第4話 アラシと伝統競技ゲオル
ハテロマは地球と比べると小さい惑星なので重力が2/3しかない。
だから重いものを持ち上げたりするとき、ちょっとパワーアップした気がする。オスダエルじいちゃんもラマーダ母さんも、ボクが背丈が小さいくせに思いのほか力持ちなのでびっくりしている。
ハテロマの人たちの背が高いのは、軽い重力の世界で何十世代にもわたって暮らしてきたからかもしれない。
ヒムス家の館に来て1週間が過ぎた。
手伝いのかたわら地球ゲートに行ってみては、なにか隠された仕掛けはないか、起動させるきっかけとなりそうな自然現象や天体条件はないかと探してみているが、いまのところ全く手掛かりはない。覚悟はしているけれど、もう地球には帰れないかもしれないという現実を否応なく突きつけられてくる。
じいちゃんの話では、ヒムス家は代々王家から地球ゲートの管理を任されてきた家柄だという。謎を解く鍵がヒムス家の書庫のなかにあるかもしれないと考えたボクは、まだ入ったことのない部屋を探検することにした。
ラミータのおかげで少し文字が読めるようになったしね。考えてみれば当たり前のことだけど「読める」=「音になる」ということだから、ボクでも文字を声に出しさえすれば意味が分かるんだ。
この風変わりな造りの館は、3つの塔からできている。真ん中の塔はヒムス家の居住部分、両脇の塔は家畜小屋と穀物小屋だ。ボクはいままで上がったことのない真ん中の塔の4階に行ってみることにした。
古い館なので気味が悪いけど、窓から日が差し込み明るいので怖くはなかった。廊下に並んだ扉を手前の方から順に開けていくと、物置として使われている部屋ばかりで書棚はない。
いちばん奥まった部屋に入るとそこが書斎だった。壁面を埋め尽くす書棚には、革張りの分厚い背表紙に金文字が光るいろいろな種類の本が並び、アンティークな書斎机のまわりには大きな惑星儀や、何に使うのか見ただけではわからない精巧そうな機械が置かれていた。
ふと見上げると飾棚の上に何かの道具が飾られていた。まるでゴルフクラブの様な形状で、なんだか懐かしくなって手に取ってみた。先端部はアイアンのヘッドそっくりだが、角度が変えられる構造のようだ。棒状の部分はやはりゴルフシャフトみたいで、先端に向かって細くなった円柱状になっていたが、よく分からない素材でできていた。どうやらねじれば長さが変えられる仕組みたいだ。握りの部分は太い棒状になっていた。
ボクが興味津々でその道具をいじっていると後ろから突然、
「それはゲオルで戦うときに使うソードラケットじゃよ」
ビクッとして思わず首をすくめてしまった。
ふり返るとオスダエルじいちゃんが可笑しそうにボクを見ている。
「アラシはいたずらっ子じゃな。この部屋には刃物や鋭く尖ったものがあるので危ないんじゃ」
「ごめんなさい。勝手に入り込んでしまって・・・」
「ま、ええじゃろ。それより、いま手に取っているものが気になるのかね?」
ボクは手に持っていたゴルフクラブみたいなものに目を落とした。
「それはゲオルで使うソードラケットじゃよ」
「ゲオル・・・ソードラケット・・・それはどういうものですか?」
「ここの伝統的なスポーツでな、1対1で対戦する球技じゃ」
ボクはソードラケットと呼ばれる道具の形状と、1対1で対戦する球技ということからどんな競技か想像してみた。
「ゴルフみたいなものかも・・・これ、お借りしてもいいですか?」
じいちゃんはボクの目をしばらく見つめた。
「・・・いいじゃろう。それは亡くなった婆さんが使っていたもんでな、何十年も使われていないからエネルギーが切れておる。球も必要じゃし、いま用意するからちょっと待ってなさい」
