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ランとアラシで神隠し  作者: 迦陵びんが
第5章 「女神杯への挑戦」
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第51話 帰国 新たな日々のはじまり

「ハッ・・・ハッ・・・ハッ・・・ハッ・・・」


まだ夜も明けきらぬ早朝、薄靄が漂う森の中をボクは走っている。サンブランジュ公爵宮殿の敷地内に造られた1周1kmのトレイルだ。海外歴訪から帰国したのは夏休みの終わる直前だったので、サンブランジュ島の夏離宮には戻らず王都アビリターレの宮殿に直接帰っていた。


この胸、サラシできつく締めている方が衝撃は少なかったよなあ・・・ネオライネリアの街を走り回っていた時のことが甘酸っぱい記憶とともに思い出される。スポーツブラを着けているとはいえ、ストライドのたびに上下に揺れる乳房の重さに、また女の子に戻ったことを実感させられた。


そう言えば、昨日帰国して直ぐに王宮に国王陛下を訪ね、陛下名代を務め終えたことをご報告したんだった。驚いたことに陛下は既にボクの逃避行をご承知で、いたずらっぽい目で面白そうに仰ったっけ。




「ランや、姫の一夜の値段は大型クルーザー並みだそうじゃな?」


ボクは二の句が継げず青くなったり赤くなったりしてしまった。何百年に渡って王制を堅持してきているだけに国王陛下直属の情報機関には想像を超えた能力があるみたいだ。


「ははは、ランは予を本当に楽しませてくれる姫じゃな。久しぶりに腹の底から笑わせてもらったぞ。大儀であった」

「陛下、お願いを申しあげてもよろしいでしょうか?」

「ん? なんじゃ」

「どうか、父公爵にはご内密に」

「そうじゃな、公爵はあれでいて気が小さい。姫の冒険譚を知ったなら卒倒しかねぬな」

「それからもうひとつお願いがございます。ランは女神杯に向けてひたすら精進いたしとうございます。何卒今後のご公務はご容赦くださいませ」

「そのことか。今回の歴訪、姫は大変苦労であった。些事に関わっていては40年ぶりの女神杯勝利という大願は果たせまい。予がセナーニにはよく言い聞かせることにしよう。安心してゲオルに打ち込め」


やはりセナーニ宰相とのやり取りすらも陛下の耳には入っていた。


「ありがたき幸せにございます」

「その代わり、と言うては何じゃが・・・」

「はい?」

「これまでより足繁く予のもとに顔を見せてくれぬか、妃も喜ぶでな。王子は二人出来たが、ついに姫には恵まれなかった。ランはわが娘のように思えてな。社交界デビューを果たした今、父公爵もいつまでも姫を独り占めしとく訳には参るまい」

「はい、わたくしでよろしければ御前に参上仕ります」

「評判になっておるランの男装も是非見てみたいものじゃ」

「ミニじゃなくても構いませんので?」

「うむ。ランであれば男装も映えよう」

「畏まりました!」




ボクは今回の件で陛下にすっかり弱みを握られてしまい、公爵以外にもう一人父親の様な存在が出来てしまったみたいだ。そんなことを考えながらも、1km3分のラップを守ってノルマの10周を走り終えた。


「はい、姫様!」


ゴールで待っていてくれたベルがタオルを渡す。ベルは今回の海外歴訪でボクが宿舎を脱け出したことをあんまり怒っていないみたいなのだ。


「ねえ、ベル。どうしてわたくしのことを怒らないのですか?」

「姫様の悪行の件ですか? それはお傍でお辛い状況を見ていましたからね。私にも責任の一端はございますし」

「心配掛けてごめんなさい。これからはよき姫となります」

「そう願いますよ。では早速ですがベルがお手入れして差し上げますのでご入浴を。姫様はいつも美しくあらねばなりませんから」


いつもなら軽くシャワーで済ますところだけれど、ベルは念入りにボクの肌を磨きたて髪を徹底的にトリートメントするつもりらしい。よき姫となりますって言ってしまった手前、ボクは従うしかなくなった。






髪飾りに耳飾り、首飾り、腕輪に指輪までされてすっかり姫仕様に仕立てられたボクは、ピンクシフォンの軽いミニドレスを着せられて玄関前で公爵の到着を待っている。女官長のリネアさんは、時折こちらを見てはため息をついて不機嫌そうな顔をする。


「リネアさん? 何かわたくしに言いたいことでも?」

「姫様がどうしてあの美しい黒髪を切っておしまいになったのか、と」

「このショートヘア、似合っていませんこと?」

「そりゃあ・・・とてもお似合いですし、以前よりお美しいくらいですよ」

「であればよろしいではありませんか」

「そういうことではございません。公爵家の、ひいては王家の姫様は全女性国民の範なのでございますよ。女性は女性らしく美しい髪を愛でられる立場でなければなりません。まあ、今回はいろいろございましたでしょうから致し方ありません。でも、これから髪を短くすることは一切お認めしませんからそのお覚悟で。いいですね、ベル?」

