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ランとアラシで神隠し  作者: 迦陵びんが
第6章 「地球帰還を賭けて」
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第71話 外せば終わり! 最後の1打

ダメだ・・・全然左手に力が入らないや。


ボクは痛めた利き腕のグリップを解いて立ち上がると、右手でソードラケットを掴み足を引きずるようにして歩き始めた。


それにしてもさっきの衝撃は凄まじかった・・・なんとかソードラケットを振り上げたものの、ダウンスイングで金属球を打ち抜いた瞬間、左腕を走り抜けた激痛で頭の中がスパークし視界が真っ白になってしまった。まだ心臓がバクバクいっている。


ベルが念入りにルージュとチークを引いてくれているので目立たないかもしれないが、今のボクは血の気が引いて唇はチアノーゼに頬は真っ青になっているに違いない。


ああ、その上、右手しか使えないから日傘を差すこともできなくなってしまった。

直射日光をもろに浴びて相当暑いはずなのに、額から首筋を伝って背筋を流れていく汗は冷んやりとして、ゾクゾク寒気がしてくる。


脳内物質が分泌されたのか痛みを感じなくなったのはありがたい・・・でも、まったく左手の感覚がない。こうしてなんとかグリーンに向かって歩いてはいるものの、グリップを握ることすらできない状態なのだ。もうボクは限界なのだろうか・・・。


女神杯に勝つにはドーミーホールであるこの最終ホールを引き分けにするしか方法はないのだ。もしスジャーラにこのホールを取られると、1アップだったのがオールスクエアとなり勝負は延長戦に持ち越されてしまう。そうなるとボクにはもうサドンデスを戦い抜く力は残っていないだろう・・・。



≪プリンセス! プリンセス! プリンセス!≫


その時、ボクを呼ぶ声に気がついた。

最終ホールを取り囲む大ギャラリーの中で声援を送ってくれている人たちがいた。最初はボクが歩いている近くのギャラリーだったけれど、次第に周囲に声を出す人たちの輪が広がっていく。


≪プリンセス! プリンセス! プリンセス! プリンセス!! プリンセス!! プリンセス!!≫


辛くて苦しくて・・・自分のことだけでいっぱいになっていた。でも、ボクのことをこんなに応援してくれている人たちがいたんだ。そう思うと、不覚にもジワッと来てしまった。


ひとりで戦っているんじゃない、みんなが後押ししてくれているんだ! ボクは、手が自由にならないので、溢れてくる涙を拭うこともできない。涙を見せないように慌てて俯いたが、どうしても嗚咽をこらえることはできなかった。


≪プリンセス!! プリンセス!! プリンセス!! プリンセス!! プリンセス!!プリンセス!! プリンセス!! プリンセス!! プリンセス!! プリンセス!!プリンセス!! プリンセス!!≫


「“なんということでしょうか! アビリタの応援団だけではありません、ヤーレの応援団からもプリンセスコールが上がり始めました! プリンセスが小さな肩を震わせ嗚咽しているのが見えます! 頬に美しい涙が光っています!”」

「“観戦に来て危うく事故に遭うところだった母子を救ってくれたプリンセスに、誰もが感謝ですよ! なんとしても彼女には諦めず最後まで頑張ってもらいたい!”」

「“傷ついた左腕をだらりと下げたまま第3打地点を目指すプリンセス! 氷の女王は先に第2打をベストポジションに付けています! 絶体絶命の状況に追い込まれてソードラケットを握ることもままならない痛々しい姿! 心あるものであればプリンセスを応援せずにはいられません! 実況席の私たちも祈るような思いです!”」




ボクの金属球があった・・・でも、こんな所に・・・参ったな。

ボクの第2打はグリーンを半円に取り囲む階段状の石垣の際に止まっていたのだ。


最終ホールは女神杯の勝者を決める最後の1打が見られるホールなので、コース設計者もグリーンを見下ろせる野天の観客席を用意したのだろう。グリーンを取り囲む大理石の石段にはびっしりギャラリーが立ち並んでいる。こんな大勢の観客に見下ろされていると、なんだかギリシアかローマの屋外にある半円形劇場のステージに立っている気分だ。


