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ランとアラシで神隠し  作者: 迦陵びんが
第4章 「社交界デビュー」
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第48話 摩天楼コースターに乗って

日付が変わるてっぺんの時刻が近付くと、大都市ネオライネリアの高層住宅群の窓の灯りもポツポツ消え始めていた。そんな中にあって新花街タワーだけは異彩を放ち、ますます華やかに光り輝く電飾に彩られながら点滅の合間に一瞬浮かび上がる古びた外壁のドドメ色が、不夜城のダークサイドを象徴しているようだった。



【滞在2日目 23:40】


まさか自分たちがオークションに掛けられるとは思いもしなかった。ともかく無事に出られることになったので、これ以上何か起こらない内にとボクはローラの手を引きながら急いで事務所を後にする。

店から外に出ると、そこは遊郭の建ち並ぶ通り。そんな店の一軒から出てきたボクたちは、直ぐに好奇の目に晒された。何しろ女の子のふたり連れなのだ。


「おいおい、姐ちゃんたち休憩かい? だったらメシ奢るから俺たちと一緒に来ないか?」

「いえ、結構です。急ぎますので」


そんな場合じゃない、もう日付けが変わる時間なのだ急がないと、とすり抜けようとしたら男たち二人に行く手を通せん坊されてしまった。


「待ちなよぉ。見ればふたりとも可愛い顔してるじゃないの。悪いこと言わないからさあ」

「金はあるんだ。好きなもん何でも奢るぜ? こっちに来いよ」


と手を伸ばしてきたので、ボクはローラを背にして庇った。その時、背後からドスの利いた声が響いてきた。


「お客さん。女の子を口説くのなら店に入ってからにしてくんな。それとも何かい? タダで済まそうって料簡かい? え?」

「あ、いや。どこに入ろうか店を物色していたところにこの子たちが出てきたもんだからつい・・・」

「だったらご覧の通りだ。この子たちと同様、ウチの店は粒揃いですぜ。どうぞどうぞ! はい2名様ご案内!」


声を掛けた男たちはこちらを何度も振り返りながらしぶしぶ店に入って行った。よく見ればドスの利いた声の主は、ロッカールームでボクたちを捕まえた男だった。


「行きな。ここを真っ直ぐ行った突きあたりに業務用エレベーターがある。この階は物騒だから早く行くんだ。ここはオマエたちの様な娘っ子の来る所じゃねえ」


ぶっきら棒に言ってるけど、なんだか温かかった。こういう世界だけど、根はいい人なんだなと思った。ボクはペコリと頭を下げた。


「ありがとうございました」

「いいから行きなって」


男は片手で追い払うポーズをしながら照れ臭そうに言った。ボクはローラの手を引くと、急ぎ足で言われた方に向かった。






【滞在2日目 23:45】


タワーコースターの順番待ちを見下ろす捜査本部には、マグナダル警部たち警察庁特別捜査班とベルが居て今か今かとラン姫が現れるのを待っていた。ラヴィとルブランもマグナダル警部の取り調べを終えて、高感度カメラを取り上げられたものの捜査本部に居ることを許されていた。



「“警部。こちら181階。マルタイを見たという客を見つけました”」

「“よし! どこでだ?”」

「“・・・それが”」

「“なんだ? はっきり言え”」

「“遊郭の競り場なんです”」

「“な、なんだと?”」

「“マルタイと髪の長い女の子ふたり、雛段で鎖に繋がれているのを見たと言っています”」

「ローラ!!」

「きゃあああああああああああ~っ!」


悲鳴を上げるとベルは白目を剥いて気絶した。これで今日3度目だ。


「“直ぐにその店に踏み込め! もはや一刻の猶予もない! 179階チームも連携しろ!”」

「“ラジャ!”」






【滞在2日目 23:55】


教えられた業務用エレベーターは奇数階にしか止まらないタイプで115階から225階を行き来していた。取りあえず最上階で降りてみたものの、ここで乗り換えるか階段で昇るかしかないようだ。

とは言え危ない事態を回避し、タワーコースターに向かっているのでボクはホッとした。でも何だかローラの様子が変だ。女の子だったら誰だって泣きだしたくなる様な酷い思いをさせられたのだから仕方ないんだけど、それにしてもあれから何も話をしないのだ。


「どうしたのローラ?」

「・・・アラシの方が値段高かった・・・」

「えっ?」


それって落ち込むポイント? 狼に「オマエの方が旨そうだ」って言われなかったのが悔しいっていうのと同じ様なメンタリティ、あるいはA5ランクの神戸牛や松坂牛に高い値段がついたのを見て羨ましがる肉牛、さもなければ東京X、アグー豚、イベリコ豚を羨ましがる普通豚というか・・・。


