第45話 女装コンテスト
どこまでも続く都市の地平線に2つ目の太陽が沈むと、ネオライネリアの新花街タワーも赤く夕陽に染まり始めた。息をするのも苦しかったまとわりつく様な熱気も少し和らいできたようだ。
【滞在2日目 16:30】
「ほほう、オマエさんたちはタワーコースターに乗りたいのかい。あれは怖いぞぉ? なにせ、満天の星空と街のイルミネーションの中を突っ走るもんだから、一切境目が見えず上下左右さえ分からなくなるんだ。どこから襲い来るのか分からない強烈なGを身に受け、長い長い5分間を耐えるのだ。乗り続けて平気な者はそうおらんよ」
声を掛けたのは、食材を仕入れに行って戻って来た様子の男だった。日に焼けた赤ら顔の60年配で少し禿げあがっている。
「ボクは絶対乗ります。あれに乗りたい一心でせっかくここまで来たんですから」
「そちらのお嬢ちゃんはどうじゃ? オシッコちびるぞ?」
「ぷんぷん! わたしだって平気だもん」
「まあ、試してみることだ。後で泣きごとを言っても知らんがな。しかし、タワーコースターが走りだすにはまだ間があるぞ?」
「9時からなんですよね。それまでどうしようかと、相談していたところなんです」
男はしばしボクとローラの顔を見比べていたが、破顔して人の好さそうな笑顔を浮かべると言った。
「じゃあ、オマエさんたち。ワシはこれから今晩の仕込みをせにゃならんのだが、邪魔せんのならうちの店に居ていいぞ」
【滞在2日目 16:50】
「やはり返事は来ないか。あんなに愛情たっぷりのメール書いたのに・・・アイツも難しい年頃になったんだなあ。男手ひとつで育てて来たもののやはり男親は母親代わりにはなれんのかなあ。それにしても特ダネと一緒にいるのがわが娘だとはなあ」
ルブランはローラからのメールを今か今かと待っていたのだが、半ば諦め気味に愚痴を言い始めた。
「先生、感傷に浸っている場合じゃないですよ! こうなればジェットコースターを楽しむプリンセス・ランの姿だけでも押えないと!」
「そう、そうだよな。絶叫マシンではしゃいでいる姫の姿なんか誰も見たことない絵だぞ。それだけでも十分価値はある!」
「そろそろ日没だけど、まだマシンが動き出すまでには時間があるわね。でもあのビルじゃあ潜んでいるところなんか分かりっこない。仕方ないか、こうなりゃ先回りして待ち伏せるしかないかも」
「だな。それにしても厄介な所を目的地にしたもんだ。お前も知っているだろ? 新花街タワーと言えば首都ネオライネリアのダークサイド。いくらジェットコースターに乗りたいからって、あんな危ねえ摩天楼に入るもんかね? そうか! まだ子供だぞ。ビルの入口で躊躇しているかもしらんな! よし急いで新花街タワーに向かおう」
【滞在2日目 18:00】
≪カラン~コロン~♪≫
店の扉を開ける音がして、最初のお客さんが入って来た。いかにも水商売をしている雰囲気の男だ。
「オヤジいつものヤツ!」
「おや、出足が早いね。店開くのは9時だろ?」
「うん。今夜は祭りがあってね、色々仕込まなけりゃいかんのよ」
「へ~え、祭りねぇ。上の『180街』では客寄せイベントをやるってえ訳だ」
「そうよ。この不景気だろ? 新花街タワー全体の客足が鈍っているのに歯止めを掛けるには、花街の筆頭格である『180街』が盛り上がらんとならんのよ。そうすりゃオヤジのところの『179街』にも客が流れて来るだろ? 『180街』加盟店会の赤字まる出し大サービスよ!」
「ふ~ん、でどんな企画なんだい?」
「それがよお、女装コンテストなのさ。直に出場者も集まって来るんだが、野郎ばかり芋の子を洗うみてえにギュギュウ詰めになると思うだけでも虫酢が走るぜぇ」
「はははは、そいつはご愁傷様。で、野郎に女装させて客が集まるのかい?」
「加盟店会長によれば、男に女装させてみたい女ってえのが相当いるんだそうだ。女装する男にくっついて来る女で倍、加えて怖いもの見たさと好き者で見に来る女が倍、そんな女目当てで来る男が倍、まあ皮算用だわな」
そんな話が耳に入って来てローラはクリクリッと円らな瞳を回転させて言いだした。
「ねえ、行ってみない? なんだか面白そうじゃない! わたし女装した男の人ってまだ見たことないのよ」
「・・・そんな、面白いもんじゃないと思うけど」
「見たいよぉ。どうせ『タワーコースター』が動くまで時間はあるんだし行こうよぉ。ほら、まだ6時だもん。あ、パパからメール入ってた。見てない、見てない、知らない、知らない、無視、無視、削除っと」
