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ランとアラシで神隠し  作者: 迦陵びんが
第4章 「社交界デビュー」
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第49話 プリンセス逃避行の末に

ボクは宇宙空間を鋼鉄の棺桶に乗せられて疾走していた。


前後左右上下に星が飛び去り強烈なGの急変化に口から内臓どころか魂まで飛び出してしまいそうだった。これで斜め上から見下ろした自分の姿が見えて来たら絶対幽体離脱だよな、乗るんじゃなかった、などと思いながら必死に衝撃に耐えている。

一方隣のローラは、オシッコちびるどころかキャーキャー歓声を上げては握ったボクの手を振ってくる。女の子ってどうして絶叫マシンが好きなんだろ。女の子の格好していて言うのも何だけど、訳わかんない。

地球に帰ってからもし機会があってもこういうデートだけは絶対止めようと固く心に誓った。



【滞在3日目 0:25】


タワーコースターは猛烈な減速に車輪を軋ませ火花を飛び散らせながらプラットフォームに滑り込んだ。もうボクはフラフラだった。


「アラシ楽しかったねぇ! さあ、降りましょう」

「う、うん」


元気よくローラが座席から立ち上がったので、ボクも降りようとしたら足がもつれた。あっと思ったとき後ろから手が伸びてきてボクを支えてくれた。


「お怪我はありませんか?」


見るとマグナダルと名乗った警部だった。ガッチリとした大きな手が遠慮勝ちにボクの二の腕を支えている。


「ありがとう。大丈夫です」

「では、お約束です。同行していただきましょうか」

「はい。その前にちょっとだけ」


ボクはローラの方に向き直ると手を差し伸べた。


「ローラ。もうお別れしなくちゃいけないんだ」

「・・・」

「ありがとう、楽しかったよローラ」


何も言わずにローラは抱きついて来ると肩に顔を埋めて声を出さずに泣きだした。思わずぎゅっとと抱きしめる。するとローラは涙に濡れた瞳で何かを訴えるようにボクを見上げた。ドキッとした。これまでこんなにボクのことを思ってくれる女の子はいなかった。


このまま別れたくない。


でも、約束を果たさなければ地球には帰れない。約束を果たす為にはボクはまた女の子に戻らなければならないんだ・・・ボクはローラの額に口づけするとそっと身体を離した。ボクは警部たちに促されて歩き出す。


「アラシ!」


ローラの悲しげな叫び声にボクは足を止めた。でもここで振り返ったらまた決意が鈍ってしまう。ボクは背筋をぴんと伸ばすと振り向かずに再び歩き始めた。






【滞在3日目 1:20】


ライネリア共和国迎賓館ビルの国賓宿泊所にあるプリンセス・ランの居室では緊迫した空気が流れていた。


「ラン姫、仕でかした事の重大さがお分かりか?」


セナーニ宰相が怖い顔で睨みつけながら言った。ボクを取り囲むように外務卿、ライネリア共和国駐在大使夫妻、ヴェーラ博士、ベルたち随行団幹部が固唾を呑んでやり取りを見守っている。


「お付きの者や警備の方をお責めにならないでください。責任は全てわたくしにあります。多くの方々にご迷惑を掛けてしまったこと深く反省しております。この通りです。でも、わたくしは自らの意思でここに戻って参りました。向後、アビリタ王家一族の姫として、サンブランジュ公爵の養女として、私心一切を捨て公人としての務めを果たし、女神杯で王国に40年ぶりの勝利をもたらすことに全身全霊を捧げます」


ボクはタワーコースターから道すがら考えて来た決意を言葉にした。それを聞いてたセナーニ宰相は、しばらく睨んだままボクの胸中を忖度している様子だったが、突然口調を和らげると笑みさえ浮かべて言い出した。


「うむ。よいお覚悟だ。明日からバリバリご公務で働いてもらいますぞ!」

「はい。しかしながらそれも帰国するまでのこと。明日の出国前の記者会見がわたくしにとって最後の公務となりましょう。アビリタに戻りましてからは一切を女神杯に向けて尽くしたく存じます。それがここに戻って参ったただ一つの理由だからです」


途端にセナーニ宰相の機嫌が悪くなった。


「なに? それは公務をなさりたくないと言うことか?」

「はい。公人として家名を辱めることの無いよう日々務めを果たしますが、公務はお引き受けいたしません。ひたすらゲオルに精進したく存じます」

「それは困る。姫の名はこの海外歴訪で“アビリタの妖精”“アビリタの女神”として世界中に鳴り響いておるのですぞ。アビリタ王国のシンボルとしてどんどん親善外交に活躍していただかねばならんのじゃ」


セナーニ宰相との約束は、女神杯に勝つこと、それまで男だとバレないこと。親善外交とかは約束していないのだ。もしかしてボクが、女の子の立場であっても人気者になることを嬉しがっているとでも思っているのだろうか?


