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ランとアラシで神隠し  作者: 迦陵びんが
第6章 「地球帰還を賭けて」
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第69話 熾烈な“女”の戦い

女神杯初日第1ラウンド、ボクは最初のホールを奪取してから勢いづきそのまま最後の8ホール目まで優勢に試合を進めることができた。しかし上空からギラギラ太陽が照りつける時刻になると情勢は一変した。



「“どうしたのでしょう。3アップとディフェンディングチャンピオンを見事に押え込んできたプリンセス・ランが、第2ラウンドに入って崩れ始めています! 出だしの『立春』で引き分けた後は『春分』『立夏』『夏至』と3ホール続けて失い現在はマッチイーブン!”」

「“前半のラウンドであれだけ正確なショットをしていたのが嘘のように、何度も池に落としてしまいましたからねえ”」

「“試合開始前からウワサになっていましたが、やはりここに来て『姫体質』が露呈したのでしょうか!”」



実況中継が喧しいけれど、言っていることは嘘ではない。ボクは歩きながら、真夏の強烈な直射日光に体力をどんどん削りとられていくのを感じていた。


やはり難コースを切り抜けるため“能力”を使い過ぎたのかもしれない・・・いまや立っているだけでも消耗しているのが分かる。残り4ホール。これをしのげば明日までは休むことができるんだけど・・・。


スジャーラはそんな日差しの強さなど歯牙にもかけていない様子だ。褐色に日焼けした肌をさらしながら肩で風を切るようにして大股でフェアウェイを歩いていく。汗ひとつ掻いていないところは、さすがに“氷の女王”と呼ばれるだけのことはあるかも。なんだか羨ましい。


5番目のホール『立秋』は全長1080m。ここからは一転して深い森の中に作られたコースになる。池に落とす心配はなくなったけれど、生い茂った樹木にしっかりガードされているので打ち込んだりすると厳しいことになってしまう。


第1打は結構いい当たりだったが右へ曲げてしまった。暑さと疲労で腕の振りがちょっとだけ遅れて開き気味にフェースが入ってしまったのだ。


日傘で直射日光を避けながら落下地点のあたりに歩いて行ったがフェアウェイには球が見えない。ということは森の中に飛び込んだわけだ。


さてと、ボクの第1打はどこに行ったのか・・・あった。




「“これは大変なことになってしまいました! なんとプリンセスの第1打は枝に引っかかり樹の上で止まっています!”」

「“救済ルールで引っかかっている真下の位置から打てますが、1打ペナルティを付加されることになります。プリンセスがどんなに上手く打ったとしてもこのホールも落とすことになるでしょう。非常に残念です”」

「“なんとかあの球を直接打つことはできないですかねえ?”」

「“高さ2.5mはあるんですよ? プリンセスの身長は168cmですから、背伸びしても届きはしませんよ。ここは無理せず体力温存でギブアップした方がいいかもしれません”」



ボクが樹の上にある金属球を見上げていると、競技委員が近づいてきた。


「サンブランジュ選手。次のショットの選択は決まりましたか?」


視線を感じたのでフェアウェイの方を見やると、スジャーラが冷ややかな表情でこちらをじっと見つめている。


もしこのホールを落とせば1ダウンだ。スジャーラに1歩先行を許すことになる。ここで勢いづかせると残り3ホールも失いかねない。


刻一刻ボクの身体の女性化が進行してきている状況では、ビハインドを背負って明日の2ラウンドを戦うことは精神的にも難しいかも・・・ここは思案のしどころだ。


もう一度、樹の上を見上げてみる。ボクの金属球は細い枝が絡まってできた吊り橋のような構造物の真ん中、一番細いところで奇跡的に止まっていた。うむ・・・これならば直接球を弾くことはできる。問題は・・・どうやって打つか、だ。よし、一か八かだ。



「このまま打ちます」

「えっ・・・このままですか?」


競技委員はびっくりした顔をしたけれど、ルール上問題がないのでボクのショットを確認できる位置まで引き下がった。



「おい! オマエそれを打つつもりか?」


スジャーラがフェアウエイから声をかけてきた。


「ええ。いけません?」


ボクもよく通るように高めの声で言い返す。


「ふん! 身の程知らずが!」

「ピンチになればなるほど、なんだか嬉しくなってきちゃって。まあ、ご覧になっていてくださいな」

「ま、いい。どの道ギブアップするよりほかに道はないのだ。早いか遅いかの違いだけだ」



ボクは、球の真下でスタンスを固めるとソードラケットを起動し高く掲げた。


≪ヴォン キュキュ キュイイイイーーーーーーーーーーーーン≫


起動音とともに空気を震わしながらシャフトの中で回転音が急速に高まっていく。

ボクは思念を集中しこれから打つショットをイメージする。


≪ギュルルル≫


ソードラケットが変身を開始する。グリップがボクの両手を包み込み、シャフトが細く長く伸びて金属球の高さまで到達する。クラブヘッドはハンマー状に変化した。なんだかゲートボールのラケットみたいだが、この形だからこそ次のショットを狙えるのだ。


