第53話 女神杯勝者からのアドバイス
「ラン姫! ネオライネリア市で姫の目撃談が相次いでいますがそれについて一言お願いします!」
「髪を切った理由は男装する為だけだったのですか? 実は他にも理由があるのでは?」
「もう公務にはつかないと発言されたことの真意は?」
あれから2カ月たったというのに相変わらず追っかけリポーターたちは喧しい。まあ、ボクが学校と宮殿しか行き来しないので全く取材できないというのが原因のひとつではあるのだが。たまの外出となった女神杯地区大会最終予選、会場に到着するのを待ちかねていた取材陣がボクのピンクのリムジンを目掛けて殺到する。
「その件につきまして、姫様は一切お答えになりません。全ては王室広報官にお問い合わせを」
ベルが突き放す様に冷たく言う。運転手兼ボディーガードのユマがガッチリガードしてボクをクラブハウスに導く。この星ではボクは小柄な方なので、身長170cmのベルはともかく200cmあるユマと会場警備の係員に防御陣形を固められると、さしもの突撃レポーターたちも手が出せない様子だ。
「サンブランジュさん。少しお時間をいただけますか?」
受付で出場手続きをしていると後ろから声を掛けられた。振り返ると50年配で見るからに大会役員と言った感じの女の人がいた。こちらの返事を待たず案内し始めたので、仕方なくボクは後をついて行く。競技開始前の準備で忙しくザワザワしている大会本部の横を通り過ぎると、廊下の突き当たりにある立派な扉の前に出た。女の人はノックをして訪いを告げる。中から「どうぞ」とくぐもった声が聞こえた。
案内されて部屋の中に進むと、カールのかかった白髪の女性がデスクから立ち上がるとこちらを優しい目で迎えた。凄く背が高い。きっと200cm以上あるんじゃないだろうか。
「お呼びたてしてごめんなさい。あなたのスタート時間まで時間があったものだから無理をお願いしてしまったの」
「どの様なご用件でしょうか? お会いするのは初めてだったと思いますが」
「そうでした。あなたはソードラケットを握られてからまだ1年ちょっと。ゲオルの世界のことを何もご存知なくて当然でしたね。私はアルカナ。アビリタ王国アマチュアゲオル協会の会長をしています」
高齢な女性ならではの、慈愛に溢れた笑顔でニッコリ笑うと自己紹介をしてくれた。
「アルカナ・・・様。あっ! ひょっとして、あなたは女神杯に勝ったアビリタ最後の世界チャンピオンのアルカナ選手ではございませんか?」
「古い話ですよ。もう40年も昔のことですから。でも、こんな若くて可愛らしい方から“選手”と呼んでもらえるなんて嬉しいですわ。それにしてもよくご存じね?」
「はい。王立女学院の学院長室で、アルカナ様の肖像画とお写真を拝見したことがありました」
「そう。学院長と私は同級生だったのね。彼女の腕前も相当なもので私の好敵手でしたわ」
「学院長先生もゲオルをなさったのですか?」
「もちろんよ。ゲオルに秀でていなければ王立女学院の指導者にはなれません。それと“なさった”は間違いね、“なさる”のよ」
「存じませんでした」
「あなたのこと、とっても大切に思ってらっしゃるわ。多分、ご自分の若かった時とダブらせて見てらっしゃるのね。あの方も若い頃は華奢で、細い身体のどこからあんなパワーが出て来るのかと思ったものよ。確かにあなたとタイプが似ているわね。王立女学院にとんでもない逸材が転校してきたと連絡があったのは1年前のことかしら。それから今日までお会いできる日を心待ちにしていたのですよ」
「光栄です。でも・・・どうしてわたくしなんかに?」
「あなたなら40年ぶりに女神杯に勝利できるかもしれない」
「まだ、試合で戦った経験は数える程しかないんですよ?」
「そうね。それでもあなたには才能がある。こうして会ってみてヒムスコーチの言っていた意味が漸く分かったわ」
「ヒムス・・・あ! オスダエルじいちゃん? ではありませんでした・・・オスダエル・ヒムス様ですか?」
「うふふ。そのオスダエルじいちゃんがね、あなたのことを直ぐに知らせてきたわ。もうあなたに夢中で夢中で他のことは何も手につかないって勢いでね」
「ヒムス様をご存じなのですか?」
「ヒムスさんはね、私のコーチでもあったのよ」
「あなたはわたくしの姉弟子・・・」
「そういうことになるわね。そこで私からあなたへのアドバイス。今日の試合が終わるといよいよ全国予選会。あなたは何の問題もなく勝ち進むでしょうけれど問題はその後。女神杯で勝利の栄冠をつかむ為には、上手なアスリートであるだけではダメなの。肉体を超えたところにある強靭な精神力を鍛えなければ勝てないわ」
