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ランとアラシで神隠し  作者: 迦陵びんが
第4章 「社交界デビュー」
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第43話 女の子な男の子と女の子

真夏の太陽が天頂に昇り容赦なく照りつけてくる時刻、国賓宿所を脱け出したランは新米ジャーナリストのラヴィの観光ガイドでネオライネリア市内を案内してもらっていた。



【滞在2日目 12:20】


「おいしい!」

「よかった、気に入ってくれたみたいで」


ボクはラヴィさんに連れて行かれた“行列のできる店”でスープヌードルをご馳走になっている。

何の粉を打ったものなのか透明感のある太い麺と、スパイスの効いたとっても香ばしく旨味たっぷりのスープがマッチしてどんどん食が進んでしまう。モノも言わずにパクついていると、襟もとのブローチをいじりながらその様子を見ていたラヴィさんが言った。


「うふふ。そんな嬉しそうな顔をして食べられちゃうと、もっと色々なお店に案内したくなるわね。どう? まだ行けそう?」

「ええ。こんなにおいしいもの食べたことありませんよ!」

「あはは。アラシ君って見かけによらず健啖家なのね。そんなに細いのに」

「あ、ボク、ここのところ調子が悪くて何も口にしてなかったんです。美味しいからどんどん食べられちゃって・・・」


一瞬ラヴィさんの瞳が潤んだ感じがしたけど、すぐに微笑むと言いだした。


「そっか。じゃあ、どんどん食べてもらおうかな。ランチ、ハシゴするわよ!」






【滞在2日目 12:30】


「“全捜査員に告ぐ。マルタイ(保護対象)は繁華街にいる模様。尚、誰かが手引きしていたとしても本人の意思で動いている可能性が高い。気付かれないよう十分注意すること。以上だ”」


マグナダル警部は無線マイクをOFFにすると、ベルの方を振り返った。


「ベルさん、これで捜査員を繁華街エリアに集中することができましたよ。目撃者も見つかるでしょうから直に姫君の足取りはつかめるでしょう。さてと、もうひとつ教えていただきたことがあるのですがな」

「はい?」

「姫君のご性格というか、ご性癖のことなんですが」

「・・・」

「お答えにくいことかと思いますがここが分からないと潜伏先も見えてこない訳でしてな」

「ど、どういうことでしょうか?」

「まあ、簡単に言うとレズビアン、それも“タチ(男役)”ではないかと小職は見ているのですよ。実のところいかがですかな?」


ベルは一瞬意味が理解できないのか怪訝な表情を浮かべたが、見る見る顔が真っ赤になって行く。


「な、なんという無礼なことを! 姫様はそんな方ではございません!」

「そうでしょうかな? 女性の代表であり象徴でもあるプリンセス。普通の女の方であればこれ以上はない憧れの立場でしょうな。ところが姫君は、女の中の女を演じ、赤やピンクの衣装を強いられることがお嫌になって飛び出された。ここから推測出来ることではありませんかな?」

「姫様は・・・単にスケジュールに追われご自由に過ごすことが適わないことがお嫌になられただけです!」

「あれだけの美貌をお持ちであれば通常、女というものはそれを同姓に対しても誇示したがるもの。ところが姫君は自分が綺麗だと見られることすら嫌がっておられるご様子だ。実に不可思議なことでしてな。小職も長年大勢の人間を相手にしてきた訳ですがこういうケースはふたつしかない」

「ふたつですか、その・・・レズビアンのタチがひとつ・・・もうひとつのケースは?」

「真逆ですよ。女になることを強制されている男、例えば“ネコ(女役)”を無理やりやらされているケースですな」

「!」


ベルの顔が見る見る青ざめた。その様子を冷めた目で値踏みするように警部が見つめる。


「さて、ベルさん。真相はどうですかな?」

「・・・姫様は、姫様は、た、確かに、ふ、普通ではないのかもしれません」

「でしょうな」

「で、でも、け、決して・・・決して・・・お、男にお生まれになりたかった・・・訳ではありません!」

「男に生まれたかった訳ではない、意味深な言い回しですな」


今度は上気した顔で強弁するベルの様子をジッと見ながら警部はしばし沈黙した。


「ま、いいでしょう。これで姫君の潜伏先も凡そ当たりがつきました。ご協力に感謝しますよ。後は警察にお任せいただいて、宿所に戻られてはいかがですかな。部下にお送りさせますよ?」

「い、いいえ。この指令車に居れば姫様が発見されたときに直ぐにお傍に参れますよね? ご迷惑はかけませんのでどうかこのまま居させてくださいませ」


ベルは懇願するように必死に警部を見つめた。






【滞在2日目 13:30】


「ああ~おいしかった!」


ボクはラヴィさんに連れて行かれた店で、ガラスの大きな器に高々と盛り上げられたクリームの山が目の前に現れた時には愕然としてしまったのだが、一口含んでみるとシュワッと口の中でとろけて直ぐに消えてしまってまるで空気の様なのだ。味はヨーグルト味のソフトクリームみたいだが、食感はこれまで食べたことの無い魔法の食べ物。おいしくて、楽しくて、モノも言わずにガッついてしまい、あっと言う間に跡形もなく平らげてしまった。


