第3話 アラシと地球史の謎
翌朝洗顔と歯磨きをすまして、あらためて鏡を見てみるとホクロの位置も左右逆に変わっていた。
星間ゲートを通過する際に身体を素粒子レベルに分解され再生されたのだと、いまさらながら恐怖感がじわじわ立ちのぼってくる。左右逆くらいで済んだから良かったものの、失敗していたら宇宙から消滅していたかもしれなかった。
そういえば、もうひとつ大きな疑問があった。朝食のときにオスダエルじいちゃんに尋ねてみた。
「あのぉ・・・いまボクが喋っているのってここの言葉ですよね?」
「そうじゃな」
「習ったことないのに・・・なぜ話せるんですか?」
「それはじゃ。地球の言葉もハテロマの言葉も元は同じ先祖である“はじまりの星”の言葉だからじゃ」
「でも、地球だけでも凄い種類の言葉があって、なかなか通じないんですよ?」
「元がいっしょならなんとでもなるものじゃよ。それが星間言語調整システム。独自の文化で発達した惑星間の言語障壁を取り除く大発明じゃ」
「でも、いきなり喋れるようになったのは?」
「ゲートを通過するとき訪問先の星の言葉を脳内言語中枢に刷りこむ仕掛けなのじゃ。ゲートの行き先は決まっとるからの」
すごい技術だ。これさえあれば英語や第2外国語の勉強なんかしなくていい、と思ったら
「じゃがな。喋れると読めるは違うんじゃ」
「え?」
「これを読んでみなさい」
紙の束を渡された。どうやら新聞のようなものらしい。絵や写真は雰囲気で分かるけれど文字は全く理解できない。
「じゃから、手習いだけはせにゃならんのじゃよ」
銀河系の進んだ文明でも、やっぱり勉強は必要だった。
ボクはラミータからハテロマの文字を教えてもらうことになった。
「だからあ!そうじゃなくて、ああ!・・・それじゃ逆さまでしょ?」
「うう・・・ごめん。でも難しいよこれ」
「アラシちゃん15歳なんでしょ?読み書きできないと恥ずかしいよ?」
小学生レベルでも知らない文字って覚えるのは大変だ。
今日の手伝いは機織りだった。何かの動物の毛を紡いでできた糸を使って、縦糸を巻きつけた棒の間に横糸を通して布にしていく作業だ。ラマーダ母さんからやり方を教わったが、均等にしていく力加減がなかなか難しい。布がこんな風にしてできるなんて知らなかった。
「なかなか素質あるわ。きっといい織手になってよ」
「はあ・・・ありがとうございます。ところで、なぜ地球はゲートを閉じたんですか?」
ゲートが普及するとそれぞれの惑星が結ばれ、貿易や文化の交流が行われるようになったんだ。でも、それまで独立した歴史と価値観で歩んできた惑星の中には、悪しき文明の流入だと危惧を抱くところも出てくる。そしていくつかの惑星でゲート封鎖、鎖国ならぬ鎖星が起きたのだそうだ。地球はそんな星のひとつで、いまでは最末端の忘れられた星のひとつだった。
「つまり・・・ゲートはたった1つで、ここハテロマを経由してのみ星間ゲートネットワークの世界に踏み出すことができるのに、一方的にゲートを閉じてしまった、ということですか?」
「その通りね。地球にゲート敷設船が周航したのは最後の方だったから、星間ネットワークで発展を遂げている他の惑星との遅れを目の当たりにして驚いてしまったのだと思うわ」
「なんだか、それってボクたち地球の歴史の中で何度となく繰り返しているような気がします」
地球がゲートを閉じたのは5000年以上前のことだそうだ。
地球の人類は何度か絶滅の危機に瀕しながら、再び文明を手に入れてきたが当初のゲートの時代まで文明が戻ることはなく次第にゲートの存在も忘れられていったらしい。
「それじゃあ、いま織り上げた布を使って、着る物をこしらえてみましょう」
昼食をはさんで、今度はボクに自分で服を作らせるつもりみたいだ。裁縫をするのは中学の家庭科以来だったが、ラマーダ母さんに言われた通り運針していくうちに形になってきた。
「アラシはハテロマのコたちより家事が上手かもしれないわね」
「よく手先が器用だ、とは言われましたけど・・・」
「なんだか教え甲斐があって、わたしも楽しいわ」
「さっきの話の続きですけど、ゲートが閉じてしまって地球から帰れなくなった話はなかったんですか?」
「当時ハテロマからゲートを通ってたくさんの人たちが地球に入っていたらしいの。だからゲートが閉じられた時、間に合わず二度と会えなかった家族の話が残っているわ」
「地球に残ってしまったハテロマの人たちって、その後どうなったんでしょう?」
「それは分かっていないの。地球にはなにかそんな話は残っていないのかしら?」
ボクはハタと気がついた。幼かった頃に読んでもらった泣いた赤鬼や桃太郎に一寸法師。お伽噺や昔話、民話に出てくる鬼や妖怪って、ひょっとしたら・・・。聖徳太子の話に出てくる秦氏はすごい技術をもっている渡来民で、たしか中央アジアから流れ流れて日本に来た古代イスラエルの末裔という話もあったような・・・。
「・・・あると思います。あるような気がします」
「へえ?どういうお話かしら」
ボクは思いついたお伽噺と日本史をいくつか披露した。
「たぶん、地球のゲートが閉鎖されて戻れなくなったときハテロマの人たちは2つの考え方に分かれたのじゃないかと」
「どういうことかしら?」
「再びゲートが開くまでの一時的避難として地球の人々と距離を保ち人里離れたところで暮らしたケースと、二度と戻れないとあきらめて地球の人々の中に入って同化したケースです」
「それが鬼と渡来民?」