「いやいやいやいや、ローラだって他の女の人より高かったじゃない、って何言わすんだよ」

「鈍感! アラシはちっとも女の子の気持ちが分かってない!」

「うむむ・・・分からん。女の子の気持ちって言われてもボクは男だからね」

「だ・か・らぁ! そんな鈍感男の女装に負けたのが悔しいんだってば!」

「それってボクの所為?」

「もう知らないっ!」


ローラはぷく~とふくれっ面になったけど、言葉に出したことで少し元気になったみたいだ。


「ローラは全然メイクしてなかったでしょ? きっとボクの値段が上がったのはバッチリお化粧してた所為だよ。ボクを綺麗にしてくれたのはローラでしょ? だから皆ローラのお陰だよ。だいたい偽物の女の子が本物の女の子に敵うはずないじゃない」

「・・・そうかな? うん、そうだよね!」

「だからもう機嫌直して」

「うん」


ローラは、自分の手腕によって最高評価を得られた“作品”なのだということに思い至ったのか、ボクの髪の乱れを甲斐甲斐しく直すと軽く顎をつまんで満足そうに微笑んだ。自分が女の子の格好をしていて言うのも何だけど、ああ女の子って面倒くさいって思った。





【滞在3日目 0:00】


「“警部。既にマルタイは店にはいませんでした”」

「“どういうことだ?”」

「“非常階段からこの店に入り込んでしまい競りに掛けられたのは確かですが、既に店の外に出されていました。店の経営者はちょっとからかっただけで誰にも落札させずに帰した、と言ってます”」

「“そいつも、俺たちも命拾いしたな”」

「“その後、業務用エレベーターで上の階を目指した模様。引き続き追跡します”」

「“了解、んっ? ちょっと待て・・・”」

「“はい?”」

「“どうやら追跡は要らなくなったようだ”」




非常扉を開けると、頭上からもの凄い轟音と悲鳴が降って来た。


「うわっ! やっぱりタワーコースターって凄いや!」

「っていうより・・・アラシって女の子みたい」

「え?」

「だって、自然にそんな仕草ができちゃうんだよ?」


ボクは駆け抜ける突風に、慌ててめくれ揚がるスカートの裾を押えていたことに気がついた。


「あっ、いや。こんな格好なのでなりきっていたって言うか」

「うふふ。ひょっとして目覚めちゃったぁ? 楽しんじゃってるぅ?」

「いやいや、恥ずかしいんだから」

「そ~お? えい!」

「いや~ん! やめろぉ」

「ほんと可愛いなあ! あ、化粧室だ。私ずっと我慢してたんだ。アラシ、一緒に行かない?」

「な、なに言うんだよ。一緒に行けるわけないだろ!」

「大丈夫だってばぁ。その格好ならば絶対バレないって。女の子は女の子同士一緒にトイレに行くもんだよ」

「い・や・だ。ボクは男なの。先に切符買って並んでいるから行っておいでよ」


名残惜しそうに何度も振り返りながら、ローラはトイレに入って行った。ボクは残ったお金でチケットを2枚買って、順番待ちの列の最後尾に並ぶ。すると、いつの間にか前後を厳つい感じの男たちに挟まれていた。後ろの男が、ボクにしか聞こえない声で囁きかける。


「姫君。どうかこのまま列を離れてご同行をお願いします」

「・・・警察の方ですか」

「はい。お国の宰相閣下からのご依頼で姫君捜索の指揮をとっております警部のマグナダルと申します。侍女のベルさんもあちらでお待ちですぞ」

「ベルが・・・。警部さん、わたくしはこれに乗ったらもう思い残すことはありません。自らの意思で戻るつもりです。友人とちゃんとお別れするまで、見守っていただけませんか?」

「・・・無理にお連れすることになると申しましたら?」

「暴れます」

「それはご勘弁願いたいですな。畏まりました。但し、身辺警護はこのままさせて頂きますぞ」

「逃げないように、でしょ?」


振返るとマグナダル警部が、声を出さずに笑っていた。


「警部さん。ひとつだけお願いがあります。いま、ボクは女装した男の子なんです」

「は?」

「事情はともかく、彼女の前では姫であること、女性であることを伏せていただけませんか?」

「それが姫君のご希望であれば否やはありません。承知しました」

「そのこと、ベルにも伝えてください」

「畏まりました」


急に男たちが何食わぬ顔で順番待ちの中に溶け込んだと思ったら、ローラが急ぎ足で戻って来た。



「アラシ、お待たせ。順番もう直ぐだねぇ」

「うん。楽しみだね・・・だけど・・・これに乗ったらいよいよローラともお別れだ」

「っぐ・・・」

「ローラと出会えてよかったよ。ちょっと危ないこともあったけど、楽しかった。ありがとう」

「お礼を言わなきゃならないのは、わたしだよ。アラシはちゃんとわたしを守ってくれたんだもの。男らしくって・・・とっても素敵だったわ! ありがとう」


ローラはそう言ってボクの手をしっかり握りしめた。その後、ボクたちは順番待ちをしながら殆ど言葉を交わさなかったけれど、何も言わなくったって互いの手の温もりで感じあえていた。






