第66話 悲しい男の娘
「大したものだ。どうです俺と勝負しませんか?」
振り返ると男がにんまり口の端を曲げて笑いながらこちらを見つめていた。
背丈は200cmくらいでこの惑星の男性の平均的高さだが、引き締まったいいボディをしている。
「アナタは?」
「俺はコスタノキアのシャライ。ヤーレの水球チームに所属しているんですよ。そんなことより可愛い顔してコイツらをここまで打ち負かすったあ実にたいしたタマだと思ってね。アンタ、評判の姫さんだろ? こりゃあひとつお手合わせを願わなきゃと」
仲間なのか男と同じ揃いのユニフォームを着た男たちが、ひゅーひゅーと囃したてはじめた。どうやらこの男、仲間内のリーダー格で大勢のギャラリーの前でいいところを見せたいという、さもしい魂胆みたいだ。
「いいですよ」
ボクがそう言うと、男は鼻白んだのか急に目を細めると口元のにやけた笑いを消した。
「ほう・・・あっさり受けちゃいますか」
「いけませんでした?」
「姫さん、アンタたいしたタマだよ。じゃあ、勝負といきますか。だが、勝負であるからには何かを賭けなければ本気にはなれねえしな。どうです、何か賭けようじゃありませんか?」
と言いながらずるそうにボクを睨んだ。
「賭けですか? 男の方と賭け勝負なんて・・・お父様がお知りになったらきっとお怒りになるに違いありませんわ。まあ、あまり好みではありませんが仕方ありませんね・・・何を賭けます?」
「そうだなぁ、よし! アンタの唇にしよう。俺が勝ったら遠慮なくその可愛い唇を奪わせてもらう。大きな口を叩けないよう俺の口と舌で、アンタの口の中を奥の奥まで塞がさせてもらうぜ」
これを聞いて仲間たちがぎゃあぎゃあ騒ぎ立てはじめた。相当アルコールが入っているみたいで、大きな声で猥雑なことを喚き立てている。
「な、なにおぉ・・・」
「く、この野郎ぉ・・・」
「ふ、ふざけやがって・・・」
ビゾー、ガナマ、ローチが一斉に立ち上がり拳を振り上げた。ボクは目顔でそれを押しとどめる。
「では、わたくしが勝ったら何をしていただけるのかしら?」
「アンタ、俺に勝つつもりか? 俺は水中格闘技のエースだぜ?」
「勝負する以上は勝つつもりですわ。それともアナタ、女相手の勝てる試合しかなさらないのですか?」
おおっ! と他のギャラリーから声があがる。思わぬ反撃に遭って、シャライは言い返す言葉が出ないのかギラギラした怒りの目でまわりを見回すと言った。
「いいだろう、上等だ。もし俺が負けたら、俺が出る次の試合でゴールするたびに『このゴールをプリンセス・ランに捧げる!』と叫ぶ。これでどうだ?」
「それって、わたくしのメリットになるのですか? ま、いいでしょう。敵国のマスコットガールにゴールを捧げるというのは、男の方にとっては相当勇気のいる話ですものね。では勝負しましょう。どうぞアナタから」
シャライは手にツバして身長計の一番上のゴングを見つめると、大きく深呼吸をしてハンマーを一気に振り下ろした。
≪ガガーンッ!≫
鋭い振り下ろしだ。コイツ、結構やるかも!