ボクはソードラケットと球を手にしたじいちゃんとラミータに連れられて近くの原っぱに出かけた。
「それじゃあこの辺りで試してみようかの」
じいちゃんがソードラケットのグリップエンドを回すと「ブンッ」と空気を震わすような起動音がして、シャフトの円柱内部で何かが高速回転をはじめた。
「おじいちゃん、ラミータはまだゲオルやっちゃいけないの?」
「もう少し大きくなってからじゃな」
回転音が安定してきた。
「さてと、これで準備完了。ではアラシ、手にとってごらん」
ボクはじいちゃんからソードラケットを手渡され、ゴルフグリップの要領で太い棒状の部分を両手で握ってみた。すると両手を包みこむように握りの形状が変化した。まるで生きものの様だ。
「おお!オマエさん相当の遣い手とみた!婆さんのソードラケットをすぐに同期させるとは・・・ならば早速、球を打ってみておくれ」
というとオスダエルじいちゃんはボクの足下に球を置いた。球はゴルフボールよりひと周り大きい感じだ。
「そうじゃの、あそこに見える大きな樹の方を狙ってみておくれ」
ボクは500mくらい先に見える樹に向かって狙いを定めた。するとどうだろう!ソードラケットがひとりでに形状変化しはじめた。シャフト内部の回転音がひと際高まったと思ったら、ヘッドは厚みのある紡錘形に、シャフトは細く長く、いかにも飛ばすぞという凄みのある姿になり真っ白に発光した。
「おお!素晴らしい集中力じゃ。見事に距離を読み切ったわい」
何度か素振りして感触を確かめた後、ボクはボールの前に立ちソードラケットを構えた。
なんだか遙かかなたの樹に届きそうな気がした。
≪パシッ≫
一旋すると球はグングン伸びていった。やがて遙か彼方から
≪カーン≫
と音がした。
「・・・か、快感!」
ボクは“生きててよかったショット”が出て思わずひと言つぶやいた。この惑星は重力が軽いので球がメチャメチャ飛ぶんだ!ついさっきまで帰る方法が見つからず意気消沈していたのが嘘のように心の底から喜びがこみ上げてきた。
「うわ~!アラシちゃんすご~い!」
ラミータが興奮してぴょんぴょん飛び跳ねている。じいちゃんはポカンと口を開けたまま唖然としていたが、
「あれ・・・に当てたのか?確かにこの目で見たが信じられん・・・め、女神降臨じゃ!」
オスダエルじいちゃんの奥さん、つまりラミータのおばあちゃんはゲオルの世界チャンピオンだったのだそうだ。現役時代に使っていたソードラケットの名器が、一球目からボクを受け入れ同期したという事実は、どうやら凄く大変なことだったみたいだ。ゲオルの名コーチといわれたじいちゃんは、が然やる気になって、ボクを何としてもチャンピオンに育てると言いだした。
翌日からボクにも楽しい日課ができた。
評判になったのか、近所の人たちも見に来るようになった。ギャラリーを前に、ボクは目いっぱい打たなくても簡単に300ヤード飛ばせるもんでちょっと有頂天だ。だって高校に入ってからのゴルフ競技会では、体格が劣るもんだからいつも他の連中に飛距離で置いてきぼりにされていたのだ。
「女神だ」
「女神降臨にちがいない」
「ああ、これで生きているうちに勝利の瞬間を見られる」
ボクが球を打つたびにザワザワ言い合う声が聞こえてきた。
ボクは昼食で館に戻ったとき、じいちゃんに尋ねてみた。
「観ていた人たちが話していた“女神”とか“勝利”ってどういう意味なんですか?」
「ああ、あれか。オマエさんがあんまり凄いので皆びっくりしとるんじゃよ」
「でも、意味がわからない」
「ゲオルは特別なんじゃよ。ゲオルはの、ハテロマで唯一にして無二の伝統競技でな、その起源は3千年前に遡ると言われとる」
