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ランとアラシで神隠し  作者: 迦陵びんが
第5章 「女神杯への挑戦」
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第56話 男装の麗人 国王陛下と公爵と

「姫様が戻られ次第、王宮に参内するようにとの国王陛下からのご命令です」


宇宙暦12012年の年越しを冬休み自主トレで過ごしたボクが、アビリターレの公爵宮殿に戻ると直ぐに呼び出しがかかった。

ボクはベルが用意していたミニのドレスではなく、よい折なのでかねてより準備していた“ミリタリールック”に着替えて参内することにした。






「国王陛下、王妃殿下、明けましておめでとうございます。新年のご挨拶が遅くなってしまいましたが、本日無事地球ゲートでのトレーニングを終え、ランは戻りましてございます」

「祝着じゃ」

「ほんに。よろしゅうございました。このひと月、ランが姿を見せぬランが姿を見せぬと、それはそれは陛下がお寂しくあられ周りの者もお慰めするのに大変でしたの」

「おほん・・・ああ、オスダエルは元気であったか?」

「はい。ヒムス様はとてもお元気で、冬の最中にもかかわらず連日ランを厳しくご指導下さいました」

「おや? ランは以前より凛々しくなったようじゃな」

「ご覧下さりませ、陛下。凛々しいのはランの衣装のせいですよ」


今日のボクは、細身の迷彩柄のニットパンツに膝丈のレザーブーツ、ネックにリボンを結んだ柔らかな絹のブラウスに、ウェストを絞り込んだナポレオンジャケットの襟を立てて羽織り、大きなリボンで飾られたツバ広の帽子を斜めに被っている。


デザイナーのオスマルには“USアーミー風”のイメージを伝えたつもりなんだけど、もちろんこの惑星には存在しないから一度も見たことがない訳で、彼なりに想像したらこうなってしまったのだ。


それと色使いもピンクベース。ボクはサンブランジュ公爵家の姫だから、亡きマリアナ姫のイメージカラーだけは踏襲せざるを得なかったのだ。


どちらかと言うと、王子として育てられたお姫様のTVアニメがあったけど、あんな装いに見えるのかもしれない。


「おお、それが噂の男装か?」

「はい、でもランの思っていたものとは少し違うのです。いつも衣装を手がけている者に申しつけて作ってもらいました」

「なかなかに魅力的な姿じゃ」

「陛下、ランの姿を見かけたメイドたちが外で大騒ぎをしておりますよ」

「ほう、女から見ても心惹かれる姿か?」

「ええ。男装の麗人はいわば理想の美男子、女にとっても大変好ましく思えましてよ。ことにランには女性らしい美しさの中に隠された男気がありますからなおさらですわ」

「男ばかりか女ものう。ランの歓心を買おうとする者はそこら中に恋敵がおる訳じゃな」

「ほんに、ほんに左様でございます」


国王陛下も王妃殿下も、ボクを肴になんか盛り上がっている。

結局、特に用があって呼び出した訳ではなく、王都をしばらく不在にしていたのでボクの顔が見たかったのだそうだ。まあ、約束になっていた男装姿も披露できたことだし、ボク自身も『ミニスカート以外は着てはいけない』という国王命令の呪縛からようやく解放されたので、それはそれでよかったのだけど。






「して、陛下はランにいったい何の御用だったのだ?」


その夜、久しぶりに公爵と夕食を共にしていると王宮でのことを尋ねられた。

冬休みの間中、自主トレーニングで離ればなれになっていただけに、またボクと一緒に過ごせる時間ができたことを凄く喜んでいるみたいだが、養父である公爵に会うより先に王宮にご挨拶に呼び出されてしまったことが、気になって気になって仕方ない様子なのだ。


「それが、何でもなかったのです」

「どういうことだ?」

「はい。ランの顔が見たかった、との仰せで」

「うーむ・・・いよいよもって油断ならん。陛下といい王妃殿下といい、どうもランをお傍近くにお留めなされようとしておるのではあるまいか」


ボクが国王陛下から何も用事を言いつけられなかったと聞いて、安心するのかと思ったら逆に難しい顔になってしまった。


「でもランは、お父様の養女ですよ?」

「そうではある。そうではあるのだが・・・」


国王陛下も公爵もボクのことを気にかけてくれるのは嬉しいのだが、少々自分の庇護の下に置いて構おうとし過ぎなのじゃないかと思う。映画やTVドラマで親が干渉し過ぎるって食ってかかる娘がいるけれど、なんだかその気持ちが分かるような気がしてきた。要するに“うざい”のだ。






「こんなに枝毛ができちゃって。ランさん、髪は女の命なんですよ! 気を付けていただかないと」

「寒空の下でずっと修業していたんです、仕方ないでしょ。そもそも、女じゃないですし・・・」


その夜、寝る前にベルが念入りに手入れをしてくれている。


「いいえ、プリンセスランはいまや世界中から注目されている美姫、美女の中の美女なのですよ。それにランさんの男性としての機能は元に戻らないんでしょ? いいかげん男性として生きていくことはお諦めになったら?」