「はい、畏まりました。姫様のお髪を短くすることは決していたしません」

「よろしい」


その時、ゲートの開く音がして公爵の乗った地上車が宮殿に向かって進んでくるのが見えた。ボクは腰を曲げお辞儀をして迎える。


「おお! ランか。息災であったか? 病気で伏せたと伝え聞いたが大事ないか? 心持ち痩せ細ったのではないか? やはり若い身空で初めての公務は負担であったのではないか? ちゃんと食事はとっておったのか? 外国の食事は口に合わなかったのではないか? おや? その髪は? 短くしてしまったのだな? とはいえ似合っているのではないか? 女っぷりが一層上がったのではないか? やはりランはランじゃな」

「あ、あの、お、お父様。ランにもお話をさせてください。そんな矢継ぎ早に質問されてはお答えもできません」

「あ? ああ」


一緒に出迎えに出ていた侍従長のジノンさんやリネアさんたち宮殿スタッフが全員苦笑している。ジノンさんが公爵の前に進み出ると言った。


「公爵様、お帰りなさいませ。姫様とお久しぶりのご対面でお気持ちが昂ぶってらっしゃるのは分かりますが、まずは宮殿に入られてはいかがでしょうか?」

「ああっ、そう、そうであるな。まずはそうしようかの」


「そうそう! お父様。昨晩、国王陛下に帰還のご挨拶を申し上げたとき、陛下がランの男装姿が見たいって仰ったんですよ! 国王陛下のご命令でランはミニしか着ちゃいけないことになっていましたけど、ボーイッシュ・ファッションならいいことになっちゃいました! だから足繁く王宮に遊びにお出でって」

「なに? 陛下がそう仰せに? ・・・予からランを取り上げようとしているのではないのか? う~む」

「うふふ。ご心配?」


こんなことを言うのは相当に恥ずかしいんだけど、可愛い娘を演じて公爵の大きな腕に捉まり精一杯甘えるようにして館内に入って行った。






「姫君様におかせられましては誠にご機嫌麗しゅう、ご尊顔を拝し奉り有難く存じ上げる次第でございます。また、このたびのご外遊では国王陛下ご名代として姫君様の装いが各国ファッション界にかつて無い衝撃を与え、改めてミニスカート・プリンセスの御名を高められましたこと姫君様の御用デザイナーとして誠に嬉しく存じおり・・・」


ボクは、ミニスカートのデザイナーであるオスマルを呼びつけて面会している。相変わらず口数の多い男だ。


「もうそのくらいで結構ですわ。それにわたくし、アナタを御用デザイナーに任命した覚えはありませんし」

「ま、またその様なお戯れを。心臓弱いたちですからご冗談はご勘弁を・・・」

「わたくし冗談と坊主の頭は結ったことございません」

「ううっ! 胸が痛い」


と大げさに胸を掻きむしって見せる。まあ、憎めない男ではある。


「して本日は、新たなミニのご衣装の件でございましょうか?」

「いいえ。国王陛下がわたくしの男装を楽しみにしておられるとの仰せで、ボーイッシュな衣装をお願いしようと思いましたの」

「男装・・・ボーイッシュ・・・それはまた・・・せっかく綺麗なんだから細い足やスレンダーな身体を目一杯露出する方が楽しいのに・・・これだど逆行してしまうじゃないか、ブツブツ」

「ご無理ならいいです。他の方にご相談しますから。本日はお呼び立てして済みませんでしたね、ベル、お引き取りいただいて」

「ちょ、ちょ、ちょっとお待ちを。無理とは申しておりません。ましてやお引き受けせぬなどと畏れ多いことは決して言っておりません! 姫君様のお望みとあればなんなりと実現してみせることこそ、このオスマル至福の喜びでございます!」

「あら、そう? じゃあ、わたくしこんなのが好みなんです」


正々堂々久しぶりに男の格好ができることになったので、吉祥寺に居た頃にも結構着ていたミリタリー・ルックのテーストで作ってもらうことにした。リネアさんもベルも同席しているのだが何も口を差し挟まない。現金なもので綺麗でも可愛い訳でもない男装ということで全く関心がないみたいだ。






≪キ~ンコ~ン♪ カ~ンコ~ン♪≫


王都アビリターレの都心近くにある王立女学院のキャンパスに始業の鐘が鳴り渡る。乙女の園だけあって、全て柔らかな丸味を帯びた雰囲気を醸し出すようデザインされている。校舎の2階にある2年の教室から見渡せるキャンパスの森は、昇り始めた3つの太陽の光を浴びて朝露がキラキラ輝いていた。


「今日からいよいよ後期が始まります。皆さんの進路を考える為の重要な時期です。これからの1年間、進学を目指し受験勉強に励むのか、縁談に備え花嫁修業に励むのか、あるいは女神杯を目指すランさんの様にひたすら得意とする分野に励むのか・・・」


