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ランとアラシで神隠し  作者: 迦陵びんが
第5章 「女神杯への挑戦」
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第57話 ボクが女神!? ヴェーラ博士と宰相と

数千年前、地球からこの惑星ハテロマにやって来たという伝説の女神の衣装は、柔らかくて艶々した純白の一枚布をドレープがつくように身体に巻き付けて飾り紐で留めたものだった。なんだかギリシャかローマか、キリスト教の絵や彫刻で見かけそうな感じだ。髪はうなじが綺麗に出るようアップにまとめて、小さな白い花を環に編んだ髪飾りをつけられている。

それにつけても女の子の着る物って、どうして首や肩に背中と胸元それに足もだ、素肌を露出させたものばかりなんだろう、男の身で着る立場にもなってほしい。


「ほらあ! やっぱりお似合いでしたでしょ?」

「そうかなあ・・・なんだかスースーして心許ないんだけど」

「大丈夫。しっかり腰ひもを結んでありますから脱げたりなんかしませんよ」

「ならいいけど」


ボクはベルに励まされてメーキャップルームを出ると、神殿に上がる昇降機の台座に昇った。






「“ご来場の皆様! 本日はサンブランジュ公爵殿下ならびに姫君を当園にお迎えする栄に浴し誠に喜ばしい限りでございます。さて、ここでビッグニュースが飛び込んで参りました! なんと『伝説の女神神殿セレモニー』にプリンセスランおん自ら女神役でご出演いただけることと相成りました! 地球からお越しになったプリンセスランによる地球の女神セレモニー! 文字通り地球の女神の再来! 二度と目にすることのできない奇跡の瞬間をその目でお確かめ下さい!”」


頭上で派手な場内アナウンスが響き渡っている。あんなに煽って人寄せしているということは、またボクが晒しモノになっちゃうんだ。なんだか、着ぐるみ社長に利用されている様な気がしてきた。とその時、場内が暗転したのかボクの周りも真っ暗になった。不安をかきたてる様な不気味な旋律とコーラスが始まる。






≪ドドドドドドドドドドドドーン!≫

≪シュパッ! ギャワワワワーン!≫


神殿内を揺るがす重低音が響き渡り、最後に耳をつんざく爆発音と目を開けていられない強烈な閃光で満たされた。白煙が薄らいで視力も回復すると、今まで何もなかった神殿中央の祭壇の上に、天界から降り注ぐ光の粒子を浴びてキラキラ輝く女神が立っていた。


「うおおおおおー!」


神殿内に集まった人々から大歓声が上がる。それに応えるように女神が微笑むと今度はため息が漏れた。


「この世のものとはとても思えない美しさだ!」

「なんて神々しいんだ!」

「やっぱりプリンセスランは地球から来た女神様なんじゃないか?」

「ああ、これを見てはもう信じるしかない!」

「ゾクゾクして震えが止まらないぞ!」






昇降機が停止して眩しさに目が慣れてくると、ボクは神殿の巨大な空間の中央に設置された高い台座の上に立っていた。神殿の壁面は階段状になっているのか大勢の人たちがスタジアムの観客席から見下ろす様にボクを見つめて口々に大きな声で叫んでいる。


そうか、女神役のボクが現れて楽しみにしていたイベントが始まったので喜んでいるんだ・・・じゃあ、笑顔で応えなくちゃね。スマイル、スマイルっと。あれ? 一斉にため息吐いちゃったけど。がっかりさせちゃったのかな・・・女神って言えば神様だから、めったに笑顔を見せないのかも。じゃあ、荘厳な雰囲気で厳めしい顔をしてっと。あらら? 慌てて何か叫びだしちゃったけど?