「うふふ。アラシ君、本当においしそうに食べるわねえ」

「ええ、こちらに来てからこんなに気持ちが弾んだことってなかったかも! あ・・・でも、ラヴィさんにご馳走してもらうばかりで・・・」

「いいのよ。私も喜んでもらうのが嬉しいんだから。子供は大人に甘えなさいってね。さあて、食後の腹ごなしにお店を覗いて歩こうか?」

「はい!」

「アラシ君はどんなモノが見たいのかな?」

「あの・・・オモチャとかゲームとか・・・ここでは今どんな遊びが流行っているんですか?」

「アナタくらいの年頃の子の間だと・・・どうかしらもうお人形遊びじゃないわね。もちろん人気キャラクターの縫ぐるみとか集めるコは多いけど。やっぱりアクセサリーや小物かしら、キラキラして可愛いのがいっぱいあるわよ」

「お人形? 縫ぐるみ? キラキラして可愛い? ・・・男の子が、ですか?」

「あっ! ごめんごめん。アラシ君があんまり可愛いもんだから思わず勘違いしちゃった。ま、ともかくオモチャ屋さんに行ってみましょう!」


ラヴィさんは、失敗しちゃった、とバツの悪い顔をしたけど直ぐに気を取り直して言いなおした。






【滞在2日目 14:20】


その頃、マグナダル警部は特捜の指令車の中で刻々と集まって来るプリンセス・ランの目撃情報を地図上にマッピングしながら逃走先を絞り込もうとしていた。


「“警部。流行りのスープヌードル店の行列の中にマルタイらしき少年の姿を見たという通行人の証言が複数ありました”」

「“いつのことだと言っている?”」

「“12時過ぎだそうです”」

「“今から1時間半前か。マルタイは誰かと一緒にいる様子だったか?”」

「“一人で並んでいるみたいだったと言っています。ただ・・・”」

「“ただ?”」

「“タッパは同じなので背格好は一致してますが、髪が・・・」

「“髪がどうした?”

「“短髪でして、さらにサングラスを掛けていたそうで確信がもてないと言っています”」

「“・・・では直ぐに店に行って詳しくその時の状況を聞き取ってくれ。急げ!”」

「“全捜査員に告ぐ! 関係者によるとマルタイは金を持たずに宿所を出ているということだ。現在の情報ではまだ確証はないが、誰かが手引きしている可能性が高い。また、マルタイは中央ゾーンの人混みに紛れている可能性が高く、髪をショートヘアにしてサングラスで目を隠していることも考えられる。引き続き各班連携して捜査範囲を絞り込め!”」

「“了解”」






【滞在2日目 14:50】


「アラシ君はそういうのに興味があるの? オモチャと言っても乗物とか武器とかに興味があるのねえ。なんだか意外だわ・・・」

「そりゃあ男の子ですからね」


と言いながらボクは、夢中になってライネリア共和国空軍の飛行空母の模型を上から見たり下から覗いたりしている。ここはメインストリートにある、大型玩具店。ビル全体がオモチャ売場という、子供だったら誰でも夢に見そうなロケーションだ。


「見かけだけで言えば、アラシ君はもっとファンシーなのが似合いそうなのにねえ」

「そりゃあ好みと似合うのとでは違いますよ」

「でもさあ、アラシ君。試しにあの縫ぐるみを抱いて見せてくれない? お姉さん、アラシ君の可愛いとこ見たいなあ」


襟もとのブローチをいじりながらラヴィさんが言った。

ボクは、男に戻れてノビノビしているときに女の子みたいな真似するのは嫌だったけど、見知らぬ街をガイドしてもらったり、おいしいモノをご馳走してもらっているので、ラヴィさんが喜ぶことなら仕方ないかと思いなおした。大きな縫ぐるみを抱きかかえると、頬ずりしながらスマイルして見せた。


「まあ! なんて愛らしいんでしょう。やっぱりアラシ君にはその方が似合うわね。じゃあお姉さんを喜ばしてくれたお礼に、さっきから手にとっては矯めつ眇めつしているそのオモチャを買ってあげるわよ」

「・・・いいんですか? これ、高いんでしょ?」

「大人に任せなさいって。後でたぶん経費で落とせるはずだもの・・・あ、こっちの話」






【滞在2日目 15:20】


紙袋を提げてボクたちが店から出て来ると、目つきの鋭い二人組の男が丁度目の前を通り過ぎて行くところだった。それを何となく見送っていると、店の前の通りに車が停車した。


