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ランとアラシで神隠し  作者: 迦陵びんが
第7章 「そして地球へ」
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第72話 勝利の後で

女神杯の激闘から3週間がたった。

ボクは、この世界での自分の家、サンブランジュ公爵宮殿のバルコニーでぼんやり外を眺めていた。美しい初秋の木漏れ日の中、枝から枝へ飛び回る小鳥の囀りが聞こえ爽やかな風が頬に心地よい。バルコニーの前の芝生では、馬丁のランスに導かれたボクの愛馬『花手鞠』が軽やかに蹄の音を響かせて駆け回っている。



「姫様、枢密院議長閣下がお見えになりましてお見舞いの言葉を述べていかれました。こちらはお見舞いの品でございます」

「同じくこちらは文部卿閣下からのお品でございます」


見るともなくメイドたちに抱えられた大きな花束と山盛りの果物籠を眺める。


「レーネ、カーラ、姫様のお部屋にはもう入り切らないからボールルームに運んでおいてくださいな」

「はい。ベルさん」


姫様付き専属メイドのふたりが館内に戻って行ったのを見届け、ベルはボクだけしかいないのを確かめると言った。


「ランさん。お庭が見たいと言うからこうして車椅子でお連れしましたけど、ヴェーラ先生はまだベッドで安静にしていなければいけませんって仰っているんですから、決して無理をなさってはいけませんよ」

「・・・うん」

「少しお茶を召し上がります?」

「・・・うん」


ベルが注いでくれたカップに手を伸ばす。


「あ、ダメですよ! まだ左手を使っては! ベルがお手伝いしますから」


と言いながら、そっとボクの唇にカップを当ててハーブティーを飲ませてくれる。

今朝の往診で左手をがっちり固めていたギプスが取れたのだけど、使っていない間にずいぶん細くなってしまった。もう痛みはないが筋力は相当落ちていそうだ。


「少しはご気分が優れまして?」

「・・・うん」


あの後、ボクは意識を失って崩折れたところをスジャーラに抱きとめられたらしい。

すぐに現地の病院に運びこまれたのだが、ボクには決してバレてはいけない“特殊事情”があるので、駆けつけたヴェーラ博士がお医者さんたちと直談判して応急処置だけで退院となり、その日の内に国王陛下の専用機で帰国したのだそうだ。

伝聞になってしまったのは、その間ボクの意識がなかったからだ。


そして1週間眠り続けて目が覚めると、ひどい倦怠感に襲われている自分がいた。

身も心もスパークしてしまった後の状態というか、心の中にポッカリ穴が空いたようで、人とコミュニケーションすることが億劫、素直に感情を表に出せなくなり何をするのも面倒で嫌になってしまった。


ヴェーラ博士は「キミは2年半その為だけに頑張ってきたの。そして高くて遠い目標を達成してしまったのよ。これは『燃え尽き症候群』だわね」と言っている。


ヴェーラ博士のところから公爵宮殿に戻ってきたのは3日前。

博士としては、本当は完全に回復するまでは王立スポーツ研究所に入院させておきたかったみたいだけど、ボクが殆ど口も利かず食事すら食べようとしなくなったので、少しでもリラックスできる環境の方がいいからと宮殿に戻ることを許したのだ。


スポーツ研究所では絶対安静の面会謝絶だったが、宮殿に戻るとそうもいかない。


マスコミや野次馬が宮殿の周囲を取り囲んでいるらしく、こうしてバルコニーにいても風に乗ってざわめきが聞こえてくる。


さっきの偉い人からのお見舞いもそうだけど、ボクが帰還したことを聞きつけた人たちが大勢お見舞いに押しかけて来ているみたいだ。

でもまさかこんな状態のボクを人に会わせる訳にはいかないので、公爵が前面に立って国王陛下や宰相閣下からの面会申込ですら断ってくれている。



「ランさん。国王陛下と王妃殿下が大層ご心配になってらして、日に3度、ランさんのお加減を確かめにお尋ねがあるんですよ。公爵様が何やかやご説明になっているようですが『ランが参内できぬなら予がその方の館を訪ねる』とまで仰せなもので、日々陛下にご心痛をかけていることを公爵様がお嘆きになっていらっしゃいましたよ」