ベルを置いてひとりで冬休み中トレーニングに行ってしまったことが余程気に入らなかったのか、言葉の端々に険がある。


「それは地球に帰る為にやむを得ずしたこと。宰相閣下とのお約束は、あくまで女神杯なのですから。地球に帰りさえしたら必ずや元の姿に戻るつもりです」

「ふっ、たとえ地球に帰れたとしても、一度美女の中の美女としての魅力を身につけてしまったランさんを世間が放っておくものでしょうか?」

「ううっうるさい! だったらいつでも戻れるよう今から男に戻す!」


うるさく行儀作法を言う連中のいないヒムス家で気楽に過ごしたもので、ボクはいいかげん貴婦人モードが面倒くさくなっていた。とは言っても、しっかり身に付いているので公爵家姫君として正しい立ち居振舞いが必要な時になると自然に出て来るのだけど。


「ま、よろしいでしょう。海外歴訪でレディとしてのご自覚がしっかりお出来になった様子なので、こうしてベルといる普段の時くらいは素に戻っても構わないですけどね。だけど、男性であることがばれないこともお約束の内でしたね? 姿形だけはちゃんとしていただきますよ」

「・・・それはそうだけど。女に見えればいいだけなんだから普通の格好でいいよ!」

「ランさんは何も考えなくて結構です。ベルがしっかり着飾らせて差し上げます。どうせ女の子の振りをするなら可愛くて綺麗な方がいいじゃないですか。ともかくランさんは、髪をもう絶対に切らないこととよ~く手入れなさることだけ守っていただければ結構です」

「ううっ。やっぱりボクはベルの着せ替え人形なの?」

「そりゃ、当のご本人が自分の魅力にお気付きにならず外見を構おうとしない以上、お仕えする者のお役目になりましてよ」

「お役目というよりは“お役得”なんじゃ・・・」

「そうとも言います。ま、ともかくランさんは難しく考えずベルに一切お任せを」

「一応言っておくけど、もうミニじゃなくてもよくなったんだからね。国王陛下からOKもらったんだからね」

「はいはい、存じておりますとも。着せ替えできる範囲が一気に広がったので、ベルはとっても楽しみなんですもの」

「ミニじゃないということはパンツルックでいいんだからね」

「スリットの入ったタイトスカートもいいなあ、Aラインのドレスで思いっきり胸元と背中をを開けたのも似合うかも!」

「・・・無視かい!」






「うわ~あ!」

「プリンセスランよ!」

「素敵~い!」


リムジンから降りると黄色い歓声があちこちから上がった。


翌日、冬休み最後の日、ボクは公爵に連れられて久しぶりに一緒に外出した。公爵なりにボクを楽しませようと考えてくれたみたいなのだ。だって公爵ときたらボクが国王陛下に取られてしまうのではないかと相当心配しているのだもの。


どこに行きたいかと尋ねられたので「貴族倶楽部と学校以外の場所」と思わずツレない返事をしてしまったけど・・・。でも、ベルに言わせると「女性は全て殿方にお任せして、目の前に示された殿方なりの工夫を見て感情豊かに感謝すればよろしいのです」って言うし。


と言う訳で、ボクが連れられて来た場所は王都ネオライネリアの郊外にあるテーマパークだった。

王立女学院のガールズトークで、王都に数あるデートスポットでも女性の人気No.1とさんざん聞かされていた場所だ。


公爵の耳にもボクが海外歴訪中に遊園地に行きたいと言った話は伝わっていたらしく、普通なら「ランを人混みの中に出すなどもっての外」と一般から隔離された安全な場所以外にはどこにも行かせてくれないのに節を曲げて連れて来てくれたのだ。


ボクも自主トレでずっと宮殿を不在にしていたので、少しはマリアナ姫の代役になって構ってあげないとと思っていたことだし、公爵なりの気遣いが嬉しかったので今日は一日愛娘に徹することにした。それと、ベルがボクに装わせた格好のせいもある。


だって、袋袖のピンクのドレスはレースのフリルとひだひだギャザーがごっちゃり付いて、上半身は一応ファーショールを羽織ってはいるんだけど、うなじから肩と背中がまる見えでウエストでギュッと絞り込んだ下半身は幾重にも重ね合わせたパニエでフワッと膨らんだロリータ風。確かにスカートの丈は膝より下だけど、これじゃあ自分で自分の下半身の大きさがどこまであるんだか分かりゃしない。膝に可愛いリボン飾りが付いた真っ白なニーストッキングとハイヒールだから余計フェミニンに見える。

髪はしっかりアップしてドレスとお揃いの生地で作った大きなリボン装飾の帽子を被らされ、なんだか自分がフランス人形になってしまったみたいだ。


ボクがミニスカートだけは嫌だって言ったせいもあるんだけど、ならばこれを着せてやれとベルは絶対楽しんでいるんだと思う。


もうこうなると自分はマリアナ姫なのだ、自分であって自分ではない、夢の中にいるんだとでも思わないと耐えられそうにない。ボクは恨めしそうにベルをチラッと睨んだけど、意を決して今日一日やり切ることにした。




