第46話 男装の男の娘、女装する
夜のとばりがすっぽりとメガロポリスを包み込んでいた。林立する摩天楼が思い思いの色彩でイルミネーションを瞬かせ漆黒の闇に対抗している中、ひと際派手な光彩を放っているのは新花街タワーだった。特に『180街』のある180階の巨大な窓からは眩いフラッシュやバリライトの閃光がビームの様に外に飛び出し夜空を毒々しく染めていた。
【滞在2日目 20:30】
『180街』の中央広場の特設ステージでは、今晩のメインイベント、女装コンテストが行われていた。場内演出の為、広場の照明は落とされており、薄暗がりの中で雲集している観客を見分けるのは至難を極める。そんな中、ローラの父親ルブランは必死に娘たちの姿を探していた。
「見つけたぞ! よかった娘たちは無事だ」
「まずその絵を押えてください」
「承知。ホントこの暗さだ、高感度カメラ持ってきてよかったよ。あれ、姫は何かを警戒しているみたいだな。体勢を低くしているぞ」
「あ、二人づつ組になって男たちが広場の出口を押えてます。見るからに刑事っぽいなあ」
「そうか・・・ついに捜索の手が回ったか。アビリタ政府がいつまでも手をこまねいているとは思えなかったんだよな。あれは多分特捜さ。これで間違いなく彼女はプリンセス・ランという訳だ。オマエさん大金星だよ!」
「先生、ありがとうございます。でも、ここで身柄を押えられてしまうのは残念だなあ。姫はジェットコースターに乗りたいって願っているんですよ。せめてそれだけでも叶えさせて上げたいな」
「そうさなあ、この広場で姫を保護するシーンではインパクトに欠けるからな。新人研修でも言ったろ?」
「はい。『放送人は常に視聴者の期待に応えることを目指さなければならない』ですね!」
「そういうこと。まだ、連中もこの暗さでは姫の所在を確認できてはいないだろうから、確保に動くとすればイベント終わりだな。さて、どんな手を使って姫を逃すか・・・」
【滞在2日目 20:35】
「どうしたの?」
「いや、追手に取り囲まれてしまったみたい」
「追手? あの人たちが? アラシの学校ってすっごい機動力があるんだねえ。うちの学校なら生活指導の教師たち数人で繁華街をチェックするくらいのものなのに」
「ローラ、ごめん。ここでお別れしよう。ボクはどうしてもあのタワーコースターに乗りたいんだ。運行開始まであと30分、何とかして逃げるつもりだけど、ボクが捉まる時一緒にいたらローラも嫌な目に遭うかもしれない。だからここでお別れ」
「嫌よ! わたしも一緒に乗るわ。アラシとお別れするのはその後よ! だって、わたし達もう会えなくなっちゃうんだよ!」
怒りに燃えた瞳で睨みつけるローラを見つめて、ボクの決心は揺らいだ。ローラはボクを男として見てくれているこの星に来て初めてできた女友だちなのだ。ちょっと生意気でツンとおスマシしているし、泣き虫だけど、ローラと一緒に居ると安らいだ気分になれる。ボクはもう直ぐ女の子に戻り、男であることがバレてはいけない生活に戻るのだ。そう、今だけなのだ。確かにローラの言うとおりかもしれない。
ボクが怯んだのを見てローラは畳みかけた。
「じゃあ、逃げる方法を考えましょう! このままここに居たんじゃ見つかるのも時間の問題だしなあ。そうだ! 服の交換よ! サイズも同じくらいだしわたしがアラシの振りをすれば見わけがつかないわ。追手を引きつけてる間にアラシは180階から逃げ出すのよ! 逃亡している訳じゃないんだから、わたしは捉まったとしても大丈夫。うん! これはいい手だわ」
いや、元々が姫で男の子に化けているのを探している訳だからして、女の子に変装するっていうのはいかがなものか・・・そんなことを思って口に出しかけたが、ローラは返事も聞かずにボクの手を引っぱて立たせた。
トイレに行くので皆さんの視界の邪魔をしないよう身を屈めてますと言った歩き方で、ステージの横に建てられた大型テントの裏側に回りこむと、テントの下の隙間から中の様子を窺う。
誰もいないみたいだ。周りに人が居ないのを確認して二人で身を滑り込ませた。
「ははあ、ここメイク室なんだ。こいつはいいぞ、アラシく~ん、こっちにいらっしゃいなぁ♪」
【滞在2日目 20:55】
20分後、ボクは女の子になっていた。
