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ランとアラシで神隠し  作者: 迦陵びんが
第5章 「女神杯への挑戦」
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第58話 17歳の誕生日

ボクは17歳の誕生日を女神杯最終選考会の会場で迎えていた。


「これを直接決めなければボクの負けだ・・・」


女神杯アビリタ代表最終選考会第2戦、マッチプレー15ホール目『立冬』第3打地点、グリーン手前のバンカーでボクは5m先の鐘を見つめていた。相手選手の2打目は既にグリーンオン、ゴルフで言ったらカップ、ゲオルで言うと“鐘”のすぐ傍だ。


「“大会前の予想では、絶対有利と言われていたサンブランジュ選手がこの試合でも苦戦しています!”」

「“第1戦に続いてドーミーホールに追い込まれてしまいましたからねえ”」

「“いったいどうしたのでしょうか、プリンセスラン!”」


実況中継の音声がボクの耳にも届く。ボクはバンカーを出るともう一度グリーンに上がって慎重に起伏を確認する。


「“ここはどんなに時間を掛けてもいいところでしょう”」

「“引き分けでも負け、絶体絶命の状況でギャラリーはサンブランジュ選手の最高のショットを望んでいますからねぇ”」

「“それにしても難しいショットですよ、これは”」

「“なにしろ鐘まで距離は5mしかなくバンカーの深さは2m。その上落下地点が下り傾斜ですから、ほぼ垂直に打ちあげない限り大オーバーしますよ”」


再びバンカーの中に戻ったボクは、砂の硬さを確認するように砂を踏みしめスタンスを固める。イメージを凝らすとシャフトの回転音が高まってきてヘッドが厚みのある平たい形状に変化した。ゆったりとしたタイミングでコンパクトなアークで振りあげると、手首とシャフトの角度を変えずに振り抜いた。


≪スパーン!≫


白くて軽い砂が噴き上がり煙のように流れて行く。一瞬の間の後、


≪カーン!≫


鐘の音が響いた。


≪うおおおおおー!≫


固唾を飲んで見ていたギャラリーから堰を切ったように大歓声が上がる。


「“これは凄い!”」

「“やってくれましたねえ!”」


ボクは手を挙げて声援に応えると、表情を引き締めて最終ホールへと向かった。






「アラシ、いったいどうしたっていうんです? 今日はハラハラし通しでしたよ」


試合後、貴族倶楽部のジムの周回路で走り込みをしているボクに併走しながらユージンが尋ねる。実況中継では“僅差”“紙一重”で“薄氷を踏む思い”の勝利と言っていたけれど、第2試合も最終ホールで逆転して無事トーナメントを勝ち進んでいた。


「あれは、自分に課題を与えていたんです」

「課題?」

「ええ。実は自分に見えた予測値の中で最もあり得ない軌道を選択してショットしてみたんです。最後の2ホールは違ったけど」

「それでか! でもなんでまた・・・アラシの修業の成果なら何も問題なく勝てたものを」

「女神杯の前に、見えるということと、出来るということの違いを確かめておきたかったんです」

「ふーむ・・・アラシは完璧主義者なのかな。僕だったら勝てばいいと思うだけなのに」

「ユージンだって短距離選手なのだから分かるはず。難なく記録が出る時もあれば、全力で走っているのにちっとも速くない時があるでしょ?」

「確かに」

「原因と結果。その違いを知りたいって思いません? それが分からなくちゃ単なる偶然や運不運っていうだけのことになるでしょ?」

「なるほど。ときどきアラシってすごく大人に見えてくる・・・」

「それじゃあ、弟になります?」

「あはっ、それは困る。僕にとってアラシはあくまで女装癖のある弟でいてもらわないと」

「どうしてです?」

「そりゃあ、いつかアラシを体力勝負で負かすことができた時、女性として扱わせてもらうからですよ」

「それって・・・ひょっとして告白?」

「そう考えてもらってもいいですよ。でも今は約束だから可愛いけどコイツ、男なんだって思っていますけどね」

「それじゃあ、絶対に負けられないかも!」

「そ、そんなあ!」


ボクはユージンとなら気軽に軽口が叩けるようになっていた。






「な、なに・・・これ」

「これしきのことで驚いている場合ではございませんよ」


トレーニングを終えて公爵宮殿に戻り自分の部屋の扉を開けると、居間が花と贈り物の包みで埋め尽くされていた。


「姫様が、今は大切な時期であり試合に集中したい、誕生日の祝賀会はご無用にと仰せでしたもので、皆様大いに残念がられそれならばとこうしてプレゼントの品々をお贈りくださったのですよ」