「・・・うん」


すごく心配してくれているのは分かっているが、ボク自身、どうしていいのか分からなくなっているのだ。やり場のない、自分でもどうしようもない気持ち、怒りとも悲しみともつかないものが突然込み上げてきて、堪えきれずボクは嗚咽を漏らす。


「うぐぐっ・・・」

「あ、ああ、ランさん! ランさんが悪いって言っているんじゃありませんよ!」


ベルは慌ててボクを抱きしめる。


「ランさんはアビリタ王国の為に死力を尽くして戦われてお怪我をなさったのですから、回復するまでゆっくり療養なさるのが当たり前なんです。それを待てないって言う方がわがままなんです! ね? ね? もう泣かないでくださいよぉ」


ベルはボクの頭を優しく撫でながら困ったように言う。


「コラッ! ベル、また姫を泣かせたのか?」


男の声がバルコニーに太く低く響いた。


「公爵様! 滅相もございません! 姫様に陛下と妃殿下がご心配されていることをお話しただけでして・・・」

「余計なことを! それがいかんのだ」


公爵がギロッと怖い顔でベルを睨んでいる。ボクの視線に気づくと急に相好を崩して言った。


「ランよ、オマエは何も心配せんでいいのだよ。元気になるまで、たとえ陛下であっても父がオマエのことを守ってやるからな?」

「・・・ありがとうございます」

「よしよし。しかし、嬉しいぞ。バルコニーに出られるようになったのだね?」

「・・・はい」

「外の空気が吸いたくなるのは元気になってきた証拠。でも無理だけはせんようにな」


とひざ掛けを直してくれる。


「!!」


大きなごつい手がボクの細い太腿に軽く触れた瞬間、身体の中を何かが駆け抜けた。


そうか・・・そうだったんだ! 


「・・・あの・・・お父様・・・」

「うん? なんだい?」

「・・・いえ・・・ごめんなさい」

「なんだい。なにを謝ることがあるものか。ランはまったく気にする必要はないんだ」


ボクは公爵の表情が見たくて顔を上げる。車椅子に腰かけている上に、公爵は身長が210cmもあるものだから殆ど真上を見上げなければならなかった。そんな様子を見て、慌てて公爵がしゃがんでくれた。