「ラヴィ! そんなところで何をやっているんだい?」


いかにも業界人と言った感じのヒゲを生やした男が降りてきた。


「あ! 先生。先生の方こそ、どうされたんですか?」

「今日は久しぶりのオフでね。いつも構ってやれないから娘を接待して罪滅ぼしさせられるところなんだ。こちらはパパの職場の後輩のラヴィさん。さあ、ご挨拶なさい」


「はじめまして、ローラです」


女の子が恥ずかしそうに頬を染めながら挨拶をした。ブロンドの髪を腰まで伸ばした色白の綺麗な子で16歳くらいだろうか。


「おや? ラヴィ、そちらの少年は?」

「あ、この子はアラシ君です。修学旅行中に自由行動で出てきたところを知り合い、街の中を案内してあげているんですよ」

「そうかい。私はルブランだ。よろしくな」


と言いながらボクの手を取り握手したので、ボクも挨拶を返した。


「はじめましてアラシです」


ルブランと名乗った男は、一瞬、不思議そうな顔をしてボクの顔を見、握った手を見て言った。


「それにしても瓜二つだ。アラシ君と言ったね? キミ、誰かに似ているとか言われないかい?」

「あっああああ~っと!」


いきなりラヴィが割り込んで来てルブランに体当たりを喰らわすと握手している手を引き離した。


「おいおい! 女の子に抱きつかれるのは嬉しいが、今は娘の前だぜ。そんなことより、アラシ君だ。いやあ、これで髪が長くて女の子だったら」

「おっとっとっと!」


ラヴィはよろけてルブランの足を踏みつけた。


「いてえなあ! お邪魔みたいだな。じゃあな。ローラ行こう!」

「ああああっと! 待って下さい先生、ちょっとご相談したいことがありまして。そう、今すぐに、です。子供たちに聞かせる話でもないのであちらの方へちょっと・・・」


と言いながら小さな身体のくせにラヴィは、ルブラン氏の背中を抱え込む様にして向こうに連れて行ってしまった。

ボクは呆気にとられてその様子を眺めていたが、ふと横を見ると少女が眩しそうにこちらを見つめていた。


「ラヴィさん、急にどうしちゃったんだろうね?」


その視線にドギマギしてしまった自分をごまかす様に、柄にもなくボクの方から女の子に声を掛けてしまった。女の子やっている時には何でもなかったのに、男に戻った途端に女の子と会話するだけで緊張してしまう自分が悲しい。


「あのお・・・アラシ君は何年生?」

「ボ、ボク? ボクは高等部2年だけど。ローラさんは?」

「じゃあ一緒だわ。わたしも高校2年、16歳になったばかりよ。アラシ君、修学旅行ってどこから来たの?」

「えっと・・・アビリタだけど」

「ええっ? アビリタ王国? じゃあ、今いらっしゃっているプリンセスの国?」

「そ、そうなるけど。ま、そんなこといいじゃない。それで・・・いまローラさんは夏休み中?」

「そうよ。でもパパが忙しいからいつも一人なんだ」

「お母さんは?」

「わたしが生まれる時に亡くなったんだ・・・」

「・・・ごめん。悪いこと聞いちゃったね」

「ううんいいの。もう慣れっこにになっているから大丈夫よ」

「せっかく夏休みなのに友だちとは遊ばないの?」

「わたしの通う学校はこの街から遠く離れたところにあるんだ。いつもは寄宿舎でお友だちとワイワイ騒いでいるんだけど、休みの時は実家に帰されちゃうから・・・パパがいない時は家に居てもひとりなんだ」

「・・・そう。それじゃあつまんないね」

「うん。それでアラシ君はいつ帰るの?」


ボクは、少女の身の上話を聞くうちに、なぜかウソをついているのが辛くなってきた。


「本当は・・・逃げ出して来たんだ」

「え?」

「それを知った上でラヴィさんはボクに、少しだけ羽を伸ばさせてくれているんだよ。でも・・・みんな心配していると思うから・・・今晩には戻らないといけない」

「そうだったの・・・わたしアラシ君が帰るまで付き合うことにするわ!」

「でも、お父さんが」

「いいの! パパはいつもいつもお仕事なの。今日だって無理にスケジュールを開けてくれたけど、この店でわたしが喜びそうなものを買い与えて一緒に食事をする時間だけだもの。本当は今すぐにでも仕事場に戻りたいのよ。面倒みなくてもわたしが機嫌よく勝手に過ごしてくれるなら、その方が嬉しいに決まっているわ。よお~し! いまのうちに逃げちゃいましょう!」

「で、でも、きっと心配するよ」

「大丈夫! 後で電子メール送っておくから。さあ!」


と言うや、ローラはボクの手を取ると思いっきり引っ張って駆けだした。ボクは彼女に手を引かれ走りながらなんだか嬉しい気持ちが込み上げてきた。


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