それにしてもボクの金属球は石垣から50cmしか離れていないではないか。



「“これは大変なことになって参りました! プリンセスの球はなんと石垣のすぐそばで止まっているではありませんか!”」

「“隙間は50cmもありませんよ! これでは直接鐘に向かってスイングすることはできないでしょう!”」

「“となるとプレー不可能ということでアンプレアブルを宣言して救済地点からショットするようでしょうか?”」

「“いや、それではペナルティが1打付加されてしまいます。既に氷の女王が2オンしていますから、たとえ鐘に当てても4打かかってしまうのでその時点でこのホールは負けになってしまいます!”」



スジャーラの第2打は鐘の傍1mに止まっている。この距離を外すことなんて考えられない。確実に第3打で決めてくるだろう。


となると、最早ボクに残された道は、次のショットで直接鐘に当てることしかなくなったわけだ・・・。ボクは、右手に持ったソードラケットに視線を落とす。


17歳の誕生日に公爵がプレゼントしてくれたソードラケット『プリンセスマリアナ』号。なんて美しいフォルムなんだろう。ボディーはサンブランジュ公爵家姫君のイメージカラーのピンク、グリップエンドには公爵家の家紋がエンブレムとして埋め込まれた最高のソードラケット職人の手によるハンドビルドの名品だ。


以前使っていたタリスマンHD-3500Sでも高級地上車が1台まるまる変えてしまうそうだから、ハンドビルダーによるボク専用のオーダーメイドとなるとどれほど高価なものなのだろうか・・・。それを公爵は “一人娘”のボクへと惜しげもなく買い与えてくれたのだ。


『プリンセスマリアナ』号、ボクはオマエと組めて今最高に幸せだよ。オマエと一緒だったから、ここまで女神杯を戦って来ることができたのだと心底思う。


思えば、セナーニ宰相との約束で女装させられて、思いもかけず公爵家の養女にされたのだった。ボクは男だけど、今は亡き公爵の娘マリアナ姫とは瓜二つなのだそうだ。


ただでさえ嫌々女装しているのにお姫様までやらされる破目になったのだ。


女の子だったら「今日からアナタはお姫様よ」って言われたら踊り上がって喜ぶところだろうけど、男の子にとってはまさに生き地獄。ドレスはもとよりランジェリーまで着るもの持つもの全てピンク、部屋のカーテン壁紙ベッドや家具にいたるまでどれもこれもピンク、学校の送り迎えの専用車のボディーカラーもピンク、なんでもかんでもピンクピンクピンクなのだ。その上、どれもこれもフワフワすべすべ、丸味を帯びて小さくチマチマしたものばかり。硬いもの尖がったもの重厚なものなどとはまったく縁がない世界なのだ。

最初の頃のボクは、文字通りパニックだった。


でも、マリアナ姫の代わりを務めて公爵のポッカリ空いた心を慰めていくうちに、公爵が好む可愛い恰好をして愛娘らしく振舞うことも恥ずかしくなくなって行った。ボクが綺麗な姿になると公爵はいつもニコニコしながら眩しそうに見つめてくれる。父親に愛される娘っていいもんだなあって、マリアナ姫の気持ちになって思えるようになったっけ。


確かに今でも女装することには抵抗がある。でも、自分はマリアナ姫なのだ、父公爵の為に着飾るのだと思えばどんな可愛い格好だってできる。男だったら死ぬほど恥ずかしいビキニの水着姿だって公爵には着て見せたくらいだ。だから、今はミニスカートのユニフォームを身に着け髪にリボンを結ばれていても全然平気なのだ。


そう・・・ボクはラン姫であると同時にマリアナ姫なのだ。


プリンセスふたり、力を合わせて父公爵に女神杯の勝利を捧げると誓ったのだ。

あと1打。なんとしてもこの1打で決めなければならない・・・どうか、どうかボクに力を貸しておくれ『プリンセスマリアナ』号!



「“頬に涙のあとが残る健気なプリンセス。絶体絶命のこの状況で、愛機を見やりながら何を思うのでしょうか!”」

「“気持ちを奮い立たせているんですよ! 見てご覧なさい、切れ長の大きな瞳に光が戻ってきました!”」

「“一時は顔面蒼白、ショックと痛みで震えていたプリンセスが最後の気力を振り絞っています! さあ、不可能へのチャレンジです! 果たしてプリンセスはこのショットをどう打つのか?”」



ボクは球の前に立って自分を包み込む球体をイメージする。


鐘に向かって思念を伸ばしていくと・・・ううっ見えない・・・予測ラインがひとつもない!