「・・・お話しなくてはいけないことがあります」


ボクは、目の前に寄せられた大きな顔を見つめて言う。


「ほほう? 今じゃなきゃダメかな? もう直ぐ宰相が来ることになっているのであまり時間がないのだよ」

「宰相閣下が?」


予想していなかった話に少し動揺する。


「そう。ランの見舞いに来るのだよ。あんまり会いたいとしつこく言うものだから、来るだけ来てみればいいと言ってやったのだ。絶対会わせないから安心しなさい」


ボクが戸惑っているのを見て公爵が言い足す。


「・・・そうですか・・・宰相閣下が・・・でも、よい機会かもしれません・・・会います」

「え? 宰相と面会してもいいのか?」

「面会というより宰相閣下にも同席してもらいましょう」

「同席?」

「ええ。お父様にお話があると言いましたが、宰相閣下にも関わりのあることなのです」






「おやおやおやおやラン姫、もう寝ていなくてもよろしいのですかな?」


ベランダに案内されて来るなり、セナーニ宰相は大仰に両腕を広げて言った。


「お久しぶりです宰相閣下。こんなナイトウェアで失礼します」

「構いませんとも。公爵がなかなか面会を許可してくれませんでしてな、あれから様子が分からず随分心配しましたぞ」


ボクは、わけがわからずモヤモヤしていた気持ちが晴れてきて、だんだん意識がはっきりしてくる自分に気が付いた。なんだか宰相には言い返してやりたい気分だ。


「それはどうも。でも、宰相閣下なら何でもヴェーラ博士からお聞きになっているんですよね?」

「ふふ。燃え尽き症候群のことかな?」

「そう、自分でもやり場のない説明のつかない気持ち。意識が戻ってからずっと悩まされ続けて来ましたが、先ほど急に原因が分かった気がしたのです」

「ほほう? それは何ですかな?」

「宰相閣下にも関係のあるお話なので、父に話す際に同席していただこうと思ったのです」


何かに思い至ったのか宰相は目を大きく見開くとボクを見つめた。


「まさか・・・」


宰相は後に続く言葉を呑みこんだ。


「お父様。これからお話しすることはあまりにとてつもない話なので、途中いっぱい疑問が浮かぶと思いますけどとにかく最後までボクの話を聞いてください」

「ボク? うむ・・・分かったよ」

「女神杯の前にあれだけ報道されたので、ボクが地球ゲートを通ってやって来た地球人であることはご承知かと思います。マスコミを仕掛けたのは宰相閣下ですよね?」

「ああ、間違いない。キミが“地球の女神”の再来であることを世界中に知らしめる必要があったのでね」


事情を察したのか、セナーニ宰相の口調も変化してきた。


「地球ゲートを通ったとき、ボクは15歳の男子高校生でした」

「え? 男子? 男? しかし、そんなことが・・・」


公爵が困惑した顔をしたが、最後まで話を聞くのだったと言葉を呑み込んだ。


「地球にもゲオルに似たゴルフというスポーツがあります。ボクは、ジュニアですがチャンピオンになったこともあるので、ゲオルには直ぐ馴染めました」

「なるほど・・・」

「地球は重力が大きいので生息する生命体は、この惑星に比べて筋力が強く体格は小さくなります。地球ではボクのような体格でも普通ですが、ここでは小学生か中学生の女の子なみ。でも筋力はこの惑星の男性アスリートにも負けない強さだったのです」


理解できたのか公爵が納得したように頷いている。


「そんなボクを見つけたのが宰相閣下でした。ボクが地球ゲートを調べ尽くしてどうやっても地球に帰れないと諦めかけていた時のことです。宰相閣下からの提案は、ボクが女になって女神杯に勝利すること、それと引き換えに地球ゲートを起動する方法を国家機関を上げて研究させることでした。ボクは、どうしても地球に帰りたかったので、男と男の約束としてその提案を受けたのです」


宰相が大きく頷いた。


「ボクは・・・自分の身を犠牲にしました。女性ホルモンの投与でボクの身体はすっかり女性化しましたし、男性器も睾丸切除でその機能のほとんどを失っています。そして今では自分の体細胞から培養した人工卵巣と人工子宮まで移植されているのです。それもこれも地球に帰る為と割り切って了解したことなのです」


公爵は、そんなことまで無理強いしたのかと宰相を睨み付けた。


「ボク自身、自分の見掛け上の姿は完全に女の子になっていることは認めています。まだ自覚できる症状はありませんが生理みたいな感覚も起きはじめています。このまま放っておくと女性化が進行して、いずれ殆ど女性と変わらない身体になってしまうのだ思います。もっとも、女性器はありませんし染色体も違いますが。でも・・・心の中まで女の子に変えることはできないのです。自分に嘘は付けません。たとえそうなったとしてもボクの意識は男のままなのです。これまでも、そして今でも自分は男だと思っています」

「しかし・・・君が予に対して見せた仕草は・・・」


公爵は言いかけたが黙る。それでも、意外なことを耳にしたという表情だ。


「王立スポーツ研究所で女性化プロジェクトの仕上げ段階だったボクに、公爵家の養女話が起きました。ボクの女装姿が公爵家の亡き姫君にそっくりだったからでした。そしてボクは女装だけではなくお姫様になることを求められたのです」


公爵が、思い当たることがあったのか唇に指を当てて考え始めた。


「最初はパニックでした。男が女装するだけならまだしも、女性にとって憧れの対象であるお姫様になれと言われたのですから。でも、嫌々ながらも公爵家の姫君として求められた役割を果たしていく内に、ボクの姿を借りて振舞う自分の意思とはまったく別の存在に気が付くようになったのです」


公爵も宰相もボクを訝しげに見つめる。


「ボクは、自分の中にマリアナ姫の存在を感じるようになったのです」

「マリアナ・・・マリアナが君の中に?」

「そう。正気だったら男であるボクには到底できそうもない女らしい振る舞い・・・肌を極端に露出した衣装を着たり、愛らしい仕草を見せたり・・・それをするとき、自分じゃない別の人格がボクの身体を使って演じている感覚だったのです。最初その不思議な感覚が起こるタイミングは、決まってお父様・・・いえ、公爵様がいるときでした。それがいつでも起きるようになり、ボクが男として恥ずかしくて身悶えしそうなときに『大丈夫。さあ代わってあげるわ』とでも言うようにその存在が必ず助けてくれるようになりました」