「大変だ! お顔が曇ってしまわれたぞ!!」

「女神様、ご機嫌を損なわれたんだ!!」

「何とかしろ! 何としてもあの笑顔をもう一度見せてもらわなければ」

「音楽だ!」

「踊りだ!」


ボクの立っている台座の下の広場に、踊り子と道化師が現れて軽快な音楽に合わせてパフォーマンスを始めた。これは楽しいや! あははっ! なんて滑稽なんだろう。これじゃあ厳めしい顔なんかしてられないや。思わずボクもステップを踏み出す。


「おお! ご機嫌が直られたぞ!」

「音楽に合わせて踊られているじゃないか!」

「ああ、お身体をくねらせている! なんて悩ましい姿なんだ」


広場では派手な電飾の山車が次々現れては楽しいパフォーマンスを披露して去って行く。千葉県にある巨大遊園地のパレードみたいだ。ボクはすっかり楽しい気分になって壇上から手を振り見送った。今やスタンドの観客もノリノリだ。それにしても、ボクを見つめる男たちの視線がどういう訳だか熱い・・・。






「“それでは本日最後を飾るセレモニー、花火の点火式を執り行います! 女神様、伝説のソードラケットで一振りお願いします”」


賑やかに歌い踊ったパレードも終わり、神殿の広場から誰もいなくなっていた。

場内アナウンスが終わると、祭壇に奉られた黄金のソードラケットを、傍に控えていた巫女さん姿の女性スタッフが恭しく両手で取り上げ、品を作ってボクの前に差し出した。


広場の端には標的となる黄金の鐘が置かれている。よく見ると、これから打つ金属球と鐘の間に細い導火線が伸びていて、ソードラケットで球を叩くと発火して導火線を伝って鐘に届く仕組みになっていた。


ボクは、黄金のソードラケットを手にした。イベント用に仰々しく装飾されてはいるけれど、ベースとなっている機材は普通のソードラケットのようだった。ボクはいつもの手順で感触を確かめるように神経を集中する。


≪・・・!≫


おや? ソードラケットのくせにプレーヤーの呼びかけにひどく驚いている様子じゃないか。オマエ、ボクと同期するのが怖いのかい? 


≪ (-- )( --)(-- )( --)≫


じゃあ、どうして? え? そんな・・・そうか、オマエまだ一度もプレーヤーと同期したことがないんだ。可哀そうに・・・ソードラケットでありながらちゃんと球を打ってもらった経験がないなんて。よおし! 


黄金のソードラケットを両手で顔の前に立てて念を凝らすと、グリップが生命を得た様に流動化しボクの両手を包み込むように変化した。目標はあの黄金の鐘、イメージするとボクの視野に明確な予測ラインが浮かんだ。それに合せるようにヘッドの形状が変化しシャフトの長さも変わる。


「そんなバカな! あれは儀典用の模造ラケットだろ?」

「開園以来、あれが同期変化した事など一度とてありません!」

「それならなぜ?」


慌てふためくスタッフたちと、驚愕する着ぐるみ社長を気にすることなく、ボクはスタンスを整える。シャフト内の回転音が高まり光り出した。ゆっくりとしたタイミングで振り上げ、一気に金属球を打ち抜いた。