「アラシ・・・綺麗! こんなに可愛いなんて・・・わたしよりその服似合っているんじゃない?」
「あ、いや、そんなことないって・・・」
「うむう、こんなに美少女になるんだったらコンテストに出場させるんだったわね」
「か、勘弁してよ。ただでさえ恥ずかしいんだから・・・」
「わたしはどう? 男の子に見える?」
「うん。そうして上着の中に隠していると髪が腰まであるんなんて分からないね。かっこいいよ」
それを聞くとローラは悪戯っぽい目をしながら拳を握りしめ男っぽいポーズをして見せたが、一瞬、真剣な眼差しになったと思ったら、いきなりボクを引き寄せた。
「アラシ・・・キミはなんて美しいんだ。好きだ。好きだ。オレの女になれ!」
「あっと・・・」
ローラはボクを強く抱きしめるといきなり唇を重ねて来た。バラの様な柔らかい感触と甘い香りがした。
「やった! アラシの唇を奪ってやったぞぉ! やっぱりいいなぁ。男の子だとこういう事が平気でできるんだから。女の子は相手のプロポーズを待たなければならないんだもんなぁ。不公平よ」
「驚くなあ・・・と言うより、唇を奪われたのはローラの方なんじゃ」
「だってアラシのこと、好きなんだもん。へへっ。パパには内緒よ? こんなこと知ったら悶絶して死んじゃうかも」
強がりを言って茶化してはみたもののやっぱり恥ずかしいのか、頬を染めながらボクを見つめるローラの瞳は熱っぽく潤んでいた。記憶にある限り初めて女の子とキスした事実に気がつくと、ボクも急に体中が火照って来た。そのまま身体が密着していることに気がついて離れようとしたけれど、ローラにガッチリ抱きしめられている。
「あ、あの・・・ローラ。く、苦しいよ。少し腕を緩めてくれないかな」
「あっ、ごめん。と思ったけど放してあげない!」
「え? なぜ」
「アラシは女の子なんだから、女らしく頼まなきゃ! さあもう一度言ってごらん?」
「うっと・・・ローラ、苦しいわ。少し腕を緩めてくださらない?」
「そうそう! その格好で女ことばしゃべるとホント可愛いなあ! 食べちゃいたいわ」
ローラはやっと腕を解いてくれた。
「ま、これなら絶対アラシが男の子だなんてバレないわ。逃げるチャンスは1度だけ。コンテストが終了して会場の観客が一度に出口を目指して動き出すときよ。わたしは会場に戻ってそのタイミングで目立つように逃げ出すから、追手がわたし目掛けて動き出したらアラシは人混みに紛れて上手に逃げてね」
「わかった。ボク、ローラの作戦に従うよ」
「ちちちっ! 言葉づかいが違うわよ。ほら、言い直し言い直しっと」
「うっと・・・わかったわ。わたしローラの言うとおりにするわ」
「よろしい! ちゃんと可愛い声だせるんじゃないの!」
と言うとローラはボクにもう一度抱きついて来て、頬ずりしながらいい子いい子と頭を撫ぜた。
【滞在2日目 21:00】
ローラが出て行った後、ボクは外の様子が見えないかとメイク室から通路に出てみた。するといきなり腕をつかまれた。
「おいおい、そっちじゃないって。もう時間がないんだ。急いで急いで!」
イベントのスタッフとおぼしきヘッドセットを頭に付けた兄ちゃんが、とても慌てている様子でボクの腕をとって反対方向を向かせると、トンと背中を押して急かした。
「あ、あの。ボク、違うんです・・・」
「何をゴチャゴチャ言っているの。メイク出来たんでしょ? だったら急いで急いで!」
と強引に前に押しやられたので、仕方なくボクは通路を言われた方向に進むしかなかった。
「早く早く! そのまま進んで! “OK。スタンバイ完了”」
男が無線でやり取りしている声を後に聞きながら、真っ暗な広い空間を追い立てられるように進むと突然、強烈な光源を照射されて目の前が真っ白になった。
「ま、まぶしい!」
その瞬間、場内アナウンスが響き渡る。
「“お待たせしました! 本日最後の出場者は~あ、エントリーNo.73、パメラちゃ~ん!”」
どっと歓声が沸き起こった。
「びゅ~てぃふぉ~!」
「すごい! あれ本当に男?」
「なに? この破壊的な可愛らしさは!」
「なんて美しいんだ!」
「ミス・ライネリア、ミス・ヤーレ連邦、いや、ミス・ハテロマも目じゃないぞ!」
「こりゃ本命だな!」
