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ランとアラシで神隠し  作者: 迦陵びんが
第6章 「地球帰還を賭けて」
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第63話 やっぱり性転換手術だったわけ?

白い・・・真っ白だ・・・濃厚なじゃがいものポタージュスープみたいな霧に覆われている。熱々のというより冷んやりした感じだから、ヴィシソワーズといった方がしっくりくるかも・・・それにしてもここはどこだろう? 森の中なのだろうか? 鳥の声が聞こえる・・・。


≪ぴい~ ぴい~ ぴい~≫


喧しい鳴き声だなあ。 ん? 鳥にしては鳴き方が単調すぎないか? あれ? 誰かがボクのこと、呼んでいるみたい・・・。


≪ピッ ピッ ピッ ピッ≫

「・・・キリュウ君 キリュウ君」


ぼんやりと白濁した視界に誰かがボクの顔を上から見下ろしているのか影が見える。


「ほら、目を開けて!」


霧が晴れてきたのか次第にフォーカスが合ってきた。ヴェーラ博士だ。


「よかった、気がついたみたいね」


何で上から覗きこんでいるんだろ?


「キリュウ君、どう? まだ麻酔が残っていると思うけど、何か違和感ない?」


あ、そうだった。ボクは移植手術を受けたんだ。なんだかひどくだるい。身体の節々がうっ血して固まっているような感じだが、手足に感覚はある。指先から少しづつ動かして見る。


「いまの・・・ところ・・・大丈夫みたいです」

「そう言われたって移植された本人にしても臓器がちゃんと働き出してみないと分からないか。なにしろキミにとっては子宮と卵巣をもつのって初体験なんだし、先生にとっても地球人の体細胞で人工培養したのは初めてだから」


あれ? 腰が動かない! ギプスだ・・・完全に固められている。


「ま、この惑星の最先端医療科学の粋を集めて造り出したんだし、もともとキミの体細胞から造り出した臓器なんだから拒絶反応は出ないはずなんだけどね」

「あの・・・先生。下腹部のあたりをギプスで固定されているんですけど、まさかと思うけどボクの大事な部分に何かしたんじゃないですよね?」


ボクは心配になって尋ねる。


「あっそうか! それでそんなに不安そうな顔をしていたのね?」

「そりゃそうですよ!」

「キリュウ君、自分で確かめることができないもんだから心配だったんだ。キミの残された大事な男性器を勝手に取っちゃったとしたら怒る?」

「あ、当たり前です!」


ボクは一層不安になってしまった。次の返答次第ではただじゃおかないと博士を睨みつける。


「大丈夫よ。いまキミを怒らせて女神杯へのやる気を削いだりしたら、国王陛下と宰相閣下に絞め殺されちゃうわよ」


ヴェーラ博士は、もう少しイタぶってやろうと思っていたみたいだけど、ボクがあんまり必死なものでからかうのをやめた様子だ。


「どうして下腹部にギプスなんですか? てっきりお腹にメスを入れたのかとばかり・・・」

「あのねえ。キミは世界的な人気者なの。これから夏に向けてお腹を出した評判の水着姿にもならなきゃならないだろうし、キミの綺麗な肌に傷跡を残すわけにいけないでしょ?」

「み、水着になんかなりません!」


ボクが言ったことなどまるで耳に入らなかった様に続ける。


「だからデリケートゾーンの目立たないところにメスを入れたの。そこから結合ポイントまでアームを伸ばし、最小限の切開で移植手術をしたのよ? 遠隔で手術するのて大変だったんだから!」


さも自慢そうに腕を組んでドヤ顔をしてみせる。急に何か思い出したみたいにニヤッと笑うと言いだした。


「あ、もちろん下の毛はじゃまになるからぜ~んぶ剃っちゃっているわよ。ランちゃんの真っ白でツルツルのあそこ、とっても可愛かったわよ!」

「な、なにを言うんですか!」

「うふっ ポッと頬を染めて恥ずかしがっちゃって! キリュウ君ってほんと可愛いんだから」


ボクは下の毛を剃られツルツルになっている下半身を想像して思わず赤面してしまった。女性ホルモンの定期投与と睾丸切除、それに完全な女性扱いですっかり委縮してしまっているのだ。ただでさえ小っちゃく縮こまったチンチンなのに、毛まで剃られてしまったらほんと子供みたいじゃないか。