ソードラケットの変身が終わるとボクはゆっくりとバックスイングをはじめた。



「“さあ、プリンセスの第2打に注目です! おっと、バックスイングが違います!後ろに引き上げるのではなく、後ろに引き下げていきます!”」

「“下にある球を打つのではなく、上にある球を打つわけですから真逆の動きになるんですよ! それにしてもソードラケットがこんな姿にも変化できるとは知りませんでした!”」

「“このクラスの選手になると、普段からこういう練習は積んでいるんでしょうね?”」

「“なにを馬鹿な! こんな練習やるわけないじゃないですか! まったくの初見ですよ!”」

「“ということは?”」

「“球に当てるのだって難しいんですよ。これが上手くいったら奇跡でしょう”」



ボクは、しっかり振り下げて引き付けると、大きなスイングアークで球目掛けて一気に振り上げた。


≪パシーーーーーーン≫


「“当たった!”」

「“当たった 当たった! そして抜けた!! これは凄い!”」

「“森を抜けた球はグングン加速して伸びて行きます!”」


≪トーン トントントン≫

≪うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!≫


「“ギャラリーから大歓声が上がっています! あの位置からフェアウェイ580m地点の中央にきっちり出してきました! 飛距離は280mくらいあったでしょうか!”」


ボクはフォロースルーをとったまま、球の行方を確認していた。よかった、これでスジャーラとは対等勝負できるぞ・・・あれ? なんか変・・・空が下がって地面が上がってきている・・・。


≪パサッ≫

≪きゃああああああああ!≫


「“ああっ! プリンセスが、プリンセス・ランが倒れています! 競技委員が駆けつけていますがかなり慌てている様子です!”」

「“いやあ、プリンセスは限界を超えてしまったのかもしれません。199回ある女神杯の歴史を振り返ってもこれだけの難コースはないでしょう。選手の体力気力を酷使するとんでもないレイアウトですよ”」


≪カシーーーーーーン≫


「“おや? なんと氷の女王が第2打をショットしてしまいました! これはいい! ナイスショットです!”」

「“プリンセスが倒れたことなんか、お構いなしと言わんばかりですな”」


その時、雷鳴が轟いた。


≪ゴゴーン ゴロゴロゴロ≫

≪きゃあああああ!≫


慌ててギャラリーが安全なところを目指して避難しはじめる。


「現時点の球の静止位置でサスペンデッドとします!」


競技委員が試合の中断を宣言した。






「・・・ランさん! ランさん! あっ、気がつかれましたか!」

「ううっ・・・ここは?」


目が覚めると目の前に心配そうなベルの顔があった。


「ここは救護室。ランさん、意識を失って運び込まれて来たのですよ!」

「! し、試合は? 試合はどうなった?」

「中断になっていますよ。ランさんが倒れた時に丁度、雷雨になりましてね」

「じゃあ、まだ失格になってはいないんだね?」

「ええ。まだ雨脚が強いですけど通り雨みたいですから直に再開になりますよ」

「ああ、よかった。もし失格になっていたら女神杯の負けが決まってしっまうところだった。ボクはどうしても勝たなきゃいけないんだ」

「ベルとしては、このまま姫君のランさんでいてもらいたいところですけど、あのムカつく氷の女王だけは絶対やっつけて貰いたいですから応援しますよ!」

「姫君のランさんって・・・べ、ベル! ば、バレていない・・よね?」

「バレる? ああ! ここのことですか?」


と言いながらベルはボクの股間をチョンと突っついた。


「大丈夫ですよ。ここのお医者様が診察しようとしましたけど、繊細な姫様は貧血体質なので涼しいところで少し休まれれば直ぐに回復しますからって、ベルがお断りしましたから。この部屋もロックしてベルだけがお傍についていましたしね。でも、どうなさったんです? 急に気を失うなんて」

「・・・例の“能力”を使わざるを得ない状況が続いて相当身体を酷使していたみたいなんだ。だけど、以前だったら気絶するようなことはなかったはず・・・やっぱりボクの身体はどんどん女の子になって来ているのだと思う・・・」