ローラが携帯デバイスをいじっているのを眺めながら、ボクとしては身につまされるイベントだけど、自分が男の立場でいられる時に女装させられている男たちを見るのもそれなりに溜飲を下げる話かも、と思い直した。
【滞在2日目 18:10】
「“警部。マルタイ(保護対象)と行動中の少女が分かりました。ローラ・ルブラン、16歳、住所は地方都市の寄宿学校になっています”」
「“寄宿学校? 首都の人間ではないのか・・・ヴェスパを乗り捨てた場所は分かったか?”」
「“新花街タワー近くのステーションでした”」
「“ふうむ・・・ちょっと待て”」
マグナダル警部はマイクのスイッチを切るとベルの方に向き直った。
「ベルさん、姫君は遊興施設について何か話されていませんですかな?」
「そう言えば、毎日毎日ご公務に追われていらっしゃった時に、気分がスカッとするスリルのある遊具で遊びたいと言われていたような・・・」
「それだ! “全捜査員に告ぐ! マルタイはローラ・ルブラン16歳とともに『タワーコースター』に向かった可能性が高い。新花街タワーおよび周辺地区で開場時間を待てそうな場所をしらみ潰しに捜せ!”」
「警部さん、これで姫様は直ぐにも見つかりますよね?」
ベルが身柄確保も時間の問題になったとホッと胸を押えながら尋ねるのを見て、マグナダル警部は幸せの余韻を少しでも長引かせてやった方がいいと思ったのか、しばし間を置いてから答えた。
「ベルさん。お気の毒ですが事はそんな簡単には運ばんのですよ」
「ええっ? どうしてですか? 居場所は分かっているんでございましょ?」
「姫君が潜んでいるビルは分かっています。時間になれば行くであろうアトラクションも想定できています。しかし、それまでにはまだ3時間もある」
「それがなにか?」
「実は、そのビルというのが問題でしてな。何しろ230階建てで各フロアに、めし屋や飲み屋、バーやキャバレー、カジノやゲーム場、非合法の薬屋や性風俗が密集していて、正確な店舗数や就労者数を把握している人間はいない有様。裏の世界の連中がしのぎを削る魔窟みたいな所でしてな、あのビルに入ったきり行方不明になった人間は数知れず。われわれ警察官ですら単独行動がはばかられるデンジャラスゾーンなんですよ。姫君の身にどんな災いが降りかからんとも限らず、日が落ちて夜の帳が降りてきたこの時間となっては最早一刻の猶予もならんのです」
「あああああああっ姫様あ~あ!」
と叫ぶなり再びベルは気を失った。
【滞在2日目 18:20】
「お客さん、タワーコースターの営業はまだだよ」
「ああ9時からだろ? ところで若い女の子の2人連れを見かけなかったかい?」
「若い女の子? 見なかったな。もっとも、見かけたとしても直ぐ帰るよう勧めるがね」
ラヴィとルブランは、アラシたちを追って新花街ビルに来たものの入口付近に姿は見えず、仕方なく屋上に上がってみた。タワーコースターはまだ準備中ということで、係員の男が点検をしており客は誰もいなかった。それにしても凄い高さだ。恐らく標高1000m近いのではないかと考えながらラヴィは係員に問いかけた。
「そんなに危ないの、ここって?」
「あんただって男連れだからって安心していると痛い目に遭うぞ」
「え? 突風とかで飛ばされるとか?」
「ん? ああ~ここかい? ここなら安全だよ。危ないというのはこのビルのことでさあ。ビルで働く人間だ、あまり言いたくはないが、若い女はつけ狙われるから気を付けたがいい」
「じゃあ娘たちも危ないじゃないか! どこかあの子たちが時間待ちをしていそうな所を探そう!」
血相を変えたルブランは、ラヴィが返事をする前にエレベーターに向かって走り出していた。
【滞在2日目 18:30】
「“では、出場者はこちらへ! 念のために言っておくけどこいつは女装コンテスト。参加できるのは男性だけだからねえ!”」
ローラに手を引かれて会場となる『180街』広場に出てみると、大型テント前に参加希望の男たちや連れ添いの女たちが大勢たむろしていた。ここが180階とはとても思えない巨大な空間で5階分は吹き抜けにしているみたいだ。ビルの中の通りに豪奢な建物が立ち並び派手な電飾が煌めいている。その真ん中の広場が女装コンテストのステージのある会場だった。ローラは空間の大きさにびっくりしながらも、それでも女装男の方にもっと興味ある様子だった。
「すっごいわねえ! あんなに筋肉隆々の男の人も参加するんだぁ。あ、あの人なんか絶対女装したら可愛くなりそう!」
「ローラ、あれは多分、付添いで来ている女の人だと思うよ」
「ええ? 女の人なの?」