ようやく光に慣れてきた目で周りを見回すと、ボクはステージの中央にひとり立たされていた。満員の広場の中央に、ポカンと口を開けて呆然としている少年姿のローラが見える。
その時、ステージに巨大な女、いや、女装男が駆けこんできた。
「なによ! おトイレ行ってたらアナウンスで呼ばれているじゃない? 私がパメラちゃんよぉ!」
スタッフの手を振り払い、肩脱ぎになった真っ赤なドレスの裾でマイクスタンドを引き倒し、取れかけた付けまつ毛を厚化粧の顔に斜めに張り付けたまま、ブルドーザーの様な勢いでこちら目がけて突進してくる。その姿を目の当たりにしたボクは、恐怖を感じてステージから飛び降りた。
「お待ち! アンタ、人の名前を騙って賞品をかっ攫おうってんでしょ。なんてズウズウしいの!」
女装ブルドーザーもドンッと地響きをさせるとステージから飛び降りてきた。場内から悲鳴が上がり観客が逃げ惑う。ボクはその中に紛れ込むと、隙間に身体をくねらせながらローラの居る方を目指した。
「アラシ・・・!」
ローラの声が聞こえる。何しろこの惑星の人たちは皆、身長が高い。姿は見えないけどローラの居る方向は分かったので、さらにそこを目掛けて人の間をすり抜ける。「見つけた!」ボクは隙間から手を伸ばして男子中学生の制服の腕をつかむと、一気に引き寄せた。
「アラシ!」
「もう大丈夫だよ、ローラ」
「わたし・・・わたし、とっても怖かったの」
ベソをかきながらローラは、ボクに抱きついてきた。それでも安心したのか、ローラのよそ行きドレスを着たボクの腕の中で涙目の笑顔を作ると言った。
「これじゃあ見た目、逆だよね」
「うん。でもいいんじゃない? 今日は女装コンテストなんだから。それより、この混乱を利用して一緒に逃げだそう!」
ボクはローラを抱えるようにして人混みに紛れると広場の外を目指した。監視している二人組の男たちも大混乱の群衆を前にしては手の施しようがなく、広場から出て行く人の流れを見つめるしかなかったみたいだ。
【滞在2日目 21:10】
「ああ~、娘たちを見失なっちまった!」
「まさか、当の本人がステージに出て来るなんて思ってもみませんでしたものねぇ」
「しかし、やってくれるよ。あの子たちは」
「ですねぇ。視聴者の期待を決して裏切らない、プリンセス・ランは本当のスターなんですよ」
「まあ、お陰でベストショットをものに出来たからな」
ラヴィとルブランは、いまだに興奮冷めやらぬと言った上気した顔をお互いに見合う。あれから広場を囲む館のベランダに高感度カメラを設置して、逐一この状況を目撃していたのだ。
「さてと、どこを逃げているかは分からないが、どこを目指しているかは分かっている訳だ」
「まあ、パパとしては心配でしょうけど、逃げるのはあの子たちに任せて、私たちは先回りして待ち伏せしますか」
「・・・どうやら、特捜さんも同じことを考えたみたいだぜ」
広場にいた観客も少なくなりその中にターゲットがいないことを確認したのか、四隅に配置されていた二人組の男たちが一斉に引き揚げて行くのが見えた。
【滞在2日目 21:15】
ボクはローラの手を引きながら一気に非常階段を駆け上がって非常扉のある踊り場に出た。階段を出口のないまま5階近く昇って来たからここは『180街』の真上、181階のはずだ。
「ハァ、ハァ、ハァ、苦しいわ。ちょっと休ませて」
「ごめん、ごめん。このまま230階まで階段で行くのは無理だし、少し休んだらここの階に入ってエレベーターを見つけようね」
踊り場からそっと非常扉を開けて中を覗いてみると、薄明かりの狭く埃っぽい部屋の様だった。誰も居ないのを確認して、ボクたちは足を踏み入れた。雑然と段ボールや木箱が積み上げられ、壁面の収納棚にはお酒のボトルが種類別に整理されている。真ん中にはロッカーが並び、ハンガーにも服が掛かっているところを見ると、ここで着替えたりもする様子だ。
「アラシ・・・ここってロッカールームなのかな?」
「・・・そうだね。お酒があるから何か飲食店の控室なのかもしれないね」
≪ガチャッ≫
とその時、いきなり正面のドアが開いて煌々と光が差し込んできた。光の中には大きな人影が立っている。部屋の中の様子を見まわした瞬間、ボクたちに気がついて怒鳴った。
「おい! オマエらそこで何してるんだ!」