「そうでしたか・・・でも、勝負は今日と明日の2日だけ! さあ、さあ、そんな青白いお顔をしていては氷の女王にナメられてしまいますよ! ベルがお化粧で武装して差し上げましょうねぇ。何と言っても女の一番の武器はお化粧ですから!」


と言うと、ベルはボクのおとがいを指で軽く持ち上げて頬紅と口紅で薄くルージュを引きはじめた。ボクにとっては、このサスペンデッドは天の恵みだったのかもしれない。






「試合再開!」


競技委員が中断になっていた試合の再開を宣言した。


「“さあ、女神杯第2ラウンドの再開です! 最初のショットは5ホール目『立秋』の3打地点、2打目を樹の上から奇跡的なショットをしてみせたプリンセスからです! それにしてもプリンセスは大丈夫でしょうか?”」

「“ショット直後に気を失ったときには失格になるのではと心配しましたが、雷雨中断で本当に救われました。見たところ血色もよさそうだし、残りホールを期待したいですね!”」


≪パシーーーーーーン≫


ボクは、あまり時間をかけずに第3打を打った。“能力”の酷使は相当に負担となることが分かったので、できる限り通常のショットで済まそうと思ったからだ。もしまた気絶するようなことになれば、ボクがプレーすることを競技委員が停止してしまうかもしれないのだ。


≪カシーーーーーーン≫


つづいてスジャーラがショットした。飛距離的にほぼ互角と思っていたが、いまやボクの方が飛ばなくなってしまった。こうなると、どこまでスジャーラを上回るアプローチショットができるかだ・・・。


「“さあチャンピオンとチャレンジャー、互いに第3打を打ち終わりました! 氷の女王は900m地点、プリンセスは860m地点のフェアウェイです!”」

「“鐘まで残りの距離は、氷の女王が180m、プリンセスが220mですか。ここはまずはグリーンに乗せて、パット勝負でしょう!”」


ボクは、グリーンを眺めていた。1ラウンド目でグリーンの様子は分かっていたけれど、鐘の位置が変えられていたので攻め方を考えていたのだ。


グリーンの構造をひと言でいうと、すり鉢状。すべての方向からグリーンの中央に向かって傾斜している普通ならあり得ないグリーンだ。つまり、グリーンのどこに落ちても球が中心に集まってしまうのだ。


まあ、そういう意味ではグリーンを外す心配をしないで済むので楽に狙えるのだが、問題はそのあとのパットだった。2ラウンド目の鐘の位置は、すり鉢の縁の際に変えられていた。


この距離で鐘に直接当てるのは、ゴルフで言うとホールインワンかアルバトロスを出すのに等しい確率だろう・・・狙った結果たまたま当たることだってないわけではないが、ここはパットに有利な位置にどうやって止めるかを考えた方がいいかも。よおし!


≪パシーーーーーーン≫


低く飛び出したボクの第4打は、100m先でホップすると高度を上げて右に旋回しながらグリーンへと向かう。


「“プリンセスの球は軽くフェードしながらグリーンに向かっていきます! さあ、落下する! ちょっと曲りが足りないか? いいや・・・よし! すり鉢の縁ギリギリに落ちた! グリーンオンです! おおっ! すり鉢の内がわの斜面を球がぐるぐる転がっていく!”」

「“なるほど! プリンセスはこれを狙っていたんだ!”」

「“回転スピードが落ちてきて・・・止まった 止まった! プリンセスの第4打はすり鉢斜面の中ほどで止まりました!”」

「“いや見事です! 直接球を打ち込んだらすり鉢の最深部まで一気に落ちるところを、斜面に沿って転がし途中で止めたんです。これでパットの距離が半分以下に減りましたね!”」


それを見ていたスジャーラは、少し口の端を歪めたが、直ぐに無表情に戻ると狙いを定めてスイングに入った。


≪カシーーーーーーン≫


「“氷の女王が第4打を打った! 高々と舞い上がった打球はぐんぐん伸びてグリーン上空で落下! おおっ! まっ直ぐ鐘を目掛けて落ちてくる!”」


≪トーン≫


「“ああっ カーンではない! トーンと大きくバウンドした球は鐘をかすめて着地するとグリーン中央、すり鉢の底で止まりました!”」

「“氷の女王は直接狙いましたか! プリンセスがパット狙いにするや否やダイレクトショットを放つ・・・いや凄い試合です! しかし、いまの一打は高くついたかも知れませんよ”」