公爵を見ると唖然としながらも何か合点がいく風だった。


「ボクは自分が多重人格になってしまったのではないかと疑い、恐ろしさで誰にもこのことを話せませんでした。ところが・・・先ほど、公爵様に脚に触れられたときゾワッと全身に鳥肌が立ったのです」


公爵が愛娘から、とても酷いことを言われたという表情になった。


「どういうことか分かりかねる。もう少し詳しい説明をしてくれるかね?」

「ボクは、男ですから男性に身体の無防備な部分を触られると虫唾が走ります。ところが、その不思議な感覚でいるときには全然平気だったのです。と言っても、男なら誰でもいい訳じゃありませんよ」


公爵も宰相も、見かけはマリアナ姫と瓜二つの美少女の口からこんな言葉が出て来る違和感をどう受け止めていいのか、という困惑した表情をしている。


「こういうと・・・なんだか誤解を招きそうですが、触られても平気なのは好意を寄せた男性に限られるのです。だから当然、公爵様にはどこをどう触れられても決して鳥肌が立つようなことはありませんでした」


公爵がちょっと嬉しそうな表情になった。


「それが・・・鳥肌が立つようになったのだね?」


でも急に不安になったのか心配そうに尋ねる。


「はい。ボクは、女神杯最終ホールで最後のショットを打ち終えた際に、耐えがたい喪失感に襲われてしまいました。それが何なのか、そしてどうすればいいのか。自分ではどうにも分からなくなったのです。それが、先ほど公爵様に脚に触れられたとき、自分の中に居たマリアナ姫の存在が消えてしまったことが原因で喪失感に襲われたのだと気が付いたのです」

「・・・マリアナは天国に・・・帰って行ったのだね」

「公爵様。事情があったにせよ、ボクがずっと身分を偽っていたことは事実です。この通りです。ごめんなさい」


ボクは深々と頭を下げた。


「・・・しかし・・・しかし、どうしても君が男だとは信じられん」

「じゃあ、お見せしましょうか?」


と言うとボクはナイトガウンを脱いで、薄着の裾をたくし上げようとした。

多分、公爵の目には最愛の姫が宰相もいるところで、下半身を露出させようとしているようにしか見えなかっただろう。


「わ、わかった。君は確かに男だ。信じよう。それにしてもだ・・・君が謝罪するべきことではない。どうだね宰相?」

「ま、キリュウ君としても・・・そうでしたな、公爵はまだ彼の名前をご存知なかったですな。彼の名前はキリュウアラシ。正真正銘の男ですよ」

「キリュウ・・・アラシ。よい名じゃ」

「それはともかく、彼とは男同士の約束でした。約束を果たすか果たさぬか、ただそれだけのこと。その為にする自己犠牲は全て彼の判断によるものなのですよ。公爵の養女になるかならぬかもそうです。嫌なら断ればよいだけのこと」

「うむむ・・・」

「それなのにキリュウ君は断らなかった。彼はその状況を自分から受け入れたのです。彼の謝罪の意味はそういうことでしょうな」

「公爵様にどれほど大切にして頂いていたことでしょうか。それなのにボクは・・・ボクはずっと公爵様を騙していたのです。本当に済みませんでした」


しばらく呆然としていた公爵が、居住まいを正すとボクを見つめながら言った。


「・・・予にとっても楽しい日々であったのだ」

「え?」

「宮殿に君がやって来て予の傍に居るようになってから、どれ程心が和んだことか。妃と姫を一度に失ってからというもの二度と予にそのような日が訪れようとは思いもしなかった。君を初めて見たとき、マリアナが蘇ったのだと心底驚いたのだよ。男である君には辛いことだったのだろうが、愛娘として振舞ってくれる君と一緒に過ごす時間だけが生きる喜びであったのだ」

「そ、そんな・・・」

「おお、心配するではない。今では君が男だと知ってしまったわけであり、マリアナ姫が天国に帰って行ったことも理解している。ともかく、予は君のおかげで過去の不幸とも区切りをつけることができたのじゃ。この2年、実によく尽くしてくれたの」