伝説によると、ゲオルは“地球の女神”がもたらしたもので、この競技により長年にわたり両国間で繰り広げられてきた戦争が終結したという。
それがいまでは4年に1度開催される近代ハテロマ競技大会に受け継がれ、各種競技で両国のトップアスリートが競い合う平和のための大会となっている。
大会最後を飾るのは、この伝説に基づく“女神杯ゲオル”で、両国を代表する2人のアスリートによって戦われる。大会最終日、各競技が積み上げてきた勝敗に決着をつける最後の戦いであるが、女神杯の勝利国がハテロマ大会の最終的な勝者とみなされ、たとえ大会競技全体で勝数がまさっていても女神杯を失えば敗者とされる重い競技種目となっている。女神杯はハテルマ中が熱狂する試合となっているのだそうだ。
近代大会になってからこれまで99勝99敗、次の第199回大会は女神杯100勝を先に成し遂げた国という重い意味を持っている。
ボクがいるアビリタ王国はここのところ9連敗中で、100勝を前に足踏みし、ついにヤーレに勝星を並ばれてしまっていた。国民の落胆は9大会36年間ずっと続いていて、景気が悪いのも自然災害に見舞われるのも政治家が汚職するのも彼女ができないのも彼氏ができないのも子供ができないのも子供ができちゃったのも、全て女神杯に負けたせいだと思われている。
ボクのことを地球から来たゲオルの女神の再来であれば、と思ってしまうのはそういう理由なんだそうだ。まあ、久しぶりに地球からやってきたのだから、女神じゃなくったって期待しちゃうんだと思う。
そんなわけで、人から人、村から村、町から町へと噂が噂をよび、マスコミが取材にくるようになってしまった。いまやアビリタ王国中がボクのことに注目するようになっていた。
そんなある日、いつものように原っぱで練習していると、このあたりでは見たことのない大型で高級そうな地上車が数台やってきて、すぐそばに停止した。
中から金モールでキラキラする装飾の制服を着た護衛隊が降りてきて整列したあと、仕立ての良さそうな裾長上着に身を包んだ恰幅のいいオジサンが降りてきた。
「ひさかたぶりですな、オスダエル翁」
「これは宰相閣下。わざわざのお運びとは、いかがしましたかな?」
じいちゃんが宰相閣下と呼んだオジサンがボクのことを値踏みするみたいに見つめている。そして口を開くと言った。
「キミがその、若い人かね?球を打ってみせてくれたまえ」
じいちゃんを見ると、小さくうなずいた。
ボクはいつもより大きなスタンスをとると、ゆったりとしたリズムでなおかつ正確な弧を描くようにソードラケットを振りおろした。一瞬ののち遠くで≪カーン!≫と乾いた音が響きわたった。
「むむ・・・これは凄い。噂にたがわぬパワーじゃ!まさに女神の再来じゃ」
宰相が感激もひとしお、といった感じでうれしそうにつぶやいた。
館に戻りあらためて宰相閣下と面会することになった。
「キミは地球から来たそうだが、本当か?」
「はい、1週間前になりますが、地球ゲートの台座の上で気を失っていたところをヒムスさんに発見されました。ボク、帰れるんでしょうか?」
「それは分からない。しかし、この時期に地球から現れたということを考えると、キミには重大な使命があるとしか思えない」
「ボクの使命・・・ですか?」
「そうだ。次の女神杯に出場してわが国に勝利をもたらすことだ」
「ボクがアビリタの代表選手!?」
「そのとおりだ。連日の報道でキミのことを“地球の女神”の再来、アビリタの救世主だと王国中大騒ぎになっている。わしもさっき球筋を見せてもらって確信した。キミは間違いなくアビリタ1の女子ゲオル選手だ!」
そのとき突然、ボクはとんでもない誤解が起きてしまっていることに気がついた。
「あのぉ・・・ボク男ですけど?」