「お断りします。女神杯に勝利することだけを考えて参りたく存じます」

「むう。確かに姫には女神杯に勝ってもらわねばならぬ。そういう約束ではあるが・・・よし、分かった。では、姫には女神杯に邁進していただくことにしよう。その代わり、来年の大会終了後には公務を再開していただく、それでいかがか?」

「今は女神杯のことしか考えられませんし、その先のことは考えたくありません。ただ、ひとつ言えることは勝利した暁にはわたくしは一切社会との繫がりを断つことになろう、と言うことだけです」

「な、なんと。そんな勝手は絶対に許さん!」

「お黙りなさい。わたくしはアビリタ王家の姫、国王陛下名代ぞ! これ以上ここでの話し合いは無用です。わたくしは少し疲れております。セナーニ宰相、お下がりなさい。皆様もお引き取りを」


こうしてボクの逃避行、冒険の24時間が終わった。






【滞在3日目 1:30】


「ランさん、ご立派でしたよ」


すっかり短くなってしまったボクの髪をブラッシングして念入りに手入れしながらベルが言う。鏡の中のボクは、ドレープの利いた手触りのよい絹に豪華なレースが装飾されたネグリジェを着せられてすっかり王家の姫に戻っていた。「男の子の格好をする為とはいえこんなにサラシをきつく巻きつけるから折角綺麗なバストが歪んでしまうんです」とボクの着替えをしながらベルは大いに嘆いた。だから「ケアする為ですからね」と入浴の後、乳液で乳房を丁寧にマッサージされてナイトアップブラを着けさせられてしまっているのだ。寝巻なのに胸の形が強調されて女の子に戻っちゃったんだなあと実感する。


「そう?」

「そうですとも! あの“鋼の宰相”を相手に一歩も引かず引き下がらせた方は国王陛下以外に存じませんもの。それより・・・本当に社会と一切の繋がりを断たれるおつもりなんですか?」


鏡の中でベルが心配そうにボクの顔を見つめている。


「ええ。わたくしは、覚悟を決めたのです。これから女神杯で勝利するまでの間は過去を忘れ公爵家養女として振舞います。そして勝利が叶った後には、元の姿に戻してもらい地球に帰ります。それがセナーニ宰相とのお約束だからです。ラン姫が男に戻ったり急にいなくなっては騒ぎになるでしょう?」

「試合後は深窓の姫君として世間から姿を消し、ほとぼりを冷ます・・・」

「そう。そうしなくては地球に帰れなくなりますもの」

「言われなくてもちゃんとレディとしての言葉づかいをされていますね。ランさん、偉いですよ」


ボクは急に真剣な眼差しをしてベルを見た。ベルは、突然ボクの表情が男の子のそれに変貌したと思ったことだろう。


「・・・最後に、女の子に戻る前に、ボクの最後のお願いを聞いてくれないかな? ベル」

「?」

「ローラに、もう一度ちゃんとお別れを言いたいんだ。ローラはこの惑星に来てただ一人ボクのことをボーイフレンドだと思ってくれている女の子なんだ」

「ランさん、お好きなんでしょ?」

「・・・うん。でも自分でもよく分からないんだ。ただ、今でも一緒にいられたならって思ってる」

「あの子も絶対ランさんに恋してましたよね」

「ほんと? 確かにキスはされたけど」

「ええっ? 女の子同士で?」

「ボクは男だってば」

「そ、そうでした。あんまりランさんが可愛いもんだから、つい」

「第一、唇がちょっと触れただけだし」

「あっああ、そっか。そりゃそうですよね。ランさん、まだ子供なんだし」

「なに想像してたの? ボクたちはピュアなの! でも子供なんだしは余計」

「はいはい。それでベルにどうせよと?」

「男として最後のお別れが出来るよう、ふたりっきりで会えるようにしてもらえないかな」

「う~ん。もう明日はご出発ですし、予定されていた公式行事を殆どすっぽかしちゃいましたからね。朝からどうしてもこなさなければならない延期になっていた式典が分刻みですし、果たしてその時間が取れるかどうか・・・う~ん、ランさん最後のお願いだしなあ・・・よし! お任せください。ベルがなんとかしましょう!」