女官長のリネアさんが帰りを待ちかねたように椅子から立ち上がると、こうなることは分かっているのにパーティーを断ったアナタが悪いのよ、と言わんばかりのしたり顔で言った。


「姫様、ここにあるのはほんの一部。収まり切らなかったものは下の舞踏室に運ばせてあります」

「ご覧くださいませ! こちらは国王陛下・王妃殿下からでございましてよ!」


レーネとカーラが両手で抱えるようにして持上げて見せたのは、宝飾で煌びやかに輝く鞍、当然だが横座りの女鞍だった。添えられたメッセージを読むと『ランへ 予も妃も姫の女神杯勝利を信じておる。勝利の暁にはラン一代に限り騎乗での王宮御殿参内を指し許す。その証として王家紋章入りの女鞍を遣わす。それまでゲオルもだが乗馬にも励め』とあった。


「騎乗での王宮御殿参内を指し許す・・・これってどういう意味があるんでしょうか」

「知らんのか?」


後ろで声がしたので慌てて振り返ると、開け放した扉から公爵がこちらを見ていた。


「あっ、お父様」

「そうじゃった、ランは有職故実には馴染んでおらんのだな。今朝からずっとこの騒ぎじゃ。予もランを待ちきれんでな、じゃまするぞ」


公爵は女鞍の意匠を確認しながら頻りと頷いている。


「なるほどの。陛下も相当お気遣いなされたものだ」

「よくは分からないけれど・・・なんだか凄いものみたいね?」


公爵やリネアさんたちの前では、ボクも一応姫言葉に戻して話す。


「ランのことが余程お気に召したのだろうな。この鞍は王室御用百職の馬具職名人の手になるものじゃ。鞍の立派なことはさるもの、ここに王家の紋章が金細工で付けられておろう? これは王家の格式を表しておるのだよ」

「ということはどういう?」

「ふむ。ランはまだ子供だから分からないだろうが、アビリタ王国では家柄階級に応じた儀典が定められておっての、王宮内での席次、並び順、控室の場所に至るまでこと細かに定められておるのじゃ。例えば公爵である予は、王宮参内の際に車で乗り付けられるのは御殿内門まで、そこからは徒歩でとなっておる。ところがだ、この鞍を付ければランは騎乗のまま御殿内門を過ぎ御殿玄関まで乗りつけても構わぬ、ということなのだよ」

「姫様!!」

「おめでとうございます!!」


リネアさんやベルたちが涙を流さんばかりの勢いで感激している。


「そういうことでしたか。でも、これを付けて乗馬できるのは女神杯に勝てたとき。感激するのはまだ早いでしょう?」

「いいえ! 姫様であれば最早勝ったも同然、この鞍で参内されるのは決まったようなものでございます!」

「期待してもらえるのはありがたいけど・・・」


とそのとき公爵は、執事に持ってこさせた箱を受け取るとボクに差し出した。


「食事の時にと思ったが、陛下にこう派手なことをされてしまうと予もうかうかしておれんでな。ランや、17歳の誕生日おめでとう」

「これをランに? ありがとう! 開けてもいい?」

「もちろん。気にいってくれるか心配だが・・・」


リボンを解き包み紙を外すと細長い箱が現れた。


「これって・・・うわあ! 素敵! 綺麗なデザイン!」

「ほほっ、気にいってくれたのかい?」

「もちろんよ! でも・・・これは・・・どういう・・・?」


早速ボクが手に取ってみたものは、実に見事な作りのソードラケットだった。いまの愛機タリスマンHD-3500Sよりも流麗なデザインで、なんていうか本身の日本刀のような“凄味”がある。ボディーはサンブランジュ公爵家姫君のイメージカラーであるピンク、グリップエンドには公爵家の家紋がエンブレムとして埋め込まれ、ひと目でオーダーメードだということが分かる。HD-3500Sもタリスマン社が誇るプロ用のソードラケットであり、ボディーカラーやエンブレム等ボク用にカスタマイズされているけれど、今手にしているのと比べれば明らかに大手メーカーのマスプロダクツという感じなのだ。そう、これは職人の手によるハンドメイドなのだ。


「ほほっ。さすがじゃな、ランは。やはり違いが分かるか?」

「ええ、お父様。今まで使ったことのあるソードラケットとは全く違う感じがしますもの」

「そうか。ランの17歳を記念して何をプレゼントしようか悩み抜いた甲斐があったぞ。実はな、オスダエル翁に相談したのだよ。翁は『姫の実力は既にタリスマンの限界を超えている。現時点で手に入れられる最高のソードラケットを』とな。それから捜したぞぉ、現在最高のソードラケット職人をな。オスダエル翁からランのスペックを伝えてもらい仕上がったのがこれじゃ! だからこれを使いこなせるのは全世界でランしかおらんのだ」