だめだ・・・もう勝つ方法はないんだ・・・すべては女神杯に勝つためだったのに・・・あんなに努力してきたのに・・・もう地球には戻れないんだ・・・。


なけなしの気力を振り絞って精神を集中させただけに、ショックと疲労で気を失いかけた。


≪ヴォン≫


・・・え? その時、右手に提げていた愛機『プリンセスマリアナ』号がブルブルっと身を震わせた。

起動ポジションになっていないのにひとりでに反応したぞ・・・マリアナ姫?・・・そうか! マリアナ姫がボクにあきらめるなって励ましてくれているんだ。


もう一度、もう一度だけやってみよう。


ボクは、まざまざと地球ゲートで修業した日々のことを思い出した。

来る日も来る日も日の出から日没までオスダエル爺ちゃんの命令で寒風吹きすさぶ岩棚に座り続けたっけ。最初の頃は落下する恐怖心で目をつぶることもできなかったけれど、次第に梢を渡る風の音や鳥の羽ばたき雲の流れ、大気を肌で感じられるようになってきたんだ。


そして瞑想していると突然、自分の輪郭がぼやけてきて身体が大きくなっていく感覚に襲われたんだ。

「アラシ、それは内なる気と外の気が一体化したんじゃ」ってオスダエル爺ちゃんに言われたっけ。そうだ、もう一度原点に帰るんだ。


ボクは再度、自分を包み込む球体をイメージする。


これまでは少しでも消耗を防ぐため、イージス艦のフェーズドアレーレーダーのようにある一定の方向に思念を集中させていた。だけど一番最初にビジョンが見えたときの感覚・・・全方位に向けてやってみよう・・・直径2m・・・直径3m・・・直径5m・・・直径7m・・・直径10m・・・見えた! そ、そんな・・・嘘だろ?



「“満身創痍、傷ついたプリンセスがスタンスに入ります! えっ?”」

「“そ、そんなバカな!”」



≪ギュルルルッ≫


ボクがスタンスに入るとヘッド形状が変化した。後はイメージした通りにショットするだけだ・・・ああ、クソ! 左手が利かない! グリップを握ることすらできない・・・どうすればいいんだ? 


≪シュルルッ≫


使える右手だけで握っていた円柱状のグリップがまるで皮膚の様な形質に変化して腕と一体化していく・・・うっ?・・・握手? 『プリンセスマリアナ』号が一体化したグリップの中でボクの手を握りしめた。そうか・・・左手が使えないんなら右手だけで打てっていうんだね? わかったよ。


ボクは、左手をスイングの途中動かないようにミニスカートの後ろポケットに突っ込んだ。



「うおっ 片手だ!」


≪プリンセス!≫


「頑張って!」


≪プリンセス! プリンセス!≫


「神様お願い! プリンセスにご加護を!」


≪プリンセス! プリンセス! プリンセス!≫



ギャラリーが声援で味方してくれるって、ベルが言っていたけれど本当だった。

火事場の馬鹿力か。なんだか力が湧いてきた。


よし、この1打に全てを賭けよう・・・でも・・・ちょっと待てよ・・・このショットをするともう二度とこの愛機ではプレーができなくなってしまうじゃないか・・・それでもいいのだろうか?



“キリュウ クン  キリュウ アラシ クン”


その時、ボクの頭の中に女の子の澄んだ声が響いてきた。誰だろう?


“オトコノコノ キミニ ツライ オモイヲ サセテ シマッテ ゴメンナサイ”


・・・そうか、君はマリアナ姫だね? ちゃんとボクに、君の代役務まっているのかな?


“キミハ ジュウブン チカラヲ ツクシ マシタワ”


そう。それを聞いてなんだかホッとしたよ。


“アトハ ソレヲ ウッテ チキュウニ オカエリナサイ”


ボクにできるのかな?


“デキマストモ”


でも、もう君とプレーすることが叶わなくなるけど・・・。


“カマイマセン ソレガ ワタクシノ ウンメイ デス”


・・・ありがとう。ボクは、ボクは君と一緒に戦えて幸せだったよ・・・じゃあ、行くよ?