【滞在3日目 0:10】


「なんかあのふたり、とってもいい感じじゃないですか」

「ああ。うちの娘、特ダネとあんなに仲良くなっちゃったんだなあ」

「仲良く?・・・確かに仲良くですけど、あれは女の子同士の場合にありがちな一種の恋愛感情なんじゃないかなあ」

「え? エス? 百合? GL? ひょっとしてレズ?」

「って言うかぁ」

「ああ! どうしよう、お嫁に行かないなんて言い出したら。ああルブラン家の血筋は絶えてしまううっつ」


ラヴィは襟もとのピンバッジをいじりながら順番待ちをするランたちを見下ろし、ルブランとそんなことを言い合っていた。そこから少し離れた所に居たベルもそんな様子を見ている。


・・・ランさん、あんなに幸せそうな顔をして・・・きっと、あの子に恋してるんだな・・・あの子もランさんのことが好きで堪らないんだ。ランさんとしては精悍になったつもりなのかもしれないけど、あんな可愛い服着ているとどう見てもボーイッシュな女の子だわ。髪を切って男の子みたいにしているけど、小顔で色白だし綺麗なうなじを見るとやっぱり誰にも負けない姫様ね。あれだったら付け毛しなくても可愛いお姫様に仕立てられそう。ひょっとすると前よりずっと可愛くなっちゃうかも! ミニスカートにショートヘア、ミニプリ・ランちゃんカットがまたまた大ブームになるかもっ!






【滞在3日目 0:15】


車輪を軋ませてタワーコースターがプラットフォームに滑りこんできた。興奮したり青ざめたり泣き崩れている乗客たちを降ろして、いよいよボクたちの順番になった。前の人が譲ってくれたのでボクとローラは車両の一番前の席に座る。振り返ると厳つい目をした男たちばかり、それもペアで並んで座っている異様な風景・・・。


「アラシ、何だか場違いな人たちばかりだね。ひょっとしてあれって・・・」

「うん。ボクの学校の追手」

「じゃあ、見つかっちゃったんだ」

「そういうこと。だから、これに乗って戻ってきたら連れて行かれる。ローラともお別れだ」

「そっか・・・じゃあ・・・じゃあ、精一杯楽しまなくっちゃね!」


ローラは自分の気持ちを鼓舞するように笑顔を作ると繋いだ手に力を込めて言った。ボクも笑顔を浮かべると、ローラの手をギュッと握り返した。


ガタンッという軽い衝撃と共に、タワーコースターが動き出した。カタッカタッカタッカタッと車両を牽き上げる音とともに、摩天楼の屋根をなぞる様に急角度で上昇を開始する。正面には星空。改めてこうして見ると、ボクの知っている星座がひとつも無いことに気がついた。そう、ここは地球じゃないんだ。ボクは、自分の約束を果たして地球に戻るんだ。


この惑星に来てからのことが走馬灯の様に思い出される。セナーニ閣下から女の子に化けることを強要され、身体も女性化させられてしまったこと。スポーツ研究所で受けたホルモン治療により、乳房が出来てウエストが細くなり体型もすっかり女性になってしまったこと。その上、身体にメスを入れるのだけは勘弁して欲しいと言ったのに、睾丸まで切除されてしまったことも。それもこれも皆地球に帰る為だった。


でも嫌なことばかりでもなかった。公爵はとてもよくしてくれているし、学校の友達もいい子ばかり、ベルは男だと知っていてボクを庇ってくれる。まあ、男だと知っているくせに誰にも負けない可愛い女の子に仕立てようとするのだけれど。


そしてローラはボクを異性として扱ってくれたこの惑星で初めての女の子、アラシって本当の名前で呼んでくれる大切なボクのガールフレンドだ。それなのに、ここでお別れしなくてはならない。コースターの乗車時間は5分、いやもう4分しかないや。


っと思った瞬間、身体がふわっと浮き上がりもの凄い轟音ともに真っ逆様に奈落の底へ落ちて行った。


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