そうだ、丁度いい折です。先生に相談と言うかお願いがあるんですが」
「“なにかしら?”」
「もう少しで地球に帰れるんですよね?」
「“そうね。その体がもう少し女体化して筋量が落ちて脂質が増えれば条件は整うわね”」
「そうなったらもう準備完了ですよね? ボクを男の身体に戻してほしいんです」
「“準備完了って。だいたい男の身体に戻すって言うけど、どういう意味で言っているのかしら・・・先生に分かるように具体的に言ってくれない?”」
「そりゃあ、ボクの中に埋め込まれているこの人工卵巣と人工子宮、それにこの邪魔な胸の膨らみを取り除くんですよ。そうだ、髪だって短くしないと」
無言。無表情。ヴェーラ博士の立体映像は口を一文字に結んだまま何も言わない。
「そうだ、それだけじゃダメだ! 肝心なことを忘れていましたよ。皮だけになってしまっているここの袋にもう一度玉を入れて、男のシンボルを復活してください!」
それを聞くとヴェーラ博士立体映像が、口を歪めて憐れむような目をした。
「“ふうん。ご要望はそれだけ? まあ、先生に言わせればもったいないわね。こんなに綺麗で可愛い女の子になれたんだもの。本気でオッパイ取っちゃって下半身に玉袋をぶら下げたいの?”」
「ぶ、ぶら下げたいのって、ボクは元々男なんです。それが普通の状態なんです!」
「“男ねぇ。ま、いいけど。そうするとキミ、地球に帰れなくなるわよ?”」
「えっ? ど、どうしてです?」
「“さっきの話を聞いていなかったの? キミねえボクサーの減量じゃないんだから体重測定だけクリアすれば試合までいくら食べてもいいって訳じゃないの! いくらキミ固有の形質の条件が整ったとしても次の起動タイミングまでそれを維持していかなきゃならないのよ? キミはね、成長して昔の振動数と揺らぎ率じゃなくなっちゃうところだったの。それを華奢な女の子に変身したことで、どうにか前の数値まで行けそうな具合なの。クリアできたからって女の子パーツを取っちゃうと、全部一からやり直しになるからね。そうなると、いつになれば地球に帰れるか分からなくなるわよ?”」
「そ、それは困ります・・・」
ボクは、慌てて言う。
「“先生はどっちだっていいんだから好きな方を選びなさい。このまま女として地球に戻るか、男に戻って直ぐには地球に帰れなくなるか。今は人気者のランちゃんだけど、男に戻ったキミではここで生きていくのってさぞかし大変だろうねぇ”」
「ううっ・・・話が違うじゃん」
こうしてボクは、再びつらい決断を迫られることになってしまった。