先に氷の女王がパットする。距離は30m。すり鉢の底から辺縁に立つ鐘を狙わなければならないのだ。斜面を駆け上る強さ加減がポイントになる。


≪カツーン≫


勢いよく転がり出した球は、鐘を目掛けてまっ直ぐに傾斜を駆け上る。しかし、あと1mという球足が遅くなったタイミングで、微妙なアンジュレーションを拾って右に跳ねてしまった。球は鐘の横10cmを通過すると縁を越えてグリーンの外にこぼれ落ちて行った。


「くそおお!」


「“氷の女王が吠えています!”」

「“狙えばこその失敗ですがこの1打は大きい!”」

「“さあ、プリンセスの番です。果たしてプリンセスはこのパットを決められるか?”」




ボクの球は鐘の斜め左下、8mほどのところにあった。


≪コツーン≫


ボクは軽いフックラインと傾斜を読むと、思い切って強めにパットした。ラインに乗ってぐんぐん寄っていく。


≪カーン♪≫

≪うおおおおおお!≫


ボクはこのホールを取り、再び1アップとリードした。






「“雷によるサスペンデッドで2時間ほど中断が入りましたが、どうやら日没前には初日のラウンドを終えられそうですね”」

「“ええ。いま2つ目の太陽が沈みかけていますが、3つ目の太陽が水平線に消えるまでには間に合うと思います。プリンセスが再び1アップとした後『秋分』『立冬』と引き分けて『冬至』まで来てますから”」

「“さあ、いよいよ初日最後のホール。プリンセスからのティーショットです!”」



ボクは夕陽を背に受けてスタンスに入る。太陽が斜めになってきたので、ジリジリ肌を焦がしていた強烈な日差しも大分弱まってきている。


≪パシーーーーーーン シュルシュルシュル≫


振りぬいた金属球が夕日に赤く輝きながら100m先でホップすると一気に空へと駆け上がった。よし! 手ごたえは十分。今日のベストショットだ。


≪トーン トントントントン≫


「“プリンセス・ラン、最終ホール第1打は綺麗な弾道でフェアウェイセンターを捉えました! 飛距離は380m。ツーオンを十分に狙えるポジションです!”」


380m? いまの手ごたえだったら500mは飛んでいたはずだ・・・風に押し戻されたのだろうか?


「“いや見事です。まったく風がなかったとはいえ、この狭いフェアウェイのセンターにきちんと打ってきたのはさすがでしょう!”」


え? 無風だったのか。以前の8割程度しか飛ばなくなっている・・・いよいよ筋力の女性化が進んでヘッドスピードが遅くなっているんだ・・・。


≪カシーーーーーーン≫


スジャーラがティーショットを打った。高々と舞い上がった打球は上空で大きなアークを描きながらフェアウェイに落下し左サイド、ファーストカットの浅いラフで停止した。


「“これは凄い! 氷の女王の第1打はプリンセスより相当先で止まりました!”」

「“470、いや480mは飛んでいますね。素晴らしい当たりです! フェアウェイをちょっと外しましたが次のショットも全く問題ないでしょう!”」


スジャーラに100mも置いていかれてしまった。なんだか男子とラウンドしている女子ゴルファーの気分だ・・・。同じとところから打っても、クラブの番手が違ってくるので女の子は不利だ不利だってゴルフ部の女の先輩が愚痴っていたっけ・・・。


さてと、このホールのグリーンの前は小川があるんだった。ボクは、第2打地点に着くとグリーンを確認する。S字になって流れるせせらぎに囲まれるようにして2つに分かれたグリーンがあった。1ラウンド目は手前のグリーンに鐘があったけれど、いまは奥のグリーンそれも小川の直ぐそばに置かれている。


この位置でボクの飛距離だと長距離用のソードラケット形状で狙うしかない。ロフトが立つので余程上手くスピンを掛けて打たないと止まる球は打てない。一方、スジャーラはボクより100mも前だし、飛ばし屋だから短距離用でピタッと止めることができるのだ。さあてどうしたものか・・・。


「“腕組みをして真剣な表情でグリーンを見つめるプリンセス・ラン。フェアウェイにも影が長く伸びてきました”」

「“丸味を帯びた優しい影。美しい女性が夕日に照らされる風景もなかなかいいもんですな”」

「“肌が弱いプリンセスはずっと日傘を差しっぱなし、打つときしか全身が見えませんでしたからね。地球人の彼女は、われわれから見ると背は167cmと低めでスレンダーですが、何しろこの美貌です! 何しろこの華奢な身体つきです! 保護欲をくすぐると言いますか、プリンセスの表情や仕草を鑑賞しているだけでも心が自然と和んできます!”」