「男っぽい格好しているからね」
「なんだか分からなくなって来ちゃった。あっちの人は間違いなく付添いよね?」
「・・・いいや、ひょっとすると男の人じゃないかな」
丁度順番が来て受付の前に立った背の高い厚化粧の女性が、ハスキーな声で尋ねるのが聞こえてきた。
「私、今は女の子だけど元男なの。参加OKよね?」
「“性別が男性なら構いませんよ”」
「じゃあ、参加させていただくわ」
「“こちらの書類に記入を”」
ボクたちの隣で、その様子を見ていた女の人たちが囁き合っている。
「普段から女やっている人が参加するのはズルイんじゃない?」
「どうせ手術で胸とかお尻とか作っているんでしょ、女装じゃないわね」
「でもさあ、せっかく女でいるのに『自分は男です』って曝け出すのはなぜよ?」
「アンタ知らないの? 今日の賞品って凄いんだから! スポーツカーでしょ、海外旅行でしょ、そしてなにより超目玉が星間ゲートで惑星アルゴスに行けるチケットよ! 男じゃなくても参加したくなるわよ」
「しまった! だったらウチの奴も出させるんだった」
それを聞いていた女が突然噴き出して腹を抱えて笑いだした。
「あはははは! ああ、苦しい。ア、アンタの彼氏を女装させるって? あんな格闘系の男が女装したってコンテストに勝てる訳ないじゃん」
「しっつれいね! でも、アンタの言うことには一理あるわ。ウチのは男の中の男だもの。あははっ」
「ごちそうさん。しっかりノロ気られちゃったぁ!」
ボクは、この世界では自分の性別が女性であったことを思いだし「そうか・・・今のボクに参加資格はないんだ」と複雑な気持ちになっていた。
【滞在2日目 19:00】
「“警部、ビルの監視カメラにマルタイとローラ・ルブランと見られる若い男女が通用口から館内に入る様子が映っていました”」
「“何時だ?”」
「“16時半過ぎです”」
「“通用口からと言うと、誰かビル関係者と一緒だったのか?”」
「“業者やら店舗の人間やら出入りが多い時間なので特定はできていません”」
「“そうか。では引き続き館内の方の監視カメラのチェックをやってくれ”」
「“それが、警部もご承知かと思いますが館内のカメラは壊されたか盗まれたかでひとつも機能していません”」
「“チッ、そうだったな。仕方ない、各班に告ぐ! 目撃者がいないか聴取しつつ全フロアを探索する。ここからは2人1組となって行動すること。それから定時連絡を忘れずにしろ。万が一危険に遭遇した場合には、上下階近い班が駆けつけること”」
「“ラジャ”」
【滞在2日目 20:20】
「“次に登場するのはエントリーナンバー38番、登録名エリカちゃん!”」
派手な衣装を身にまとった巨大な女がステージに現れた。広場の群衆からドッと歓声が沸き上がる。ボクも手を叩きながら大笑いをする。最初はなんだか身につまされる気がして落ち着かなかったけど、コンテストが進行するにつれて込み上げて来る笑いを抑えられなくなっていた。
「アラシ、大丈夫?」
ローラが、涙を流しながらがお腹を抱えこんで笑うボクを見て心配している。
「ご、ごめん。ああ可笑しい~、こんなに笑ったのっていつ以来だろ」
「ね? 来てよかったでしょ?」
「うん! ローラのおかげだよ」
とその時、ステージの照明が広場を囲む建物に反射して、厳つい男たちが2人1組になって広場を取り囲むように四隅に立っているのが見えた。手に持った何か写真みたいなものと見比べながら、双眼鏡で群衆をひとりひとりチェックしている。あれって、ひょっとしたら警察だろうか? だとしたらボクを捜索しているのかも! ボクは視界に入らぬよう急いで身を屈めた。
【滞在2日目 20:25】
「凄い人出だ」
「この時間にやっているイベントはここだけなので人の流れが集中しているのかも知れませんね」
同じ頃、ラヴィたちも180階の広場にやってきていた。
「ということは、ローラたちもここに居る可能性が高いな」
「そういうことです。まだ娘さんの電話繋がりませんか?」
「うん。電源を切ったままだ。そうだ、あそこから見下ろして捜そうか」
ルブランが広場を取り囲む館のひとつのバルコニーを見ながら言った。
「先生の望遠カメラだったら探せるかもしれませんね」
「報道腕章は持ってきたかい? OK、それさえあれば店もフリーパスさ」
ふたりは機材を担いで早速その館に向かって歩き始めた。
ランとローラ、大統領の指示でプリンセス・ランの行方を捜索する警察、特ダネの行方を追うラヴィとルブラン、ついに3者がひとつの場所に集まってしまった。