≪シュルシュルシュルシュルシュル シュル ッ≫
もうちょっとでゴングに届きそうだったが手前で止まった。ゲーム台に設置された大きなディスプレーに計測結果が表示される。
「9メートル90だ。じゃあ次はアンタの番だ」
と言うと、ヒョイッといかにも軽そうにハンマーを投げて寄越した。
「!」
さすがに身の危険を感じてボクは飛びのいた。大事な女神杯前に手なんか怪我でもしたら大変なことになってしまう。
≪ガッ グワン ワン ワンワンワンワンワン≫
床に落ちたハンマーが大きくバウンドして跳ねまわるのを、ボクは飛び下がって見ているしかなかった。
そんな様子を「ふっ」とシャライが馬鹿にしたような顔でニヤけて見ていた。不愉快な奴だ。
鳴りおさまったハンマーを床から拾うと、ボクはいきなり振り上げ、無造作に台座の金属板に叩きつけた。
≪ドゴッ! バチ☆ バチッ☆ バチーン☆☆≫
激しく火花が飛び散り、続いて衝撃音が響き渡った。
≪シャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ カ~ン♪≫
ボクの放った錘は、もの凄いスピードで支柱を駆け上るとゴングを痛烈に強打した。
≪うおおおおおっ!≫
一瞬遅れて、大勢のギャラリーから大歓声が上がる。ヤーレの水球チーム連中を見やると、ボクをからかい散々揶揄していた先ほどまでの勢いは微塵もなく、呆気にとられているのか目を大きく見開いたまま口が半開きになっていた。中でもシャライは見るも無残な表情だった。
「いかがでした? おや? シャライさんたらお顔が白くなってるぅ。あらあら、だいじょうぶぅ?」
ボクは小首を傾げ、唇に人差し指をあて後ろ髪のリボンを揺らしながら可愛く問いかけた。
≪どっ!!≫
≪あはははははっ!≫
大勢のギャラリーは大笑いだ。
それを見るとシャライとその仲間たちは、その場から一目散に逃げ出した。
「アネゴ! お見事です!!」
「アネゴ! 凄すぎです!!」
「アネゴ! 一生ついていきます!!」
ビゾー、ガナマ、ローチが感動のあまりウルウル目になりながら口々に叫ぶ。
シャライはちゃらい男ではあったけれど、ちょっと気の毒だったかも。
ボクはビゾー、ガナマ、ローチの3人との勝負では本気を出してはいなかった。だって、大勢のギャラリーが見ているのに、いきなり一番上のゴングを鳴らしたりしたら、ボクのことをアビリタ王国のマスコットガールとしてせっかく好いイメージに思っているのに、なんだか興ざめになっちゃうでしょ?
別にハメたわけじゃないけど、シャライは無差別級のローチの記録が8m50cm止まりだったのでそれより少し上に行くくらいのところで手加減していたボクを見て、無謀にも挑戦してきたのだと思う。衆目の中でこんなボクみたいな女の子に負けてしまった男の痛みはよく分かる。
その夜ボクは久しぶりに夜更けまで遊びまくった。何しろ女神杯本番まで1か月もあるのだ。今から緊張しまくってゴリゴリ練習しても始まらないし、美人コンテストやマスコットガールで女を売りにさせられているモヤモヤを吹き飛ばしたかったからだ。
翌日、ボクが外出しようとドアを開けると“子分”たちが待ち構えていた。
賭けに負けたということで、ボクがどこかに行くにも常に屈強な女性格闘家3人がボディーガードでくっついて来ることになってしまったのだ。これまで外出時にはベルがついて来たのだけれど、3人とはそりが合わないのか誘っても「いいえ結構でございます」ときっぱり断られてしまった。
ま、ボクの監視役として公爵から言い含められているらしいベルとしても、この連中と一緒ではボクに“悪い虫”が付くわけもなく3人に任せることにした様子だ。別にボクとしては悪い虫も何も、男そのものに興味はないのだが。
仕方なく3人の厳つい女格闘家たちを連れて出ることにする。
選手村の中なので着ているものは公式のアビリタ王国選手団ジャージだが、ボクは大分伸びてきた髪をレースのシュシュで括ってフリフリのついた日傘を差して歩いている。そんな少女っぽい装いのボクの後ろを半歩下がって肩を怒らせながらついてくる大女たち、なんだか異様な光景だ
選手ラウンジに行ってみると、テーブルはどこもふさがっていてどうやら満席みたいだった。
「おら、どきな」
「アネゴ、こちらにどうぞ」