“ワタクシモ シアワセ デシタ  サア ハヤク チキュウニ オカエリナサイ”



ボクは、頭の中で響く声に応えるように愛機『プリンセスマリアナ』号を右手一本で振り上げると鋭い振り下ろしで一気に球を打ち抜いた。


≪パシーッ≫


真芯でしっかり金属球を捉えた。


≪グシャッ バチッ バチバチッ バチッ≫


その直後にソードラケットのヘッドが石垣に激突してひしゃげ、シャフトがぐにゃっと折れ曲がり火花を散らす。


50cm先の石垣に勢いよくぶち当たって跳ね返った金属球は、綺麗な放物線を描きながら真っ直ぐ15m先の鐘に向かって行く。


≪トンッ≫


球がグリーンエッジに落下してバックスピンで勢いを殺しながら軽く跳ね上がる。


≪トン トン ツツーー≫


バウンドが小さくなってグリーン上を転がり出す。

傾斜面を軽くスライスしながら鐘との距離を詰めていく。

80cm・・・70cm・・・60cm・・・50cm・・・40cm・・・30cm

勢いが弱まって止まりかける・・・


≪GO! GO! GO! ≫

≪いけ! いけ! いけ! ≫

≪当たれ! 当たれ! 当たってくれぇ!≫


グリーンを見つめるギャラリーから声が出る。それに押されるようにボクの金属球は最後にひと転がりした。


≪カ~~~ン♪≫

≪うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!≫


「“当たった! 当たった!! 当たりました!! 奇跡が起きました! ミラクルショットです!”」

「“まさか石垣に当てたバウンドを利用して鐘に当てるとは! いや、たとえ思ったとしてもそれで鐘に当たるなど考えもしませんよ!”」

「“これで氷の女王が次を鐘に当ててもこのホール同じ打数! 通算1アップでプリンセスの勝利! 女神杯新女王の誕生です!!”」



ボクは、ショットしたままの姿で放心したように石垣と向かい合っていた。右手には衝撃でぐちゃぐちゃになった愛機『プリンセスマリアナ』号の残骸。左手はミニスカートの後ろポケットの中。

大勢のギャラリーが飛び上がって喜びを爆発させていたけれど、ボクは不思議な静寂の中にいた。


鐘の鳴る音がしたということは・・・ボクは、第3打を当てることができたんだ・・・でも、不思議なことに何の感情も湧き上がって来ない。


右手を見下ろすと、しっかり腕と一体化しているグリップからバラバラに破壊されたパーツが配線でぶら下がっている。


大会規則では「ソードラケットは1本のみ使用、ラウンド途中での交換は認められない」とあったっけ。石垣に打ち付けて破損してしまったから、もうプレイできないや。


そう思った時、ボクの頭の真ん中で女の子の澄んだ声が響いた。


“アラシ クン パパ ヲ タイセツ ニシテ クダサッテ アリガトウ・・・”


≪バチッ≫


火花がひとつ飛んだ後、一条の青白い煙が空へと立ち昇る。

その瞬間、腕と一体化したグリップの中で握り合っていた手が解けていった。



「おい、オマエ」


背中で声がしたので振り向く。


「・・・スジャーラさん」


大きな図体をした氷の女王が立っていた。無表情で氷のように冷たいまな差し、この2日間ずっとボクを見つめてきた顔だ。フッとそれが緩む。


「負けたよ。オマエさんの勝ちだ」


なんのことだろう・・・。


「なにキョトンとした顔をしている。オマエさんの勝ちだと言っているのだ」

「わたくしの勝ち? ・・・じゃあ、女神杯は終わった・・・もうプレーはしなくていい・・・」

「そういうことだ。まあもっとも、ソードラケットがそんな風になっちまってはプレーを続行することもできないだろうけどな。久しぶりに骨のある奴と勝負できて幸せだったぜ。そんな虚弱な身体つきのくせにここまでやるとはな。オマエ、認めてやるよ」


と言うとスジャーラはがっしりした腕を伸ばしてきた。ボクも握手をしようと右手を差し伸ばす。

その瞬間、目の前の風景がぐるぐる回り始めた。視界が真っ白になって次第に意識が遠のき・・・ホワイトアウトした。


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