「真面目な話、縫合じゃなく傷口は接着にしたから薄っすらと5cmほどの線が残るだけで済むわ。そのかわり皮膚が自然治癒するまでは動いちゃだめよ。そういうわけで動けないようにギプスで固定しているの。分かった?」


いま自分の置かれている状況がどういうものかやっと理解した。男として譲れない最後の一線は守られていたのでホッとした。






違和感を感じたのは退院してから1カ月たってのことだった。


「あれ? なんか変」

「どうなさいました? 姫様」

「なんだかフワッとしてきて・・・あっ!」


ベルが慌ててボクを抱きとめた。


「大丈夫ですか? いま足がもつれたみたいでしたけど?」」

「なんだか急に足に力が入らなくなって・・・」

「お熱はないようですね。ご気分はいかがですか?」


ボクの額に手を当てながら心配そうに言う。


「うん。気分が悪い感じはしないんだ。なのに足に力が入らなくって・・・」

「とにかくヴェーラ先生に往診していただきましょう。学校はお休みになさいませ。まずはお部屋にてご休息を」


王立女学院に登校する間際の出来ごとだったので、宮殿内はちょっとした騒ぎになった。

何しろ女官長のリネアさん、侍従長のジノンさん、宮殿スタッフのトップ2が駆けつけて来たものだから上を下への大騒ぎ。


まあ確かに、女神杯を控えた王国ただ一人の代表選手である姫様がお病気とあっては、仕える立場として責任を感じざるを得ないかも。


ともかくその日は大事を取って学校は休みとし、部屋でおとなしくしていることになったのだ。






制服から部屋着に着替えてようやく一息ついたタイミングに、連絡を受けたヴェーラ博士がやってきた。


「ランちゃん、具合が悪いんだって?」

「具合は・・・悪くないんですが・・・なんだか手足に力が入らなくって」

「ふうむ・・・ちょっと診せてね」


ボクのスカートを捲くりあげて太腿から膝、膝からふくらはぎ、踵からつま先へと触診する。時折、手を止めては何度も筋の張りを確かめている。


「他に気が付いたことはない?」

「そう言えば・・・なんだか肌が前よりも敏感になっているような気もします」

「そう・・・ちょっと胸を出してくれる?」


ボクの胸元を広げて首筋から肩、乳房にかけて弾力を手で確かめながら、しきりと頷いている。


「キミ、また一段と肌が綺麗になったみたいね。先生、嫉妬しちゃいそうだわ。これが地球の女性の肌なのねぇ」

「そりゃあボクは地球人ですから」

「いえ、そういうことじゃないのよ」

「じゃあどういう意味なんです?」

「キミを女性化させるために投与してきた女性ホルモンって、ハテロマ女性のものだったでしょ? キミは姿形も肌の感じもすっかり女の子みたいになっていたんだけど、それってこの惑星の女性としてだったみたい」

「・・・この星の女性」


この惑星ハテロマの人類も地球人も、はじまりの星から播種船で銀河系宇宙に植民していった人類の子孫なのだ。だから目が3つあったり手が4本生えてたりといったように目に見える違いなどないのだ。確かに重力が小さいのでこの星の人類の方が背は高いけれど・・・。


「でも、キミの体細胞で造り出した地球由来の卵巣と子宮から分泌する女性ホルモンはちょっと違っているみたい。なんてキメの細かい柔らかな素肌なのかしら!」

「そんな・・・そんなに違いますか?」


よく考えてみると、地球を飛び出した高校1年の夏まで女の子の肌をじっくり観察したり触ったことはないのだ。違いなんて分かるはずがない。


「先生、すごいアイデア思いついちゃった! キミから女性ホルモンを抽出して美肌薬を作るのよ! 買い求めてハテロマ中の女性が殺到するわ! 大儲けよ!」


一瞬、自分が鏡張りのケージに入れられてタラリタラリと汗をかき続けるガマガエルになったような気がした。“秘伝妙薬”“美肌膏”の大のぼりまで見えたけどふるふるっと頭を振って悪いイメージを忘れる。