「すみません。なんだか席を譲らせてしまったみたいで・・・」
ボクはすごすごと席を立つ男子選手たちに申し訳なさそうに、それでもお詫びのしるしの飛びっきりのゴメンネの表情で謝った。憮然としていた男たちがなぜか嬉しそうになって立ち去りがたく立ち止まっている。
「しっし! おら、あっち行けって!」
「およしなさい。混んでるときはわたくしたちが別の時間に来ればいいのですから、他の方たちに迷惑をかけるようなことは控えてくださいね」
「へえ。これからは気を付けます・・・なるべく」
「いま何か付け加えました?」
「いいえ。アネゴの命令は絶対ですから」
どうもビゾーは調子のいい奴だ。体格的には一番小さいが3人の中の仕切り役らしい。
「ご覧くださいよ。アネゴが座っただけで選手ラウンジの周りに人だかりが出来てますぜ」
「ほんとだ、大勢連なってるぜ。あれ? あれって人気スポーツキャスターのジルベルじゃないか?」
「アイツ格好いいんだよなあ。アネゴが呼べば飛んできますぜ?」
言われた方を見ると、カメラスタッフを引き連れた整髪料バッチリ髪のスーツ姿が見えた。目が合ったと思ったら、こちらに向かって懸命に手を振りはじめた。
「そんなこと・・・でも、アナタたちが呼んで欲しいなら考えてもいいけれど?」
「やった!」
「アネゴ!」
「頼んます!」
まあ、選手村で人前に出るということはこういうことなのだ。
ボクの大事なお役目はマスコットガール。宰相から「オマエの公務なのだ」と言われてはいるけれど、ボクが愛想よくすることでウチの選手団への応援が増えるのであれば頑張らなくっちゃ。
何とかコンタクトを取ろうとこちらを窺う背の高い男に向かって、ボクは軽く手を挙げた。すると本当に跳んで来た。あそこから3歩半か、凄い脚力かも。
「何かわたくしにご用みたいでしたのでお声をお掛けしたのですが・・・」
「ありがとうございます! お寛ぎ中、ご迷惑ではありませんでしたか? 申し遅れましたが私は本大会の特別番組『熱血!きょうのハテロマ競技大会』のキャスターをしているジルベルです」
と言うと大きな手を差し出してきた。掌が上を向いているからボクの手にキスをする気だ。
「はじめまして」
ホントは虫唾が走ったけれど、ボクはにこやかにスマイルすると右手を軽く曲げ形よく丸みが出るように差し出した。
細く長い指がボクの指先を軽くつかむと唇が近づいてきた。手の甲にぷにゅっとした感触が残る。その瞬間ゾッとして鳥肌が立つ。
「姫君にお近づきになれ大変光栄です」
とはいえ礼儀正しいしなかなか好感のもてるバリトンボイスだ。連れの女どもを見ると3人ともすっかり目がハートになってしまっている。
「ジルベルさん。この人たちはアビリタ選手団のお友達、女子格闘技95kg級のビゾーさん、105kg級のガナマさん、無差別級のローチさんです。ほら、アナタたちもご挨拶なさい」
せっかく紹介してあげたのに、何も言わず恥ずかしそうにおずおずと首だけで挨拶している。なんかお相撲さんみたい。ちょっとキュートかも。あれ? ギャラリーとは違う視線を感じる・・・相変わらず熱い視線で見つめているのはジルベルだし・・・誰かが見つめているようなんだけど・・・すると取り巻いている人々の中に見知った顔がいた。
「!」
ボクはまじまじと男の顔を見つめたまま、そこから目が離せなくなってしまった。ボクの様子が変なので、というよりは目の前にいるのに自分以外のものを見つめるなどということがあってよいはずはない、とばかりにジルベルが振り返る。
「ルブランさんか。ふむ、仕方がない。おい! 姫君がお呼びみたいだ。こっちに来てはどうです?」
声をかけられた男は、いかにも業界人といったヒゲ面を撫でながらこちらにやって来た。
「姫君。お久しぶりです」
「ルブランさん・・・過日以来ですね」
ジルベルがびっくりした顔でボクとルブランとを見くらべる。よくみるとジルベルはドーランを塗ってバッチリ目張りまで入れている。毛穴を目立たなくしてテカりをなくすなんて、やっぱり番組キャスターっていっても芸能人なんだなあと、ボクは妙なところで感心してしまった。
「なんだ、ルブランさんは姫君とは知り合いだったのか?」
「まあな。 姫君、こうしてまたお目にかかることができてこんな幸せなことはありません」