「そんな・・・お父様が下さるものなら何だって嬉しいのに、ランの為に大変な無理をしてくださって・・・」

「何だって嬉しい? そうかい? ランは女の子が喜びそうなものには実に淡白ではないか。父はオマエに最高の武器で女神杯を戦って欲しかったのだよ」

「あ、ありがとう・・・」


ボクは、公爵の心遣いが嬉しくて思わず涙ぐんでしまった。


試合会場で聞こえて来た話では、ボクが使っているタリスマンHD-3500Sでも高級地上車が1台まるまる変えてしまう値段なのだそうだ。ましてやハンドビルダーによるボク専用のオーダーメイドとなると・・・。


確かにここの所、試合でタリスマンを使っていると、愛機のパフォーマンス限界が見えるので、その範囲で手加減することが多かった。オスダエル爺ちゃんに相談したら「オマエさんのパワーではそのレディース仕様では収まるまい、男性用タリスマンといえども収まらんかのお」と言われてしまったのだ。今一番必要で欲しくて堪らなかったものを公爵がプレゼントしてくれたのだった。


ボクは、公爵に抱きつくと何度も何度もありがとうと言った。公爵は、ボクがこんなに感激してくれるとは思ってもいなかった様子でびっくりしていたけど、国王陛下からの豪華な贈り物より嬉しがっているのを見て、とてもホッとしたみたいだった。






≪ッ キュイーーーーーーン!≫


ストレートボール。


≪ッ キュイーーーーーーン!≫


ドローボール。


≪ッ キュイーーーーーーン!≫


フェードボール。


どれも完璧な当たりだ! ヘッドフェースの真芯で金属球を捉えたのははっきり分かるのだが、打感が今までとは全く違う。まるでマシュマロかピンポン球でも打っているみたいだ。それなのに火を噴く様な猛烈な速度で飛び出していく。グリップが同化して馴染んでいく感じもまるで手の一部になったかの様だし、ショットをイメージした時のレスポンスもこれまでとは比較にならない。最高の職人が、オスダエル爺ちゃんというボクを一番よく知る偉大なコーチの指示通りに作り上げた名器だということを実感できる。


「なんも言えね・・・」

「はい? ランさん、いま何とおっしゃいました?」

「ああ? なんでもない。ひとりゴト ひとりゴト」


ボクは、公爵宮殿のドライビングレンジで新しい愛機『プリンセスマリアナ』号の試打をしていた。女神杯を亡きプリンセスと今のプリンセスのふたりで闘ってサンブランジュ公爵に勝利を捧げるのだ、という思いを込めてボクが命名した。そうそうこの施設だけど、ランの為にならばと公爵が本格的な専用練習場を造ってくれたのだ。ボクってもの凄く愛されているかも。そんなことを思っていると後ろに控えていたベルが話しかけてきた。


「私にはよく分かりませんけど、ランさんとそのお道具、とても相性がよろしい様に見えますね」

「“お道具”じゃないよ、ベル。これはプリンセスマリアナ号。ちゃんと名前で呼んでおくれよ」

「でも、それじゃあまるで姫様がお二人いるみたいですよ」

「ボクにとってはまさに相棒相方なんだから大切に扱って欲しいの!」

「はいはい、畏まりました。あらあら姫様、すっかり御グシが乱れてしまって」


とまだ短めのポニーテールに丁寧に櫛を入れ、わざと“姫様”と言いながら話を反らした。


「ほんと、艶々して綺麗な髪ですこと! 自主トレからお戻りになった後、ベルが必死になって丹精した甲斐がありましたよ。髪は女の命、大切にしましょうねぇ。それと今晩の為にお着替えをご用意してますから、腕によりをかけて姫様をお綺麗に飾り立てて差し上げますわ!」

「今晩って、公爵と二人で夕食とるだけだよ?」

「だからこそでございましょ? お父上公爵様に芳紀17歳のお誕生日を迎えられた姫様の美しい乙女姿を見せて差し上げなければなりませんでしょ? だって、その“相棒”でしたっけ? もこのゲオル練習場もみんなみんな公爵様が姫様の為を思ってご用意されたのですものね?」

「ううっ・・・それはまあそうだけど」

「じゃあ、ベルに全てお任せなさいませ」

「ううっ・・・うむむ」

「そうそう、素直でよい子ですよ」


ベルは、ボクの頭を撫で撫でしながら肩を抱くようにして宮殿の方へと案内し始めた。こうしてボクの17歳は、最終予選会と、プレゼントの山と、公爵の深い愛情と、ベルの強制“お人形さん”で幕を開けた。


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