「そ、そんなことより、手足に力が入らない感じになったことの方の心配を!」

「そうそう、そうだったわ。そのことよ。検査してみないとはっきりしたことは言えないんだけど、状況的に見てひとつの仮説は成り立つわね」


ちょっともったいぶってヴェーラ博士は間をとる。


「仮説ですか?」

「そう。キミの肌がスベスベできめ細やかになったのと同じ理由よ。つまり、キミの体内に移植した卵巣と子宮の効果ね」

「ボクの・・・卵巣と子宮?」

「そうよ。キミを女の子にする為ずっと女性ホルモンを投与してきたんだけど、このひと月キミは自前の女性ホルモンで女の子状態を維持しているわよね?」

「・・・そうですけど」


改めて自分の臓器で女性ホルモンを分泌していることを指摘されて、超えてはいけない一線を跨いでしまった気がした。


「キミの卵巣と子宮はキミ自身の体細胞から培養したものなのよ。つまりは地球人の卵巣と子宮ということよ!」

「・・・?」


自分が女性ホルモンを分泌しているという事実に、気もそぞろになっていたので、話をよく聞いていなかったのだ。


「にぶい子ねぇ。先生も常々不思議だとは思っていたのよ。キリュウ君が、女性化しているのに男性のときのままの筋力をどうして維持できているのかって。普通じゃ考えられないことなのよ」


確かに乳房も膨らみ身体つきも丸くなってきたのに、飛距離も腕力も走力も以前のままだったので喜んだものだった。


「・・・それは、この惑星の女性ホルモンのおかげ?」

「それしか考えられないもの。だから地球由来の女性ホルモンを体内分泌しはじめたら、地球人であるキミはさっそく普通に女性化しだした、そういうことじゃないかしら?」


いままでは見かけは女の子でも、中身はしっかり男だったのだ。そんじょそこらのこの惑星の男には負けやしなかったのだ。


「つまり・・・筋力が衰えているということですか?」

「あらご挨拶ねぇ、衰えているなんて。女らしい筋力になったのよ!」


ボクはボク自身の身に起きている変化を言ったのだが、ヴェーラ博士は男性より劣るという論旨には結構ナーバスなのだ。でもいまはそんな場合じゃない。


「困ります! それじゃあ困るんです!」

「どうして? ようやくランちゃんも本来あるべき女らしい姿になれるんじゃない」

「先生、お忘れじゃありませんか? こうしてボクが苦労しているのは女の子になることが目的じゃないんですよ?」

「あれ、そうだっけ?」


キョトンとした表情でボクの顔を見つめる。こういうのってイラッとする。


「ちゃかさないでください! 分かっているくせに」

「うふふ。ごめんごめん、可愛い顔したキリュウ君があんまりマジなもんだからつい」


ともかく問題点をヴェーラ博士にはっきり理解させることだ。


「女神杯まであと1カ月、このままどんどん筋力が落ちるとスイングのスピードも下がるんですよ! そうなると飛距離は落ちるしスピン量も減って今までの方法ではコントロールが利かなくなってしまう・・・」

「それは一大事だわ! このことが原因で40年ぶりの勝利を逃しでもしたら、先生処罰されてしまうかも・・・」


おいおい、自分の心配かい!


「ボクにとってはそれどころじゃないんです! 宰相との約束は女神杯に勝つこと。負けたら二度と地球には帰れなくなるんですよ! 一生この惑星で女として生きていかなければならなくなるんですよ!」

「ランちゃんの女性としての一生・・・恋して、結婚して、出産して・・・それはそれで悪くないかも!」

「本気で怒りますよ!」

「おおコワッ」


ったく。どういう神経しているんだ。ん? あれ? 何か変なことを言ったような・・・。


「・・・出産? いま出産って言いましたよね? ボク・・・ボクのこの身体は赤ちゃんを産める身体なんですか?」

「あら? そこが気になったのね? うふふ。前にも説明したでしょ? キミには排卵する機能はないから自分で受精卵を作ることはできないの。だから自分の子供を作ることは不可能ね。でも子供を産めるのか、ということなら理論上は可能よ」


身体の中を戦慄が走りぬけた。


「ボク・・・赤ちゃんを産める・・・身体なんだ」

「そう。体外受精した受精卵を誰かからもらって、キミの子宮に着床させれば妊娠することになるわ。そうすれば胎児はキミから栄養をいっぱいもらって育ち、十月十日後には出産できるようになるわ」