≪カッシーン!≫


猛烈な勢いで飛び出した球は、導火線を引き千切ると低い弾道のまま高度を維持して、黄金の鐘を打ち抜いた。


≪ドドドドドッ! ドンドンドン! パパーン!≫


その瞬間、透明化した神殿の天井から夜空に大輪の花が開くのが見えた。それからしばらくして導火線の炎が黄金の鐘に届くのが見えた。


≪v (^^)v≫


そうか、オマエも快感だったんだね。ボクは神殿内に鳴り響く拍手と大歓声に応えてソードラケットを高々と掲げた。






「ご覧下さりませ『1万人が目撃した女神神殿の奇跡』ですって!」

「こちらもですよ『再来した女神プリンセスラン』姫様のお写真がこんなに大きく!」

「もういいってば。はしゃぎ過ぎたってボクもちょっとは反省してるんだから」


翌日、朝の支度をしながらボクの専属メイドのレーネとカーラが新聞の記事になった昨日の出来事をキャーキャー騒いでいる。


「ちょっとだけ反省? 実のところは、してやったとお思いなんでしょ?」

「うふふ。まあねぇ。そういうベルだってあの後ずっと下を向いてクック笑いを堪えていたじゃない」

「そりゃあ、着ぐるみ社長の肝を冷やすことができたんですもの。あんなお調子者の社長にはあれくらいしてやっても罰は当たりません」

「ベルがボクの味方をするなんて、お日様が西から昇ってきそうな具合だ」

「あら、いつだってベルは姫様のお味方ですよ」

「だといいんだけど・・・」


と言いながらボクはベルにだけ見えるよう、思いっきり変顔をしてみせた。何しろ、ここの処の言動を見るにつけ、ベルはボクを完全に性転換させてしまおうと企んでいるに違いないのだ。常日頃からボクを綺麗で可愛く女らしくさせておきたいベルは、こういう挙に出られるとむかっ腹を立てる。だからこれはボクなりのベルに対する当てつけなのだ。


「うぐっ・・・まあ、よろしいでしょう。昨日の件で姫様のゲオルのお腕前は周知の事実となったのですから。それにご覧なさいませこの写真、スイングの勢いで女神のローブから露わになった姫様のお御足の美しいこと! これこそ女神だ、美女の中の美女だと殿方は姫様に夢中、またまたファンが増えた様子。世間では大騒ぎになってましてよ」


ベルは「どうだ」とばかりにドヤ顔をしてみせた。くそ~! アンダースコートを穿いていたからいいようなものだけど、一般的に見ればパンツ丸見えって奴じゃないか! 誰だこんなものを撮ったのは。載せる方も載せる方だ。お陰でプリンセスランは女の子度120%になってしまった・・・。






「じゃあランちゃん、脱いで。下まで全部よ」

「はい」


ボクは、定期健診を受けるため王立スポーツ研究所に来ていた。すっかり裸になるとヴェーラ博士が感嘆するように言った。


「へええ~キリュウ君。キミの女体、ますます磨きがかかったわね」

「や、やめてください! そういう言い方するの」

「少し細いけれど女の私から見ても惚れ惚れするわ。これでおチンチンさえ無ければ完璧な体型ね」

「絶対取りませんからね!」

「あら残念。で、その後どうなの?」

「どうなのって・・・何がです?」

「完璧な女性体型の癖にそこにぶら下げている“モノ”よ。性的興奮で勃起することがあった? 何よぉ、先生はアナタの主治医なんだから恥ずかしがることないでしょ?」

「勃起・・・ないです」

「そっか、やっぱり駄目か。起たないのって多分に精神的な面もあるんだけどねえ。先生としてはキリュウ君が地球に帰る前に何とかしてあげたいのよ。男の機能は失くしても、せめて性交だけは出来るようにしてあげたいのね。そうだ、何ごとも訓練だから、まずはキミの性感帯開発から始めてみようか?」

「け、結構です! 今は女神杯に勝つことでいっぱいです。放っておいてください!」

「あら、残念。キミの性的恍惚状態ってどんなだか見てみたかったのに。あ、もちろん地球人がハテロマ人の場合とどう違うのか学術的な興味でよ」

「・・・ウソッ」

「それはともかく。キミ、修業して凄い能力を身につけたそうじゃない。先生にチェックさせてくれない?」

「それならいいですけど・・・でも裸のままで?」

「先生としてはずっとそのままでいて欲しいけど、そうも行かないわね。じゃあ、診察をして血液と体液を採取するから、終わったら服を着ていいわよ」


と言うとヴェーラ博士はいつもの段取りで手際よくボクの身体を診察し始めた。






「分析データを見るとホルモンバランスも問題ないわね。筋力も以前に比べて落ちていないか・・・いや、待って・・・むしろ付いているじゃないの! キリュウ君、本当に修業頑張ったのねえ。これだったら男にだって負けないかも、ってランちゃん男の子だったのよね。それじゃあその能力を先生にみせて頂戴」