「・・・ローラ・・・お嬢さんはお元気ですか?」
「ええ、元気にしておりますとも! 今は夏休みですから家でニュースを見ながら姫君のご活躍を追いかけてますよ」
「まあ! じゃあ、当地に来ていることも?」
「もちろんですよ!」
「ところで、ルブランさんがどうしてここに?」
「ああ、ルブランは“私の”番組のプロデューサーなんですよ」
ジルベルがボクたちの会話に割り込むようにして言葉をはさむ。会話の中心に自分がいないことがとんでもない屈辱だと言わんばかりのキツイ語調だった。
「そうか・・・今回の開催地はネオライネリアからそんなに遠くない所でしたね・・・ということは『熱血!きょうのハテロマ競技大会』でしたっけ? アナタの番組はライネリア放送だったのですね?」
「よくご存知ですね! いやあライネリア放送の名前を姫君が口にされるとは思ってもいませんでした」
「ルブランさんには・・・外遊最後の記者会見の際に思いがけず心のこもった記念品をいただいたのです。その時にライネリア放送の方と知りまして」
「そういうご縁があったとはなんたる僥倖! ぜひそのご縁でこの機会に姫君のインタビューをさせてはいただけませんか!」
ジルベルの強引な要請にはちょっとイラッと来てしまったけれど、ルブランの方を見ると少し困った顔で済まなそうにうなずいていた。ボクはルブランとだけ話がしたかったのだが、まあ仕方ないか。
「これからお友達とティータイムにしようと思っていたところでした。ジルベルさんもよろしければご一緒にいかが? お友達の話も聞いていただきたいですし、ね?」
それを聞いたビゾー、ガナマ、ローチは椅子から踊り上がらんばかりに喜んだ。ジルベルはそんな3人の様子を冷ややかな目で見ていたが、断ればボクも拒否するだろうという空気を感じたのか、首を振り振り営業スマイルを作って答えた。
「おお、それはなんとも素晴らしいご提案です! 姫君のお友達の方にも選手村の生活のことなど色々教えていただきたいですな! それでは直ぐに撮影の準備をさせますので。おい! 急いでセッティングしたまえ!」
カメラマンと数人のスタッフが、ボクたちのいるテーブルに駆けつけてきて大急ぎで準備をはじめた。ボクは横目で、スタッフのひとりがジルベルの首に化粧エプロンを掛けて、かいがいしくメイクをはじめるのを確認しながら囁いた。
「ルブランさん、お願いがあるのですが・・・」
ちょっと驚いたようにボクを見たけれど、控えめな笑みを浮かべると尋ねた。
「姫君、なんでしょうか?」
ボクは、真剣な眼差しで言う。
「お嬢さん・・・ローラさんに、わたくしと二人だけで逢わせていただけないでしょうか?」
「ほう! それはローラも喜びます! しかし、姫君はここから抜け出すことは難しいでしょう? かと言ってクレデンシャルがなければ、一般人が選手村には入ることはできませんしね・・・うーむ・・・そうだ! よし、私に考えがあります。なんとかしてみましょう!」
と言うとルブランはポンと胸を叩いた。ボクは、笑顔でうなずきながら感謝の気持ちを伝えた。
その夜遅く、寝る前にベルと明日の予定について打ち合わせをしていると、部屋をノックする音が聞こえた。
「あら? こんな時間になんでしょうね」
「!」
「ランさん、お心当たりでもあるんですか?」
「あるかもしれない・・・でも、違うかも。ベル、とにかく出てみて」
廊下の方でくぐもった声のやりとりがしばらくあったが、部屋の中に戻ってくるとベルは少し不安そうな表情で言った。
「選手村の警備をされているこちらの警察の方が見えまして、姫様の警護体制について折りいってご相談したいことがあるからとベルへの呼び出しでした。ちょっと警備本部まで行ってまいります」
「そう。気をつけて」
≪トン トン トン≫
ベルが出て行った後、しばらくしてドアをノックする音が聞こえた。
ボクは、恐る恐るドアに向かって声を掛けてみた。
「どなた?」
するとどこか聞き覚えのある声が答えた。
「“姫君、夜分恐れ入ります。あまり時間がありませんので用件を申し上げますが、こちらに姫君の逃避行の際に一緒に行動されたお仲間をお連れしています”」
≪ガチャッ!≫
ボクは直ぐにドアを開けた。
そこにはマグナダル警部がしかつめらしい顔をして立っていた。
「警部さん・・・」
「姫君、お届けものです!」