「・・・いったいどうすれば」
「オスダエルじいちゃんにコーチしてもらいなさい。それが私の後継者であるあなたへの先輩としてのアドバイス。あら、もう時間ね。今日はあなたには何の問題もない試合だけどスタート前のウォーミングアップの時間がなくなっちゃうから」
「ありがとうございました」
「余計なことと思ったけれど、あなたは駈け足で過ぎて行くひと。迷って立ち止まっている時間はないはずだから」
ひょっとして彼女は、ボクが女神杯に勝つことを条件に地球に帰還させてもらえる約束のことを知っているのだろうかと思った。
アビリターレ西地区最終予選はマッチプレー方式で行われたが、アルカナさんが言ったとおりボクはトーナメントを順当に勝ち進み、ついに決勝に進んだ。これに勝てばアビリターレ西地区の代表となり、来年3月開催の女神杯アビリタ代表最終選考会の出場が決まる。
「“これより女神杯地方大会予選アビリターレ西地区決勝を開始します。最初に選手をご紹介します。サンドラ・メルガンシュさん、王都丘陵ゲオル倶楽部所属!”」
≪パチパチパチパチ≫
背が高くいかにもアスリートらしいしなやかな体型をした女の人が手を挙げて声援に応える。年齢は25歳くらいだろうか。所属はゲオル倶楽部だというからきっと社会人なのだろう。
「“続きましてラン・ド・サンブランジュさん、王立女学院2年!”」
≪パチパチパチパチ≫
ボクも愛機タリスマンHD-3500Sを高々と持ち上げて声援に応える。だって身長差が30cmもあるからソードラケットの高さを借りないと見劣りするんだもん。
サンドラさんが手を伸ばし握手を求めてきた。
「ッ!」
目一杯力をこめて握られた。この女の大きな手なら林檎でも握りつぶすことができるのではないか。日焼けした精悍な顔から白い歯がこぼれているが目が怖い。ボクも筋力は落ちていないから、特上のスマイルを浮かべながら軽く握り返してやった。
「グフッ」
サンドラさんから声にならない音が漏れたけど、歓声に包まれているので気が付いた人はいないみたいだ。
「“それではサンドラさん、スタートをお願いします”」
こちらをチラッと睨みながら手の痺れを払うように振るとスタンスに入った。ゆったりした大きなアークで振りかぶるとソードラケットを一気に振り下ろす。なかなかいいスイングだ。
≪パッシーン!シュルシュルシュル~≫
空気を引き裂く鋭い音と摩擦で焦げるような臭いがする。飛距離480m。フェアウエイの中央を捉えた。
さすがに決勝まで進んで来ただけのことはある。
「“続いてサンブランジュさん、お願いします”」
ボクはミニスカートなので膝を揃えて屈むと、身体の横に左手を差し伸べメタリックピンクの金属球をセットした。本当はアンダースコートを穿いているので見えたって構わない様なものだが、レディとしてしっかり教育を受けているものでつい隠そうとしてしまう。
「なんとも仕草が愛らしいですなあ」
「隠そう隠そうとする恥じらいがたまらんですわい」
「それでも見え隠れするレースのフリル。あの丸味が」
なんだか熱い視線をお尻に感じているけれど、そんな雑念は意識の外に置き第1打に集中する。
1番ホール『立春』は全長620m打ち下ろし。殆ど真っ直ぐでグリーン周りのバンカー以外に障害物はない。勝負は2ラウンド16ホールで争うから無理をする必要はない訳だが・・・。
ボクは、スタンスが決まると両手でピンクのグリップを握った。棒状だった握り部分がまるで生き物のように変化して両手を包み込む。ソードラケットの先端まで自分の腕になったみたいに安定する。意識を集中するとヘッドの形状が変化した。金属球を打ち抜くフェース面は、ドライバーと見れば非常に小さくほぼ垂直に立っている。後に細く長く伸びたボディは流麗な紡錘型だ。こういう乗物を作ったら相当スピードが出るだろうな、そんな感想が頭に浮かんでくる。
ゲオルは地球のゴルフと違って、ソードラケット1本でプレーする。プレーヤーが次のショットをイメージするとソードラケットの形状がそれ用に変化するのだ。だからボクは今、この形状をイメージした訳ではないのだ。ボクがこの愛機タリスマンHD-3500Sに送ったイメージは「出来る限り遠くへ!」だった。
ボクは、限界までシャフトの回転音が高まったのを感じてゆっくりソードラケットを振りあげた。ソードラケット全体が金属球と同じメタリックピンクに発光を始める。一気に、それでもゆったりと振り下ろしフィニッシュの位置までスイングする。
≪スパッ!ギュイーーーーーーン≫