ヴェーラ博士の執務室で今日の検査結果を聞き終えたボクは、椅子から立ち上がると目を瞑った。意識を集中させると、ボクをすっぽり包み込む大きさの球体がイメージできた。それを少しづつ膨らまして部屋いっぱいに広げる。ボクのエリアの中には、執務デスクに腰かけているヴェーラ博士もいた。


「博士、準備できました。いまボクの内なる気はこの部屋の気とひとつになっています」

「・・・? 何も変化している感じはないわね」

「あっ博士、間もなく映像通信が入りますよ・・・相手は・・・相手は、宰相です」


≪ビビッビビッビビッ≫


言い終わると同時に着信が鳴った。


「はい。ヴェーラです」

「“久しぶりだな”」


執務デスクの上に現れたのは、まさしくセナーニ宰相だった。ヴェーラ博士はひどく驚いた表情でボクを見ている。目を瞑っているけれどそんな様子がまるまる見えていた。


「“おや、ラン姫も一緒ではないか”」

「宰相閣下、ご機嫌よう」

「“ふん。機嫌は悪いわ。ラン姫に公務をさせるなと陛下に釘を刺されたでな”」

「それはお気の毒。でもボクとの約束はあくまで女神杯でしたからね」

「“分かっておるわい。可愛い顔をして気の強いことよ。それよりなんで目を瞑っておる?”」

「その件なら博士からお聞きください」


ようやく我に返ったヴェーラ博士は、大きくひとつ息を吐くと説明を始めた。






「・・・という訳なんです。いや、びっくりしました。確かにこれは科学的にはまだ解明されていない特殊な能力であることは間違いありません」

「“キリュウ君、キミには未来が見えているのか?”」

「未来かは分かりませんが、ボクの思念の及ぶ範囲で起きるであろう可能性は見えます。今の場合、その通信端末が鳴って閣下の映像が現れるのが見えました」

「“凄いな。これが外交交渉や国会論戦の際に使えれば・・・”」

「それは多分ダメだと思います。ボクに見えるのは起きる可能性のある事象であって、人の意思や意識ではないんです」

「“うむ。だが何かしら利用法はありそうだ”」

「ともかくボクのショットの精度が格段に上がったことは間違いありません。ボクは女神杯に出場し、勝利を収め、閣下との約束を果たします! だから」

「“分かっとるわい、キリュウ君。既に地球ゲートの起動方法の研究は始めさせておる”」

「でも、冬休みに見た感じでは地球ゲートで誰も研究している様子はありませんでしたよ?」

「“それはそうだ。ヤーレ連邦のアルゴスゲートに科学者を遣わして研究させておるのだから”」

「アルゴスゲート・・・」

「“そうだ。なぜ起動せぬかは現に今も起動しているゲートを調べてみる方が早いからな。ヤーレの連中がわれわれに調査させてくれたのも、プリンセスランの海外歴訪あってのことなのだ。ふん”」

「ああ! 閣下は約束を守って下さっていたのですね! それなのに恨みに思ったりして・・・ごめんなさい」

「ふん。素直な気持ちになれたのなら、女神杯の後、自分の意思として公務に復帰してくれたまえ」

「あ、それはちょっと・・・」

「なんだ?」

「女神杯の後もプリンセスランが表舞台にいると、地球に帰った時点で突然行方不明になってしまうじゃないですか」

「うむ。そのことよ。ワシなりに考えがある。キリュウ君、キミは女神杯に勝利することに集中したまえ。後のことはこっちで考えておく」



ボクは、約束が守られていることを知って心底ほっとした。この会談で、疑心暗鬼になり恨みに思っていた宰相閣下のことも、再び信頼してもいいと思えるようになった。


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