というと可愛らしい少女を背後から引っ張り出した。ブロンドの髪を腰まで伸ばした色白の綺麗な女の子だ。
「アラシ!」
そう、ローラだ。懐かしさと恥ずかしさの入り混じった複雑な思いが交錯して、ボクは直ぐには言葉が出てこなかった。何とかボクが答えようとすると、警部が咳払いをしてそれを遮った。
「コホン。あー、われわれに許された時間は15分しかありません。本官はこちらで待機しておりますのでその続きはお二人で」
「われわれに許された・・・警部さん、この企ての共犯者になってくださったのですね?」
「コホン。あー、本官は選手村の夜間巡視に参っただけでして」
困った顔をして、あらぬ方を見やりながら言った。
「うふふ。社会秩序を守護するお立場、建前は崩せませんものね。ありがとうございますマグナダル警部。心より御礼をもうしあげます」
ボクは深々とお辞儀をした。
「もう結構ですから。さ、あまり時間がありませんぞ」
ボクは感謝の気持ちでいっぱいになってマグナダル警部にほほ笑むと、ローラを部屋の中に招じ入れてドアを閉めた。
「ローラ!」
「はあ・・・やっぱりね」
ローラは、抱きしめようとしたボクを両手で軽く押しとどめると、ボクを見つめてため息を吐いた。
「な、なに? なにか変?」
「ううん、アラシ。キミ、写真や映像で見るよりずっと美人ね」
「うっ・・・ごめん」
ボクは急に自分の今の姿に気がついて、思わず下を向き謝ってしまった。
「でも、いいの。分かっているんだ。アラシの方が一晩の値段高いんだもん。とにかく、アラシは私の中では今も男の子よ!」
「・・・ほんと?」
「本当よ。私は幸せなの! こんな可愛くて綺麗なお姫様をやっている男の子をボーイフレンドにしている子って世界中どこにもいやしないんだから」
「ローラ・・・ローラはボクにとってこの世界でただひとりのガールフレンドだよ!」
ボクたちは再会を喜びあい、逃避行の冒険譚を思い出深く語り合ううちに、自然に男の子と女の子の関係に戻っていった。
≪トン トン トン≫
再びノックの音が聞こえた。
「そろそろ時間ね。私、行かなくちゃ」
というとローラはずっと握っていたボクの手を離して立ち上がった。
「待って! ローラに、聞いて欲しいことがあるんだ・・・」
「・・・なあに?」
怪訝そうな表情でローラはボクの言葉を待つ。
「ボクは・・・ボクは、地球人なんだ」
「うん。知ってるよ。アラシの素性についてはニュースやワイドショーのおかげで耳にタコができるくらい聞いてるもの」
そうなのだ。女神杯代表に決まってからというもの、ボクが地球から来た“少女”であるというプロフィールがニュースの中でさりげなく取り上げられる機会が増えていた。きっとセナーニ宰相が陰で情報操作しているに違いないと睨んでいるのだが。
「ボクは、地球人だから・・・この大会で女神杯に勝つことができたなら、地球に帰ることになるんだ」
「え? アラシ、帰っちゃうの?」
ローラはひどく驚いた様子だ。
「・・・地球にはボクの家族が・・・お父さんとお母さん、お姉ちゃんと弟がいるんだ。突然ボクがいなくなってしまったから、もの凄く心配していると思うんだ」
「・・・アラシの家族が待っているのか。それじゃあ、仕方ないか」
「もう、ローラとこうして話をする機会はないかもしれない。最後に、最後だから・・・言わせて! ローラ、大好きだよ! 本当にありがとう!」
「アラシ! 私も大好きよ! たとえ遠くのお星様に帰っていってしまっても、アラシと一緒にいた思い出は一生忘れないからね・・・うっ・・・うぐっ、うえ~ん」
ローラはボクに抱きつき涙に濡れた瞳で見上げると、いきなり口づけをして外に駆け出していった。なめらかでしっとりした唇の感触と引き換えに、ボクの心の中にはポッカリ穴が開き、そこから冷たい風が吹きぬけて行った。
地球に帰還するということは、この惑星で出会った人たちとお別れしなければならないということなのだ。改めてそのことに思い至って心が揺さぶられた。
ボクは、地球に帰ることばかり考えてここまでやって来たけれど、女神杯に勝利した後のことへとどんどん気持ちが向いていくのを止めることができなくなってしまった。勝ったわけでもなく勝てるかどうかすら怪しくなっているというのに・・・。
女神杯まではあと3週間を切っていた。