自分の身体の中で別の生命体が育っていく強烈なイメージが渦巻く。


「ボクが・・・出産」

「でも、キミには出口がないじゃない? となると自然分娩はできないんだから、どうしても帝王切開になるけどね。せっかくだから出口作っちゃう?」


ボクの思いなんかまったく気にもかけずに平然と解説を続ける。


「ボクが・・・赤ちゃんを」

「そうよ。自分の受精卵じゃなくったって妊娠すれば母体なんだから」


妊娠して出産すればボクはお母さんになってしまう! それじゃあ女じゃないか! やっぱり性転換手術をされてしまったんだ、ボク・・・。


「そうそう大切なことを忘れていたわ。キミのオッパイで授乳できるわよ。乳首を赤ちゃんの可愛い口にくわえられて乳腺からミルクを搾り出すの。自分が母親になったって実感する瞬間ね! あら? あらあら? キリュウ君? キリュウ君しっかりして!」






ボクは気を失ってしまっていたみたいだ。


眠っている間にヴェーラ博士は王立スポーツ研究所の研究員たちと喧々諤々議論をしたのだが、女性ホルモンの分泌を抑制すると移植した目的のジェンダーベリフィケーション、いわゆるセックスチェック対策の効果がなくなってしまうという結論になった。結局、ボクの地球人女性化をとめる手立てはなく、あとひと月女神杯が終わるまで筋力がもつよう祈るしかなくなったのだ。


ヴェーラ博士は、ボクが病気ではないこと体力をつける為にもトレーニングはどんどんやった方がいいことを、宮殿スタッフに説明してくれていた。だから目が覚めると「安静の為に姫様は当分お部屋から出てはなりません」という軟禁状態からは解放されていた。


トレーニングウェアに着替えるとさっそく敷地内に公爵が作ってくれたドライビングレンジに出て、ソードラケットを起動しショットの感触を確かめてみた。


≪パシーーーーンッ!≫


違う。


≪パシーーーーンッ!≫


違う。


≪パシーーーーンッ!≫


違う。金属球はクラブフェースの真芯でしっかり捉えているのだが、打球の勢いが違うのだ。300m先のネットにぶつかっているので飛距離は分からないけど、感覚としては以前のときの9掛けくらいかもしれない。やはり筋力は落ちていた。


「ランさん、ナイスショットです!」


タオルを持って後ろで見ていたベルが明るく声を掛けてくれた。


「そうでもないんだ、ベル」

「あら。そうなんですか? 私は門外漢なのでよく分かりませんけど、どこも変わっているようには見えませんよ」

「ダメではないんだけど、ベストだった時に比べると明らかに球の勢いが落ちているんだよ」

「それってやはり移植手術の影響ですか?」


心配そうに尋ねる。この宮殿内でボクが男であること、卵巣と子宮の移植手術を受けたことを知っているのはベルだけなのだ。


「ヴェーラ博士の話ではそうみたい」

「お風呂に入れて差し上げるときに気がついたのですけど、手術してからというものランさんの素肌、日々抜けるような凄みのある透明感になってきていますもの」


ベルは、ボクよりボクの身体の隅々まで知り尽くしているのかもしれない。姫君は自分で身体を洗ったり着替えをしてはいけないのだ。ボクの身体に触れることは侍女であるベルの役目なのだ。実のところ、すっかり縮んでしまっているチンチンだって皮を剥いてベルが綺麗に洗ってくれているのだ。女性に念入りに触られても反応しなくなっているのは辛いんだけどね。


「そうなんだ・・・やっぱり女性化が進行しているんだ。あと1カ月、なんとかして筋力を保たないと・・・」

「なにしろランさんのお相手はあの大女“氷の女王”ですものね」

「以前なら飛距離でボクの方がアドバンテージがあったんだろうけど、このままだと互角になるかもしれない」

「そうなると、どうなるんです?」

「飛距離が変わらないとなるとショットの正確さだろうね」

「勝てそうなんですか?」

「勝たなきゃならないんだ。絶対に!」


ボクは衰えつつある筋力を目の当たりにしながらも、地球に帰還するにはどうしても勝たなければならない、その為には残り1カ月出来ることは全てしようと思った。


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