「嬉し~い! お父様だ~い好き!」


ボクに出せる目一杯の可愛い声で言うと、ボクは両手を伸ばし公爵の首に抱きついて足をパタパタさせた。見上げると公爵がドギマギして目が泳いでいる。熊の様に大きな男が照れる姿って可愛いのだ。


勢いでハイヒールが脱げてしまったけれど公爵がお姫様抱っこしてくれた。宰相閣下に生まれて初めてお姫様抱っこされたときはひどくショックだったけれど、今日は特別。一日マリアナ姫になりきっているから平気だ。


ベルに靴を履き直させてもらったので下に降りると、公爵の腕に手を絡めるといそいそと園内に向かった。


「まあ、何て愛らしいんでしょう!」

「ああいう素敵なカップルなら煩わしい恋人同士より父娘の方がいいなあ」

「娘にとってパパは最初の恋人だものね」

「最初の恋人だから一番先に幻滅しちゃうんだけどねえ」

「娘に愛され続けるには弛まぬ努力が必要なのに忘れちゃうからよ」

「それに引き換え公爵様ったらあんなにラン姫を大事にされて!」

「ラン姫からも公爵を愛しているっていうオーラが出ているわ!」

「いかにもお互いに大切に思い合っているって感じ! 見るからにお幸せそう!」


周囲ではボクたちを見て、羨ましがったりため息まで吐いている人がいるみたいだ。ベルもボクたちの後ろに付いて行きながら至極嬉しそうだ。


いつもそうなのだが、ベルはボクがいかにも女の子女の子した物言いやポーズをすると凄く嬉しそうな顔をする。寝る前にブラッシングしてもらっている時にもよく「あの場合にはおとがいをチョンと前に出して口をすぼめる方が可愛いんですよ」とかボクの女の子生活を復習させられている。だからそういうことが結構できるようになっているとも言えるのだが、絶対ベルはボクを性転換させようと考えているんだと思う。






「こちらがハテロマ神話で有名な地球の女神神殿です」


テーマパークの社長自らガイドしてくれている。さすがに公爵の威光だ。

でも、なんで社長まで着ぐるみを着ているんだろう。丸まるふんわり可愛い小鳥のキャラだけど、顔のところが開いてヒゲ面親爺がまる見え。実態は中年親爺なのだと思うと気持ちが悪くてスリスリできやしない。あっ高校生男子のくせにスリスリしたいのかって? そりゃあ以前だったら、たとえそう思ったとしても素振りにも見せなかったろうけど、定期投与される女性ホルモンと女の子生活のお陰で可愛いものとか見ると胸の奥のところがキュンとしてきて、無性に抱きしめたり頬ずりしたくなるのだ。

それはそれとして一応訊いてみよう。


「あのう・・・社長さん、ひとつお尋ねしてもよろしいですか?」

「はいはい! 姫君のご質問ご要望でしたら何なりと!」

「社長さんはいつもその様な格好をされているのですか?」

「あ? これは今日だけの特別サービスですぞ」

「特別・・・サービス?」

「姫君にお越しいただけるというので私も張り切りましてなあ! アハッアハッアハッ!」

「・・・」


要するにこの親爺、こういう格好をすれば思わずボクが抱きついたり頬ずりしたりするんじゃないかと期待しているのだ。その手には乗るか! こんな時、本当の女の子なら「もうサイテーッ!」って叫ぶところだ。


着ぐるみに冷たい一瞥をくれて無視すると、ボクは改めて建物を眺めた。これが伝説の地球女神の神殿なのか・・・お堀に囲まれた壮麗な白亜の城が青空に向かって聳え立っている。このテーマパークのシンボルタワーなのだろう。なんだかカリフォルニアとフロリダとパリと千葉と香港にある同様な施設の作りと同じ感じだ。惑星は違っても同じ人類であれば発想まで似て来るのだろうか。


「姫君、よろしければ地球の女神になって神殿の磐座いわくらにお座りになられませんかな? 本日最後を飾るナイトアトラクションの主役をお務めいただければ、これに勝る栄誉はございませんので」


ボクがそんなことに思いを馳せていると着ぐるみが喋った。どうやら地球のテーマパークで言えばお伽話の主人公に扮するアトラクションを勧めてくれているようだ。


「おお、それはよい! ランや、お前は地球の女神の再来なのだから」

「お父様のご要望とあれば・・・」

「姫様。きっと女神のご衣装はお似合いになりますよ!」

「それではお時間まで園内くまなくご案内させていただきますのでどうかお楽しみを!」


冬休み最後の日、思わぬ展開になってしまった。ボクは今晩、数千年前地球からこの惑星ハテロマにやってきて、戦争に明け暮れていた世界に平和をもたらしたという伝説の女神の扮装をすることになってしまったのだ。


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