一瞬遅れて凄まじい発射音と光の弾道がフェアウエイ目掛けて一直線に伸びて行った。
数瞬の後、彼方から大歓声が聞こえてきた。
「“ただ今のサンブランジュさんの第1打、直接グリーンに乗りました!”」
≪ウッオオオ!≫
大会本部のアナウンスでティーグラウンドでも大歓声だ。走り込みのお陰で随分パワーが付いてきたみたいだ。自分でもこんなに飛ぶとは思ってもいなかった。ボクは手を挙げて歓声に応える。体格に勝っているということで仕掛けて来た癖に、飛距離で圧倒されてしまったのか日焼けしているのにサンドラさんの顔色が蒼白だ。
結局このホール、サンドラさんが残り140mをしっかり乗せてきたものの、ボクが第2打で鐘に当てたので1アップとなった。
続くホールも正確にコントロールされたショットでサンドラさんを上回り連続でゲットした。
ゲオルはゴルフと同様、相手の球を奪い合ったり向かい合って打ち合う競技ではない。自分の球を自分の責任で自分でプレーし、相手と比較して良ければ勝ち悪ければ負けという孤独なゲームなのだ。
よく『自分との戦い』と言うが、まさにそれである。気落ちしても闘争心を燃え上がらせ自分に出来る最高のパフォーマンスを出せる者だけが勝利者となれるのだ。
前半が終わった時点で8アップ。早くも2ラウンド目の最初のホールが引き分けでもボクの勝利となるドーミー・ホールとなった。マッチプレーでは残りホール数で勝てないことがはっきりした時点で試合終了となるからだ。
「“それでは後半のスタートです。現在のスコアはサンブランジュさんの8アップ。オナーはサンブランジュさんです”」
今度のイメージは「出来る限り遠くへ!マイナス1.5m」だ。ゲオルソードのフェース面の溝がさっきより深くなった気がする。
≪スパッ!ギュイーーーーーーン≫
ボクは自分のプレーに徹していたので、躊躇せず金属球を打ち抜いた。鋭い発射音と光の軌跡を残して低く飛び出した弾道がグリーン目がけて飛んで行く。そのままの高さを維持したまま一直線に飛んでいたが、グリーン手前で急激にホップした。重力との均衡点まで上昇すると、今度は落下を始めた。
≪クワワ~~~ン≫
鐘の甲高い音がコースに鳴り響いた。そう、直接カップインしたのだ。
「おいおい、直接当てちまったぜ・・・」
「あのお嬢ちゃん・・・タダモンじゃないぞ」
ギャラリーは大騒ぎというより呆れてしまったみたいだ。
「参った。負けましたよ。ランさん、あなた本当に凄いのね。これだけやり込められると、逆にサッパリして気分がいいわ」
サンドラさんが負けを認め握手を求めてきた。今度は軽く握った普通の握手だった。優しく魅力的な笑顔だった。
「アビリターレ西地区はもとより地区大会決勝で9アップ優勝は新記録じゃないのか?」
「いや、それよりティーグラウンドで相手の1打目を待たず勝ちを決めたのも初めてなんじゃ?」
「こりゃあ、40年ぶりの女神杯も夢じゃなくなってきたな!」
こうしてボクは女神杯地区予選決勝で勝利し、アビリターレ西地区代表となった。
宮殿に帰って部屋で着替えをしていると「ラン様 親展」というアラートが宙に浮かんで点滅しだした。それを見てベルたちは部屋から退出しボクひとり残された。
「はい。ランです」
「おめでとう! アビリターレ西地区代表決まったのですね」
立体映像で現れたのは懐かしのレア先輩。王立女子大学ゲオル部のユニフォーム姿だ。
「あっ、レア先輩!」
「違いますでしょ? レ・ア」
「あっ、はい。レア」
「そうです。うふふ、ランは素直でいい子ですわ」
ただでさえ飛びきりの美女なのに、頬が上気してピンクに染まり瞳をキラキラさせて白い小さな歯がきらめいて一層美しさを際立たせている。
「レア、凄く嬉しそうですね?」
「これでランと女神杯の最終予選で戦えることになったのですもの!」
「じゃあ、レアも?」
「そうですよ。たった今、決勝でアビリターレ東地区代表に決まりましたの」
ボクは、自分の試合が通常の半分の競技時間で終わっていたことを思い出した。
「そうか、王立女子大学は東地区だったのですね。おめでとうございます!」
「うふふ。ありがとう。でも、ランは随分派手な勝ち方をなさったみたいね?」
「あっ、いえ・・・その・・・」
「それでこそわたくしの可愛いゲオル部の後輩です。戦い甲斐のあるというもの。わたくし負けませんことよ。年が明けたらいよいよ決戦、楽しみにしてますわ!」
そうか、レア先輩にとっても女神杯に出る最後のチャンスなのだ。その為に、フランツ王子との結婚を延期してまで大学に進学しゲオルを続けたのだった。ボクは最終予選が決まったことの重みを改めて噛みしめていた。