なんか実況中継がゲオルの話じゃない方向に逸れている。ま、いいけど。今ボクの頭の中にはこの1打のことでいっぱいなのだ。


もしここで球を小川に落とせば、下手をするとペナルティを取られてしまう。スジャーラがこの距離をしくじる可能性はほとんどあり得ないから、その時点でこのホールの負けが決まってしまう。


かと言って、グリーンを直接狙わず手前で止めて3打目勝負としても、スジャーラのパットが決まらないことが前提なので相当に厳しい。前門のオオカミ後門のトラ、か。となれば次で狙うしかないんだ。


「“さあ、プリンセスの第2打! 鐘まで残り280m。スタンスに入った。いつ見てもほれぼれするような美しい構えだ。まるで大理石のような嫋やかで細い腕をゆっくりと振り上げる!”」


≪パシーーーーーーン≫


「“行ったぁ! 球はまっ直ぐグリーンに向かっている! でも問題はここからだっ! S字に曲がるクリークに分断された二つのグリーン! 果たしてどこに落ちるか!”」

「“いつもなら低めの打ち出しからホップで急上昇させるのですが、この弾道は違いますよ! 綺麗な放物線を描いて飛んでいます。スピンを掛けないつもりでしょうか?”」


≪トーン≫


「“クリークを越えて一つ目のグリーンで大きくバウンドした!”」


≪トン トン≫


「“一度、二度、バウンドが低くなりながらもよく跳ねている! さあ、問題は次の跳躍だ!”」


≪トンッ ツツーーー≫

≪うおおおおおおおおおっ!≫


「“やった! やりました! 最後のバウンドでクリークを越えたプリンセスの第2打は2つ目のグリーンに落下して止まりました!”」

「“いや見事です。わざとスピンを掛けずにバウンドでS字のクリークを越えさせたんですね。鐘の奥15mですがグリーンをしっかり捉えました”」




この後スジャーラは、当然だと言わんばかりに第2打を鐘の横1mに付け、難なく3打目で上がった。


ボクの第3打は距離のあるパットだったが、今日最後の1打ということで消耗覚悟で“能力”を使ってしっかり鐘を鳴らした。


まあ、その結果残っていた体力もすべて使い切ってしまい、立っていることすらできなくなってしまったのだが・・・。






ベルに支えられてやっと選手村に引き上げてきたボクを待っていたのは、アビリタ王国そのものと言った顔ぶれだった。


「ランよ。よう戦った。民に成り代わって礼を申すぞ」

「ラン姫、アナタはアビリタの誇りですよ」

「国王陛下、王妃殿下の言われるとおりだ。宰相として行政府を代表して姫の健闘に感謝する。よく初日で1アップリードしてくれた」


大会終了後、選手村の建物は分譲マンションになるのだそうだが、そんな2LDKの小さな一室にアビリタ王国の国王、王妃に宰相までもがそろい踏みして待っているとは・・・。


部屋の前の廊下も、部屋に入りきれない付き人と護衛官で溢れていた。さすがのベルも呆気にとられて開いた口がふさがらない。ボクを支えたままどうしたものかと助けを求めるように周囲を見回していると、馴染みの声が響いた。


「はいはい! 姫君の主治医として申し上げます。皆様もうこのくらいでお引き取りを! 陛下も妃殿下も宰相閣下も、姫君のお顔をご覧になってご安心召されたでしょうから、そろそろ姫君を休ませてあげてくださいませ。姫君は今日の戦いで極限まで消耗しているんです。明日までに回復してもらわなければ40年ぶりの勝利も危うくなりかねません!」

「そ、そうであったな。先生の言うとおりじゃ。ランには明日も頑張ってもらわねばならんのだ。よし皆の者、引き上げよう。ヴェーラ先生、ランのこと頼み参らせるぞ」

「はい陛下。できる限りのことをさせていただきましょう」




ヴェーラ博士の言葉に嘘はなかった。

疲れ切って自分では手の上げ下ろしもままならないボクを、大急ぎで裸にむくと赤く腫れ上がった日焼けを手当し、全身を冷却しながらマッサージをしてくれた。


そこまでの記憶はあるのだが、気持ち良くなってうつらうつら寝入ってしまったみたいだ。ボクを男だと知ってくれているヴェーラ博士とベルの看病なので、安心してしまったのだと思う。


ボクが眠っている間にも炭酸風呂や高気圧酸素カプセル、栄養分の点滴補給などなど、ふたり徹夜で朝までたっぷり時間をかけてボクのメンテナンスをやってくれた様子だ。


そして女神杯2日目の朝を迎えた。


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