担任のソーマ先生は、何も相談なくボクの進路を決めてしまった。まあ、地球に帰る以上進学なんかしないし、ましてやお嫁になんて行けないから自動的に選択肢は絞られてしまうんだけどね。


ホームルームが終わると、ボクの席の周りの仲よし三人娘に取り囲まれた。


「ランは迷いがなくていいわねぇ」

「そう言うミーシャだってお菓子作りが上手だから、なろうと思えばお料理教室の先生にだってなれるじゃない」

「特技のあるアンタたちはいいわよ! 進学するかどうか悩まなくっていいんだから」


サリナが腕をふりふり大げさに言い出す。ゆさゆさグラマラスな胸を揺らして見せているのは、貧弱な体型のボクとミーシャへの当てつけだ。更に畳み掛けて言う。


「ランなんか姫だから縁談待つだけでしょ?」

「今のわたくしは結婚のことなど何も考えられません」

「そうよねえ、そういうこと言えるのって生まれついての美貌を持つ女だけの特権よねえ。私みたいなのはそうはいかないんだから」

「ほんといいわよね~え」


パメルが少し太り気味のポチャポチャした腕を組みながら渋い顔を作って言う。だったらダイエットするとか少しは努力してみたらいいじゃん、と言いたいところをぐっと我慢する。仲良しとは言え女の子同士の会話ってやつは性質が悪い。消耗するし結構神経もすり減るのだ。見かけは違うんだけどホント男でよかったと思う。


さてと、これ以上消耗戦に持ち込まれてしまっては何だし、こういう時はどうするんだったっけ?・・・女性化プロジェクトのマニュアルに書いてあったよなぁ。えっと、


「ングッ・・・サリナもパメルもいつもそんな風にわたくしのことを思っていらしたの? お友達だと思っていたのに・・・わたくし・・・わたくし・・・メソメソ、メソメソ」

「あ~あ、泣かしちゃったぁ」


周囲にいた同級生たちが、こちらを見つめながら何か責める様な視線を送って来ている。


「ほら~あ! ランを泣かすと皆から睨まれるわよ」

「あちゃっ! ランは皆のアイドルだからなあ。ゴメンゴメン。もう嫌味言わないから機嫌直してよ」

「ングッ、ほんと? もう言わない?」

「言わないよぉ」

「じゃあ、仲直りね」


そうなのだ、女といえども保護欲をくすぐる様な女の子の涙には弱いのだ。実際には筋力もまだ温存されているんだし、そんじょそこらの女の子なんかに負けやしないんだけど、見かけは小っちゃくてか弱く見えるから理詰めじゃなく感情に訴えるこの方法は使えるのかも。泣いて事を済まそうとするのは男らしくなくて好みじゃないんだけどね。






放課後、部室に行くと部長のシャペル先輩が先に来ていてトレーニングウェアに着替えていた。


「あら? 今日はミーティングだけではありませんでしたか?」

「おお、ランか。自主トレさ。来月からいよいよ女神杯出場選考会が始まるじゃないか? ランには勝てそうもないけど、どこまで自分の実力でやれるのか試してみようと思ってさ。何しろ大会は4年に1度、こういう年巡りに居合せられること自体が得難いチャンスだからな」

「・・・レア先輩たち去年の卒業生は女神杯の年巡りではなかったんですね」

「そうなるな。レア先輩が上の学校に進んでゲオル部に入ったのも女神杯の為だろうけど、チャンスは1年生の今年限り。その次の4年後は、予選を勝ち抜いても卒業後になってしまうからね。どこかの企業チーム所属になるか、ゲオルコース所属になるか、女性の場合プロがないから道は限られてしまうんだ。レア先輩は王子の許婚だから社会人選手になる訳にはいかないだろうしね」

「レア先輩にとっては1回限りのチャンス・・・」

「だからって誤解すんなよ。オマエ優しいから。誰にとってもチャンスなんてものは1度あるか無いかなんだ。全力で戦えない奴は女神杯を目指す資格はない。オマエが遠慮しようなんて考えるのは100年早いぞ」


女神杯を目指しているのはボクだけじゃなかったんだ・・・女神杯は全ての女性ゲオル選手の憧れなのだ。そんな当たり前のことに気が付かなかったなんて、ボクは少し傲慢になっていたのかもしれない。


選考会で敗れて女神杯そのものに出場できなくなることだって十分考えられるのだ。そうなればボクはセナーニ宰相との約束を果たす機会そのものを失うことになる。


女性ホルモンを投与し体型を女性化させたのも、副作用を防ぐため睾丸を摘出したのも、男性機能を2度と取り戻すことができないことを知った上で女の子に化けるため血の滲む努力をしたのも、全ては地球に帰る為なのだ。


もし出場できなくなれば全てやったことが無駄になってしまう。ボクは改めて自分の置かれた状況の厳しさに呆然としたのだった。


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