公爵の目に熱いものが浮かんでいるのを見て、ボクの視界もぼやけてきた。



「さてと、キリュウ君。療養が長引いているので元気づけようかと手土産のつもりでおったのだが、君のカミングアウトで真実が明らかになったのであれば話は早い。公爵にもお知らせしておいた方がよいことなので、この場でお伝えしよう」

「なんでしょう?」

「男と男の約束の続きじゃよ。君が約束を果たしたからにはこちらも義務を履行せねばならんのでな。地球ゲートは起動するよ」

「え? 本当ですか?」

「この期に及んで嘘は言わんよ。ただし、科学者の言うことだから細かいことはよく分からんのだが、いくつか条件をそろえねばならんのだよ」

「でも、起動方法が見つかったんですね?」

「ああ。王立アカデミーが総力を挙げて発見してくれたのだ。これで君は地球に帰れる」

「やった! ありがとうございます! 宰相閣下」

「そうか・・・いよいよ君は地球に帰ってしまうのか」

「この件は王立アカデミーのメンバーであり、君のことをよく理解しているヴェーラ博士に任せることにした。詳しいことは先生に訊いてもらえればよい」

「あ、ありがとうございます・・・よかった・・・本当によかった・・・やっと地球に帰れるんだ・・・これで男に戻れるんだ・・・」


ボクが感涙にむせいでいると、さめた目でボクを見つめながら宰相が言い出した。


「感激しているところ済まんが、ひとつ君に頼みがあるのだが」


感激もひとしおだったボクは、冷や水を浴びせられたようにキョトンとしてしまった。だって、これまでの経験上、宰相がボクにこういう言い方をした時にいい話だったためしはないのだ。


「君はアビリタ王国に40年ぶりの女神杯をもたらしてくれた救世主なのだ。そんな君が勝利の瞬間に倒れてしまったので、ヒロインの姿を国民は見てはおらんのだよ。そこでだ、地球帰還の目処がついたのであるから、最後のご奉仕と思ってラン姫として一連の祝賀行事に出てもらいたいのだよ」

「でも・・・ボクは、ボクの精神状態はすっかり男に戻ってしまっているんですよ? こうして女の格好をしているだけでも居たたまれないんですよ?」

「だから最後のご奉仕だと言っておる」

「おお! 予も忘れていた。ラン姫を娶りたいと求婚申込みが引きも切らずに来ておってな、どうしたものかと考えていたところだった。予がひとつひとつ独断で断るのも礼を欠く。ラン姫として、自分には縁談を受ける意思がないと、公開の場でまとめて言ってもらえぬか?」

「えええええ~っ! ボクがですか~ぁ? 男だとカミングアウトしちゃった方が早くないですか~ぁ?」


ボクの声はほとんど悲鳴に近いものになってしまった。ずっと女の子の発声で生活してきたものだから、男声らしい低音域が響くリバーブの出し方を忘れてしまっていたのだ。こんな可愛い声を出していくら自分は男なんだと強調しても説得力のないこと甚だしい。


「いいかね、キリュウ君。君との約束は女神杯に出て勝つこと、その為にバレないよう女として暮らすこと、であったな?」

「・・・はい」

「もし、ここで君が男であることがバレたらどうなると思うかね? 女神杯は女性アスリートしか参加できない権威ある大会なのだ! 当然、君は失格だ! 失格ということは負けになるということだ!」

「負けでは・・・約束を果たしたことにはならない」

「そう、その通りだ。君の中身が男に戻ろうが戻るまいが、そんなことは関係ない。さあ、男としての約束を果たすのか果たさないのか?」

「ううっ・・・」


厳しい追及に一瞬、手で顔を覆ってメソメソ泣いてやろうかという考えが頭をもたげる。小さくて可愛い女の子の涙には誰でも弱いという成功体験があったもので。でも、それじゃあ男としての矜持を捨てることになってしまうと思い直す。


仕方がない、旅の恥は掻き捨て、立つ鳥跡を濁さず、娘一人に婿八人、牛にひかれて善光寺参り、据え膳食わぬは男の恥、坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、まあなんでもいいや、最後っ屁と思って我慢しよう。


「やりますよ。やればいいんでしょ?」

「よし。さすがに男だ。潔い覚悟じゃ」


ついに地球帰還の目処はたったけど、まだまだ女装の日々は続きそうだ。


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