「そうです。同じ人類の先祖を持つとはいえ異形の者として鬼や妖怪とされ、それがお伽噺、昔話、民話にその痕跡を残しているのではないかと。一方、同化した方は渡来民として歴史に名を残しているのではないでしょうか?」
「じゃあ、まだハテロマの子孫が地球にいるはずね?」
「だと思います」
ボクは自分で縫いあげた服を着させられた。いわゆるチュニックみたいな形だがフードが付いている。
「あらあ!似合っているわよ」
「すご~い!アラシちゃん上手なんだねぇ」
「じゃあ、次はその服に刺繍を入れてみましょうね」
家庭科で習ったのはチェーンステッチだけだったけれど、手つきがいいとほめられた。いろいろステッチ手法を教えてもらいながら、こちらの民族模様を縫いこんでいく。
「あのぉ・・・ボクみたいなことって、これまでなかったんですか?」
「閉じられたあと地球から来たひとがいたかっていうこと?」
「はい・・・どうしてゲートが開いたのかな、と思って」
「いるわよ」
「いるんですか?」
「でも、大昔のことだけどね。アナタみたいに突然現れて、この世界で3年ほど暮らしたけど、また突然いなくなってしまったの。たぶん地球に帰ったのだろうと言い伝えられているわ」
「そうですか・・・名前は残っているのですか?」
「確か・・・タラウユーラシア、だったかな」
「タラウ・・・ユーラシア。ユーラシア・・・タラウ。あ!」
「知っている名前?」
「それって、ひょっとしてウラシマタロウ・・・浦島太郎じゃないですか!」
まれにゲートが開くことがあるみたいだ。星間ゲートは、超能力でいうテレポートを技術的に応用したものであり、時空間の変位と利用者である人の思念がある種の作用を起こした場合に発生することがあるのだ。ボクの場合にもどうやらそんな風なことが起きてしまったらしい。
「さあて、きょうはこの辺にして夕食を準備しましょうね」
今日はずっと家の中の手伝いだったので、ラミータと外に遊びに行っておいでと言われた。
外はまだ明るい。日が暮れるまでまだ少し時間がありそうだ。
「ラミータ、地球のゲートに連れてってくれるかな?」
「うん、いいよ。じゃあこっち」
と手をつないで林を抜ける小道の方に向かった。少し寒かったけど歩いていれば温かくなる。
地球ゲートは、樹々の間にポッカリ開いた広場みたいな原っぱの中にあった。
「アラシちゃん、ここだよ」
丸座布団みたいな石の台座があるだけで、ここが宇宙空間を超えて他の天体に旅行するための星間ゲートだという凄味は全く感じられない。
「少し調べてもいいかな?」
と台座を横から覗きこんだり、表面の凹凸を手でこすってみたり、思いつく限りのことを試してみた。
「なにかわかった?」
「・・・いいや。なにかスイッチみたいなものがあるかと思ったんだけど何もないや」
「ラミータもここでずい分遊んだけど、隠しボタンとか秘密の仕掛けはなかったね」
「そうか・・・。でも、ここで不思議なことがおきたりすることって、ないのかな?」
「う~んと。おじいちゃんが石が発光することがあるって言ってたよ」
地球ゲートは生きている、ボクはそれだけでも信じたかったのだ。
浦島太郎は竜宮城に3年間滞在したという。ボクもしばらくは地球に帰れないのかもしれない。気持ちを切り替えて真剣にハテロマで生きていくことを考える必要がありそうだ。
日が傾いて寒くなってきた。3つの太陽が林の向こうに落ちていく。ボクは白い息を吐きながらラミータと手をつないで館に戻った。
その日からボクはハテロマのことを学びはじめた。ラミータの小学生向け教科書は、文字を覚えながらハテロマの社会や理科を大づかみするのにちょうど良かった。
ハテロマのことを少し説明すると、直径10万光年の天の川銀河にある2000億個の恒星系のひとつにある惑星で、宇宙感覚でいえば地球のある太陽系とはお隣りさんとなる。
ここの恒星系は最初に目撃したように太陽は3つ、3連星だ。ハテロマは地球に比べて重力が2/3しかない小さな星だ。いわゆる水の惑星で9割が海。そういう意味では7割が海の地球より陸地が少なく、星も小さいので住めるところが限られる。
大陸というか大きな島が2つあって、アビリタ王国とヤーレ連邦共和国という2つの国家になっている。ご多分にもれず人類のいるところには争いありで、しょっちゅう戦争があったそうだ。でも、いまは落ち着いていて、戦争ではなく大陸競技会で競い合うことによって平和を保っているようだ。
ハテロマからは地球のほかに、アルゴスという惑星にも通じている。地球ゲートは利用されなくなって久しく、実際に機能しているのはアルゴスゲートだけだ。アルゴスゲートは星間貿易にも利用され、アビリタ王国の名産品もヤーレ連邦共和国経由で輸出され王国の重要な収入源となている。
「アビリタ王国の名産品ってなんですか?」
「アビリタは農業国じゃよ。穀物や野菜に果実、園芸、酪農、林業など生産品を輸出している。一方、ヤーレは産業国でいろんな工業製品やサービスを売っているのじゃ」
「おじいちゃん、ヒムス家は何を家業にしているんですか?」
「わしの家は代々王家から地球ゲートの管理を任されておるのじゃ。小さいながらもその為の領地と館をいただいておる。この土地で作ったもので日々のたつきを立てているわけじゃな」
「ということはボクもゲート管理のお手伝いさせてもらえるんですね!」
ここにいればずっと地球ゲートのそばにいられる。ボクはヒムス家に拾われたことを幸せに思った。