ベルはポンと胸を叩いて見せた。






【滞在3日目 1:30】


その頃、タワーコースターの出口で無事ローラを引取ることができた父親のルブランは、ラヴィを誘って家に戻っていた。


「それじゃあ、パパたちと別れた後からのことを話してくれるかい?」

「ローラちゃん、姫ってどんな性格の子だった?」

「姫? 何言ってるの? アラシは男の子だよ。それに何でカメラを回しているの?」


ローラはきょとんとしている。思わずルブランとラヴィは顔を見合わせた。


「じゃあ、ローラはあの子が誰か知らないんだね?」

「誰って、アラシはアラシでしょ」

「そうじゃないんだ。あの子はプリンセス・ラン。今ライネリアを公式訪問中の国賓、アビリタ王家の姫君なんだよ」

「うそ! だってアラシは男の子だもん。とっても男らしかったもん」

「嘘じゃないよ。あの子は何か事情があって迎賓館を脱け出していたんだ」

「違うわ! アラシは、修学旅行を脱け出したんだって言ってたもん」

「じゃあ、どうして警察のオジさんたちが捜していたんだい?」

「警察? あれはアラシの学校の人たちなんでしょ?」

「そうじゃない。あれは警察庁特別機動捜査班なんだ。ほら、パパが貰った名刺も特捜の警部さんのものだろ? アビリタ王国政府から依頼を受けて大統領命令で動いていたらしい」

「・・・そうなの?」

「ええ、そうよ。ローラちゃん、だからこれはお姉さんたちにとってはとても大切な取材なの。協力してもらえるわね?」


ローラにとって、好きになった男の子が実は女だった、それも姫君だったという事実は、そう簡単に受け入れられるものではない。でも符合する事実関係を思い出すにつれて、段々本当のことだと思えるようになってきた。突然ローラは泣き始めるとテーブルに突っ伏した。


「うぇ~ええん」

「ショックなのは分かるわ。ローラちゃん、あの子を好きになってしまったのね」


ラヴィはローラの背中を優しくさすりながら慰める。


「でもね。 “アビリタの妖精”プリンセス・ランのニュースは世界中が待っているの」

「そうなんだよ。この2日間ご病気の為と一切姫君が姿を見せていないので、全世界の視聴者がとっても心配しているんだよ。ご病気ではなく、実は健康だったって知ったら皆安心するだろう?」

「そうだ、ローラちゃん。あの子の映像を見る?」


ハッと突然顔を上げると、ラヴィを見つめた。


「アラシの・・・姿が見られるの?」

「そうよ! お別れしなくちゃならなくなったけど、こうしてローラちゃんと仲良くしていた映像は残っているんだから。ね、これを見て元気を出して」


壁面のビューワーに映し出されたのは、階段広場に腰かけるサングラスを掛けた少年。カメラの方を振り向いた時、突風で帽子がはるか彼方に飛んで行ってしまう。あちゃーっと困っている表情が愛らしい。

―― 「ジェットコースターに乗ってみたいな」と寂しげに話す少年。

―― 行列に並びながらワクワク期待に輝く表情をしている少年。

―― スープヌードルを食べ終え満足そうにニッコリ笑う少年。

―― ガラスの器に盛られた巨大なクリームの山を前にして目を丸くしている少年。

―― 大きな縫ぐるみを抱いて頬ずりする可愛らしい姿。

―― 玩具店の前で挨拶を交わすときローラを見て眩しそうな表情をする少年。

―― ステージでスポットライトを浴びて立ちすくむ綺麗な女の子。

―― タワーコースターの順番待ちで手を握り合う少女たち。

―― 「アラシ!」の叫び声に立ち止まったけど、背筋を伸ばし振返ることなく歩み出す女の子。


次々映しだされる映像を見ている内に、ローラは涙を浮かべながらも次第に笑顔になって行った。


「ね? いい思い出でになったでしょ?」

「どうやって撮ったの?」

「ふふ。放送業界人としての心掛けね」


と言いながらラヴィは襟もとのピンバッジをいじって見せた。


「それがカメラ? 全然気が付かなかった・・・アラシは撮影されていることを知っていたの?」

「いいえ、それは・・・」


空気が変わってローラの強い口調にたじろぐラヴィ。


「何しろ大スクープだからね。ラヴィも他社に気づかれないよう隠し撮りする必要があったんだよ」

「スクープ? 放送されるとアラシはどうなっちゃうの?」

「それは、逃避行したことが世の中に分かってしまう訳だから『私はプリンセスに会いました』とか巡り合った人々の後日談がいっぱい出て来るだろうね」

「じゃあ、遊郭で競りに掛けられたことも?」

「それは・・・そうなる、かな」

「アラシは、アラシは、お姫様なんでしょ? もしお姫様が売られたなんてことが知れたらどうなっちゃうの?」

「でも、事実は事実だから。事実を伝えるのがパパたちのお仕事なんだよ」

「パパは、パパたちは、アラシを食い物にする気? ローラを、ローラを守ってくれたのはアラシなのよ! 競りに掛けられた時だって、ローラの前に立ってずっと守ってくれていたんだよ? アラシはわたしが好きになったたった一人の男の子。アラシが困ることになるなら、わたし、舌を噛み切って死ぬわ!」


泣き腫らしてはいたけど燃えるような瞳で見つめるローラを前に、ルブランもラヴィも言葉を失くしていた。


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